うそはっせん

元拍手話
嘘も時には幸せを生むかと。







「あーにーきっ♪」

我が愚弟ククールが、妙に御機嫌に私に話しかける。


「今日は何日か知ってるーっ?」

「4月1日だ。」

いくら人目を忍ぶ生活とはいえ、暦くらいはある。


「そー、4月1日、4月バカの日ーっ!!!」

「そんなアホ丸出しの顔で語らずとも、貴様がバカな事はとうの昔から知っている。4月だけが例外という事があろうはずもない。」

私の言葉にククールは僅かに鼻白んだようだった。




「ライアー・エイトサウザンーっ!!」

だがすぐに思い直したように、何やら懐から取り出した。


そういえばククールの衣服は埃で薄汚れ、旅でもしてきたかのようだ。


「…嘘八千?」

ククールは嬉しそうに頷く。


「兄貴のために…“兄貴のた・め・にっ!!”わざわざこの超絶美形のオレが探して来たのさっ♪スゲエマジックアイテム♪」

「ほう?」

マジックアイテムという言葉に、私は僅かながら興味を惹かれる。

そしてククールはそれを悟り、勢い込む。


「このライアー・エイトサウザンは、エイプリルフールに飲んで口にしたことが

『どんなことでもウソ』

になっちまうという、まさに今日にうってつけのアイテムなのさっっ!!!」

「…」


「ちょ、何、兄貴っ!?わざわざカッケー決めポーズと一緒に説明したげたのに、なんでスルーなの?」

「何故?理由を問うなら一言で答えてやろう。

『下らん』」


「下らなくねーじゃんっ!!すげーじゃんっ!!まあ飲んでみようよ。ね?」

ククールは薬を飲んだ。



「じゃ、試してみよう。『兄貴はオレが大好きーっ!!!!』










沈黙



「…なんで何も起こらねーの?」

アホ面下げて不思議がる愚弟に私は答えてやる。


「『私が貴様を好き』を嘘にすると、『私は貴様が嫌い』だろう?それは嘘でも何でもない。ただの事実だ。現状になんらの変化も必要とせん、厳然たる事実だっ!!」




「…」

ククールはしばし沈黙する。


私はもうこいつと語り合うのが時間の無駄と悟り、書物に目を落とす。




「兄貴なんか嫌いだーっ!!!!!!」

そしてククールは、しばらくしてそう絶叫すると走り出て行った。










「まったく…」

私は手元のカップを引きよせ、乾いた喉を潤した。


せっかく温めておいた飲み物は愚弟のせいで冷え、味まで不快に変わっていた。



「貴様が嫌わずとも、私も貴様など大嫌いだ。」

私は呟く。


そうだ、ククールなぞ大嫌いだ。

ゴルドで敗れた私など、のたれ死ぬに任せれば良かったのに探し出し、もはや生きる気力も無かった私の世話など焼きたがる御節介で愚かな弟。


果ては今日のように、下らんイベントなどを喜々として私に披露しにくる、本当に鬱陶しい弟。




「ふん、嘘などわざわざ日決めでつくまでもない…私の人生において、嘘など数限りなくついてきた。」

サヴェッラでの日々は、私から真実を奪い去った。

いや、被害者面はするまい、“自ら望んで”真実を捨て去ったのだ。


そして私に残ったのは、ただ今の私だけ。



「ふん、どんなことでも嘘になるか…」

怪しげな行商人が売っていそうな、子供だましの代物だ。

「時が戻ると言えば、戻るとでも言うのか?自らの人生を巻き戻せると言えば、巻き戻されるとでも言うのか?時など戻らんっ!!我が人生を巻き戻すことなど出来んっ!!」



戻せる訳はない。

戻ったとて…




「オディロ院長を助け出せはしないのだっ!!どうせ何も変わらない…」




私は、気を直す。

「ふん…私としたことがこんな子供だましに本気で何を…」

そう思った私は、続いて眠気を感じた。

眠ってしまおう。

いつ眠ったとて、いつ起きたとて、もはや構わない身だ。













私は肩口に毛布の柔らかな感触を感じた。

誰だ、かけたのは?

ククールか、あの愚弟、戻ってきてまで余計なことを。

私が貴様の施しなど受けるものか。


私が身じろぎすると、毛布が落ちた。




「マルチェロや、風邪をひくよ。」

その声は、私を夢の彼方から引き戻した。


「オディロ院長っ!?」

私が跳ね起きると、オディロ院長はひどく驚かれた。


「どうしたのだね、マルチェロや。ワシがここにいるのにそんなにびっくりしたのかね?」

「あ、貴方は…」

声にならない。


貴方は死んだはずだ。

邪悪な杖に貫かれて。


「よしよし、きっと怖い夢でも見たのだね。怖くないよ、それはただの夢だ。」

院長はひどく優しく微笑まれて、私を軽く撫でられた。


そして私は、自らが聖堂騎士団長の制服をまとっていることに気付いた。





「マルチェロ団長っ!!牢に放り込んだ怪しげな旅人一行のことですが…」

「旅人?」

私が問い返すと、騎士団員は付け加える。


「ハッ、オディロ院長の寝室に不埒にも侵入した三人組…と緑の魔物のことです。」

「…」

私はしばし考える。


「…お連れしろ。」

「は?」

「無礼を詫びて私の前にお連れしろ。ぐれぐれも丁重に、だぞ?」

「ハッっ!!!」

理解不能という面持ちで立ち去りかける団員に、私は付け加える。


「そしてククールも呼べ。」

「はあ、また彼がなにか…」

「いや…今回は叱責ではない。」




呼ばれたククールは、疑問に満ちた面持ちだった。

「団長どの、オレ、まだ何か叱られるんですか?そりゃ聖堂騎士の指輪を無くしたのは騎士としてどうかと思わないでもないですが、まあ、戻ってきたんだし…」

「ククール。先ほどの旅人は解放する。」

「はあ?」


「先ほどの旅人と協力して、防衛の準備をしてくれ。」

「…はあ…」

私は、ドルマゲスと名乗る邪悪な道化師がオディロ院長の御命を狙っているから、と付け加えた。


「さっすが団長どの、そこまで先読みなさるんですね。」

疑問半分のククールに、私は言った。


「以上が私の命令…いや、頼みだ。」

「…」

ククールの表情が、和らいだ。


「ご命令…じゃなくて、お頼み、承りました。聖堂騎士団員ククール、全力を以って任務…じゃなくてご依頼を果たします。で…」

そしてククールは私の表情を窺う。


「で、団長どのは…」

「無論、私も全力を以ってオディロ院長をお守りする。」


「やったあ、団長どのと共同作戦なんですね。」

そして続けた。


「大好きな団長どのにそう言われるなんて、超、腕が鳴りますよ。」

満面の笑みのククールは、そして暦を見る。


「あ、嘘じゃないですよ。」


私も暦を見た。

今日は…運命の日。




「期待するぞ、ククール…我が弟よ。」

何故か私は心からの好意で、そう言えた。





2009/5/10




全世界5億人は知っているであろうドラえもんのひみつ道具「ウソ 8 O O(うそえいとおーおー)」
飲むと、全ての嘘が真実になってしまうという、使いようによってはこの世の理を反転させられる恐るべき秘密道具です。

原作でも、これを飲んだノビ太が、未来に帰ることになってしまったドラえもんを「ドラえもんは二度と帰ってこないんだ」と無意識に言ったことで、ドラえもんは帰らなくても良いことになりました。
なんでまあ、マルチェロでもそうなっていいかなー、と。

ククールはどこまで読み切って行動したんでしょうね?最後の(つまり記憶がないはずの)ことまで読み切ったんだとしたら…彼の先読み能力は、デスノートの月並みですね、ホント。

と言いつつこの話を書いたのはマルチェロの「4月バカの日でなくとも、貴様がバカなのは年中だ」という台詞を書きたかったがため…ということは、最後にバラしておきます。 inserted by FC2 system