Hungry?
彼女の名はゼシカ・アルバート。
名門アルバート家の令嬢としてリーザス村のアルバート邸に生まれ育った、問答無用のお嬢さまです。
そんな彼女は、最愛の兄のカタキ討ちのため冒険の旅に出たのですが…
「もーダメ…」
彼女はぺたりと座り込みました。
「おなか減って動けないーっ!!」
ゼシカはぶんぶんは腕を振ります。
「…もう少しで次の村に着きそうだから。」
リーダーのエイタスは優しく言いますが、内心では舌打ちくらいしたい思いでしょう。
だって、これは冒険の旅です。空腹だろうがなんだろうが、歩かねばならないのです。
「ムリー、絶対ムリー。あたし歩けないー。」
ゼシカはなにせお嬢さまです。
生まれてから一度も「飢餓」はもちろんのこと、「すごい空腹」を経験したことはありません。
いつだって食事の時間になって食卓に着けば、料理人がアルバート一家のために腕をふるった素晴らしいご馳走が出てきていたのです。
そんな彼女が、いきなり「冒険者」という過酷な生活に放り込まれたのですから…
ね?
「…」
「…」
「…」
エイタスとヤンガスとトロデ王は、顔を見合わせました。
「甘えるなっ!!」
と横っ面を張り倒しても構わないシチュではありますが、この3人はみんな女性には紳士だったのです。
「…と言っても、もう非常食無いしね…」
「しかし、か弱い娘じゃ、何とかしてやるが良い、エイタスよ。」
「はい、トロデ王。」
「アニキがそうおっしゃるならっ!!」
ヤンガスは勢い良く頷くと、口笛を吹きならしました。
それに呼びよせられたように、暴れ牛鳥がやって来ます。
「お、好都合でガス。」
ヤンガスは斧を振りかざすと、暴れ牛鳥を難なく仕留めました。
「ゼシカ、じゃあちょっと待ってね。」
元台所番の勇者は、手際良く暴れ牛鳥を捌いていきます。
トロデ王が火を起こし、ゼシカがしつこくだだをこねている横で、食事の準備はどんどん整っていきました。
「はい、ゼシカ。暴れ牛鳥の焼き肉っていうか焼き鳥っていうか…ともかくどうぞ。」
ゼシカは大きな目をぱちくりして、聞きます。
「前菜は?ソースは?お皿は?」
「…塩だけで美味しいよ?」
エイタスのこの忍耐力は、さすが苦労人というべきでしょう。
お嬢さま育ちのゼシカは、ちょっと文句を言いましたが、さすが空腹には勝てなかったのか、
ぱくり
と口に入れました。
「美味しーい♪」
ゼシカは大きな目を輝かせました。
「すごーい、モンスターを焼いてお塩をつけただけで、こんなに美味しいなんて。」
「うむうむ、野生のものは美味いのじゃ。ジビエと言ってじゃなあ…」
トロデ王が王族らしいうんちくを続けようとしましたが、ゼシカは次々と肉を口にいれるのに必死で、聞いてなんかいません。
ヤンガスとエイタスは「よく食べるなあ」とは思いましたが、黙っていました。
「あー、おなかいっぱい。」
ほんっとに良く食べた後で、ゼシカは大満足そうに言いました。
「良かったね、ゼシカ。」
「うん、冒険の旅に出て良かった♪」
エイタスは「お兄さんのカタキ討ちはどうしたの?」と聞きたくなりましたが、やめました。
「ホント、大発見。モンスターってこんなに美味しいのね。」
しみじみと言い放つゼシカの本当の恐ろしさに、この時はまだ誰も気付いていなかったのです。
「メラミっ!!」
ゼシカの放った紅い火球が、マタンゴを焼きます。
「止めはオレがっ!!」
そして、ククールの素早い一撃が、マタンゴの止めになりました。
「どうだいハニー、オレのこの優雅かつ鋭い斬撃は?」
「うん、サイコー。切る手間が省けたわ。」
ゼシカはわくわくした面持ちで、こんがりいいカンジで焼けたマタンゴに近づきます。
「うーん、いい匂い」
そして、マタンゴの顔とか舌とか、あんまり美味しくなさそうな部分を手にしたナイフでさくさくと切り取っていきます。
「エイタスー、ご飯にしようよー。」
ゼシカがあんまりニコニコ笑顔で言うので、エイタスもついついつられて、
「そうだね、食事にしようか。」
と言ってしまいました。
携帯用のパンと、こんがりマタンゴのバター風味。
「やっぱりこの季節はキノコよね?」
パンにマタンゴの薄切りをのせて、嬉しそうに言います。
「はは、ハニーはグルメだなあ。」
呑気に返すククールですが、エイタスはほんのりと嫌な予感を覚え始めるのでした。
「今日は生パプリカンのサラダー♪」
歌うようにして、パプリカンを切り刻むゼシカの姿があります。
「はは、ハニーは美容に気を遣ってるのかい?」
「もっちろん、生野菜はお肌にいいのよ?」
ゼシカの問いに、ククールはさすがに騎士らしくほほ笑みで返しますが、
「パプリカンって、野菜じゃねーだろ?」
とこっそり呟きます。
「パプリカンって、実は目玉の部分が美味しいよね、コリコリしてて。」
ゼシカはにっこり笑って、続けます。
「ヤンガスも食べる?」
「いやっ!!アッシは目玉は遠慮するでガス。嬢ちゃん食べるでガス。」
「あ、そーお?美味しいのに。」
そして、コリコリよりももっと禍々しい音を立てて、美味しそうに食すのです。
「…コレは不味くないかのう?」
明らかに食欲を失った表情のトロデ王が、エイタスに言います。
「まずいですね、いろんな意味で。」
そんな男どもの様子には気付かず、ゼシカは朗らかな笑みを浮かべて言います。
「じゃーん、デザートにはベホマスライムー。お砂糖かけて食べると、ゼリーみたいで美味しいって、こないだ発見したのー。」
そして彼女の手元には、恐怖でぷるぷる震えるベホマスライムの姿があるのでした。
「どーしてみんな、ワカメ王子食べないの?」
ゼシカが、ワカメ王子をもりもりと食べながら、不思議そうに問います。
「あ、あはははは…ちょっと海藻苦手でさ?」
「えー、髪がキレイになるのよー?生でも美味しいし、塩味で。」
「はは、ははははは…」
最近、ゼシカと男たちの食事場所は、少しずつ遠くなって行きました。
「なんでー、どうしてー?」
ゼシカの目が、とがめるようになります。
ヤンガスもククールも、そしてトロデ王も、
(何とかしろよ、勇者だろ?)
という顔で、エイタスを見つめます。
勇者カンケーないしっ!!
エイタスは心の中で叫びます。
もちろんエイタスだって「ゲテモノだよ、ソレっ!!」ってツッコミをしたいのは山々なのです。
自分たちの仲間としての信頼感は、そのくらいでは消え去らないと思うのです。
思うのですが、なかなかどうして、口に出来ないのもまた、人間関係の辛い所です。
「あっ、大王イカだっ!!」
エイタスは救世主を発見したように、目を輝かせて叫びました。
「おおっ、アレは刺身で食っても美味いでガスね。」
ヤンガスが気を利かせてくれました。
「焼いても美味いぜ。」
ククールもです。
「燻製にして保存食にするのじゃ、ゆけ、エイタスよっ!!」
トロデ王の号令に、エイタスは勇気百倍で飛びかかります。
「えー、大王イカも悪くないけどぉ、フツーすぎてビミョーって言うか…」
ゼシカの呟きは、一同、あえてスルーしました。
「恐竜って、一度食べてみたかったのー。」
アルゴグレートの姿を見つけ、ゼシカは大きな目をキラキラさせて叫びました。
「…」
聞こえないフリをする一同には気付かず、ゼシカは続けます。
「ほら、見たことない?マンガ肉っ!!原始人が食べてる、アレっ!!」
「…ソレは恐竜ではなく、マンモスの肉じゃなかったかのう?」
トロデ王は小さくツッコミますが、ゼシカはスルーです。
「あのシッポのとことか、どれくらいの肉がとれるのかしらー。」
いっそ恍惚とした表情のゼシカに、チャゴス王子が言います。
「は?お前まさか、アルゴリザードを食うつもりじゃないだろうな?」
一同、
ぎくり
としますが、聞こえないフリです。
「…そうですケド?」
「信じられんっ!!あんなケダモノを食う気かっ!?下々の者の味覚はよっぽど腐ってるらしいなっ!!」
一同は、チャゴスと出会って初めて、チャゴスに喝采を送りたい気持ちになりました。
ええ、だって自分たちが言いたかったことを代弁してくれたのですから。
もっとも、「下々」と一括りにされたことに対しては抗議の声を上げたくはありましたが。
「ハッっ!?」
ゼシカが切ったメンチは、チャゴス王子をすくみ上がらせるのに十分でした。
そして、1ターンが過ぎ。
「ボ、ボクは…お前らに任せたーっ!!」
チャゴス王子は逃亡しました、アルゴリザードからではなく…
アルゴリザードがやって来ます。
一同は、何にも気付かなかったフリをして、武器を構えます。
「ってゆーか、人の味覚にケチつけるとか、人間として、サイッテーよね?」
ゼシカの呟きなんて、もちろん聞こえていない事になっています、誰にも。
「はは、しっかし、ドルマゲスを食おうって言いだされなくて良かったよなー。」
ククールが救われたように言います。
「うん、キャプテン・クロウを食べようとか言われなくて、本当に良かったよ。」
エイタスもホッとした表情で続けます。
「アニキ、ドルマゲスはともかく、キャプテン・クロウは幽霊だから食うトコありやせんぜ?」
「はは、そうだね。」
一同は爽やかに笑いあいます。
なごやかに会話する男たちの天井には、絶望のように暗い岩壁が広がります。
そう、ここは煉獄島。
マルチェロにまんまとしてやられた一同は、この煉獄島に堕とされていたのでした。
すぐ側には絶望に打ちひしがれるニノ大司教。
だからと言って野郎どもも同じようにこの状況に絶望してヤケになっていているわけではありません。
「…」
ゼシカは暗い顔で三角座りをして、何やらぶつぶつと呟いていますが、一同はあえてそれを見ないように、呟きの内容を聞かないようにしています。
「レティスはかなり食べたそうな顔してたケドな?」
「でもまあ、神鳥だからさ。」
「ゲモンは焼いてやしたね。」
「はは、まあ鳥だからそこはカンベンしようよ。」
あはははは
虚ろに軽い笑いの中、ゼシカの呟きはだんだん大きくなります。
「あたしの黒犬の丸焼き、レオパルドの三枚下ろし…」
野郎たちはそれを聞かないようにするために、さらに空虚な笑い声を大きく立てるのでした。
それを現実逃避というならば、お言いなさいな。
ぐーきゅるるー
ゼシカの可愛らしいおなかから出る、どう考えても彼女の母親からは
「レイディが何ですか、はしたない」
と叱られそうな音を聞き、一同は不吉な思いをこらえきれません。
「……さあ。選ぶがいい。我に従うか さもなくば……そこにいる侵入者のように 殺されるかだ!」
客観的シチュとしては、マルチェロがさけんだその台詞と、あたりを囲もうとする聖堂騎士の方がヤバいのでしょうが、一同にとってはそんなことは何でもありません。
神鳥のたましいに導かれて、法王の演台に飛ぶまでの間も、彼女の腹は鳴りっぱなしなのです。
無理もありません。
煉獄島の中で、健康な若いものがまともな食事も与えられずに一月も過ごしているのです。
育ち盛りのエイタスもククールも、もちろんヤンガスだってとても空腹なのです。
ですが、この一大事だとすぐさまゴルドの法王即位式な駆けつけたのです。
ですが今、エイタスは食事を済ませてこなかったことを猛烈に後悔しています。
「……いいだろう。どうあっても 私の前に立ちふさがると言うのならば。」
マルチェロは自分の台詞を言うのに頭がいっぱいで、ゼシカの瞳が危険な色を放っているのに気付きません。
「手始めに貴様にこの手で引導を渡してやろう!」
マルチェロが剣を抜きます。
「うん、今ならあんたでも美味しそうにみえるわ、マルチェロ。」
そしてゼシカは、呪文の詠唱を始めます。
「人間って、どこが美味しいのかしら…」
そんな邪悪な呟きが、そこに交じりました。
「オレの兄貴を食わないでくれっ!!」
ククールの涙ながらの叫びが、全ての物音を打ち消しました。
「ラプソーンさえ倒せば、この闘いも終わりね。」
ゼシカが珍しく、食べ物に関係ないことを言いました。
「ああ、早くそうなって欲しいぜ。」
ククールはしみじみそう語ります。
だってあやうく、ゼシカに兄のマルチェロを食われかけたのですから。
あの時、暗黒神復活の爆発とかいろいろあって、ようやく気付いた一同が目にしたのが、深暗の闇へ落ちそうになっているマルチェロの姿でした。
そして次に耳にしたのが、
「ああっ、あたしのご飯が落ちちゃうっ!!」
というゼシカの呟きでした。
ククールはその呟きのおかげで、自分でも信じられないようなスピードで兄を助けに行けたのだと、感謝ともつかぬ感情をゼシカに抱いています。
エイタスとヤンガスは黙って顔を見合せます。
最後の戦い=最後のゲテモノ食い。
にならないかと、そう思いながら。
暗黒神を打倒して世界が救われたその感動を、暗黒神をむさぼり食う仲間の姿で穢されたくないと、心から思っているのです。
もうすぐだよ。
神鳥の魂がささやきます。
目の前に巨大な体躯をさらすのは、暗黒神ラプソーン。
一同は我知らず、ゼシカの反応をうかがいました。
「うーん…」
なんと、悩んでいます。
悩むことかよっ!?
一同は心中ツッコミますが、口には出しません。
ほら、最終決戦の直前に、仲間の輪を乱したくないので。
「コレステロールと脂肪分高そうだから、パス。」
「やったあっ!!」
思わず3人は歓声をあげました。
「どーしたの、みんな?もう暗黒神倒したみたいな叫び声上げて?」
独り理解していないゼシカを尻目に、3人はアツい眼差しで見返し合います。
この闘いだけは、爽やかに勝てると。
終る
2009/12/6
食欲の秋といえばゲテモノですよね。
というわけで、ゼシカのゲテモノ道中です。
このパーティーの中では、みんなけっこうゼシカに気をつかっているような気がします(馬の姿のミーティアを除けば唯一の女の子だし、それにお嬢だしね)
拙サイト設定でも、料理当番を免除されたりいろいろ優遇(甘やかし?)されているので、今回はもっと甘やかしてみました。
食文化は人のアイデンティティーの根幹に関わるので、無暗に「そんなもの食べるのー」と言ってはいけません。
いけませんが…ね?