大暑

元拍手話。
いやあ、今年の夏は本当に暑かったですね、というお話。




この夏はこの世界でも空前絶後の異常気象。

っていうか、炎熱地獄のような猛暑です。









「おうわっちぃっ!!」

奇声と共に、ククールが手袋を投げ捨てました。


「何なんだよ、この熱さわっ!!」

「ククール、漢字が違うよ。」

「違わねーよ、エイタスっ!!『暑い』んじゃねー、『熱い』ってのっ!!」

「アニキ、敵でガス。」

「分かった、みんなフォーメーション…」

「あちーっての、エイタスっ!!」

「ねえククール、敵…」

「この熱いのに、炎のブーメランなんて使うなよ。炎散ってヨケーあちーってのっ!!」

「てめえっ!!アニキの武器に何を…」

ククールは突如、今度は斧を構えるヤンガスを指さしました。


「ソレもあちーっ!!」

「…は?」

「その腹の贅肉が暑苦しいってのっ!!このあちーのに肉布団はカンペンしてくれよっ!!」

ジタジタバタバタ

敵を目前にしてジタバタとダダをこねるククールを前にして、エイタスとヤンガスは無言でしたが、ゼシカは耐えかねて呟きました。


「ねえ、どうして二人とも

『あんたのそのキッチリ着こみ過ぎたカッコの方が暑苦しいわよっ!!』

って言わないワケ?」







「あっちーっ!!!!」

大声と共に、ベッドに倒れ込んだ聖堂騎士が約1名。


「ったく、このアチーのに制服着崩しちゃなんねーって、騎士サマなんてやってらんねーよな、クソ!!なァトマーゾ?」

声を掛けられた大柄な聖堂騎士は、渋い顔をします。


「エステバン。私室だから着崩すなとは言わんが、その…文字通り『一糸まとわぬ』のは頂けないんだが…」

聖堂騎士エステバンは、「一糸まとわぬ」姿で、臆面もなく立ち上がります。


「なンだよ、いいじゃねェか、隠すモンなんか何もねェだろ?男同士なンだからよ。」

「いや、問題はそこじゃなくてだな…」

聖堂騎士エステバンは、


にたり

と悪ガキのように笑います。


「分かった分かった、じゃお前も脱ぎゃいいんだよ、トマーゾ。」

「…エステバン?」

「むしろオレが脱がしてやっよっ!!すーずしーぜー!?」







「つーワケで、やっぱあっちー時は海だと思うワケよ。」

一行はポルトリンクにルーラして来ていました。


「港町を吹き抜ける涼やかな風…」

ですが、港町ポルトリンクを駆け抜ける風は、ベタついて生温いと言っても良いくらいです。


ゼシカが沖合を見て、小さく叫びました。

「どうしたい、ハニー?」

「ねえ、沖にベタっと広がって見えるのって、もしかして…」

「オセアーノン…でガスね?」

「…茹でタコならぬ、茹でイカ化してないかな?」

一同は、ポルトリンクの海水にそれぞれ手をつけ、


「ははははははは…」

生温かい笑いを残して、再びルーラで消え去りましたとさ。







「っつかよ、みんなバテバテじゃねーか。」

聖堂騎士エステバンが指さす所、聖堂騎士の死屍累々です。


「…まあ、この暑さだからな。」

聖堂騎士トマーゾが、気の毒そうに頷きます。


「おっ、ソコ行くのはアントニオじゃねェか。何だよ、一人涼しそうに。」

髪を眉上で切り揃えた聖堂騎士アントニオは、涼しげな顔こそしていますが、それでも額に汗で髪がひっついています。

やはり本心は暑いのかもしれません、エステバンを無視して通り過ぎようとします。


「おい毒屋、無視んなよ。」

引き留められて、アントニオはしぶしぶ止まります。


「毒屋というのはやめて下さい。私は普通の薬だって扱ってますよ。」

「アントニオ、この暑さはさすがに堪える。何かいい薬はないのか?」

「ありますよ。ハッカ処方の湿布。貼るとスッキリします。それに汗疹によく効く塗り薬…」

「手品みてーに出てくるな。よし、一つくれ。」

「値段は応相談です。」

「同僚のよしみだ、タダにしとけよ。」

「何を痴れ事を。薬作るのだってタダじゃないんですよ。だいたいこの暑いのに火を起こすのだって一苦労なんですからねっ。」

「何だよケチー、ドケチー、眉上ー、毒屋ー、インギンブレーの内面ネクラー…」

「…いつもだったら何でもないんですが、暑いからイラつくんですけど?暑気払いにひと勝負したいなら、お相手して差し上げますよ?」

「面白ェ、どうせなら『楽しく』汗かこうじゃねェかっ!!」

「こら、いくら暑いからって、やめなさい二人ともっ!!」







「やっぱ、暑いときこそ雪国なワケじゃん?」

とのククールの言葉により、ルーラしてきて一行ですが。


「…ここ、どこ?」

「…オレ、オークニスにルーラしたと思う…けどな?」

「いや、オークニスだよ多分、だって建物が同じだし…」

「でも雪…ねえでガスな。」


一面草花に覆われた大地には、蝶が楽しげにとびかっています。


「おお、君たちか。」

どこかで聞いた声に振り向いた一行の目に入ったのは、アロハシャツを着た青年と、なんかハゲっぽい犬のような生物でした。


「…」

「…」

「…」

「…グラッドさんっ!?」

「ええっ!?」×3


驚かれた青年、というかアロハシャツ装備のグラッドは、無精ひげのない顎を撫でて微笑みました。


「ああ、やはりいつもと違う服装だと分かりにくいか。」

「分かりにくいどころか、別人だと思いました…というか、このオークニスでも、やっぱり異常気象なんですか?」

「ああ。」

グラッドは、通常Verより遥かに若々しい顔に苦しそうな表情を浮かべました。


「そうなんだ。冬こそ厳しいとはいえ、夏の暑さに苦しんだことのないこのオークニスにこの暑さだからね。建物は冬仕様だから風も通らず、みんなバタバタと倒れて行くんだ。おかげで忙しくて叶わないよ。私も夏仕様にして暑苦しい印象を与える無精ひげも剃り、治療に飛びまわっているのさ。」

「あの…じゃもしかして、そのハゲっぽい犬みてーな生物は…」

「バフ。」

「バフーっ!?」

もこもこしていたはずのバフは、元気なさげに鳴きました。


「バフも真っ先に暑さでやられてしまってね。可哀想だから毛を刈ってみたら、そんな…もっと可哀想な外見になってしまったのだよ。」

「バフ。」

「…いろいろご愁傷さまです。」

「ところで私だって避暑したいんだが、余所は意外と涼しかったりは…」

グラッドは、一行の複雑な顔を見詰め、


「しないんだろうねえ…」

とため息をつきました。







「あークソ、何してたってあちィってのっ!!」

聖堂騎士エステバンは、ヤケ気味に叫びました。


「夏だから仕方がないよ、エステバン。もう大人しくしてなさい。」

「夏ったって、暑すぎるだろォがよっ!!」

エステバンは叫んで足をジタバタさせましたが、ふと思いついたようにトマーゾに言いました。


「何か聞こえねェか?なんつーの、この『ぶしゆー』って音。」

「…ああ、この暑さだからな。」

「?」


ぶしゆー

という音はだんだん近づいてきます。


「やあ諸君、職務に励んでおるかな。」

「グリエルモ、血ィ吹いてるじゃねェかっ!?」

聖堂騎士グリエルモの毛一本ない頭部の青い静脈からは、間断なく血が吹き出ています。

なのに、トマーゾも、そしてグリエルモも気にした風もありません。


「ああグリエルモ、いつもの夏より出血量が多いじゃないか。」

「はっはっは、やはり今年は暑いであるからな。」

「いやいやトマーゾ、お前どォしてビビってねェんだよ?明らか、失血死しそォな血が出てるじゃねェか。」

「ああ、グリエルモは暑さが昂じると、血を噴き出して体温調節をするんだ。」

「ナチュラルに解説してんなよっ!!人体としておかしーじゃねェか!!」

「ああ、最初は俺も驚いた。でも、毎年の事だからな。きっとそういう機能を女神から賜ったのだと解釈…」

「トマーゾ!?お前、さり気に暑さでイッてねェ!?発言内容がお前じゃねェよ!!」








「…もうオレたちは暑さならぬ『熱さ』で、焦げ死にしちまうんだ…」

ククールが死にそうな顔と声で言いました。


「いつもなら反論してるトコだけど…割と僕も同感。」

エイタスも力無く頷きます。




ジリジリジリと照りつける太陽の下、一行は1枚の立て札を目にしました。




「えー…『納涼企画、ガマン大会!!君もこの暑さを、暗黒神サマの肉布団にくるまれて乗りきってみないか?』」

「…」

「…」

「…」


一行の上を、何か期待するかのような暗黒の影が覆います。




「あっ、あたし、砂漠とか行ってみたーい♪」

「いいでガスな。こんだけ暑いんなら、いっそ、暑さを極めるのも一興でガス!!」

「いいアイディアだな、ハニー。じゃ、さっそく砂漠の宿屋へルーラっ!!」

「ゴーっ!!」




砂漠より、我の肉布団の方が暑苦しいのに…

どこかから、ぽつりと哀しそうな呟きが聞こえました。







「あー死ぬ、もうダメだ、オレは死ぬ。トマーゾ、後のことは頼んだ…」

「頼むも何も…はいはい、分かったエステバン。じゃ、『涼み』最終手段を取りに行くか。」

「最終?」



カッカッカッ

規則正しすぎるブーツの音がしました。


「聖堂騎士トマーゾ、聖堂騎士エステバン。」

「ハッっ!!」


襟元まできちんと整えられた聖堂騎士団長の制服の上で、髪一筋の乱れもなく整えられたそのデコには、汗すら滲んではいません。


「任務は順調かね?」

「もちろんでありますっ!!」

「ほう…それはそれは。」

いったいどこがどういう原理になっているのか分かりませんが、エステバンはこの暑いのに汗が一瞬でひっこんだのを感じました。


「世俗の善男善女は、異常高温による夏バテなどと言っているらしいが…諸君らは、栄えある聖堂騎士だ。まさかそんな痴れ事を述べたりはしておるまいな。」

「もちろんでありますっ、マルチェロ団長どのっ!!何なりとお申しつけ下さいっ!!」

「良い心掛けだ。」


カッカッカ

再び規則正しすぎるブーツ音が響き、今度は遠くなりました。

聖堂騎士エステバンは、申しつけられた仕事の山と共に残されました。



「…マルチェロ団長どのにゃ、暑さは近寄んねェのかな?」

「さあ…まあ俺が暑さなら、近寄りたくはないな。」

「成程。」

聖堂騎士エステバンは、激しく納得しましたとさ。















念力の ゆるめば死ぬる 大暑かな   [村上鬼城]



終る


2010/10/30



気付けは寒くなるまで置いてしまっていた酷暑拍手。
グラッドさんは、夏のカッコしてあのヒゲ剃ったら、相当若々しいイケメンになりそうな気もしますが…いかがでしょう?
ひっそりと、受けキャラ設定ですが。

あと、村上鬼城の句は、冷房なんて存在しない時代の夏の乗り切り方を 痛いくらい こちらに伝えてくれる、素晴らしい句てあると思いませんか?

そっかー

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