だいすき

母の日なので、お母さんのお話。
肉欲の女と罪の子 をご覧でない方には分かりにくい話ですが、まあ読まなくてもなんとなく分かる様な感じです。







「はーい、どなたー?」

と、色っぺーお姉さんが出て来たので、オレはものすごーく驚いた。


だって、ここ、兄貴の家だぜ?

兄貴だぜ、兄貴?

オレの兄貴のマルチェロの家だぜ?



「ああ、はい、その…」

オレは、最初に目が行った乳間(だって見えるんだもん)から、視線を上に上げる。

ものすごくキスしたくなる、唇。

びみょーに乱れた黒い髪は、ベットの上でかきあげてやりたくなるコケットさ。




ともかく、色っぺすぎて、オレは反応に困る。

つか誰、この人。




「マルチェロー、お客さんよー。」

しかも兄貴呼び捨て。

どんだけ深い仲よ、兄貴と。



「んー、知らない。チョー美形の銀髪。」

オレはこのお姉さん(若いけど、オレよりは年上だろう)をとっくりと眺める。

ものすごく“遊びたい女“度の高い人だ。


そして、ものすごく“兄貴が嫌いそうなタイプの女性”でもある…








「貴様か。」

バリトンがオレの想像を切り裂いた。


「マルチェロー、知り合いー?」

お姉さんが、ものすごく馴れ馴れしそうに兄貴に


ぺたっ

とくっつく。


「…認めたくはないがな。」

ウソ、しかもそれに反応したよ。


「えー、あたしにも紹介してよー。」

お姉さんはしつこく兄貴にぺたぺた触った。


また、兄貴が避けないのが不思議で仕方ねーんだけど、でも、不愉快そうな顔なのもまた確かだ。




「あの…」

オレが口を開きかけると、


「言わなくても分かっているっ!!」

鋭い言葉が飛んだ。


「誰だと問いたいのだろう?」

オレは頷く。

分かってんなら早く言えばいいのに。




「えへへ、レコー。」

お姉さんは、嬉しそうに指を立てた。


また、兄貴の嫌いそうなタイプであるコトが立証されたケド、兄貴は苦虫を口中に放り込まれて噛み砕いたような渋いツラで答えた。




「母だ。」

「…」

もちろん、オレが反応できる筈もない。

なのに母と紹介された、


どっから見ても兄貴より年下の、

どっから見ても兄貴の好みの最極端にいるだろうお姉さんは




「フリアでーす。」

と、ものすごく軽ーく答えた。











「あの…フリアお母さん?」

オレは問う。


「なあに、ククールぼっちゃま。」

フリアさんは答える。


「とりあえずククール“ぼっちゃま”はやめてくんねーかな?」

「じゃあ、フリア“お母さん”をやめてくれたら考えたげる。」


「じゃあ、フリアさん?」

「はーい、ククール。」

彼女は、さくりと変換した。



互いの正体が判明した後、ものすごく不愉快な顔のまま


ぷい

と兄貴が家に戻ってしまったので、オレは彼女と二人きりになってしまった。




「…兄貴の母親って、“亡くなった”って聞いてたんだけど…」

「うん、死んでるわよ。」

彼女は自己矛盾も甚だしい返答をした。


「あの…じゃあ今ここにいるのは…」

幽霊?

問おうとしたオレの手を、彼女はさっと握って、思いっきり胸元に引き付けた。


「と、思う?この感触。」

「いーえ、思いませんっ!!」

そしてオレはすぐさま手を引っ込める。



いやね、オレだってこのくれーでドギマギするほど純じゃねーよ?

けどさ、オレよりいくつ年上の…まあ年上相手も慣れてるケド…って女性よ?

なにより兄貴のオフクロよ?




「ほーんと、ククールって奥さま似よねー。」

彼女はオレをしげしげと眺める。


「赤ちゃんの頃からきれいだったけど、大人になってもキレイってズルいわよねー。」

何がどうズルいんだか分らない。


「まあ、男の子は母親ににるって言うし…」

兄貴もフリアさんに似て…と続けようとして、オレは困った。




似てない、この親子。

髪の色と目の色と、そしていろんな意味で無駄に色気過剰なトコしか似てない。

まあ、そんだけ似てたら十分なのかな?



「でも、マルチェロって父親似だからー。」

そして彼女は、思いっきり触れにくいトコにいきなり触れた。


「はあ…」

「思わない?ゴーマンで尊大で無駄に高ビーでワガママなトコなんかそっくり…あ、顔も似てる。」

「…」

思いっきりその通りだけど、頷きかねる。


「思わない?」

空気読まないらしい彼女は(ここも兄貴と似てるな)もっぺん言ってくる。


「いや…オレ、父親の記憶あんまないから。」

オレは逃げを打った。


「ふーん…」

彼女はすぐにその話題に興味を失った。


オレは問う。

「あの…どうして兄貴のトコに現れたんですか?」

いや、他に聞きたいコトは山ほどある。

あるケド、一番聞きたいのはコレだ。




「へっへー。」

彼女は、嬉しそうに答えた。




「母の日だからー。」

「…」

ソレ、答えになってないし。














そしてオレは、そのまま晩御飯をご馳走になることになった。


「じゃーんフリア特製のディナーでーす。」

「うわー、うまそー。」

笑顔と共に出された食事は、見るからに美味そうだった。


「おいしそー、じゃなくて、美味しい、の。料理には超自信アリなんだからっ!!ねっ、マルチェロ?」

兄貴は、眉間の皺が額に彫りこまれたんじゃねーかってほど、渋い顔のまんまだった。


うわっ、空気重っ!!



兄貴はむっつりとした表情のまま一っ言も口を利かないので、仕方ねーからオレが代わりに彼女と喋る。

彼女は、いつ食ってんだってくれーよく喋る。

オレも世辞抜きで無茶うめー食事を食べながら、彼女に応える。




ちょっとフシギな晩飯の光景。

デザートを食べ終わるまで(でも兄貴は食事は完食した)遂に一言も喋らなかった兄貴に、彼女は口を尖らせて言った。




「ほーんと、アンタ、可愛くないっ!!」

兄貴が瞳を上げる。

大の男を一睨みでビビらせた兄貴の目を、彼女は負けじと見返す。




ホント、同じ色だ。





なんとも恐るべきことに、先に目を逸らしたのは兄貴の方だった。




「…」

黙って席を立とうとする。


「ホーント、可愛くないコ。」

彼女はもう一度言って、そしてオレはいきなり抱き寄せられた。


「ククールの方が可愛いっ!!」

「…」

いやいやいやいや、そんな小さい子を挑発するんじゃないんだから。



「…」

兄貴はオレを睨みつけ、そして視線を彼女に合わさずに、



「だったらそっちを息子にすればいいだろう。」

と、台詞の中身的には小さい子レベルの捨て台詞を吐いて、部屋に入ってしまった。




「もーっ!!!!」

彼女は子供みたいにじたばたする。


「昔っから反応が可愛くないんだからーっ!!」

「いやいやフリアさんてば子どもじゃないんだから…」

オレは宥めようとして、ふと思う。



そうだよな、この人、若いんだ。

オレよりちょっと年上なだけだもん…見た目年齢だけど。




「…母の日、あとちょっとしかないのに…」

ぽつん

と呟いた。




オレは、ひと肌脱ぐ気になった。

ほらだってオレ、全ての女性のナイトだもんな。
















そして、彼女と兄貴は屋外に置かれた丸太に並んで腰掛ける。

オレの説得の賜物。

いやあ、オレの説得スキルもなかなかだね。


なーんて気配は悟らせず、オレは二人の会話を窺った。




「何よ、わざわざ会いに来てあげたのに。」

彼女はいきなりふくれる。


「来てほしいと頼んだ覚えはない。」

兄貴も思いっきり大人げない台詞を吐く。


はた目から見たら、間違いなく恋人同士に見えるけど、この2人はれっきとした親子です。




「何よー…あんた、覚えてる?あたしに言った最後の言葉。」

「…」


「『お母さんなんかきらいだっ!!』

よ?あたし、自分が産んだ息子からこの世で聞いた最後の言葉がソレよ?」

「…」


「…何がそんなにきらいなのよ?それを聞くまで、あたし、帰らないからね。」

「…」

うーん、どう聞いても恋人会話だ。やっぱフリアさんの見た目が若いからなのか?


「言いなさいよー、ホント、ずっと付きまとってやるからねっ!!」

「…そこが鬱陶しいのだ。」

「…?」

「人の気持ちを推し量りもしないで、自分の都合ばかり優先させて…自分勝手だっ!!」

彼女は、目をぱちくりさせた。


「…」

そして、言った後で気まずそうな表情になった兄貴に、言った。




「あんたに言われたくないわよ。」

「…っ!」



オレは、吹き出しそうになるのをこらえる。

まったくだ。

人の気持ち斟酌しない大会があったら、ディフェンディングチャンピオン記録を生ある限り保持しそうな兄貴だもん。

それが、「自分勝手」って…




「だってあたし、頭悪いもの。人の気持ちなんて分からない。」

いやフリアさん、それに頭の良し悪しは実はそんなに関係ない。


「そんなに、あそこのご主人の子ども妊娠したのが気に食わなかったの?」

「…」


「だってしょうがないじゃない。お邸を追い出されて子持ちの女が、それなりの生活しようとしたら、お金のある男捕まえるしかないんだもの。」

「…母親だろう!?」

兄貴は、ひどく必死な声を絞り出した。


「母親だけど、女だもの。」

「…」


「でも、母親だもの。あんたと一緒にいようと思ったら、そんなことするしかないんだもの。」

「…」


ああ、フリアさん、もうやめてあげて。

なんか兄貴が痛々しくなってきた。




「あたしはあんたも大事だけど、自分も大事なのっ!!だからどっちも幸せになりたいの。なのに何よ、

『お母さんなんかきらいだっ!!』

ってっ!!」


彼女はふくれた。

とてもふくれた。




事情はよく分かんねーけど、オレにも、小さい時の兄貴のその言葉で、フリアさんがとても傷ついたことは分かった。




彼女は立ち上がった。


「もういい、理由は聞いたから帰ってあげる。」

兄貴は何も言わない。

立ち上がりすらしない。


大人げねーよ、兄貴。

兄貴がとても傷ついたのはオレにも想像がつくけど、でも兄貴、あんたはもうフリアさんの、母親の年を越えてるんだ。




ソコは大人になろうよ。






フリアさんはずかずかと歩くと、振り返った。




「あの世でもしばらくムカついてたんだけど…」

「…ど?」


「やっぱり…」

「やっぱり?」


「マルチェロ。」

「…何?」




「だいすき。」




兄貴は腰を浮かした。

けど、もう遅かった。




全てが夢だったように、彼女の痕跡なんて、何も残っていやしなかった。




















翌朝。


「ククール、ルーラで私を運べ。」

出し抜けに。

そして人にものを頼んでいるのに命令口調で、

兄貴はオレに言った。


「はいはーい、お客さん、どこに行きましょ。」

慣れてるからオレは気にしねー。








飛んだ先はマイエラで、兄貴は何も言わずにどんどん歩き、そして途中の小さな町の花屋で、カーネーションを買った。




さらにどんどん進んだ先は墓地で、そして、小さな墓石の所まで来て、兄貴は足を止めた。





無言で花を手向ける兄貴。

気の利くオレは、ちゃんとそこから離れてやる。




「…お母さん…」

兄貴が発したとは思えない、小さくて、そして可愛らしい響きの言葉が聞こえたから、オレは小走りで更に離れる。










うん、どう続くかオレには分かる。

分かるから、オレは聞いちゃいけない。











良かったね、フリアさん。

良かったね、兄貴。




ようやく仲直りが出来て。





2009/5/10




わりと昔から書こう書こうとしていたけど、いざ母の日近くになると忘れていたので書けていなかったお話。
童貞聖者シリーズでは救いがなさすぎる母と息子の別離だったので、ちょっとフォローになればいいと思います。

そして、拙サイトをご覧のお母さま方へ、良い母の日でありますように。 inserted by FC2 system