人はそれを“恋または変”と呼ぶか? その一




いろいろ書いてますが、べにいもは、別に面食いではありません。
「外見的好みのタイプの有名人は?」
と聞かれて
「興福寺金剛力士像」
と答えられるくらい、面食いではありません。でも、筋肉フェチではあるかもしれません。最近のマイブームは、足の筋肉です。だから、兄の太腿にはメロメロです。






「誇り…?」
マルチェロは怪訝そうな顔をします。


「マルチェロさま、あなたは

『王家に生まれただけで王足りうるか』

と仰いました…ええ、わたくしの答えは です!!」


「…」
マルチェロは、黙って奥様の話を聞いています。

奥様は知らないことですが、マルチェロが 黙って人の話を聞く なんて事は、あり得ないくらい珍しいコトなのです。
ククールが見たら、驚愕したでしょう。



奥様は続けます。

「王とは、高貴な上に高貴な方。ですから、 余人より全てにおいて優れて いなくてはなりません。ですが、いくら王族とは言え、生まれながらに全てに優れている事は難しいでしょう。ですから、自ら王者たるべくお努めになるのでしょう?ええ、それはとても辛い事ではあるでしょう…その際に、 自らの支えとなるもの それが誇りではないでしょうか?」





奥様は名家のお生まれなので、生まれながらのレイディですが、それはそれとして、更に完璧なレイディたるべく、 幼少期から厳しい教育を受けてきました。
奥様は根っから真面目な方ですが、そんな奥様でも弱音を吐きそうになるような厳しい淑女教育でしたが、くじけそうになると、彼女のお母様はいつもおっしゃったのです。


「アローザ、あなたは高貴に生まれついたのです。淑女たらずして、なんとします? 生まれに恥じない淑女におなりなさい。」


ちなみに、奥様は嫁いだ先で生まれた娘であるゼシカにも、淑女教育を施して 激しく反発され ましたが、彼女はその失敗を

「わたくしはゼシカに甘すぎた。」

せいと認識していらっしゃいます。ちなみに当のゼシカは母親の淑女教育を 超スパルタ と認識しています。


なんというか…実の母子であっても、理解しあうという事は難しいものです。





「偉大な祖先の血を受け継いでいることを常に意識し、それを誇りに思い、 血に恥じない自己を形成すること それが 高貴なる者の責務ですっ!!」




そうお考えの奥様が、どうして ラグザットみたいなしょうもない男 を娘の婚約者に選んだのか…それは、 アルバート家七不思議の一つ として、長く語り伝えられるべき謎かもしれません。




マルチェロはようやく口を開きました。

「マダム…だとしたら、高貴に生まれつかなかった者には、誇りを持つ事は許されんのかな?」




奥様はしばし考えました。

なにせ奥様の狭い交友関係の中には、 高貴な生まれに恥じまくる輩高貴な生まれではないけれど、立派な人 も、どちらも存在しなかったからです。




奥様はじーっとお考えになり、そしてわが身を省みられ、




そして、結論を出されました。





「いいえ、マルチェロさま。血はひかなくとも、誇りを持つ事は出来ますわ。なぜなら…わたくしはアルバート家に嫁いだ身…つまり、アルバート家にとってはよそ者ですけれども、この家に誇りを持っていますもの。」


マルチェロにじっと見つめられるので 奥様は胸の高鳴りを押さえきれなくなりそうですが スパルタ淑女教育で身に付けた強固な精神力でそれを完全に封殺し、続けます。



「むしろ…なんら頼るものもなく、自ら誇りを持ち、優れた者たろうとする方は、素晴らしい方だと思います…」




マルチェロがため息をつきました。

「どうされました?」

「いや、私は貴女に嫌われずに済むのかと思いまして…な。なにせ、私には高貴な血など一滴も流れてはいないのだ。」

「…でも、マルチェロさま?ゼシカが申しておりましたわ。ククールさんは、領主のご子息だと。あなたはその兄上なのですから…」

「私はメイドの子です。」




奥様は、数秒間、呼吸を忘れました。




「全ての領主が、マダム、あなたの亡きご夫君のように立派な方な訳ではない。領民に愛され、妻に誠実な男な訳ではない。…ククールは正妻の子だ。だから、あなたのご息女に 血筋の上で 恥じる事はない。だが私は…ククールとは母親が違う。」



マルチェロは、真摯な瞳でアローザ奥様のハシバミ色の瞳を見つめました。



「私は、正統な婚姻によって生まれた嫡子ですらないのだ。」






アローザ奥様は、 もしかしてわたくしは、プロポーズされているのではないか という錯覚に捕われました。


ええ乙女モードな奥様でなくとも、文脈上この後に

「そんな僕でもよければ、結婚して下さい!!」

と続きそうだよなー?と勘違いしそうな展開です。






奥様は、 ときめきを押さえようと努力する余り、 激しく厳しい顔 になりました。

マルチェロはそんな奥様を見て、 ちょっと哀しそうな 顔になりました。


奥様は、心臓がバクバクする音が相手に伝わるんじゃないかと本気で危惧しましたが、 お年の割りに豊かな胸の脂肪の厚みが防音効果を発揮し 動揺を悟られずに済みました。




「やはりご不快ですか、マダム。貴女のような…」

「そんな事はありませんわっ!!」


ちょっと淑女らしくない大声でした。



「そんな事はありませんわ、マルチェロさま。だってあなたは、頭も良く、博学で、腕もお立ちになり、物腰も優雅で、礼儀作法も完璧で…つまり、なんでもお出来になる方ですもの!!それだけの事がお出来になるまでには、さぞや大変なご苦労があったのでしょう?でも、あなたはそれを全て乗り越えられた…」
奥様は、動揺の余り何を言っているのか自分でもよく分からなくなってきましたが、見た目は平静そのものです。



「克己する努力は尊いものです。ですから、わたくしは… わたくしはあなたを尊敬こそすれ、蔑むことなど、決してありません!!」






奥様は、言い終わった後で、ご自分の顔が ご自分の髪より紅く なっていると自覚しました。






だから奥様は、恥ずかしくてマルチェロと目を合わせられませんでしたが、マルチェロはぽつりと呟きました。

「…そこまで…マダムのような貴婦人が、顔を真っ赤になさってまで、一生懸命褒めて下さったのを見るのは、初めてだ…」




奥様が目を上げると、 優しい翡翠色の瞳 とバッチリ目が合いました。




「恐縮です、マダム…あなたの優しさを、女神が祝福して下さいますように…」







その後、お休みの挨拶をしてマルチェロが出て行く過程を、奥様はあんまり覚えていませんでした。











2006/9/4






一連の会話を狙ってやっていたなら、兄はスゴ腕の結婚詐欺師になれそうです。
が、アホノーマルなんで、完全天然会話だと思います。
まあ、兄も自分の人生が全否定された後なんで、微妙に弱気になって、こんな事言ってるんだと思ってください。




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