絶叫 その二
ウチのゼシカは凶暴な訳ではなく、情緒不安定なお年頃…なだけではないかと、ふと思いました。
しかし、DQ世界での成人は十五六。ゼシカの年で子どもの二人や三人いる女性はそんなに珍しくはない筈。つまり…
ゼシカはやっぱり、子どもっぽい?
ま、んな事言ったらこのシリーズの登場人物はみんな、いい年して子どもっぽいですが。
注)アンジェロというのは、マルチェロがリーザス村で使っている偽名です。
「ゼシカ、ゼシカっ!いい加減になさい。食事はみんなで一緒にとると、いつも言っているでしょう?」
「いらないっ!!」
そんな母娘のやり取りが、アルバート家の邸内に響き渡ります。
「いったい、何をふくれているのです?言いたいことがあるなら、ちゃんとおっしゃい!!」
「…うるさいわよっ!!」
アローザ奥様はほとほと手を焼いて、ゼシカの部屋をノックする手をお止めになります。
「まったく…今度はいったい何だというのかしら…」
奥様がため息をつかれると、様子を見に来たマルチェロが言葉を返します。
「ご令嬢がご機嫌を損ねていらっしゃるというのなら、仕方ありますまい。」
「すみません…しつけがゆき届かなかったのか、我侭な娘で。」
「いやいや、人間、機嫌が良くない日というものもあるものですよ、マダム。」
激しく優しい宥めの言葉に、奥様もその渋面を和らげられます。
「ありがたい仰りようですわ、アンジェロさま。ではゼシカ。いらないというのなら、構いません。そこで好きなだけスネてらっしゃい!!…さ、アンジェロさま。大変お待たせいたしてしまいましたわ。食事に致しましょう。」
二人が去っていこうとすると、ドアの中から、涙声の叫びが聞こえてきました。
「お母さんなんか、大っ嫌いっ!!」
食事席ではククールが、二人が戻ってくるのを待っていました。
「お待たせいたしましたわ、ククールさん。では、食事を始めましょうか。そうね、今日のワインは…」
何事もなく食事は始まりましたが、ククールは空けられたゼシカの席が気になって仕方ありません。
ちらちらと視線を向けていると、聡い奥様にバッチリ、見咎められました。
「お気遣いいただく必要はありませんわ、ククールさん。当人が食べたくないというのです。三日でも四日でも、好きなだけ、空腹でいればいいんだわ。」
奥様はお怒りでした。
「は、はあ…」
目線を下に落とすククールに、奥様は追い討ちをかけられます。
「でも、もう二日目だわ。サーベルトの時のようにわたくしと口論したでなし…一体、何をふくれているのでしょう、あの子は。ククールさん、ご存知ありませんか?」
「いいえっ、さっぱりご存知ありません、奥…お母様っ!!」
マルチェロが不審げな視線を向けてきましたが、ククールは知らぬ存ぜぬで押し通しました。
「本当に…自分の婚約者のもてなしを何だと思っているのかしら。あの子にはレイディとしての自覚が足りないわっ!」
おかんむりの奥様をマルチェロが宥める様子を見ながら、ククールは思いました。
言えない…
兄貴と奥様が“仲良くしてる”のを見るのが嫌でゼシカが食事に下りてこないだなんて、オレには言えない…
夜中。
とうに皆が寝静まった頃を見計らって、ククールはゼシカの部屋をそっと訪れました。
別に、いかがわしい事が目的ではありません。そして、ククールの手には、小さなバスケットがありました。
「ゼシカ…ゼシカ?ごめん、遅くなった。食事持って来たよ…」
ゼシカは二日間食事をしてに降りては来ず、またあの頑固な奥様が、そんな彼女に食事を差し入れる訳もなく。
その間、いくら彼女が
胸部に多量の脂肪を蓄積している
とはいえ、飲まず食わずでいた訳ではありません。
こうやってククールが、奥様の目を避けて、食べ物を差し入れていたのです。
ククールは、とんとんと小さくドアをノックしながら、
オレってばホント、美形の上に献身的だなんて、理想の彼氏だよなっ。
と思っていました。
「…ゼシカ…?」
しかし、何度ノックしても返事がありません。
ドアノブをひねってみると、鍵がかかっています。
ククールはちょっと考えた末に、
前人未到のカリスマスキル120
にしてようやく習得できる
伝説の色男のみが使用出来るという究極の呪文
を唱える事にしました。
「…いくぜっ…伝説の呪文…
全ての夜這いを成功させる禁断の呪文…
アバカムっ!!」
かちょん
小さな音がして、ドアは開きました。
「…ゼシカー…寝てたらごめんよー…別にオレ、夜這いとかじゃないからねー?オレは君を心配して…」
ストーカーの自己弁護
のような怪しげな台詞を呟きながらククールが室内に入ると、中には誰もいません。
「…ゼシカ?」
本当に、どこにもいません。
「おいおい、いい年して家出とか言わねーよな…一体、どこ行っちまったんだよー、ゼシカー?」
ゼシカは、村内にはいませんでした。
「…サーベルト兄さん…」
彼女は、リーザスの塔の最上階…そう、ゼシカの最愛の兄、サーベルトが息絶えた、あの場所にいたのです。
「兄さん…兄さんのお墓は村の中にあるから、誰かが聞いてしまうかもしれないじゃない?でも、ここなら誰にも聞かれないから平気だわ。」
彼女はリーザス像の前に座り込むと、彼女の心の中のサーベルトに向かって
「聞いて、サーベルト兄さん。お母さんたら…いい年して
ヘンな男にひっかかっちゃったのよ?」
彼女はそんなイヤな出だしで、話を始めました。
彼女は語ります。
ククールと自分が
あむわぁーい!!新婚生活
をラヴラヴ送る筈の予定に突如割り込んできた
デコの広い男
の事を。
自分にさんざ
愛しているのは君だけだよ
と囁いてきた癖に、
やたらと兄の肩ばっか持つムカつく恋人
の事を。
そして
「お母さんてば…お父さんが生きてる時は、お父さん以外の男の人には、目もくれなかった癖に。お父さんが死んだ時に、あんだけ泣いてたくせに。それからだって、どんなカッコいい男の人が来たって、見向きもしなかったくせに…
なんであんなデコの広い電波な極悪人
を選ぶのよ…おかしいと思わないっ?サーベルト兄さんっ!?」
そして彼女は、彼女に思いつく限り、彼女の脳みそが絞りだせる限りの
マルチェロへの罵詈雑言
を並べ立て始めました。
とは言っても、当の本人が聞いたら、あのイヤーミな笑み
を浮かべて
「なるほど。確かに罵詈雑言への熱意は認めるが、
オリジナリティというものが皆無
ですな、ゼシカ嬢。」
と冷静に評価を下してくれそうな可愛い代物です。
まあ、マルチェロも弟と同じく
罵詈雑言を浴びせられる事のプロ中のプロ
なので、評価が辛いのは仕方ありませんが。
「…シカ…ゼシカ…もう、やめなさい…」
「…え?」
ゼシカは、どうしようもなく懐かしい声を耳に受けたような気がしました。
「…サーベルト…兄さん…?」
彼女がそう問いかけると、
ぱああ…
と暖かな光が広がり、そして、光の中に、懐かしくも優しい微笑を浮かべた美青年が立っていました。
「…兄さんっ!!」
ゼシカは走りより、抱きついてみました。
もちろん、それは感触を持ってはいませんでした。
「ゼシカ…お前が泣いているのを見て、どうしてもたまらなかったんだ…だから、女神さまに無理をお願いして、こうやって少しだけ、姿を現すことを許して頂いたんだよ…」
「…」
感涙で瞳が潤むゼシカを優しく見つめ、サーベルトは言いました。
「ゼシカ、お前は優しい子だよ。だから、そんな悪口を言うのはもうやめよう?せっかくの可愛い顔が台無しだよ。」
ゼシカは声がつまりそうになりながら、大好きな兄に訴えました。
「だって…だって兄さん…」
2006/9/26
…中学生みたいな駄々こねゼシカです。
ところで、マルチェロって、罵声を浴びせるのも浴びせられるのも激しく慣れてそうですね。彼に言葉責めをするのは難しそうです(笑)
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