「ククール、相談がある。」
マルチェロのその言葉に、ククールは
心臓が爆発しそうな驚き
を覚えました。
相談…兄貴が相談…
オレに相談…♪
兄マルチェロとは、なんだかんだ言って十五年以上の付き合いですが、勿論、今までの人生で彼は、
一度たりとも、兄から相談
などという、兄弟っぽいコトをされた事はありませんでした。
じーん…
ククールは、
ようやくオレも兄貴と兄弟になれたんだっ♪
と深い喜びを噛み締めました。
「なになになにぃっ!?オレに出来ることなら、
オレの命だって捧げるよっ♪」
嬉しさの余り、うっかり命まで捧げてしまいましたが、
「お前の命などいらん。」
兄はあっさりと流しました。
「…じゃあ、なに?」
ちょっぴり切ないククールです。もちろん、兄はそんなククールの傷心など気にもかけずに続けます。
「うむ、マダム・アローザの事なのだがな…この間彼女が倒れて以来、どうも、態度がおかしいのだ。なんというか…避けられているような気がする。」
確かにあの一件以来、奥様はなんだかマルチェロを避けるそぶりを露骨に見せていました。
「私は特に彼女に何かした覚えもないのだが、ああいう態度をとられると、仕事にならん!!」
ククールは、兄の表情をじいっと窺いました。
そして、ククールは言いました。
「兄貴…あのさあ…アローザ奥様はさあ、ぶっちゃけ
兄貴に恋してるんだよ。」
先日、奥様が突如、兄の顔を見て叫び出した事件の後、ククールはなんとなく気付いていました。
ええ、彼の予知能力は、
悪い予感限定で
当たるのです。
前回のゼシカの一連マダンテ騒動で懲りたククールでしたが、でも、やっぱりあれ以来の奥様の奇妙なそぶりを見る限り、そうとしか思えませんでした。
アローザ奥様の態度って、誰かを好きになった“女のコ”と一緒だー
まあ、奥様は“女の子”というには、ちょいとその…アレでしたが、それでもククール的には充分、
オレがナイトにならなきゃいけない、麗しい方
範疇にいらっしゃいました。
ともかく、アローザ奥様が
恋する乙女
状態でいらっしゃって、そんでじゃあ誰に恋してるんだ?と考えたら…そりゃ…兄しかいないでしょう。
兄マルチェロは、
中身は相当アレ
ですが、少なくとも外見的だの挙措だのは、じゅうっぶんっ!!
乙女が恋するに値する人ですから。
兄はククールの言葉を聞くと、
とても不機嫌そう
な顔になり、言いました。
「ククール、貴様…マダム・アローザは敬虔な淑女だぞ?それを貴様、
“私に恋”などと…ふしだらなっ!!」
“恋”をふしだら
と言われてしまい、やや呆然としたククールでしたが、続いて兄に
「貴様、婚約者の母親の名誉を傷つける気かっ!?」
とまで言われて、慌てて反論しました。
「ちょ…ちょっと待ってくれよ兄貴。兄貴と奥様はなんともないんだろ?」
「当たり前だ。私は
神聖なる童貞だと言ったろう?」
「だったら…別にふしだらでも何でもねーじゃん…」
ククールは言いかけて、ふと、思いつきました。
「あのさ…兄貴さ…マイエラ修道院にいた時にさ、寄付金集めに貴族の屋敷に行って…その時にさ、
『マルチェロさま、お慕いしておりますわ♪』
って言われた後、具体的にどんなコトされた事ある?」
兄は、更に不愉快極まりない表情になったあと、
「口にするのも忌まわしいが…」
と前置きして、
赤裸々なセクハラ三昧の寄付金集め
の顛末をククールに語りました。
寄付金集めというのは、ぶっちゃけ、
ホスト稼業と変わりません。
相手をおだて、スカし、
ケツを触られたり、股を揉まれたり
更には、
「寄付金が欲しけりゃ、あたしと寝なさい!!」
という言葉に涙を呑んだりしなければならないのです。
寄付金集めのプロであったククールも、
思い出すだけで胸が悪くなるような
嫌なセクハラを多々受けた事があります。その度に彼は、
「ああ、オレを絶世の美形に生んだ親が憎いっ!!」
と、自らの美貌を呪ったりしました。
がまあ。
たまには
セクハラされるのが嬉しいようなデラい別嬪の奥様
に、いいコトを教えてもらったりもしたので、そうそう世の中捨てたものじゃないことも学びましたが、それはともかく。
兄も寄付金集めには奔走していましたし、兄ほどの男前だったら当然、
セクハラの五百や千
はされているでしょう。
その中で、三十過ぎるまで
神聖なる童貞
を守ってきた労苦たるや、並大抵のものではなかったに違い有りません。
「兄貴…」
ククールは、涙で視界が霞むのを感じました。
「そりゃ…
女性観も恋愛観もセックス観も
歪みまくるよなあ…」
ククールは、涙ながらに決心しました。
“恋愛”という言葉から、
サカリのついた女が自分に、無理やり関係を迫ること
としか連想できない兄に、
セックスに至るまでに、告白したり手をつないだりキスしたり乳揉んだりと、いろいろ段階があるフツーの恋愛
を教えてあげようと。
アローザ奥様がせっかく、兄に
乙女な恋心
を抱いてくれているのだから、好都合です。潔癖症な兄には、まずはプラトニック・ラヴから始めるのが、恋愛経験としては最適でしょう。
ククールは、兄に言いました。
「兄貴…アローザ奥様にさ、
とりあえず“好き”って告白
すればいいんだよ。」
うっかり回りくどい説得をしようとすると論破される恐れが大きいので、ククールは直球勝負を図りました。
「…何故、私がマダム・アローザに告白など…」
ひっじょうにまっとうな兄の反論に、ククールは返します。
「なんだよ兄貴、じゃあ兄貴は、
アローザ奥様のコトが嫌い?」
「いや…そういう訳ではないが…しかし、私は彼女のビジネス上での…」
「ひでえよ兄貴っ!!兄貴は、
オレの婚約者の母親が嫌い
なんだね?あんまりだよ…兄貴は言ったじゃないか。
『お前を幸せにしてやりたい』って…オレ…オレ…
兄貴が奥様を好きになってくれないと、とっても悲しい、とっても不幸…」
ククールは、かなり無理のある論理のすり替えを行いました。
ええ、かつての兄なら即座に論破したに違いない無茶苦茶さでした。
が
「…そうかな…?」
なんとっ!!通用しましたっ!!
「そうだよっ!!さあ、兄貴ッ!!まずは奥様に“貴女はとってもステキだよ♪”って言えばいいんだよッ!!」
ククールは、力いっぱい叫びました。
2006/10/19
これはアホモではないので、兄貴とククールがセクハラされてるのはもちろん女性です…が、だからと言ってイイ訳でも無いですよね?
とりあえず兄貴は、「わたくしの自室に個人祈祷に来てくれませんこと?」と言われて行ったら、当のご婦人がすっぱだかで抱きついてきた…なーんて経験が、うんざりするほどあるんじゃないかと思います。
そりゃ…女嫌いにもなるよな。
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