どんな美しい花よりも貴女が その三




ようやく、サブタイなお話です。









「このような良いお天気に散歩するのは、ほんとうに気持ちのよいものですね、アンジェロさま。」

「左様ですね、マダム。」




アローザ奥様をエスコートし、マルチェロはしばしリーザス村内を歩くが、ふと気付いたように話しかけた。




「マダム、前々から気になっていましたが…この村に植えられている薔薇は、他所で見るものと変わっておりますな。」



奥様は、柔らかに微笑むと、お答えになる。




「この薔薇の名前は、 ロザリンド と言いますの。」


「ほう、それは麗しい名ですな…」


「わたくしがアルバート家へ嫁いでくる際に、実家から持たされたものが増えたものです。」


「それは…なにか由緒がお有りに?」




奥様は嬉しそうにお笑いになると、仰る。


「お聞きになりたい?」




マルチェロも、少し微笑む。


「ええ、ぜひ。」





奥様は、わずかばかり空を眺められると、話し始められた。









「わたくしの祖父は、咲き誇る薔薇の花のように美しく、燃えるような薔薇の色の髪を持ち、薔薇の花びらのように穢れのない乙女と恋に落ちました。乙女の名を ロザリンド と言いました。」




咲き誇るロザリンドの薔薇の花をお手に取られ、奥様はお続けになる。




「ですが、祖父は名門の御曹司。ロザリンドは一介の町娘…二人の恋の前には、大きな障害があったのです。それでも恋を諦めなかった祖父はとうとう、両親から、遠くサザンビークへの留学を強制され、ロザリンドと別れる事を余儀なくされてしまいました。期間は三年…若い二人には、永遠のように長い時間でした。」




朱色がかった薔薇の花弁を、奥様は撫でられる。




「祖父は、留学に旅立つ前夜、ロザリントを訪れました。手には、とても美しい薔薇の花の鉢が。…祖父は仰ったそうですわ。

『ロザリンド、これは僕が野原から探した薔薇の花だ。…君のその美しい赤毛と同じ色の薔薇の花…ロザリンド、三年はとても長いから、僕への愛が冷めてしまうことはもちろんあると思う。それは構わない。君は誰からも愛される素敵な人だから、幸せになってくれ。』」





奥様は薔薇の花に、少し、かんばせをお近付けになった。




「祖父は、けれど続けました。

『でもね、ロザリンド。もし、僕の愛を信じてくれるなら、三年待ってくれ…僕は何が起こっても、誰が反対しても、君と結婚する!!』

そして祖父は、ロザリンドに薔薇を手渡したそうです。

『この薔薇の花は、僕の愛の証。大事にしてくれ。…もし僕が不実を犯せば、この薔薇はきっと枯れ果てるだろう。けど…僕が君をずっと愛しているなら、この薔薇はたくさん、たくさん増えるだろう。』」





幾重にも重なり、盛んに咲き誇る薔薇の花。




「そして三年後…祖父はアスカンタの屋敷に戻ってきました。そして真っ先に、ロザリンドの家を訪ねました。そして、彼女の家の庭には…」




見る者が見れば気付いたろう。奥様のおぐしと、薔薇の花が同じ色であることに。




「…薔薇の花が咲き誇っていたのです…ええ、あの日のあの薔薇の花が。…そして祖父は約束どおり、ロザリンドと結婚しました。ええ、もちろん周囲は反対しましたけれど、二人には あの日の薔薇の花 という、目に見える愛の証がありましたから。ロザリンドは、美しいだけでなく、聡明な人でもありましたから、やがて周囲も彼女を愛するようになりました。そして、その薔薇の花には、 ロザリンド との名がつけられたのです。」




マルチェロは小さく頷くと、独り言のように呟きました。




「お幸せな方だったのだな…あなたの祖母君は…」


奥様は、少し切なそうなお顔をなさると、お答えになりました。




「祖母ロザリンドは、年をとっても…さすがに薔薇のような赤毛は白くなってしまいましたけれど…本当に素晴らしく、そして美しい方でした。彼女はわたくしが嫁ぐ少し前に亡くなりましたけれども、その死の床でわたくしに仰ったのです。

『アローザ、お嫁に行く時はあの薔薇も持っていきなさい。あの薔薇の花はわたしに幸せをくれたように、きっと貴女にも幸せをくれますから。』

と。…ですからわたくしは、この ロザリンドの薔薇 を嫁入り道具の一つに、この村に持ち込みました。…そして…あれからもう二十年以上もたってしまったのですね…この薔薇が村中に咲き誇る訳です。」





遠い目をなさる奥様。




「ええ、この花はわたくしに幸せをくれたと思いますわ。…夫にも、そしてサーベルトにも先立たれてしまいましたけれど…それでも、ゼシカがそれを補わんばかりによくしてくれますもの…」




哀しく伏目勝ちになる奥様に、マルチェロは言う。




「貴女のその、ストロベリー・ブロンドは、祖母君譲りでいらしたのだな。」



奥様は顔をお上げになると、冗談交じりの口調でおっしゃいました。




「ええアンジェロさま、そうですわ。昔からよく言われたものです。…でも残念ですわ。赤毛だけはそっくりでも、“薔薇のような”と評された美しさだけは、到底引き継げませんでしたもの。」




奥様は、そう仰りつつも、マルチェロの顔をお窺いになる。


「確かに。」


「…」



落胆なさる奥様に、マルチェロは ロザリンドの薔薇の花 を、一輪折り取り、奥様のお顔の隣に差し出す。




「これほど美しい薔薇の花でも、貴女の前では…このように鮮やかさが失せよう。この薔薇より…いや、この薔薇だけでなく、そこに咲くカスミソウでも、夾竹桃でも同じ事…」




奥様は、驚いたように、マルチェロの言葉の続きをお聞きになる。


マルチェロは、そっと囁くように、奥様に言った。










「どんな美しい花よりも貴女が…マダム、 貴女が一番お美しい…」




















「かーっ!!すげえっ!!兄貴、アンタはすげえよっ!!



木陰からこの一部始終を見守っていたククールは、おもわず、 オッサン臭い感嘆のうめき声 を漏らしてしまいました。




ええ、本当にスゴイ事です。まさに快挙です。



どこが快挙かって?

ならご想像くださいな。読者諸姉の皆様、皆様方の恋人が、今回のマルチェロのような会話を始めたと…




笑いがふき出すのを七秒堪えられますかっ!?




そうです、 常人が行ったなら、ちゃんちゃら可笑しいにも程があるコッテコテの会話 を、マルチェロは、 カンッペキにっ!! 最初から最後まで通したのです。

これを快挙と言わずして、なんと言いましょう?



ちなみに、これはククールの 身贔屓極まる 感想では有りません。なにせ、ククールの後ろでは リーザス村村民一同 が、 激しく感動して アルバート家の女主人の麗しすぎるラブロマンス を見守っていました。


まあ確かに中には、



「そこでギュッと抱きしめなっ!!」




とか




「キスだ、キス!!ぶちゅっ!!といけーッ!!」




とか




「押し倒せーっ!!ッ!!」








なーんて、 不埒な輩 もいましたけど…ね?











そして、もちろんこの ぴゅあぴゅあな二人 は、そんなコトは一切せずに…そして、自分たちの会話を村民全てが聞いているなどとは気付きもせず、 爽やかにお散歩を続けたんですってよ?


2006/10/27




はー…満足満足。ここまでコテコテ書けたら、もうこの世に執着無く、極楽往生出来そうです。
ちなみに「ロザリンド」というのは、US版での奥様のお名前です。余りに麗しいお名前なので、どこかで使ってやろうと思っていましたが、今回、ようやく使うことが出来ました。
しかしマルチェロ…すげえ…本気ですげえ…アンタは天然のスケコマシだよ!!




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