Boy Meets GIrl`s Mother その二





「そうですか…」

ポルクとマルクから、娘婿志願の男の悪逆非道ぶりを聞いても、アローザの顔色は変わりませんでした。

「いいの、おくさま?」

「あいつ、もうすぐ来るよ?なんなら、おれ達が追い出して…」


そんな軽薄な男の一匹や二匹、わたくし一人で十分ですっ。」


静かな怒りを露にしたアローザに、ポルクとマルクはビビっりまくりました。


「おくさまが本気で怒ったら、大丈夫だ。」

「うん、なんせおれたちがまだガキんちょだった頃、おやしきに入ってきた盗賊を消し炭にした腕だもんね。」

「じゃあがんばれ、おくさま。」

「うっかり、ゼシカねーちゃんまで消し炭にしないように気をつけてね。」



ポルクとマルクを見送った後、アローザは手元の


『ダメンズウォーカー 「マイエラ地方編」ーあなたのお嬢さんに魔手が迫る。こいつらだけは近づけてはいけない



を手にとったのです。


「ククール…とんでもない男。ゼシカが深窓の令嬢なのをいいことに毒牙を延ばすとは…あなた…アルバート家の主婦として、娘は絶対に守り抜きますっ!!」


ちなみに『ダメンズウォーカー』は、各地方ごとの要注意オトコを掲載した、年頃の娘(及び美少年)を持つ親必携の書物でありました。完全予約制の上に高額でありながら、地味にこの世界での発行部数ベスト10入りを誇る書物でもあったのです。

 その書の冒頭ダメンズに挙げられていたのが、なんと、ククールだったのでした。。彼女の怒りも母として当然と言えましょう。


しかも、その紹介文として挙げられていたデータは、さきほどマルクとポルクが説明したものを完全に一致していたのです


 ここで、少し冷静になって考えてみれば、仔細漏らさず特徴が一致していた点にこそ、『ダメンズウォーカー』記事のニュースソースの客観性のなさが窺えたはずなのですが、さすがに聡明なアローザも、そこまでの真相を読み取ることは出来ませんでした。


というか、ぶっちゃけた話、『ダメンズ…』のククールに関する記事は全て、弟憎しの念に凝り固まっていたころのマルチェロが流した情報そのままだったのです。『ダメンズ…』の編集部はジャーナリストとして失格であると言えましょう。



閑話休題。

だがもし仮に、『ダメンズ…』に記載がなかったとしても、ククールはアローザの敵意から逃れることは出来なかったでしょう。

 なにせ彼女は血統至上主義を生まれたときから叩き込まれた、筋金入りの選民主義者だったからです



 お話は、彼女の生まれにまでさかのぼります。

彼女の故郷は古き小国アスカンタ。おうちは、王族の流れを汲む由緒正しき高位貴族でした。

お友達になるのも、生まれのよろしいおうちの子供ばかり。

年頃になり、貴族のおうちらしく当人の意向なんて無視して決められた婚約相手は、世界を救った七賢者の末裔であるアルバート家の嫡男でした。

政略結婚がどうとかこうとかいう小難しい理屈は知らずに育てられた彼女は、何の疑問も持たずに、親の定めた婚約者に嫁いだのでした。


 ふつうならここで、結婚生活の矛盾から、“高貴な血”というもののうさんくささを感じたコトでしょう。

たとえば、結婚した夫が

女好き

だとか

博奕狂で家産を食いつぶした

だとか、

正妻が嫡男を産まないのに腹を立てて、メイドに手をつけて子どもをうませた

だとか。

 そうして、建前と現実の矛盾に苦しんだ挙句、人は真実を知るものです…フツーは。


 しかし、彼女にとっては幸運なことだったのですが、彼女の夫となった人は

温厚で妻に誠実、知勇兼備で、村人からの信頼も絶大、しかも美形

という、理想の王子様を絵に描いたような方でした。彼女が

やはり、血筋の良い方は立派な方なのだ

と、再認識したとしても、誰が責められましょう。



 そうして、みなに祝福されて生まれた長男は、やはり、

温厚で、親孝行、知勇兼備で、責任感に溢れ、誰からも好かれる人柄の良さを持ち、 しかも美形 に育ち、彼女の
やはり、血筋の良い子は立派な子になるのだ

という認識を深めてくれました。


 彼女の長女は何故か、いわゆるお転婆に育ってしまいましたが、彼女の信念は揺らぎません。

この子も血筋が良いのだから、わたくしが手をかければきっと、淑女に育つに違いない

という強すぎる信念の元に厳しいしつけを施し、結果的に余計手のかかる子にしてしまいましたが、彼女にはそれが自分のせいであるという認識はこれぽっちもありませんでした。



 もちろん、彼女の自我をゆるがすような出来事は沢山ありました。


出来が良すぎた長男のサーベルトは、女神に愛されすぎて運命の神の嫉妬を買ったのか、謎の道化師に殺害されるという悲劇に見舞われ、早々に神に召されてしまいました。


 そもそも人のいう事を聞かなかった長女のゼシカは、

「兄さんの敵討ちに行く!!」

と聞かなかったので、とうとう勘当処分にしてしまいました。


 まあ、世界を救ったらしいので勘当処分は解いてやりましたが、それでも、娘を自由にするつもりは、アローザにはありません。アルバート家では跡継ぎが死んでしまったため、ゼシカには良い婿をとって、家を継いでもらわねばならないのでした。





「それなのに…あの子ときたら…」

アローザの、そろそろ白髪が目立ち始めたとはいえそれでも美しい赤毛が、怒りで燃え立ちそうになりました。

どこの馬の骨とも知れない男をっ!!」



「…お、奥様…ゼシカお嬢様がお帰りになりました…その…男の方をお連れになって…」

メイドが、女主人の怒りの形相に恐れおののきながら報告します。

「…ええ、お通ししなさい。丁重に、ねっ!!」

「…は、はい…」


 

カツ

カツ

カツ

という、近づいてくる足音を聞きながら、アローザは戦略を考えました。


(どうせ、礼儀のなっていない、顔だけがとりえの若者でしょう。入ってくるなり、その無礼をとがめてやりましょう。)

 彼女は実家にいる間に、名家の奥様となるべく、礼儀作法その他のお嬢様芸事はもちろんのこと、賢者の家の妻として恥ずかしくないだけの魔法、そして、いざという時のために兵法まで学んでおりました。


兵は機先を制すを第一とす


 入ってくるなり相手をひるませ、戦略的に優位をしめようという計画な訳です。彼女は、そんじょそこらの男には迫力で負けない自信もありました。



コンコンコン


「…どうぞ、お入りください。」


ドアが開き、姿を見せた瞬間に一喝してやろうと息を吸い込んだ彼女は


お初にお目にかかります、マダム。」

と、完璧なアクセントと、完璧な礼儀作法で言ってのけた男に隙を見出せず、黙ってしまいました。


「先にご挨拶も申しあげず、突然の訪問に至りました非礼を、まずお詫び申し上げさせていただきます。」


「…い、いえ…ご丁寧に…」


もしやこやつがククールか?

と思ったアローザでしたが、どっからどう見ても銀髪ではありません。年も一回りは上そうです。


「そして、紹介が遅れました。これが、私の愚弟のククールでございます。」

その台詞に、ややしぶしぶとした表情ながら、優雅で十分合格点のつけられる礼儀作法で応えた若者は、確かに銀髪の美形でした。


「このたびは、愚弟と、お嬢様のの今後について、重大なお話をさせていただくべく、参上させていただきました。まことに恐縮ですが、お時間をいただけましたら幸いに存じます。」

当のククールの兄と名乗る黒髪の男の、あまりに完璧な礼儀作法と、挨拶と、無を言わせぬ話運びに、アローザは文句を言う隙を見出せずにいました。


「…お客様に、お茶をお出しして。」

アローザはとりあえず、戦略を一部変更することにしました。





「どうして許してくんないのよっ!!お母さんのバカっ!!頑固アタマっ!!」

「お前がなんと言おうが、許さないものは許しませんっ!!」

いざ本題に入ると、ようやくアローザにペースが回って来ました。


「おかあさん!!そんなアタマごなしに言う事ないじゃ…」

「あなたに、“おかあさん”なんぞと呼ばれる筋合いはありませんっ!!」




そもそも、頑固さには自信があります。娘と、娘婿希望者の銀髪の青年の反論異論を大声と気迫で叩き潰しながら、彼女は真の自己を取り戻したような快感 すら覚えていました。

 最初は、黒髪の男が完全黙秘状態にはいった事を少々不気味に感じはしましたが、今ではその存在すら忘れるほどのスーパーハイテンションモードに入りました。



「よいですか、ゼシカ。そもそもあなたとこの青年とは、 家柄が違います!


アローザの台詞に、黒髪の男が伏せた目を上げた事に、彼女は気付きませんでした。



「わがアルバート家は、かの七賢者の末裔という名門です!!


その台詞に、黒髪の男の翡翠色の瞳に、強い色が宿ります。



「そこに、どこの馬の骨とも知れない血を入れるわけにはいきません。あなたも分かっているでしょうっ!?」


黒髪の男の手がぶるぶると震えているのに、もちろんアローザは気付きません。



「しかもっ!!この母の実家は、あなたも知っての通り、アスカンタの名門貴族です。」

なぜか、銀髪の男が、あせったようにアローザと黒髪の男の方をいったりきたりしています。


(これだから、下賎の男は…どうせあの礼儀作法も付け焼刃でしょう…)


彼女はとどめをさすつもりで、満身の威厳をこめた大声で叫ぶように付け加えました。


「しかも、元を正せばアスカンタ王の血筋を引く…」

「なるほど、あなたはよほど、ご自分の家系の高貴な血筋がご自慢らしいっ!」

アローザの言葉の続きは、黒髪の男の、大きくはないが鋭すぎる言葉に切り捨てられてしまいました。

「…は?あ、当たり前です…わたくしはアルバート家の主婦として…」

「家系!!血筋っ!!身分っ!!あなたのお話はそればかりだっ!!」

続けようとしたアローザではありましたが、男の台詞はますます鋭さを増し、彼女を切り裂くように発されます。


娘と、銀髪の男は、わたわたとなんとか黒髪の男を制止しようとしていますが、燃え上がるような怒りをその瞳に宿した男の声は、大きさと激しさを増していきました。



「王家の血筋か…ふん、結構なことだ。まこと、やんごとないご身分でいらっしゃる…だがマダム。あなたは考えたことがおありか?その王家の血筋とやらが、いかに根拠のない神話であるかを…私はあなたに問う…」


アローザは、完全に予想外の男の言葉に気おされて、言葉も発せられません。

ですが、完全にエキサイトしてしまったらしい男は、






だんっ!!




と、お茶菓子を運んできたメイドを驚愕させて、お盆を取り落とさせるほどの勢いでテーブルを叩くと、椅子を蹴倒す勢いで立ち上がり、叫んだ。




「王とは何かっ!?」




このマルチェロが書きたくて始めたといっても過言ではないこの駄文です。
さて、マルチェロ前法王様は、弟の彼女のお母様相手になにをシャウトするのか…次回をお楽しみに。




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