Boy Meets GIrl`s Mother その三
凍てつく波動を発動されたような、凍りつく雰囲気の中、黒髪の男は腕を振り上げ、叫びました。
「ただ王家に 生まれついた。それだけの理由で、わがまま放題 かしずかれ暮らす王とは?」
よく通る、艶のあるバリトンがあたりに響き渡ります。
誰も、物音すらたてられませんでした。
アローザ奥様と、メイドは威圧されて。
銀髪の青年と娘は、あっけにとられて。
ですが、黒髪の男は意にも介しません。まるでここが演壇ででもあるかのように、大仰な身振り手振りで続けます。
「ただの兵士には 王のようにふるまう事は 許されぬ。たとえ その兵が王の器を 持っておろうとも生まれついた身分からは 逃れられぬ。」
「な…なに?この人はなに?私は、『ゼシカお嬢様にプロポーズしに来た銀髪のイケメンと奥様が、真正面から対決する様子』をみたくて、お菓子運びに志願しただけなのに…なんでこんな社会主義革命主義者の演説みたいなのを聞いてるの?」
メイドがわずかに涙声で呟きますが、黒髪の男の朗々として、かつ、隙のない、電波な演説にかき消されます。
アローザは、ただただ、黒髪の男の顔を呆然と見つめるしか出来ませんでした。
なんせ、今までの四十数年の人生で、一度たりとも、このようなタイプの男…人の家でいきなり演説をぶちはじめる様な男に遭遇したコトがなかったからなのです。
まあアローザでなくとも、普通の人間はそうでしょうが。
男の演説は、しばしの淀みも、しばしのたるみもなく、延々と続きます。
「神も 王も 法王も!!みな 当然のように 民の上へ君臨し、何ひとつ 役には立たぬ。だが奴等は君臨するのだ、何故かっ!?」
語気鋭い問いかけに、みな、授業中に先生の問を向けられそうな生徒のように目を伏せます。
男も別に誰かに答えを言わせるつもりはなかったらしく、自ら答えを口にしました。
「それが血筋の力だと言うのだっ!!尊い血筋の持ち主は、尊く!!卑しい血筋の持ち主は、卑しい…奴等はそう語る!!」
「…そこまで露骨には言わないんじゃないかと、あたしは思うんだけど…」
娘はたまりかねて、ボソっとツッコんでみたが、当然、男は聞いていないようです。
また、母であるアローザの耳にも入りませんでした。
「……だが 私は違う。尊き血など 私にはひとしずくたりとも 流れてはいない。そして、そんなものに 意味なぞない。だが 私はここにいる。自らの手で この場所に立つ権利をつかみ取ったのだ!」
「あ、兄貴…ここは聖地ゴルドでもサヴェッラ大聖堂でもなくて、ゼシカの実家なんスけど…」
銀髪の美青年のツッコミも、空しく流されました。
大演説は、それから一時間半はたっぷり♪続きました。
そして一同が、
猛毒の霧を食らったけど、キアリーがないので回復できないよどうしよー(泣)うわーん、もう13ターンも過ぎちゃってた、HPが尽きちゃうー(泣)
というようなカンジのギリギリ瀕死な気持ちになったところで、ようやく、長い地獄の演説は一区切りがつきました。
カチャ
とうに冷め切っているはずのお茶を男が飲み干し、小さなため息をついた事で、ようやく場の雰囲気が和みました。
「…」
そこでまた口を開こうとする男を、銀髪の青年と娘はひっつかみ、
「しっつれー」
「しましたー!!」
とやたらとヨシモトのノリ(アローザは書物としての知識でしか知りませんが、なんでも遠い世界のお笑い劇団らしいです。)で去っていってしまいました。
その夜。
使用人たち一同は、そらぞらしいまでに何事もなかったような様子で行動していました。
まあ、アルバート家の一人娘に求婚に来た青年の兄が電波系という事に、屋敷の奥様は触れられたくないに違いないという、当然過ぎる思いやりの結果だったのですが、実は当の奥様はその事はあまり気にしていませんでした。
ベッドで寝返りを打ちながら、アローザは、あの 得体の知れないにも程がある男のことをずっと考えていました。
なにせ、今まで出会ったどんな男たちとも違います。
まあ、彼女の会ったコトのある男といえば、夫と息子と、実家の親戚知人(貴族)と、このリーザス村の人々くらいなのでたかがしれていますが。
アローザは、自分の認識能力の高さに絶対的な自信を抱いていましたので、この世に自分の理解できない事象が存在するのは許せないタイプの人間でした。ですから、あの黒髪の男のことも、なんとか把握してやろうと、眠りもせずに、考えていたのです。
今まで会った事のある人間。
今まで話を聞いた人間。
本で読んだことのある人間。
彼女は必死で記憶を過去にさかのぼらせ、なんとか黒髪の男を把握・認識できるような情報がないかを探したのです。
常人ならば、あーゆー人間に出会ってしまったら
こいつはおかしいんだ
と考えて終えられるのですが。
そしてそれは、多分…てか、間違いなくとても正しい認識なのですが、アローザは残念ながら、生真面目すぎたのです。
考えても考えても、結論は出てきません。
それでも、あの男の事が気になって眠れません。
そうこうしていくうちに夜は白み、アローザは、こんなに黒髪の男の事が気になる自分をバカらしく思うようになって来ました。
「どうして、こんなにあの男のことが気になるのかしら…」
呟いたアローザの脳裏に、彼女が少女の…しかもとても小さな少女だった頃の記憶が不意に浮かびました。
それは、彼女の実家のお屋敷の中庭であったような気がします。
「アローザおじょうさまは、もうご婚約がお決まりなのですねえ…」
少し哀しそうにそう言ったのは、彼女が小さい頃になくなった、乳母の一人であった気がします。
「ええ、そうよばあや。わたくしは大きくなったら、アルバート家のご子息のお嫁さまになるのよ。」
自分は誇らしげにそう答えた気がします。
「こんなお小さいのに…もう、ご結婚相手がお決まりなんてねえ…」
「どうして、ばあや?アルバート家はとても名門で、ご子息は、とてもすてきな方だと言うわ。」
「おじょうさまは、恋をなさらずにご結婚なさることになるのですよ?お気の毒に…」
「こい?ばあや、“こい”ってなに?」
「とてもステキな事ですよ。」
「それは、新しいドレスを作っていただくよりステキなこと?」
「もちろんですとも。」
「おばあさまから、とてもおいしいクッキーをいただくことより?」
「もちろんですとも。その何倍もステキな事です。」
「どうしたらそんなステキなことになれるの?」
「恋は、神様から与えられるものですよ、おじょうさま。自分でも気がつかないうちに、恋をしているものなのです。」
「まあ、ばあや。それなら、いつ“こい”をしたのかわからないじゃないこと?」
「ええ、ええお嬢様。そんな難しいことではございません。簡単なことでございますよ。ある殿方のことを、気付いたらいつも考えている。その方のことを考えると、夜も眠れない。そして…」
アローザは、ふと気付きました。
「確かに…あの人のことをずっと考えているわ。おかげで夜も眠れはしない…」
「そしてなに?」
「その方の事を考えると胸がドキドキする…それが恋でございます。」
「…」
アローザは、胸がドキドキするのを実感しました。こういう事は、自覚するとそれが自己暗示になるものだという事を、恋愛経験がほぼ皆無な彼女は勿論、知りません。
「…恋…」
呟いてみると、もっと胸がドキドキしてきました。
「恋っ」
その晩結局、彼女は一睡もできませんでした。
彼女の眠りを妨げたもの…それは恋のときめきでした。
ええ…その漢字の“したごころ”を“すいにょう”に代えたほうが、当然、客観的な事実には近いには違いないのですが。
なんだかエラい事になってきました。
マルゼシはいろんなサイトさまで見たことがありますが、マルチェロとアローザ奥様のカプは、DQ同人世界広しといえども、拙サイトブログだけでしょう…
だから何だという話ですが。