あばれ牛どりのモモ肉 398G その一

といいつつ、やっぱりあの図体からしたら牛っぽい気もする。
しかし…肉が固そうだな。









奥様は、隣で黙々とジャガイモの皮をむくマルチェロの存在を気にしすぎて、 乙女にうつむきながら ひたすら鍋をかき回しなさいます。



「マダム…」

「は、はいっ!!」

「そろそろジャガイモを入れてもよろしいですかな?」

「え…ええ…」




あんまりに黙り過ぎているのも、 それはそれで淑女らしくない とお思いになられた奥さまは、おずおずと口を開かれます。



「でも、孤児院の子供たちも元気そうで、本当に宜しいですわね。」

マルチェロは、少しだけ表情を和ませました。


「左様ですな、マダム。これもマダムの御好意のたまものです。本当に感謝いたしております。」

軽く、でも優美に一礼するマルチェロに、マダムはそっと微笑まれます。


「いえ、マルチェロさまと…娘と、村の皆の尽力のおかげですわ。」

さりげなくどっかの赤銀の生物が除外され ましたが、もちろんマダムに悪気はさらさらありません。





「…この世には“善意”の持ち主は山ほどおりますが、それを実行に移す為に身を削る者はほとんどおりません。孤児院経営などは、まさに慈善事業。それにご賛同いただけるマダムがいらっしゃらなくては、やはり何事もなされなかったのです。」




奥様のお立場となさっては、本気でそんなに善行をした気ではありませんでした。

なにせ、奥さまはお金にお困りになられた事など一度もございませんでしたので、そもそも増え過ぎて困っているような財産の使い道が出来るなんて、 むしろ有難いこと ですらあられたのです。



やはり、 御育ちの良い方は善良でいらっしゃいますね。





「…マダムは善良でいらっしゃるから…」

骨の髄までの極悪人 が、口を開きます。


「この世には、金を唸るほど持ってはいても、それでも貧者にビタ一文も出そうとはしない金持ちがいくらでもいるのです。嘆かわしいことに…女神に仕える輩にも、いくらでも…」

「マルチェロさま、マルチェロさまはそんな方の中にあっても、 一人孤高に高潔でいらした のでしょう?」

さすが知らないだけあって、 いっそ清々しいまでの嫌味に聞こえる科白 をおっしゃるマダムに、マルチェロはただ苦笑を返しただけでした。








「マルチェロさま…」

マダムは、 あばれ牛どりの肉を焼き串にぷすぷすお刺しになりながら ひたすらもぢもぢされました。


「マダム…」

「は、はいっ!?」

「あばれ牛どり一頭を丸々焼き鳥になさるおつもりですか?」

「あらっ…まあ…」

ついつい高速で焼き牛鳥を作成していたので、気づいたらマダムの周りには、 焼き牛どりの山 が出来ていました。


「子どもたちが空腹で戻ってくるから、山ほどの御馳走で迎えておやりになるおつもりですね。さすがマダム、素晴らしいお心づかいです。」

「え、ええ…お褒め頂いて光栄ですわ…」

「では、先にいくらか焼いてしまいましょう。」

マルチェロはそう言うと、器用にオーブンに火をおこしました。











ほわわわわん

台所内に、美味しそうな匂いが広がりました。




「…」

マダムは、ご自分の料理でありながら、そのかなり美味しそうな匂いに、ちょっぴり空腹を覚えられました。


もちろんマダムは バリバリの淑女 であらせられるので うっかりお腹を鳴らしなんてなさいません でしたが。





「…私の母は…料理担当のメイドでした。」

マルチェロが、また口を開きました。


「彼女は料理が上手で…そして“ある少年”が彼女のところに行くと、いつもその少年に言ったのです。

『マルチェロ、出来たてで美味しいわよ。食べて食べて。』

と。少年はいつも言ったものです。

『母さん、つまみ食いは悪いことだよ。』」



「まあ…その少年は、ずいぶんとしつけのゆき届いた良い少年でしたのね。」

「はい、そうだったのでしょうね…でもね、マダム。その少年だって、出来たての料理や出来たてのケーキのあの匂いに誘惑を覚えなかった訳ではなかったのです。ただ… 他の子供たちより、人の目を気にする質だった だけなのです…」


マダムはお聞きになり、言葉をお返しになりました。


「わたくしも、そんな女の子を知っていますわ。その子もとても意地っ張りで、どんなに美味しそうなお菓子を出されても、人に勧められなくては手を出さなかったものです。彼女はよく言っていました。

『まあ、そんなことレイディはしません。』

でも、マルチェロさま。その少女だって、美味しそうなお菓子を山ほど食べたくなかったわけではありませんのよ。やっぱりその子も、 他の子供たちより、人の目を気にする質だった だけだったのですわ…」





奥様とマルチェロは、互いに顔を見合わせて、 そっと笑いあい ました。




「わたくしも年をとったのでしょうね。昔のことばかり思い出されます。でも…過去にとらわれすぎるのは、良いことではありませんわね。」

「ええ、確かに。過去にとらわれても、未来が狭くなるだけです…」


奥様には、マルチェロのその言葉の本当の意味を推し量ることはできません。


でも、奥様はマルチェロの、 とても深い悲しみ を、感じたような気がしました。





奥様は、そっと焼き串を手に取られました。


「マルチェロさま、小さな過去から克服なさいませんこと?」

「おやおや、マダム・アローザともあろう方が、つまみ食いですか。」

「ええ、わたくしも小さな過去を克服いたしますから。」


奥様は なんと大胆 にも、 マルチェロに「はい、あーん」を試みよう となさいました。




なんとも恐ろしいことに、 マルチェロもそれに応じようとする という、 DQ世界始まって以来の珍事 が、まさに完遂されようとした、その時でした。









「ゼシカのおふくろさんは、ここでガスか?」

超無粋な来客 が突如やって来ました。




2007/7/25




ほら、韓国ドラマみたいな展開だから、さ?




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