でも、そのサンタは…

元拍手話。
クリスマスに苦悩する美青年の心温まるお話なはず。

ええ、もちろん番外編ですよ?









「僕のいないクリスマスか…」

リーザス村のアルバート邸。落ち着いた雰囲気の邸の中、そう呟く青年がいました。

歴然とした美青年なのに、通り過ぎるどの女性も、彼には目もくれません。

彼はゆっくりと宙を滑る様に飛びました。



ええ、彼はいわゆる幽霊なのです…



「僕がいなくても…お母さん、クリスマスを無事に迎えられますか?」

青年が心配そうに見下ろした先には、見事な赤毛の美しいレイディが静かに読書をしていました。




青年の名はサーベルト。

先ごろ亡くなった、本来ならアルバート家の当主であったはずの人物です。









「お母さんてば… 未だにサンタさんを信じてる からなあ…僕がいないと、一体、誰がサンタ役をしてくれるんだろうか?」









ええ、みなさまもご存じのとおり、マダム・アローザは賢明な女性です。

ですがそれと同時に、少女のような無垢な魂もお持ちの方であります。


彼女は小さい頃、ご生家で

「アローザ、きちんと良いレイディにしていたら、聖なる晩にはサンタさんが、プレゼントを置いていってくれるよ。」

というご両親の言葉を心から信じて、そして小さな良いレイディでありました。


そしてこのアルバート家に嫁がれてからも、妻の純真な魂を心から愛していたらしい優しい旦那さまは、自らサンタとなって、聖なる夜にはプレゼントと優しいキスを贈り物としていたのです。

そして旦那さまは、まだまだお若いながら死の床に就かれた時に、まだ少年ながらしっかりしていたサーベルトを枕元に呼んで、こう言い残されたのでした。




「サーベルト、お父さんが死んだら、お前が代わりにサンタになってくれるかい?」

なぜならお前のお母さんは、未だに「サンタさんは本当にいる」と信じているからだよ…


そうお続けになった父の言葉を、サーベルトは最初は本気でとりませんでした。

だって、その時の奥様は、もう30うん歳です。


サンタさんを信じるには、ちょっとあんまりだろ…



ささやかながら第二次反抗期だったサーベルトは、その懐疑心から、そのクリスマスにはサンタさんをしませんでした。

そして、聖なる夜の翌日、めったに感情を出さないマダムは、本当に、心から悲しそうにおっしゃったのです。




「わたくし、今年は良いレイディではなかったのですね。サンタさんが来てくれませんでしたわ…」


サーベルトは、その、涙さえこぼれそうな母の表情を見て、


僕は生ある限り、お母さんのサンタさんになろう

と決意しました。




ですが、残念ながらサーベルトの生は、失われてしまいました。

四の五の言っても仕方がないことですが、もちろん、サーベルトだってもっと人生を楽しみたかった気持ちもあります。

しかし、若くして夫を亡くした母と、幼くして父を亡くした妹のために、超人的な努力で「立派な息子兼立派な兄」であろうとしたサーベルトは、やっぱりここでもその責任感を発揮してしまいました。


「お母さんのサンタさんになってくれる人を、僕が見つけてあげないと…」

サーベルトはもう、一人の人物に目をつけていました。




ええ、今年一年の決算をはやばやと行っている、微妙にデコい長身の男にです。




もちろん、杖の魔力に捉われたドルマゲスに殺された身としては、その杖で至尊の身を得ようとした人物に、大事な母親のサンタさん役を任せるには不安がいっぱいです。

ですが、肝心の母親がこのデコい男を好きなようでは、仕方ありません。


「僕はお母さんの息子なんだから、お母さんが一番幸せになれるようにしてあげないと。」

サーベルトはさすが“女神の愛し子”、文句のつけようのない立派な理由から、間違いなく魂の属性は“悪”な、デコい男に近づきました。




「マルチェロさん…」

サーベルトは、一心不乱に利益計算をする男の耳元で話しかけました。

「…人件費が高いな。ん?この交際費の計算には不審な点があるぞ…」

男は、まったく気付きません。



「マルチェロさんてば、気付いて下さいよ。」

「さては、帳簿の改ざんが行われているな…これは問いたださねばならん。」

男はやはり、まったく気付きません。


どうやら、幽霊などの“非科学的なもの”は、一切信じず、そして自分が信じない者は存在しないことにするタイプの人なようです。




「…暗黒神の力を借りたくせに…」

思わず恨みごとすら出てしまう、“女神の愛し子”サーベルトでした。




まったく埒があかないので、サーベルトはもっと霊感が強い人の助けを借りることにしました。


「…というわけで、ぜひ、君のお兄さんにサンタ役になってもらいたいんだ。」

話しかけた相手は、あのデコい人の弟(のわりに、サーベルトには信じられないほどの傍若無人な扱いをうけていますが)の、赤くて銀色の生物です。



「兄貴が奥様のサンタ!?」

赤い生物は、そのダイヤのように澄み切った美しい瞳を輝かせ、そして続けました。


「やったねっ!!ついに兄貴も、“性夜”が迎えられるんだ!!」

「…」

サーベルトは、この生物くらいしか頼れる者がいない幽霊の身の哀しさと、大事に育てたのに、こんな生物を生涯の伴侶に選んでしまった最愛の妹への憐みの気持ちを、とっぷりと味わいました。



「任せてよ!!お義兄さん!!兄貴は30童貞だけど、世界の恋人のオレがきちんと教育して、奥さまには“素晴らしくめくるめく快感ナイト”をプレゼント出来るようにするからっ!!」

「…」

サーベルトは反論の気力を失いました。




しかし、しばらく考えてサーベルトは気力を取り戻しました。

「お母さんも、もう子供じゃないんだから、好きな人とそういう事になっても、それはそれでいいのかもしれない。」

さすが、出来た息子は違います。


「お母さんだって、僕とゼシカの母親な訳だから、当然、お父さんと経験があるんだし…」

そこまで考えてサーベルトは、


もしかして、僕がこうのとりさんに運ばれてきた子供だったらどうしよう!!

という、あり得ない…と言いたいけれど、奥様に限ったら、そうそうあり得ない話でもない不安に囚われました。


「いや、そんなはずはないよな。だってゼシカの時は、お母さんはちゃんとお腹が大きかったし…」





サーベルトがそんな不安に囚われている間に、ククールは早速、兄であるデコい生物に話を持ち込み、そしてもう恒例行事となったメラゾーマを食らって、息絶えていたのでありました。




「…やっぱり、人まかせにしちゃいけないな。」

サーベルトは、黒コゲになった生物を横目で見て、そう決心しました。


ええ、あの運命の元となった事件だって、もとを正せば

「村の平和は自分が守らなければならない。」

という、彼の強すぎる責任感から生じたのですが




彼は、ドルマゲスに殺されたという行きがかり上、同じく杖に憑かれたデコい生物とは、一部、精神がリンクするのです。

自分が殺された記憶に頼らなければならないのは不快ですが、サンタ役を確保するためなら仕方ありません。




「マルチェロさん…僕の声が聞こえますか?」

サーベルトの声に、マルチェロはしばし考えて、そして答えました。


「…サーベルト・アルバート殿…か。」

「はい…」


声さえ届いてしまえば、あとは化け物じみた記憶力と、理解力のある人です。今更自己紹介の必要はありませんでした。









「…という訳です、あなたにサンタ役をお願いしたいのです。」

サーベルトの説明に、マルチェロはゆっくりと言葉を返しました。


「状況は理解した…ですがな、サーベルト殿、あなたの御父上、そして御令息である貴方、と、マダムにとっては無二の存在ばかりが名を連ねるサンタ役に、私のような者が扮しても構わんものですかな?あなたは女神のお膝元に行かれた御身ゆえ、とうに御存知だとは思うが、私は…」

「はい、もちろん知っています。貴方がした事が、どんな非道なことだったか…」

「おやおや、ご存じの上での御発言かね?まったく、理解しがたい…」

多分、というより間違いなく、サーベルトのようなタイプの人間は嫌いなデコい男は、持前の嫌味を発揮します




「ですが、僕はそれでも構わないのです!!」

サーベルトは強く断言しました。


「構わない…?」

「ええ…だって、このアルバートの邸で、サンタに扮せそうな人は、貴方を置いては、貴方の弟君だけです…マルチェロさん、まさか、あの人にサンタ役を任せろと言うのですか!?」

「…確かにな、パプリカンにでも任せた方が、幾万倍かマシだ。」

男は、彼にしては珍しく心から頷きました。



「それに…これが一番の理由ですが、母は貴方のことが、好きなんです。」

サーベルトは、本当の理由は聞こえないようにしか呟きませんでした。



なんでなのか、自分でもよく分らない理由ですが。



「そこまで仰るなら、不肖マルチェロ、誠心誠意、マダムのサンタ役を務めさせていただきましょう。」

「ありがとうございます、マルチェロさん!!」









という訳で、聖夜です。

盛大な晩餐で、珍しく御酒を過ごされたマダムは、端正ながらぐっすりとお休み中です。



「さ、マルチェロさん…」

促されてデコい男は、そのデコが隠れるふかふかの帽子をかぶって、そっとマダムのお部屋に入っていきました。



「マダム…貴女の聖なる夜を祝します。」

男はそっと呟き、袋からプレゼントを取り出し、マダムの枕もとの靴下に入れました。


「さ…これで…」

任務完了と引き返しかけた男に、サーベルトは慌てて言います。

「あ、駄目ですよマルチェロさん。ちゃんとキスしてください。」

「なに!?」

暗闇に帽子をかぶっていても目に鮮やかに見えんばかりの、人相の悪い顔で、男はサーベルトを睨みます。


「だって…父も僕も毎年、“プレゼントとキス”は、恒例にしていたんですから。」

「私を、婦人の寝込みを襲うような、どこかの赤い生物と一緒にするつもりか!?」

「いえ、そんな生々しい事はしなくていいです…っていうより、しないでください。そうじゃなくて、唇に軽く触れるくらいのキスでいいんです。」

サーベルトは、幽霊の身ながら生命の危険を感じましたが、それでも云い募りました。


「相手の了承を得ない行為には違いなかろう。私を卑劣で陋劣な強姦魔に貶める気か!!」

世界の秩序を全否定しかけたくせに、無駄に潔癖な男です。

サーベルトは、「この人を『おとうさん』と呼んで、関わることにならなかった分だけ、僕は早死にして良かったのかもしれない」と思いました。



「ん…」

さて、大変です。無駄に声のデカい、そして声の通りもいいデコい男のせいで、肝心の奥様が身を起してしまいました。

このままでは、40うん歳まで純粋に信じていたサンタさんが、実は本物のサンタでなかったことがバレてしまいます。



「ま、マルチェロさん…!!」

サーベルトは叫びました。

叫んでも、彼はいいのです…幽霊ですから。




「…」

さすがにデコい男も慌てたのでしょう。何が出来るというわけでもないのに、起きるのを止めるためか、奥さまの方へと戻りました。




「…!?」

「…!!」




一瞬の出来事でした。











「母があんな行動をとるなんて…驚きでした。」

部屋から出ると、サーベルトは言いました。


「そのくらい、本当に貴方が…」

「御酒を過ごされて、しかも寝ぼけられていたのだ。お間違えになられたのだろう、“本当の”サンタと。」

デコい男は、“本当の”という箇所に微妙にアクセントを置くと、サンタの衣装をあっさりと脱ぎ去りました。



「サーベルト殿、これで懸念材料は消失しただろう?もう、平穏なる女神のお膝元にお戻りあれ。貴方のような“女神の愛し子”には、この騒がしい下界はもう相応しくない。生者は生者でなんとかすべきことなのだ、下界の草草はな…私が偉そうに言える筋合いでもないが。」

「…そうですね、僕はもう死んだ身です。あれこれ心配しても仕方ないですよね。母にはゼシカがいるし、そして…貴方もいます。」

「私など、数ならぬ身だ。」

「ありがとうございます、マルチェロさん。そして…さようなら、マルチェロさん。いつか貴方と又会える…」

「会えはすまいよ…行く場所が貴方とは違う。」

「…では、いつか母が女神のお膝元に来られた時に、貴方を話をたっぷりと伺うことにします。多分、たくさんの楽しい話があるでしょうからね。」




デコい男は何も言い返しませんでした。

ただ、戻り際に


「マダムが私のことなどを…」

と、ぼそっと呟いたのだけが、サーベルトの耳に入りました。









窓から飛び出し、夜空を星と共に舞いながら、サーベルトは考えていました。


やっぱりお母さんは、サンタの“正体”は知っていたんだ。恥ずかしがり屋だから、“サンタさん”って言っていただけの話で。


そうでなかったら…




「マルチェロさんに、抱きついてキスするはずないからな!!」

サーベルトは、ちょっとだけ切なくなりました。

大事な、大事なお母さんが、自分から離れてしまった気がしたからです。


でも彼は、“女神の愛し子”でしたから、はるか下界の人々に、叫びました。





「メリークリスマス!!みんなに幸せがありますように!!」


そして、付け加えました。

「お母さん、お幸せに!!サーベルトは、ずっと見守っていますからね!!」





終わり




2007/12/28




もちろん、タイトルは同名のクリスマスソングから。
「サンタの存在を信じている奥様」が書きたかったので、孝子サーベルトのお話になってしまいました。
彼がゼシカに語った言葉からするなら、彼は自分の母親と法王殺しの大罪人の恋も認めなきゃならなくなってしまいます…いいのか、息子として!?

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