choux a la creme その二

どうしてこのシリーズは、あっさり書けるくせに続きが開くのか…自分でも不思議です。









ごくり




アローザ奥様は、 強敵を目前にした剣士のような真剣な眼差し のマルチェロをみつめて、思わず唾をおのみになりました。




マルチェロの手にしているのは、確かにデザート用のナイフのはずで、対峙するのは確かにシュークリームのはずなのですが、その緊迫感は 大魔王に最終決戦を挑む勇者もかくや とばかりです。






奥様の繊細な胃が、そろそろ痛みはじめなさるくらいの静寂の直後、ついにマルチェロのナイフが動きました。













奥様のお眼は、そろそろ老眼の兆候が出ないでもないお年の割に、実はそうとう宜しいのですが、そんな奥様の目からご覧になっても、そのナイフさばきは あまりに鮮やかすぎ て、 シュークリームの周囲を青い閃光が筋状に走った ようにしか見えませんでした。











ぱちくり


奥さまは、そのお美しいハシバミ色の瞳を瞬かせました。







「マダム、お待たせいたしました。」

マルチェロは、 先ほどまでの殺気 がウソのように、 優美極まる挙措で一礼 しました。










「いえ…待ったなんて、とんでもありませんわ。」

確かに、実時間はそんなに経ってはいないと思われます… 体感時間はそうとう長(かつ重)かった ですが。






「最初はふつうに両断しようかと思ったのですが、シュークリームという食物の形状上、最初に縦に分断した後に、改めてそれを両断するのは、クリームという処理困難な物体が内部に存在する以上、更なる難事を巻き起こすことになると思いましてな。」

「はあ…」

マダムは、 シュークリームというお菓子は、これほど難しい言葉を羅列するようなお菓子でしたかしら? と仰りたげな面持ちで返答なさいましたが、一旦喋り始めたマルチェロは止まりません。




「シュークリームの内部のクリームが外部に流出する前に、外部の皮を全て寸断する!! それが最上かと愚考いたしましたので、これ、このように…」





マダムがご覧になると、シュークリームは一見、 何の変化もないように 見えます。




「あの、マルチェロさま?わたくしの目には、先ほどと変わらないように見えますけれど…」

「ご心配なく!!」

マルチェロは、 宇宙の真理でも語るかのように自信満々に 手にしたフォークで、




と、シュークリームに触れました。





はらり

花びらが散るかのように、シュークリームは美しく解け、丁度、 奥さまの一口サイズ に切れ解けました。








「…素晴らしいですわ…」

奥様は、 宇宙の神秘でもご覧になった かのように、 感極まったお声を発され ました。





確かに、こんな所業が可能なのは、世界広しといえども、マルチェロと同レベルの剣技を持つ者だけでしょう。





同レベル?

そう考えると、もしかしたら、 赤い生物にも可能 なのかもしれませんね?


そう思うと、 有難味、一気に急降下 なので、それ以上は深く考えないことにしましょう。














「さ、マダム。」

マルチェロに促され、奥様はお手になされたスプーンで、その 花びらの一片のようなシュークリーム を、そっとお取りになりました。







「…」

マルチェロがじっと見つめる中 奥さまは、その四十うん年の人生で初のシュークリームを、品良くお口に運ばれました。












しん

静寂が、辺りを支配しました。












「…マダム?」

お口に合いませんか?とでも言いだけなマルチェロに、奥様は、


そっ

と視線をお上げになると、仰いました。







「大変、美味しゅうございます、マルチェロさま。」

そして奥様は、 花のように微笑まれ ました。






マルチェロも、そんな奥様を見て、 自然と顔が綻び ました。



ええ、 どっかの赤い生物がその場に不在で、その雰囲気を破壊しなかったので 二人の微笑みは、しばらく続きました。












二人はしばし、 心から幸福そうな笑顔で シュークリームを食しました。














「シュークリームがこんなに美味しいものだと、わたくし、初めて知りました。やはり、新しいことに挑戦することは大事ですね、マルチェロさま。」

「ええ、マダム。ではしばらくお茶の時間はシュークリームになさいますか?」

「ふふ、それも楽しそうですわね。でも、一つ問題がありますわ。」

「何でしょう。」

「わたくしでは、シュークリームは切れませんわ。お皿を汚してしまいます。」

「なんだ、そのようなご心配ですか…」



マルチェロは、 心からの真心と真実をこめたような誠実な笑顔で 言いました。





「マダムのシュークリームは、私がお切りします。 これから先、ずっと…」




2007/11/21




プロポーズの科白ですよね?ええ、 発言者がマルチェロでなければ 、間違いなく…




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