お父さん、どうして泣くの? その二

少年漫画の法則「他者への献身を表だって嘲笑する奴は悪、素知らぬ顔で献身を受取って知らぬふりが出来る奴は善」









「…私には、我が命にも、いや、世界に代えても惜しくはない、敬愛する方がいた。その方は私とは血のつながりこそなかったが、私はかの方を本当の父と思い、慕っていた。わたしは早く、かの方のお役に立ちたかった…だから私は剣を手にした。」

マルチェロは、話し始めました。

そして、 どっかの赤い生物以外 は、みな、そのマルチェロの話に耳を傾けました。




「痛いー、スゴく痛いーっ!!どーして?どーして誰も、この絶世の美青年の涙に目を留めてくんないのー?ねーねー!?」

ええ、誰も目を留めてくれないのは、その涙が、 自分に注目を集めたくて、たいして痛くもない擦り傷に大げさに泣きわめく幼児と同じレベル だからだと思われます。



そして、この場にいるのは、世界を滅ぼさんとする暗黒神を倒したゼシカを始め、 そんな事いちいち気にかけてられないような修羅場をくぐってきた 人たちなので、まったく気にもしませんでした。







「だが、剣だけでは足りない。私の志した道は、女神の道。剣に秀でるだけではなく、 癒しの力 をも必要とした。…だが悲しいかな、私の生来の能力は、剣技を容易に習得はさせても、癒しの力には向いていなかったのだ。」




うんうん

ゼシカはもちろんのこと、子どもたちも大きく頷きました。




腐っても法王の身にも関わらず、ベホイミまでしか使えなかった 事実を知るゼシカは、言われなくてもとうに分かっていたことなのはわかりますが、子どもたちまで頷いたのはなぜなのでしょう。







やはり、 マルチェロが未だに身に纏う大魔王オーラの故 でしょうか。












「だが、出来ないで済ますことなど、私に出来よう筈はない。私は 血を吐かんばかりに刻苦勉励」 し、呪文の習得に努めた。かくして私は、メラなどの火炎呪文を習得するに至ったが…それでもまだ癒しの力は得られなかった…私は、身の非力さに、 思わず涙し た…」




「アンジェロさん可哀想…」

子どもたちが口ぐちに同情しました。


世間の荒波に悩まされ、傷つけられても、 子どもたちは温かい心を失っていなかった のです。


なんと気高い魂を持った子供たちなのでしょう!!




どっかの赤い生物 に、 爪の垢でも煎じて飲ませてやりたい ものです。













でも、トディー少年だけは、何も言わずにマルチェロを睨みつけるようにしていました。







「そんな不甲斐無い私に、我が父は 心からの慈愛を込めて 仰った。

『ワシの愛し子や、 弱い者を愛しみ、傷つけられた者をいとおしむ心で祈りなさい。 そうすれば、お前に女神が力を与えて下さるよ。』

そう、ちょうどその時だった。足を痛めたらしい子ウサギが、可憐な瞳で我々を見上げていた。我が父は、優しく子ウサギを抱き上げると、私にお示しになった。

『さあ、マルチェロや…』

私は 意を決し弱い者を愛しみ、傷つけられた者をいとおしむ心で祈 った…すると…」




「ケッ、癒しの奇跡が起こったとでも言うのかよ!!」

「こら、トディー!!」




「子ウサギは、 ビクンと痙攣 すると、 そのまま動かなくなった…」




「え゛!?」

予想外の展開に、一同思わず叫びます。





確かに、 フツーは トディーが言うように、 癒しの奇跡 が起こるべきシチュでしょう。













マルチェロは、その緑の瞳で過去を振り返るように視線をやると、 心から悔しそうに 言いました。




「そう、私の紡いだのは 癒しの奇跡の言葉 ではなく、 冷たい死の言葉だったのだっ!!」











「………」
















さすがに心優しい子どもたちも、かける言葉を失って絶句します。

ゼシカも、 ホイミより先にザキを習得してしまった天性の死神 に、何を言っていいのかさっぱり分からなかったので、ただ絶句したままでいました。











マルチェロは、感情を抑え込んだような、でも震える言葉で続けました。











「我が父は何も仰らなかった。ただ、息絶えた子ウサギを抱いたまま、黙って私を見上げられた。そして… その澄んだ瞳から、一筋の涙を流されたのだっ!!」










その時の事を思い出したのでしょう。

マルチェロは、高ぶる感情を抑えきれずに、俯きました。









「私は心底自分が情けなかった。なにより、 心より敬愛する我が父 に、涙を流させてしまった自分が口惜しかった!!ああ、我が父、オディロ院長。貴方は、 ホイミの一つも習得出来ない私を憐れまれて、涙を流されたのですかっ!?」















そして、がっくりと俯いてしまったマルチェロを、一同は声もなく見守るだけでした。












「…ゼシカ姉ちゃん…おれ、思うんだけど…」

トディー少年が、小さく口を開きました。


「…何?」

ゼシカは優しく返しました。


「おれ、あの人の父さんのコトとか全然知らないけど…」

「ど?」


「その人さ、絶対、さ、 ホイミが使えないことは、まったく気にしてなかったと思う んだ…」





ゼシカは優しく、トディー少年を抱き締めました。

トディー少年も、おとなしくゼシカに抱き寄せられました。





「その人ってさ、ホントに 心からアンジェロさんのことを愛し て、そして、 心から何しでかしやがるか心配していた んだよ、な…」

トディー少年の言葉に、ゼシカは彼を


ぎゅっ

と抱きしめ、そして言いました。



「あんたって本当に賢い子ね。」




2008/2/16




いや、マルチェロはホイミより先にザキを覚えるに違いないと思って…




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