お父さん、どうして泣くの? その三

少年漫画の法則「男女二人が昔話を行ったら、それは恋愛フラグが立った印だ。」









傷ついたマルチェロを、子どもたちとゼシカは、そっとしておくことにしました。


それが、マルチェロを気遣っての事だったのか、

「そんな頓狂にゃなんも言えねェよ」

という理由だったのかは、まあ、深く詮索しないでおきましょう。










しばし、頭を垂れていたマルチェロが、人の気配に気づいて視線を上げると、そこには心配そうな表情をされたアローザ奥様がお立ちでいらっしゃいました。







「マルチェロさま?いかがされましたの?」

マダムの問いに、マルチェロは どんな女性でもイチコロの寂しい笑み(無意識) を返しました。









「いえ、大したことはないのです。ただ、とある、少年のことを思い出していましてね。」

マルチェロは、紳士的な仕草で、奥さまに椅子を進めました。




「まあ、どんな少年のことでしょうか?」

奥様は優美に一礼されてから、その椅子にお掛けになりました。








「その少年は、常に自分に非力さを感じていたのです。それは、その少年が、自らは選択しようのない不幸な生まれを持っていたからかもしれません。だから少年は、人生に流されるのを潔しとせず、何事をも自分の思うとおりに行えるだけの力を欲したのです。」


奥様は、その少年と同じ髪の色を、じっとご覧になりました。



「それで?」

自らが欲する自分 という鋳型に、自らを嵌めこむべく、努力しました… 他人から見たら些細な努力かもしれません が。」




そんなに謙遜しなくても良いでしょう。

だって、マルチェロが口にする努力といえば、 他人から見れば地獄の責苦より尚ムゴい苦行 なのでしょうから。







「そんな少年を、その育ての父は…ええ、本当に真の聖者でいらっしゃったその方は、いつも温かい目で見守って下さっていました。ただ、時に少年はその目が痛かったのです。 それは余りに温かく、余りに優しかった から… 少年は、自らの存在が、その目に見守られるに値するかと、常に不安だった のです。」






奥様は、その少年と同じ色の瞳を、じっと見つめられました。






「マルチェロさま。どうかわたくしの話す、とある、少女のお話もお聞きくださいませんこと?」

「少女?はい、もちろん。」


「その少女は、 立派なレイディ になるべく、小さい頃から、期待されていました。少女はがんばって、がんばって、 立派なレイディ になろうとしました。なぜなら、少女は小さな頃から、こう聞かされていたからです。


『貴女は、名門に嫁ぐのだよ。だから、その方に恥じないように立派なレイディにおなりなさい。』

と。そして大きくなって、少女はそのおうちに嫁ぎました。そこで待っていて下さったのは、少女が想像していたより、ずっと、ずっと素敵な方。少女は思いました。

『ああ、この方に相応しいように、わたくしはもっと 立派なレイディ にならねば』

と。」



「その少女…いえ、もう奥方ですな…は、私が思うに、十分、 立派なレイディ でいたのではないですかな?」


マルチェロの言葉に、奥さまは微笑まれます。



「そうであったら良いですわね。でも、彼女はそうは思わなかったのです。まだまだ不十分と思った彼女は、ご家門のしきたりについてたくさん勉強し、子どもが生まれてからも、更に 立派なレイディ になれるように、たくさん、たくさん努力しました…だって彼女は、余り器用な質ではなかったから、そうしなくては仕方がなかったのです。」



「…」

「彼女の、 本当に素敵な旦那さま は、そんな彼女をいつも優しく見守ってくれました。でも、彼女にはその瞳が あまりに温かく、あまりに優しかった ので、 自分の存在が、その瞳に見守られるに値するかと、常に不安だった のです。」


「…」


「旦那さまは、若くして死の床に就かれました。彼女は、人前では気丈に振舞っていましたが、とうとう、二人きりになると涙を零しながら旦那さまに言いました。

『ごめんなさい、わたくしは貴方に相応しい、立派な妻にはついに成り切れませんでした。』


旦那さまは、優しく微笑んで仰いました。


『ねえ、君は僕の言葉を信じるかい。』

もちろん、彼女は、はいと答えました。そうしたら、旦那さまは仰いました。


『なら信じて。 君は今、世界で一番素敵なレイディだよ。』

と。」



マダムは、 マルチェロの瞳をじいっと見つめ ると、さらにお続けになりました。




「その時は、ただ旦那さまが、気が動転する彼女に言葉をかけて落ち着かせようとしただけとしか思わなかったのです。でも、今になって彼女は思うのです。

本当に愛した人の言葉なら、その言葉通りに信じてみよう

と…ねえ、マルチェロさま。マルチェロさまの仰る少年だって、そのお父さまの優しさに値するだけ、 世界で一番素敵な殿方 に、違いありませんわ。だってその方は、その少年にとって、 心から愛した方 なのでしょう?でしたら、 その方のお言葉を信じなくては、バチが当たりますわ。」





マルチェロは、 ほんのりと微笑み ました。


ええ、 この微笑みを競売にかけたら、100000Gはカタい それだけの価値のある笑みでした。







「信じましょう、そのお言葉を。」

そして、続けました。



「世界で一番素敵なレイディが仰って下さった言葉 ですから。」





まっ…(ポッ)

頬を染める奥様に、 マルチェロも照れた のでしょう、最後に付け加えました。










「今のお言葉、確かにかの少年に伝えますとも。」




2008/3/14




微妙に話はズレつつも、カナーリいい雰囲気になってきました。
この二人の共通点は「理想が高すぎる」ことと「超努力家」なことだと思います。だからなかなか自己肯定出来ない、そして自分と同じように他人にも厳しいので、誤解されがち。
周りは大変です。




セキレイ その一へ


アローザと元法王さま 一覧へ

inserted by FC2 system