メゾン・リーザス その一
ゼシカとククールは、マルチェロを二人で引きずり、宿屋まで連れて行きました。
「ゼシカお嬢様、宿は…」
「宿代なんか、後でこの男にもらいなさいよっ!!」
火を吹かんばかりの剣幕のゼシカに、宿の女将さんは黙ります。
マルチェロを部屋に放り込むと、ゼシカはたまらずに叫びました。
「マホーっ!!!!(マルチェロのアホー!!の略)」
ついで
びたーん!!
やたら痛そうなビンタがとびます。
マルチェロは一発は食らったが、返す手のひらの二発目は受け止めると、
「なにが不満だ、ゼシカ嬢。」
と、頬にまっかなビンタの跡を張り付けながらさも心外そうにゼシカに問い返しました。
「な…」
怒りにふるふると胸を揺らすゼシカをなんとかなだめると、ククールは兄に言いました。
「兄貴…あのさ、フツー…」
言いかけたところで、宿屋の女将さんがおずおずとノックし
「それでも、宿代は先払いですので…」
と言います。
「…兄貴、とりあえず宿代の3G払ってくれ。」
「3Gだと?私は一文無しだ。」
兄は、こともなげにそう言いました。
「こんの文無し法お…」
怒りのあまり、スーパーゼシカになりそうな恋人をなだめるために、ククールはポケットから3G出し
「んじゃ、コレでよろしくっ(ウインク)」
と、やたらと爽やか明るい口調で…ホントは泣きたくてたまらなかったのだが…言いました。
室内。
怒りのあまり、キュートなはずの顔が怒りで赤黒くなっているゼシカと、まるで意に介していないマルチェロと、互いに気を使うあまり半泣きのククールは円座を組んで座りました。
「兄貴、しかしどうやって文無しで旅してたんだ?」
「へえー…追いはぎでもしてたワケ?やんごとない元法王さまがっ!?」
場を和ませようとしたククールでしたが、ゼシカの台詞は棘がありすぎました。さすが元いばらのムチ使いです。
「失敬な。仮にも元聖堂騎士だ。そのような神をも恐れぬ所業はせん。」
権力を得るために暗黒神の力を借りようとした男がナニを言うかっ!?
二人は同時に思いましたが、ゼシカが口にする前にククールが先に言葉を続けました。
「じゃ、どうしてたんだ?」
「なに、負傷者をホイミで治して謝礼をもらったり、解毒で謝礼をもらったり…」
「…フツーだな。」
「…回復の見込みのない病人をザキで安楽死させて謝礼をもらったりな。」
「てめーはDr.キリロかよっ!?」
Dr.キリロとは、マイエラ地方に伝わる伝説の安楽死医師のことです。
彼の悪名の高さはというと、マイエラ地方の家庭で子どもを叱るときに、
「今度わるいことをしたら、Dr.キリロに安楽死させますからねっ。」
というのが親の常套句であるくらいにスゴいものでした。
閑話休題。
「だが、すっかり使いきってしまってな。ここ三日三晩ほどは、ほとんど飲まず食わずでお前達を追っていたのだ。」
マルチェロの爽やかな笑みに、ゼシカのスーパーゼシカ状態は解かれてしまいました。
一見クールに見えて、実は優しいククールは、いろんな意味でかわいそうな兄のために、夕食を頼んであげました。
「なんで飲まず食わずで、二時間も演説できるのよ、この変態ってば…(ぶつぶつ)」
ちなみに追加の夕食は5G…スライム五匹分の値段だったそうです。
マル兄は、
いろんな意味でギリギリ状態に強そう
だと思います。
てか、こんな兄をも愛せるククールと、こんな兄を持つククールを愛せるゼシカって、本当に優しくて強い人たちだと思います。