メゾン・リーザス その二
宿屋の食堂で、 泊り客は愚か、宿屋の女将まで感嘆させるほどの完璧なテーブルマナーで食事をとるマルチェロをとりあえず放って置いて、ゼシカとククールは、宿の外の木の下に座りました。
「すまねーな、ゼシカ。」
「ううんいいのよ、ククール。あなたは悪くないわ。ずぅええんぶ、あのMデコが悪いんだから。」
激しく優しい笑顔で微笑んでくれるゼシカの気遣いが痛いククールですが、負けじと優しくも切なく微笑みます。
「明日…君のオフクロさんに、一応、謝罪ともっぺんプロポーズに行くよ。兄貴の大演説で無茶苦茶になっちまったけど、オレの気持ちはちゃんと伝えておくべきだと思うんだ。」
「…お母さんは、たとえ拒否が地獄堕ちを意味したとしても、うんとは言わないわよ。」
「分かってる。で…ホントごめん、ゼシカ。君が君のお母さんを大事にしていて、出来たら一緒に住みたいと思ってるのは分かってる!!分かってるけど…」
ククールが目を伏せると、優しい手がククールの手に触れました。
「…あたしはいつも、あなたと一緒よ。」
「ゼシカ…っ!!」
「ククール(にこっ)あなたとなら、地の果てだって行くわ。」
「オレもだよ。」
「だから、あのデコ団長はどこかに捨てて行きましょうね。」
二人は、不二家のケーキより砂糖甘い会話と、笑顔で二人の愛を砂糖漬けにしました。
翌日。
母親に拒否即られたら即、ルーラで二人手に手をとって、レティシアあたりに飛ぼう(なぜなら、マルチェロはルーラが使えないため、追ってこれないから)
という計画を立てた二人は、手と手をつないでアルバートの屋敷を再び訪れました。
ククールは、そもそも早起きが習慣の修道院の中でも、 早起き帝王の異名を持っていた兄 が早起きして邪魔をしてくるんじゃないかとヒヤヒヤしていましたが、さすがにマルチェロも生身の人間。
三ヶ月間も暴れ牛鳥の皮をかぶって放浪した挙句、三日三晩ほとんど飲まず食わずで、しかも二時間も演説した疲れ がドッと出たのか、気持ちよく熟睡していてくれました。
熟睡する兄貴なんて初めて見た…
と、おもわず寝顔に見入りかけたククールを、ゼシカがメラミで脅す、などという微笑ましいエピソードも交えつつ、二人は屋敷の呼び鈴を鳴らし屋敷の中に入りました。
「ゼシカ…」
「おかあさん…」
なんと玄関すぐに、アローザが立っていました。何故か、目の下に隈までつくっています。
「おかあさん…あたし!!」
ククールの手を
ぎゅっ
と、骨が砕けそうなほど握り締め、ゼシカが言います。
「昨日は失礼いたしました…でも、オレの彼女への気持ちは本物なんです。だから、彼女との結婚を…」
手の痛さに、微妙に端麗な顔をしかめながらも、ククールも真摯な表情で言います。
どんな罵声が返ってくるのか。
身を硬くした二人にアローザが答えた言葉は
「いいでしょう…」
でした。
「…え?」
予想もしなかった返事に、二人の頭の中は真っ白になりました。
罵られながらも二人で手に手をとって逃避行♪するはずだったのに…
アローザは、厳しい表情を崩さずに続けます。
「ただし!!すぐさまとは申しません。あなたがこのアルバート家にふさわしいと、わたくしが認めてからのお話です!!それまでは我が家に客として滞在していただきます。よろしいですねっ?」
「え…ええ、まあ…」
まあ、いいんだけどさ、これは。
と、口の中でモゴモゴ言いかけたククールに、アローザはなぜか、 微妙にもじもじしながら言いました。
「で、あの…あなたのお兄様のお名前はなんとおっしゃるの?」
「は?ああ、兄貴は…」
マルチェロです…いいかけてククールは口を閉ざしました。
なんせ、彼の兄のマルチェロといえば、 前法王暗殺という大罪を犯した、第一級犯罪者 です。確かに、マルチェロという名前はそれほど珍しい名前でもありませんが、 余人には出来ない電波演説もこの屋敷ではカマしています。うっかり、自分がその弟だとバレてしまえば、この場でアローザ奥様に消し炭にされてしまうかもしれません…てか、されるでしょう。
ここは一つ穏便に…
「あ、アンジェロです…」
USA版での、自分の名前を名乗っておきました。ゼシカも、そのへんの事情は飲み込んでくれたようです。
「アンジェロさまですか…素敵なお名前ね。」
「は、はあ…」
アローザの心中を覗くべくもないククールは、その意図を量りかねて、あいまいな返事を返すしかありませんでしたが、アローザが続けた台詞は、二人が暗黒神を打倒するまでの冒険の間に体験した、いかなる驚きをも凌駕する台詞でした。
「では、アンジェロさまも、お客として当家にご滞在いただきましょう。」
その後、ゼシカの形相が、 天使から地獄の鬼に変化したことは、言うまでもありませんね?
かわいそうなゼシカとククールの話は、なんとまだまだまだまだ続くそうです。てか、兄貴が喋らないとおとなしいなあ、この話。