貴種流離 その一

「貴種流離譚」王子さまとか王女さまが放浪し、なんかいろいろトラブルに巻き込まれ、でもそれで人間的に成長して立派(な王さまとか)になりました、というお話。
昔話の基本ですが、ここにはやはり「あんだけのトラブルを解決出来るからには、あの方はわれわれとは”根本的に違う”んだ。だから一般庶民は、なんか起こっても”そんなやんごとない方が助けに来るまで待たねばならない”」という、階級史観的偏見がある…と昔、マルクス史観歴史学者が行っていたそうです。
ま、「ヒーロー願望」は、「人任せ」につながりますから、まんざら偏っているとは思いません。









「愚かしいたわ言を と思うな。」

マルチェロは即座に返答しました。




「それはまた、マルチェロさんらしい返答だなあ。」

エイタスも冗談めかして笑います。



「確かに、 世の愚物ども は、いざ功成り名遂げると、出生を飾りたがる傾向はある。曰く、落とし胤だのと。」

そして、マルチェロはエイタスを その緑の瞳で一睨み します。



「だが君は、そんな 世の愚物ども とは違うと思っていたのだが…私の買いかぶりだったかな?ま、 まんまと逆玉に乗った 君だ。 意外と俗物 だったかな?」


かなり敵意に満ち溢れた言い方です。

まあ、いくら前よりは善人に近づいたとはいえ 所詮はマルチェロ ですから。






「気持ちは分かります。僕だって、これが他人の言葉だったらそう思うでしょう。まあ あなたほどはっきり口には出さない でしょうけど。」

「愚物には愚物と言ってやるのが親切というものだ。」

「親切を心がけるなんて、あなたも善良になられたものですね。」

王宮で鍛えられたのか、 なかなか嫌味スキルが向上した エイタスです。




「では話を別方向からにしてみましょう…トーポ。」

呼ばれると、エイタスのポケットから、小さなネズミのトーポが頭を出しました。




「彼はトーポと言いまして、僕がトロデーンに来た時からずっと僕と一緒にいた、家族も同然の存在です。」

「ほう、別にそれに物言いをつける気はないが?」


「で、最近判明したことなんですが、トーポは 本当の僕の家族 だったんです。」

「…”本当”の意味がよく理解できんが?」


「トーポは僕の祖父なんです。」

エイタスはそう言って、マルチェロの表情を窺いました。


「って言ったら、マルチェロさんは…」


「君が狂ったと判断するな。」

明快すぎる発言 に、エイタスは深く頷きました。


「本当に、そのお気持ちはよぉく分かります。僕だって、これが他人の言葉だったら間違いなくそう判断するでしょう。まあ あなたほどはっきり口には出さない でしょうけど…」

そしてエイタスは、言いました。




「ではまた話の切り口を変えてみましょう。まあ、王子のご落胤を名乗る是非はおいておいて、そういう存在が実在することはマルチェロさんも認めますね?」

「まあ、私も似たようなものなのでな。」


「そしてこの世には、いろんなものに姿を変えられる生物がいることも…博学なマルチェロさんならご存知ですよね?」

「そんなもの、御伽噺を読む幼児でも知っていよう…もっとも、人の姿に変えられるとなると…」

マルチェロはふたたび その緑の瞳でエイタスを睨みつけ ます。


「それは魔族ではないのか?」

それは、 トーポが思わずポケットに隠れるほどの一睨み でした。


「暗黒神の力を借りておいて、 魔族を差別するんですか?」

エイタスの言葉に、マルチェロは頭を振ります。

「差別などせん。ただ、 私の敵となるものは、我が剣の錆にするまでだ。」

これまたマルチェロらしい物言いです。

エイタスは いっそ嬉しく なりました。




「なんだか、人の本音と先の展開がなかなか見えてこない王宮暮らしをしてると、 マルチェロさんみたいな人がすごく好きになりそう です。」


「…かつては私も本音を隠し、愛想笑いと追従に終始する生活をしていたがな。もう、その必要はない。 好きなことは好きなだけ言う つもりだ。」

エイタスは アレでも我慢してるつもりだったんだ と思いましたが、そこまで口にするのは控えました。




「まあ、それはともかくとしておきましょう。トーポを剣の錆にされたくはないので、先に種明かししますね。人の姿をとっていながら、多種族にも変身できるのは魔族だけではありません。 竜の一族 もなのです。」


「竜だと?」

さすがに驚きの表情を浮かべるマルチェロに、エイタスは頷きます。


「竜神族 と、彼らは自称します。太古の昔は人とも交流があった…という伝説は、各所に残っていると思いますよ。まあ、法王庁のみなさんが認めて下さっているかは分かりませんけど。」

「奴らが認めているものと、事実は違う。 …と、オディロ院長もよく仰っていた。あの方は、一見愚劣な御伽話に見えるものでも、決して軽視しようとはなさらなかったよ。」


「では信じてください。その竜神族の娘が、王子さまと恋に落ちました。でも、娘はそれを家族に反対され、泣く泣く連れ戻されてしまったのです。彼女は、王子さまから贈られた指輪を大事に大事に持っていました。そして…長い月日を経て、ようやくその指輪は、その王子さまと…娘の間の息子の手へと戻ってきたのです。」

エイタスは、赤くも優しく輝く宝石の嵌め込まれた指輪を取り出しました。




「アルゴンハート…」

さすがに金目のものには目ざとい マルチェロは即座に気付きます。




「この指輪の内側を見てください。こう書いてあるでしょう? エルトリオから、愛を込めてウィニアへ。」




2009/1/17




ククールがいないと、なんと話がサクサクとシリアスに進むんだろう…




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