剣では奪い取れないもの その三

ひさびさになぁんにも予定のない休日。
ああ、幸せだ…









アルバート卿はホッとしました。

「…そうか、では、今の君の考えは?」

なぜなら、ようやくマルチェロと本題に入る会話が成立しそうだからです。




マルチェロはアルバート卿を見返します。


「…昔、我が敬愛すべき父、オディロ院長が仰った。ああ、何度も何度も仰った。

『マルチェロや、人の心は剣では切り裂けないよ。』

と。私は何度もそれを聞いていたにもかかわらず…あの方が死して後、心の中ではそれを… 嘲笑って いたように思われる。」

そしてマルチェロは、剣を抜きました。

禍々しい、地獄のサーベルの刀身が、月光を受けて鈍く光ります。


「この剣を向ければ人は恐怖し、この剣を振るえば人は死ぬ。剣で切り裂けるではないかと、そう思っていた。」

「…」


「…人は殺せる。」

「…」


「間違いなく、人は殺せる。どんな人間であれ…」

マルチェロは、空を仰ぎました。

我が手にかけた人を、思い返していたのでしょうか。




「だが、人の心は必ずしも切り裂けるとは限らん。 命を奪っても、心は…」

「…マルチェロ君。」

頃は良しっ!!

とようやく思ったのでしょう。

アルバート卿は、ようやく口火を切りました。




「…僕はね、彼女の事が…アローザの事が本当に好きだ。」

「…」

マルチェロは 常人なら竦みあがったまま全滅扱いになりそうな視線 を向けました…が、アルバート卿はもともと幽霊なので平気です。



「けれどもね、最初からそうだった訳ではない。彼女と僕は小さい頃からのいいなずけで、でも僕は、彼女の顔は肖像画でしか見たことはなかった。ああ、昔から彼女はとてもきれいな少女だったよ。でも、どこかツンとして見えて、正直、僕はあまり好きにはなれなかった。」

「…」


「でも、どうしても嫌だという訳でもなく…そんなこんなしているうちに、僕は彼女と結婚することになって、そして彼女はこのリーザス村にお嫁に来た。今でも覚えている…あいにくの雨で、でも、彼女は真っ白な花嫁衣装を身につけて馬車に乗っていた。大変だったろうね、道中。そして、アルバート邸の入口まで来て、僕は彼女の手を取って邸に迎え入れた。式は滞りなく済んで…でも彼女はその間、ずっと肖像画で見た様にツンとした表情のまんまで、やっぱり僕はそれがどうしても好きになれなかった。そして、ようやく二人っきりになれることになった。」

「…何が仰りたいのか分かりませんが?」

「まあ、もう少し聞いておくれよ。彼女が先に部屋に入っていたけど、やっぱり疲れていたんだろうね。彼女はまだヴェールをつけたまま、うつらうつらしていたんだよ。僕はちょっと茶目っけを出して、そっと忍び寄って、そっとヴェールをまくりあげた。そこでようやく彼女も目が覚めて…開けた瞳と、僕の目がバッチリ合ったんだ。そしたらね…彼女はひどく驚いて… その顔がとっても可愛くてねえ。」


ビキビキビキ

マルチェロの眉間に、頭蓋骨まで陥没しそうな怒りマークが浮かびます。


ええ、 なんと分かりやすい嫉妬なのでしょう。

ちょっと微笑ましくなります。




「その時よくやく、僕は思ったんだ。この人がずっとツンってしていたのは、 この可愛すぎる乙女な内面 を必死で押し隠そうとしていたからじゃないかって…そして、 ようやく僕は彼女に恋した。」


「ノロケはいい加減にして頂きたいのだがっ!?」

ようやく耐えきれなくなったマルチェロが、叫ぶように言いました。




「ははは、すまないすまない。つい、ね。」

そう言いつつもアルバート卿は、 ようやくマルチェロにしてやった気がしてけっこう快感 ではあったのでした。




「…でまあ。僕がその時感じたように、 彼女はとっても可愛い人 だった。ああ、とてもレイディなんだけどね。時折見せるああいうところが、もう たまらなく可愛い って言うか…ああ、失敬。本題に戻るね。まあ、そうして僕とアローザは幸せに暮らしていた。息子にも娘にも恵まれたし、リーザス村は平和で、幸福を絵にかいたような毎日だった…そう、僕がこんなにも早く死ぬことにならなければね。」

「…」

マルチェロが、


ジロリ

とアルバート卿を見つめました。




「…無念だったね。本当に。死んでしまっては、僕はもう彼女の側にいることはできない。彼女が墓参りに来てくれても、こうして君としているように会話することなんてできないんだ。いや、出来たとしても…してはいけなかったろうね。彼女に無用の鎖をかけるようなものなのだから。」

「…」


「彼女が好きだ。本当に好きだ。誰かを殺して生き返れるなら、僕は奈落の底に落ちることになろうとも、そうしたろう。けれど…死んだ人間は生き返れない。だから…」

「…だから?」


「僕は彼女に、幸せになってほしいんだよ…」

「…」


「マルチェロ君、君はアローザを愛しているかい?」

「…」

マルチェロは、一瞬ためらいました。

気恥ずかしかったのかもしれません。

でも…




「はい。」

頷きました。



「そうか…良かった…」

アルバート卿は、 心から安堵したように 微笑みました。


「僕の知る限り、君は極悪人だ。」

アルバート卿の言葉に、マルチェロは頷きます。


「ええ、 極悪人ですが、それが何か?」


…我としては、 ちょっと開き直りが過ぎるのではないですか?とツッコミたくなる台詞ですが。







2009/5/17




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