Miss&Mr Detective その一




「いい加減にしてよー!!」

絶叫しながら入ってきた乳二つは、とりあえず、手前にいたククールをどつきました。


「なんで、あたしとククールの楽しくてステキなハズの結婚話に(どびしっ)、あんたのざいせーけーかくがかんけーあんのよっ!!(どびしっ)アンタのせいで、ぜんぶ、ずぅええええんぶ、いろんなコトがだいなしよー!!(双竜打ちっ)」


「ぜ…ゼシカ…オレだって…オレだってば」


 眼前で弟が、自分の彼女にHP表示が黄色くなるまでドツかれているというのに、マルチェロの端正な顔には、ひとしずくの哀れみも浮かびませんでした。


「解せない事をおっしゃいますな、ゼシカ嬢。結婚に必要なのは、愛でもロマンでもない、経済力だ!!」


マルチェロの力いっぱいの断言に、ゼシカはちょっと気おされました。


「た、確かに…ククールは一文ナシだけど…」


「現在一文ナシどころの騒ぎではない。こやつにあるのは、顔とイカサマのみっ!!将来的経済力の展望も皆無!!」


「あ、兄貴こそ、本気で文字通りの文ナシの指名手配犯じゃねーかよぅ(泣)」

ククールは泣きながら、ベホイミをかけました。それでも傷は完治しません。


「な、なによ。でも顔とイカサマあるじゃない…」


「違うもん、オレ、剣の腕だってあるもん。カリスマだった高いもん。ゼシカひでーやいッ!!オレにもっと優しくしてよー!!祝福の杖とか使ってよう(泣)」


「おやおやこれはこれは、未来の夫にホストかギャンブラーの真似事でもさせるおつもりかな?まあ、別に私の止め立てする筋合いではありませんが?」


「祝福の杖ー祝福の杖ー(じたばたじたばた)」


「うるさいわねっ!!ほれっ!!祝福の杖ー!(ククールを杖で殴りつける)いいじゃない!!ホストでもギャンブラーでも、物乞いでもさせて生活立てるからいいわよっ!!アンタにゃカンケーないでしょっ!?」


HPが85回復した代わりに、殴打で150のダメージを食らった ククールは、えぐえぐ泣きながら、ベホマで自分を回復させました。


「だが、こんな愚弟でも弟は弟だ。こいつの血を全て流しつくしたとしても、兄弟関係が解消されるわけでもないのでな。だからこそゼシカ嬢、あなたのご実家のお役に立とうと思い立てた計画だ。台無しとはあんまりの言われようだな。」


「おあいにく様っ!!ウチはここの領主なのよ。リーザス村からの収入もあるし、ポルトリンクからの収入だってあるんだから、ククールみたいな宿六一匹、じゅうぶん食べさせていけるわよっ!!」


「ゼシカ…オレのこと、そんな風に思ってたの?」

「え?…いやあねえ、おほほほほほほ、言葉のアヤってヤツよ…」



「ほほう、大きく出られましたな。資産家令嬢に婿入り、確かに愚弟には過ぎた話のように聞こえないでもない…がっ!!」

マルチェロの翡翠色の瞳が、きらんっ、と輝きました。


「では貴女に問おう、ゼシカ嬢。アルバート家がリーザス村から得る一月の純収入はいくらか、お答えになれるかね?」

「え…えっとぉ…」

ゼシカは困りました。なんせ、昔っからお手伝いの一つもした事がないのです。

おうちの帳簿は、彼女が小さいときはお父様が、お父様がなくなってからはサーベルトお兄様がつけていたので、彼女は見当もつきません。

マルチェロが不敵に微笑むのは激しく癪でしたが、彼女は答えられませんでした。


「では質問を変えよう。アルバート家が必要とする、一年の人件費はいくらかね?またはこれはどうだ?一年の食費は使用人も含め…」


「…分かんないわよっ!!それがどうかした…」

そんな経済観念で、よくも領主の一族を名乗れたものですな。」

「…」


言い負かされてうつむくゼシカをかばうように、ククールが言葉を返します。

「なんだよ、じゃあ兄貴は知って…」

「無論だ。」


 そしてマルチェロがつらつらと発した数字は、たぶんおそらく、てか間違いなく正確なものでしょう。彼はこの数日、奉仕活動とみせかけて、実に巧妙にリーザス村とアルバート家に関する情報を入手していたのでした。


「情報は力だ!!」


最後にえらそうに断言されても、ククールもゼシカも、返す言葉がありませんでした。


裏づけとなるべき資金もなくしては、何事も成し得ん!!社会では当然のことだ。そこのごくつぶし一人養うにも金がかかるのだ。よく覚えておきたまえ、ゼシカ嬢!!」


 さすがに、院長に就任してすぐに寄付金収入を五倍に増やした男の発言は、説得力が違いました。


「…だって、リーザス村のみんなはいい人だし、ポルトリンクのみんなだって、ちゃんと貿易で儲かったお金とか出してるもん。あんまり詳しくなくたっていいじゃない…」


ゼシカは一応、反論だか愚痴のようなものを言いかけましたが、マルチェロの肉の薄い唇には、既に冷笑が浮かんでいました。


「おやおや、まだそのような児戯に等しいことをおっしゃるか。金は力であり、力は金のあるところに集まる!!これが現在の状況では、何を意味するか分かるか?そこ、ククール!!」


「は、はいっ!!…分かりません…」

相変わらず、使えんな。」

 学校だったら、教師による生徒の精神的虐待になりそうな台詞を発し、マルチェロはゼシカに向き直りました。


「この発言の逆はなにかね?」

「力がなくなれば、お金もなくなる…?」

「よしよし、ククールよりは教え甲斐があるようですな。まあ、あいつより出来の悪い輩も珍しいがな。では、これを現在のアルバート家の状況に敷衍してみたまえ。」


 イヤミ全開モードなマル兄ですが、二人ともショック状態のため、反論できません。

 ククールは、本当に兄が改心して自分と仲良くする気になったのか、そろそろ本気で疑問に思えてきましたが、下手に反論するのも怖いので黙っていました。


「力って…別に力なんてなくなってないわよ。村のみんなはいつもと変わらないもの。うん、サーベルト兄さんが死んだ時だって…」

「そう、それだ。アルバート家には、先代のご当主であるあなたの父君もいらっしゃらなければ、お若いが優秀であられたらしいあなたの兄君もおられない。つまりは男気がまるでないのだ。世間では、このような男の存在のない資産家をなんと言うかご存知かね?」

「…」

「よいカモと言うのだよ。」

マルチェロの舌鋒はますます鋭さを増します。


「なるほど、この村はアルバート家のお膝元であり、農夫たちは純朴だ。七賢者の子孫という肩書きだけであなたがたを慕い、税を払うことになんの疑問も持たないだろう。だがしかし、ポルトリンクの貿易商たちはどうだ?抜け目ない商人たちだ。表面ではアルバート家を敬いながらも、上納金をごまかすことくらいに、良心がかすり傷ほども痛まないだろう。ましてッ!!今はアルバート家は男気のない女所帯。執事などのお姿も見えないようだし、しかも…」


そして、ちらりとイヤミーな表情でゼシカの表情を窺います。


「跡継ぎたるべき貴女の経済観念は、ソレですしな。」


「…」

ゼシカは唇を噛みます。


「ならば、そろそろ彼らは上納金をごまかす程度では満足しなくなっていると考えるのが自然ではありませんかな?」

「…なにがいいたいのよ?」

「結論から申し上げよう。ポルトリンクにおけるアルバート家の経済利益基盤が、全て失われる可能性が、極めて高いということだ。村内で耳にした噂だけでも、事態が進行しつつある気配感じられた。」


「おいおい、兄貴。そりゃ全部推測だろーがよ。」

ゼシカがいじめられていると思ったククールが、まあ、事実そうですが、口を挟みます。


「当たり前だ。私がこの数日、ポルトリンクまでいく余裕があるとでも思ったのか?だが、ここまで状況がそろっている以上、限りなく精度は高い推論だと私は思うがね。」


「…行きましょう、ククール!!」

「…ゼシカ…」

「あんたの言う事を信じた訳じゃないからね!!あたしはなんでも、自分の目で見て、自分の耳で聞いたことしか信じないようにしてるだけよっ!!そこまで言うなら、調査してやろうじゃないッ!!


「ふふ、実証精神旺盛なお嬢さんだ。…ククール、ゼシカ嬢のお出かけだ。きちんとエスコートして差し上げろ。」

「言われなくてもそうするさ。」



 かくしてゼシカとククールは、早急に旅支度を整えて、ポルトリンクへと旅立ったのでした。

はたして、二人がそこで見た真実とは。

 次回をお楽しみに…



 今回は、マル兄が珍しくボケてませんでした。いや、壮大にボケてる人ではあるんですが、こういう局地的な状況になると、さすが強いですねえ…と書いてて感心します。この人って金勘定やらせたら、右に出る人がいなさそうですね。
つーかマルは、やたらと壮大な野望をもってる人(もちろん、マル兄でも信服できるほどのヤツに限る)の右腕かなんかで活躍したら、道を踏み外すこともなく、歴史にその名を残せたんじゃないかと思います。

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