臨界点 その一

台風がやってくる季節になりました。
べにいも家のすぐそば、川なんですけど…今日は大雨らしいです。









チャゴス王子は、リーザス村の教会の横の墓所で、誰やら夜中にも係らず祈っているのに気付きました。

「おい、不審な奴め。この夜中に何をしている。」

自分の方がよっぽど不審でしょうが。

チャゴス王子が松明で照らすと、それは老婦人でした。


「ああ…チャゴス…王子。」

老婦人は、 灯りから密かに顔を背けるようにとても嫌な顔をする と、


「サーベルトぼっちゃまの為にお祈りしておりましたのよ。」

とぼそっと答えました。


「サーベルト?誰だ、そいつは。」

「アローザ奥さまの息子さまですよ、ゼシカ嬢さまのお兄ぎみ。ほんとうにご立派な方でねえ…なのに、リーザス像の塔を見回りに行ったときに、悪い魔法使いに殺されておしまいになって…」

「ああ、暗黒神の杖に魅入られた魔法使いの事か。」




いくらチャゴスだって王族ですから、今回の世界が滅亡しそうな災厄の原因が何かという、一般人は知らない情報も得ています。

ですから暗黒神の杖についても、そしてドルマゲスについても、七賢者についても、その子孫が殺されていった事も、情報としては得ているのです。

まあ、しょせんはチャゴスの理解力ですが。




老婦人は生まれてこの方リーザス村を出た事がない こってこってのリーザスっコ で、 アローザ奥さまが可憐な花嫁 だった頃からずうっとアローザ奥さまの大ファンな女性です。

もちろんサーベルトのことも、ゼシカのことも、リーザス村とアルバート家の全てが大事な彼女は、

「女神さまのおひざ元のぼっちゃま、どうかどうか、さっさと“あの生物”を村から叩きだしておくんなさい。」

と毎晩毎晩、このお墓にお祈りをするのがここのところの日課になっているのでした。







「はあ…ようやく追いつきました。王太子殿下、お一人でお歩きになるのは危のうございますよ。」

そんなこんなしているうちに、奥さまが追いつかれました。


「まあ奥さま、こんな…こんなチャゴス王子のお供ですか… なんとおいたわしい。」

老婦人は涙をこぼさんばかりです。


「ああ…こんな夜中なのにサーベルトの為に祈ってくださっていたのですね、ありがとうございます。」

「そんなもったいない…当然の事ですよ。サーベルトぼっちゃまは、このリーザス村の守護者のような方でしたからねえ。」

「ああ…」

奥さまは、お美しい顔を曇らせなさいました。




「こんなトコに…お母さーん。」

そして、ゼシカたちも追いつきました。


「おやおや、ゼシカ嬢さままで。たいそうなこと。」

「サーベルト兄さんのお墓にいたんだ。…大好きな兄さん、こんばんは。夜中に騒がせてごめんね。」

ゼシカは生けるもののように兄の墓に話しかけます。


「王太子殿下?この村の夜には、大して珍しいことなどございませんよ?もう邸にお戻りに…」

チャゴス王子は、あまのじゃくでひねくれ者の性質から、憎々しげにサーベルトの墓を睨みつけました。




「サーベルトとかいう男は、よほど愛されていたらしいな…」

ほとんどサザンビーク中の人間から忌み嫌われている存在 な彼は、それがよっぽど気に食わなかったようです。


「ええそりゃ、もんのすごく出来た人でしたからっ!!」

チャゴスの言い方がゼシカには気に食いませんでした。

だって、ククールと婚約した今でも彼女にとって兄のサーベルトは 理想の王子さま には違いありません。


「剣は出来るし、魔法も使える。頭もよくて優しくて度量が広くて献身的で、誰からも愛されて、誰をも愛して…しかも美男子でいらっしゃいましたからねえ、ぼっちゃまは。」

老婦人も同意します。


「あの子は…本当にこの村を愛していましたから…」

奥さまも控えめにおっしゃいます。


「それが…こんなことになってしまって…」

「フンっ!!結局それが何の役にも立たなかったんだろっ!?」

チャゴスはとんでもないことを言い出しました。


「聞いた話じゃ、その男は魔法使い相手にまるきり歯が立たなかったって話じゃないかっ!?」

一同は思わず唖然とし、ついでゼシカは顔を怒りで紅潮させました。



「ど…どのツラ下げてそんなコト言え…言えるわけっ!?」

「だって事実じゃないかっ!?この村を守るかなんだか知らないが、歯も立たない奴に立ち向かってあっさり殺されるなんて、利口な人間のすることじゃないな。」

「ええい、この人間ブタめっ!!大事なぼっちゃまにな…何を言うかっ!!」

老婦人もエキサイトします。

さすがにその単語にチャゴスが反応しかけたところを、奥さまはお止になりました。


「…ねえあなた、あとはわたくしたちが引き受けますから、もうお帰りなさい。」

「そんな、奥さまっ!!わしらの大事なサーベルトぼっちゃまをバカにされて…」

「いいからお帰りなさい。」

奥さまの、静かながら厳しい一言に威圧され、老婦人は、 奥さまとゼシカとククールに一礼 して去ります。




ええ、ククールもいますよ。

ただ彼は口を開きかねていたのです。

だって、ククールはサーベルトのことはまあったく知りませんし、リーザス像に関したイベントのあれやこれやのこともよく知らないのですから。

良く分からない、しかも繊細な問題については口を閉ざすに越したことはないのです。

それより彼にとって気がかりなのは、とうとうチャゴスが アローザ奥さまを一番傷つける事柄 に触れ始めたことでした。

いえいえ、 ゼシカにチャゴスが燃やされる くらいのことなら、しばらく黒こげでほっといてからベホマって、あとで抗議されても、


「ええー?こんなコトぉ、ありましたぁ?」

とすっとぼけるくらいはお茶の子さいさいなククールですが、もちろん彼が危ぶんでいるのはそんな カワイイ悪戯 レベルで済む話ではありません。




ちゃーらん、ちゃーらん、ちゃーらん

そんな、 いかにも怖いイベントが始まりそうなバックミュージック がかかりはじめた気がします。




そして、コントローラーのバイブがぶるぶるいいはじめたような気もします。




おーとーおさん、おーとーおさん、まーおーがくるよー

なんか、そんな言葉が聞こえてきたきもしました。






2009/8/10




ベホマでごまかせるなら、燃やしちゃえば良かったのに。




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