Tales of Hissatsu!! その一

ちなみにアンジェロというのは、リーザス村で兄が使ってる偽名です。


フィールドワークを終えて、先生に報告する小学生のように、マルチェロに報告しにいったゼシカとククールの二人を


「うむ、ご苦労。」


とやたら尊大なマルチェロせんせいは迎えてくれました。


「めっちゃくちゃっ!!大変だったんだからねっ!!」

チカラいっぱい訴えるゼシカを


かわいいなあ…


とかほんわかしてククールが眺めているのを冷たく見やりながら、マルチェロは手に持った分厚い束と報告書をにらめっこしながら見比べていました。


「…確かに矛盾は少ないな。情報は正確と見るべきか…」


「…ねえあんた、その手にもってる紙束はなに?」

「ん?ああこれか。ポルトリンク内部情報報告書だ。」





「は…?」×2






ゼシカとククールは二人で一斉に覗き込ました。

ひっじょーに精密に調べられているが、どう見ても子どもの字です。

しかも裏表紙には紛れもなく



ポルク マルク


と書かれていました。



「なんだ?情報というのは常に、二方向から別々に調査し、その信憑性を確認してからかつよ…」

「なんでポルクとマルクがあんたの手先になってんのよッ!!洗脳したワケっ!?」

ゼシカの怒号は、ククールの繊細な鼓膜を叩き破らんばかりでしたが、マルチェロは小揺るぎもしません。


「なあに、あの勇敢な二人の少年なら、アルバート家のおかれた危機的状況を説き、弱きを助け強きをくじく精神の崇高さを語り、

『では行くのだ、勇気あるもの!!その名はリーザス村自警団!!』

激励したら、

『ラジャー!!長官ッ!!』

元気よく駆け出していったぞ。」



子どもを手ごまに使いやがった…

ククールはやっぱり、悪党な兄はちょっとヤだなと思いました。


「てかさ、兄貴。あの二人はどうっ考えてもトーシロじゃん?なのに、どうしてそんなに精密な報告が出来るんだ?」


ふふん

兄はあからさまにククールを小ばかにした笑みを口端に浮かべました。


「ククール、貴様は軍隊の司令官だ。あと半年で激戦地になることが分かっている最前線地にいるが、配下にいるのは、徴兵されたばかりの新兵のみ!さて、どうする?」


「え?…とりあえず訓練する…?」

「半年で歴戦の兵士レベルまで鍛えられるか?」

「…多分ムリ。」

「しかし、半年後に敵軍が来るのはもう分かりきったことだ。新兵ともども玉砕するのか?」

「それもヤダ。」

「…」

やれやれ、とマルチェロは大仰に首をふりました。


「アタマを使え!!アタマをっ!!」

そして自分の、使いすぎたことが見た目からも歴然と分かる額をてとてと叩きました。


「徴兵され、士気の高かろう筈がない新兵を、半年で歴戦の兵士並みに鍛え上げることなど出来よう筈がない。ならばどうするかっ!!組織力でカバーするのだっ!!」


 そして、個人的技量に頼りすぎる現在の各王国の軍隊組織の非効率ぶりを朗々と語りかけるマルチェロに、ゼシカは


「で、ポルクとマルクの報告書の話はどうなったワケ?」


的確極まるツッコミをキツく入れました。



「ああ、そうだったな。どうも、封建国家の非効率さについて考え始めると、熱くなってしまう…ともかく、個人的判断が出来ない者には、マニュアルを与えてやればいいのだ。それならば、マニュアルを読解するだけの識字能力と読解力、そしてわずかな行動力があれば事足りる。組織の力とは、非凡な才能を持つ一個人の力に頼るのではなく、凡俗な才能を持つ十人の力を最大限に発揮させることで得られるものなのだ。」


「へえー。」

「ほー。」


 さすがは、儀杖兵でしかなかった聖堂騎士団を、鉄の規則によりバリバリの武闘派に仕立て上げた人の言う事は違います。こんな見識を持った人がどうして、暗黒神をも倒そうという四人組に一人で勝てると思い込んだのか、ククールにはとても不思議でした。


「きっと、ラッピーにたぶらかされてたんだよな。」

ククールはそう思うことにしました。



「これがマニュアル?」

ゼシカは、恐らく間違いなくマルチェロのお手製であろう、「とくべつちょうほういんマニュアル(ぜったいひみつだから、人にみせちゃだめだよ)」をパラパラとめくってみました。


 マニュアルは出来うる限りひらがなで書かれ、どうしても難しい漢字で書かざるを得ない言葉には、ぜんぶふりがながついていて、ポルクとマルクでも楽々読めるようになっていました。

 さらに、特別諜報員という難解な仕事を、小学校就学年齢程度の子どもでも理解できるように、はげしく噛み砕いて記しています

 それは、ゼシカですら感嘆のため息をつくくらいの素晴らしいマニュアルでした。



「あんたってさ。法王になろうとかさえ思わなかったら、きっと立派な先生になれてたと思うわ。」

ゼシカのコメントに、マルチェロは不思議そうな視線と

「なんのコトだ?」

とボケボケコメントを返しました。




「まあともかくさ、ショーコはアガってんだ。アローザ奥様に報告しに行こうぜ。」


 かくして一同は、アローザの部屋に行き、事情と証拠を説明しました。







「…」

アローザは、深い憂色を宿した、その自らの瞳の重さに耐えかねたように視線を落としました。


「お母さんてば!!落ち込んでるばあいじゃないわよッ!!はやいことなんとかしなきゃ!!」

ゼシカが叫びますが、彼女の瞳は上を向きません。



一言で言うと、アローザは激しく落ち込んでいました。




 彼女は、貴族のおうちでレイディとしての教育を受けて嫁いできました。もちろん、七賢者の末裔の家の花嫁となることから、魔法使いとしての訓練や、なぜか兵法まで伝授されましたが、金銭に関することはさっぱりと教えられないまま、また知らないまま、四十といくつまで過ごしてきたのです。


「金銭に関することなど、レイディの口にすべきことではありません。」


 そういう教育を受けてきて、彼女はそれを疑ったこともありませんでした。しかも、嫁いだ先の旦那様は立派すぎるくらい立派な人で、彼女に金銭上の苦労を一度もかけたコトがなかったのです。

 更に、夫が早くして亡くなったあとも、息子がこれまた、立派過ぎるくらい立派な息子で、


「お母さんにお金の話をして、心配させちゃだめだ。」


という立派過ぎる考えを持っていたので、またまた彼女はアルバート家の経済基盤について知る機会を逸してしまっていたわけです。


 というわけで、ゼシカの金銭感覚が皆無なのも、半分以上は母親である彼女の責任といえましょう。





 「アローザ奥様、そんなに落ち込まなくてもいいですよ。悪いのはザバンドなんだから。」


 銀髪の美青年が慰めの言葉をかけてくれますが、彼女はちいとも慰められません。そもそも責任感が強いアローザです。息子が死んで、娘が家出して、ついでに恋のときめきにまどわされていたとはいえ、亡夫の残したアルバート家の危機に一切気付いていなかったという事実が、激しく彼女を苦しめていました。





 アローザは、そのはしばみ色の視線を上げました。


 翡翠色の瞳が、じっとこちらを見つめています。


 はしばみいろの視線と翡翠色の視線がぶつかると、翡翠色の瞳はとても冷たい色を宿したまま、声だけはとても優しく言いました。



「マダム、貴女に罪はない。」

それは、ババロアのように甘くて柔らかい声で言われました。



「貴女はか弱い淑女であられる。無力なご婦人でいらっしゃる。そんな貴女が騙されたとはいえ、一体だれが貴女を責めましょう。」

それは、子どもをなだめるような、甘さ過剰の声で言われました。



「女神の聖典にもあることだ。弱きもの、汝の名は女。それがたぶらかされたとはいえ、慈愛深き女神はあなたの罪を…」



「ちょ…お母さんに向かって…」

ゼシカが文句を言いかけたところで、




ばんっ!!


激しくテーブルを叩く音と共に、アローザは立ち上がりました。


「わたくしは自らの愚かしさを女神さまにお赦しいただこうとは思いません!!ええ、わたくしは愚かでした。ザバンドの甘言を疑ってみることすらしませんでした。全てはわたくしの罪です!!」


「そんな、お母さん…」


「わたくしはこのアルバート家の女主人です!!ですから、全ての責任はわたくしがとります!!アルバート家のために死ねと言われたら死にましょう。ザバンドが元凶だというなら構いません!!たとえ刺し違えることになろうとも…」

「お母さん、お母さんてば。そこまでエキサイトしなくても…」


「お黙りなさい、ゼシカ!!」

アローザは、自分の体の中にある魔力が暴走しそうな高揚感に襲われました。もちろん、彼女はそれがマダンテと呼ばれる究極魔法であることなんか知りませんが。


 そして、今度は昂然と、翡翠色の瞳を見返しました。



「…マダム。あなたのお覚悟は大変ご立派だ。ですが、そのアルバート家の女主人たる方が、港町の支配人と刺し違えるというのも、外聞の悪い事と思われますが?」

 今度は、ちょっぴり嘲弄するような口調です。


 アローザはなんだかちょっぴりドキドキしましたが、平静を装って言いました。



「アンジェロさま、結局、なにがおっしゃりたいのです?」

「マダム、貴女にお聞きします。事を公にすれば、アルバート家の名誉は保たれるでしょうが、ザバンドはともかくとして、その他の商人や、労働者達も相当多量に解雇せざるを得ないでしょうな。」

「確かにそうでしょう。まさか、おとがめなしにも出来ませんから。」


「では、アルバート家の名誉と、ポルトリンクの港湾労働者の生活。貴女はどちらが大切とお考えですかな。」


 アローザは一瞬だけためらいましたが、翡翠色の瞳をしっかと見据えて言いました。


「女神さまと、始祖リーザスと、亡夫と、亡き息子の名にかけて。アルバート家は領民の生活を犠牲にするような名誉は求めません!!」



「…」

アローザは、男が小さく笑ったのを見ました。でも、その笑いは、今度は冷たくはありませんでした。



「おいおい兄貴ってば。一体なにを…」

言い差した銀髪の青年に、男はなにか目配せをしました。青年は理解したようにうなずきます。


「マダム。貴女のご見識はご立派であられる。ですが、言葉というものは、実行無しには空しいもの。いかがでしょう?この件は、私と愚弟にお任せいただけませんか?」

「あなたがたに?あなたがたはアルバート家のお客人です。このような事をお任せするわけには…」

「ですから、私は貴女の度量と勇気をお試ししているのです。どこの馬の骨とも知れぬ者を信じることができますか?お信じいただけるのでしたら、ご期待には沿えるつもりですが。」



アローザは、翡翠色の瞳をじっとみつめました。








そして、その瞳の奥底までは自分では見通せないことを認めました。







そして、彼女は返答しました。


「お任せいたします。」














 「あたしも行くわ。」

ついてくる気満々のゼシカを、ククールは丁寧に断って置いてきました。だいたい、兄が何をする気なのか分かっていたからです。


「ほい兄貴、ザバンドの自宅見取り図。いくらポルクとマルクが頑張ったって、ここまで出来やしなかったろ?」

「なんだ、お前にしては気が効くな。アタマでも打ったのか。」

「だってオレってば、かしこーい、兄貴の弟だからな♪」


 兄は口の端で笑うと、ククールに言いました。

「装備の余分はあるか?」

「おう、エイタスにいっぱい貰ったからな。」

「気前のいい話だな。」



 暗黒神を倒した後、四人はふくろの中身を山分けしていました。その際には一応、当人しか装備できないものはその人にあげる、などの基準を設けましたが、それはそれとしてヤンガスとエイタスは、ククールに換金性の高い装備をたくさんわけてくれました。


「いざ、食うに困ったら、これを少しづつ売りながらなんとか生活していくんでやすぜ。」

「一文無しになっても、ヘンな人に付いて行ったり、騙されたりしないでね。」

「ゼシカ、どうかククールをよろしく頼みやすぜ。」

「ゼシカに捨てられて本気で困ったら、いつでもトロデーンに来るんだよ。僕も姫も、ぜんっぜん迷惑とか思わないからね!!」

二人はチカラいっぱいククールのことを心配してくれたのです。


「…ってコトなんだ。いい奴等だろ?だから兄貴、好きなの使ってくれよ。」

「…」

兄は激しく何か言いたそうでしたが、結局なにも言わずにふくろの中をかきまわしました。



「やみの衣か…これがいい。」

「あ、ヤンガスってば自分しか装備出来ねーのに、これもくれたんだ。」

「どうせ人目を避けねばならんしな。」

「兄貴ってばそれ装備出来るなんて、ヤンガスと体型一緒なんだ。」

 兄は返答せずに、さらにふくろの中をかきまわしました。


「剣はこれにするか。目的にちょうどいい…」

 そういいながら兄が取り出したのは、不気味に鈍く光る、 地獄のサーベルでした。

2006/7/5






今回のシリーズは、ちょっとだけシリアスです。ククールがちょっぴりだけオバカなだけで、兄も大真面目にシリアス…のハズです。大ボケ兄が好きな方は、しばらく我慢してくださいね。
ようやく兄とアローザ奥様がカラみはじめたな。
ポルノグラフティの歌でも言ってますが、
「最初ッからハッピーエンドの映画なんて、三分あれば終っちゃうだろう?疑ってみたり、不安だったり、そして最後はキスでシメるのさ」?
というわけで、波乱があったりなかったり。キスでシマるかどうかは分かりませんが。

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