Tales of Hissatsu!! その三
ちなみにアンジェロというのは、リーザス村で兄が使ってる偽名です。
ちゃんちゃんばらばらちゃんばららー
と、音を立てながら、ククールは“野郎ども”をなぎ払っていました…峰打ちで。
峰打ちなのは、兄からの指令の一つです。
聖職者たるもの、無用な殺人をしてはならない。
兄はそう言いました。
殺すなら、的確にコレという重要人物だけを殺し、証拠は完璧に隠滅しろ!!
兄はそう続けました。
まあ確かに、目の前の有象無象はどうでもいいコトです。
なにせ、目的はザバンドだけなのですから。
それでも、この有象無象を戦って倒す事には、ちゃんと目的があります。
それは、この“野郎ども”が、ポルトリンクの船乗りくずれや港湾労働者くずれで構成されているからです。
適度に叩きのめしてやればいい。所詮は金で雇われたゴロツキだ。士気の低い戦闘組織は、戦闘力の三割も戦闘不能状態になれば自然と壊滅する。そして逃げ散った輩は、お前の強さをあたりに言い広めるだろう。そうすれば、お前みたいなできそこないでも、一帯でニラミを効かせられるというものだ。
微妙に棘のある言い方でしたが、兄のいう事にはククールも賛成でした。
船乗りというのは行動範囲が広いので、いざ強さを見せ付けておけば、結構遠くまで噂が広がるものなのです。
そんなコトしなくても、オレってば、暗黒神を倒して世界を救ったゆーしゃなのにー
という心の叫びは、どこかにしまっておくことにしました。残念ながら、その事実を知るものは限りなく少ないのです。
「ち、畜生、覚えてやがれー!!」
陳腐にも程がありまくる台詞を吐くと、ザバンドは逃げ去りました。
ククールは一応、追うようなそぶりだけは見せましたが、すぐにやめました。
ここからは、兄の仕事なのです。
ザバンドは、反則なくらいの強さを誇る銀髪のチャラい男が、野郎どもをなで斬りにしている間に逃げ去ってきました。
彼とて冒険者だったのです。
自分より強い相手とはけっして正面から戦ってはならない。もし戦う場合は、必ず多数対一で戦うこと。それは卑怯な事などではなく、勝った奴が正義なのだ。
という冒険者の心得を、よおくわきまえていました。
「へっへっへ、船乗りの行動範囲を甘く見ちゃいけねえな。商売の基地になるのは、このポルトリンクだけじゃねえんだぜ。」
彼は悪人らしくけっこうマメでしたので、いざという時の逃げ場所というものもちゃんと確保してありました。そして悪人らしく情報は金になるということをちゃんとわきまえていましたので、持ち運びが簡便かつ、秘密の保持が可能な場所に、商売の裏帳簿やらなにやらをちゃんとかくしておいたのです。
もちろん、脱出用の船の準備も万端です。悪人というものは、いざという時に女神さまの加護を祈れないので、安全には常に留意しているものなのです。
自宅の隠し部屋から出ようとした、ちょうどその時でした。
黒い人影が、ザバンドの影と重なりました。
「…誰だてめえ…」
「四の五の言うつもりはない。さっさとその裏帳簿その他を置いていけ。」
ザバンドは、黒い長身の人影が発する声に、なんだか聞き覚えがありました。
ええ、ついこないだも会ったような気がします。
「…もしかして…マルチェロ騎士団長どの?」
ちょっと恐る恐る話しかけてみると、
「そうだ。」
いやにあっさりと返答され、その人影は黒いマントをとりました。
「いやあ、お久しぶりです団長どの。風の噂に法王になられたとお聞きしやしたが、なんでまたこんなところで?」
「ちょっとヤボ用があってな。」
黒髪の長身の青年…とまあ、まだ言ってもいい騎士団長を、ザバンドは知っていました。なんせ、マイエラ修道院には、航海の安全を女神さまに祈る礼拝代という名目で、かなりたくさんの寄付金を貢がされていたからです。まあその代わり、教会関係のあれやこれやで、結構儲けさせてもらっていたという、まさに共存共栄関係でした。
「はっはっは、左様ですかい。そりゃたまにはバカンスも必要ですな。」
「はっはっは、そんなものだ。で、ザバンド、物は相談だが…」
「なんでしょう?」
「お前の持っているこのポルトリンクに関する利権、洗いざらい私によこさんか?」
「…は?」
ザバンドは、目の前にある騎士団長の顔を正気かどうか、よおく眺めました。
「…ご冗談を?」
「冗談ではない。別にタダとは言わん。その代わり、お前の命と健康と長寿を、毎日欠かさず女神に祈ってやろう。お前も知っているだろうが、私の礼拝代はけっこう高いのだ。悪い話とは思わんが。」
ザバンドの目に映る騎士団長の顔には、冗談な雰囲気がひとしずくもありませんでした。
「どういうつもりだい、あんた…」
「どうもこうもない。一言で要約するならお前に余計なコトをぺらぺらと喋られたのでは少々まずいのだ。」
ザバンドは、背筋が寒くなりました。
「だが、日ごろの誼だ。証拠になるその帳簿を置いて、二度とこの町に近寄らず、また、一生余計なコトは吹聴しないと、女神と私とに誓うなら、見逃してやらないこともない。」
「あ、あんたにゃさんざ儲けさせてやったじゃねえか。」
「お前も儲けたろう?アルバート家の利権を食いつぶしてな。」
「お、おれがアルバート家を儲けさせてやってたんだ。実態に建前が追いついてなんの悪いことがあるってんだ!?」
「アルバート家の利権をうまいこと手に入れようと画策するのはお前の自由であり、私には止め立てする権利はない。だが、互いに今までは美味い汁を吸っていたのだ。だからお前に借りもない。そして今、私は個人的な事情から、この街の利権を手に入れたい。私もお前も、どちらも合法的な手段はとれず、また女神の正義を掲げられる義理でもない。さて…」
ザバンドは、目の前の黒髪の男が、死神に見えてきました。
「この場合、どちらの言い分が通るかどうかは、なにで決まるかな?」
騎士団長の腰に見えるのは、いかにも禍々しいサーベルです。
「ち…畜生ー!!」
ザバンドは、腰の剣を抜いて斬りかかりました。
ククールが、街の有力者を物理的にさんざ脅しまくってからポルトリンクを出ると、兄が待っていました。
「帰るぞ。」
短く言った兄に、ククールは問います。
「なあ兄貴、ザバンドはどうしたの?」
「さて、な。」
「兄貴、ザバンドってよくよく考えてみれば、修道院にいたときも聞いた名前だよな。」
「記憶にないな。」
「あのさー兄貴、もしかしてオレの経歴上の汚点ってヤツを消してくれたの?」
「貴様の汚点がそんな程度で消え去るほどわずかだったとは初耳だな。」
ククールは確かに兄の愛を感じていました。
ええ、兄が自分のために、名家の婿になるのにいろいろと問題になるような醜聞を 人間ごと 消し去ってくれたんだ、という感激とともに。
なんだか、罪のそんなにない人がそのために犠牲になったような気がしない事もありませんが、兄弟愛の前では、小さな問題です。しかも、兄のやる事ですので、死体の処理といったアフターケアも万全でしょう。
じーん
ククールは心底、心が温まる気がしました。
ククールはなにせ修道院育ちなので、俗世の道徳には割りと無頓着なのです。
「兄貴…」
「なんだ?」
「兄貴だいすきー♪(抱きつきっ♪)」
リーザス村にルーラで戻ってきた二人を見たゼシカは、ボロボロすぎるククールを見て、激しく驚きました。
「そ、そんなに大変だったの、ククール!?まるで、かまいたちとメラゾーマを至近距離から数発くらったみたいなケガじゃない…!?」
「いやあ…あはは…なんでもいいから、祝福の杖ー…」
どさくさにまぎれて、ゼシカの豊満すぎる胸に顔をうずめて、祝福の杖でどつかれているククールは無視して、マルチェロはアルバート家の邸へと向かいました。
「待ってよ兄貴ー、そんなに照れなくったっていいじゃーん。」
すたすたすた
邸に入り、待ちかね顔のアローザに向かって一礼すると、アローザも優雅に一礼を返しました。
「片付きました、マダム。」
続いて入ってきて、やはり一礼したククールに目をやらずに、アローザはマルチェロの瞳をじっとみつめました。
「お疲れさまでした。いえ、あなたほどのお手並みの方にとっては、それほどでもないのかもしれませんが…」
「ん?」
「…?」
ククールとゼシカは顔を見合わせます。
なんかヘンです。
マルチェロも、少し怪訝そうな顔になりました。
「…マダム?」
アローザはそれには返答せずに、こう言いました。
「…手腕卓越せるマイエラ修道院聖堂騎士団長、そして修道院長。さらには、幻の法王睨下…マルチェロさま。」
「…!!??」
驚愕する一同を前にして、アローザは、机の上になにやら紙をひろげました。
2006/7/10
さあて、正体がついにバレちゃいましたね…って、そもそもバレバレだった気もしますが。
拙サイトのククールは、ちいとも正義の味方ではありません。彼は、自分が幸せならそれでいいや、という非常に利己的な人物なので、こんくらいの事は気にもしません。もちろんお兄ちゃんも目的のためなら手段を選ばない男が公式設定だけあって、このくらいの事は気にもしません…本当に改心したの?アンタ。
まあ強いほうが正義というのが悪人美学なので、仕方ありませんね(オイ)