人の子 その一
今年は空梅雨だったなあ…
マルチェロは、かつて自分がそこに吸い込まれかけたあの大穴に歩み寄ります。
「我が屍を提供するのを惜しむ気はさらさらないが。」
マルチェロは、敢えて奥さまには目を合わせずに、続けます。
「御婦人がいらっしゃるので、ね。」
ニノ法王は頷きます。
「成程な。
自らの罪の地の奥深くに、自らを永遠に葬る
か。」
「そんな…投身なさるおつもりですかっ?」
「大人しく命を絶つと言うなら、死体まで凌辱するとは言わぬ。」
「認めんぞっ!!」
突如、大声で叫んだのは、クラビウス王でした。
そのあまりの大音量は、歴戦の勇士である一行をすくみあがらせすらしました。
「この子を見ろっ!!」
「ボク ハ ブタ デス」
しばらく出番がなかったのに、きちんと
明るく元気よくご挨拶
したチャゴス王子の頭を撫でくり倒しながら、クラビウス王は叫びます。
「認めんぞ、認めんぞとゆったら、認めんからなっ!!」
クラビウス王は子どものダダのように繰り返します。
「聖地ゴルドを崩壊させた極悪人め。サザンビーク国王として、そして
儂の可愛いチャゴス
の父親として、そんなあっさりした終わり方は認めん!!」
そして
顔色をドス黒く染め
ながら、
「自害なぞ認めるかっ!!せめて撃ち殺してくれるわっ!!射手っ!!」
さすがサザンビークは強国と言うべきか、こんな
バカ親命令
にも軍はきちんと従います。
射手がマルチェロへ、そう
抵抗する気配を見せないマルチェロ
に照準を合わせます。
貴様のような極悪人が生き延びる事を望むものなぞ、女神の創り給うたこの世界に、猫の子一匹いるものかっ!!」
うにゃっ
ぎゃっ!!
にゃーっ!
すたたたたたたた
「あら陛下、
今の、立派な猫の子でしたわね?」
「ぬわんで、いきなり猫が儂の射手の邪魔をするんじゃあああああああああっ!!」
「ノゾムモノ ガ イル カラ デス。
ボク ハ ブタ デス」
ショックから立ち直ったクラビウス王は、マルチェロの前に立ち塞がるククールとエイタスの姿を見ました。
「兄貴の生を望むのは猫どこじゃなく、こんな絶世の美青年もさ。」
「余計な真似をするな、愚弟。」
「生憎だけど、やっぱクラビウス王ごときに殺されちまう兄貴は見たくねーっての。」
「そしてエイタス君、君もどんどん愚かになっていくな?」
「すいません、
おたくの弟さんの友達なもので。
それに…まああなたがこの穴に黙って飛びこむのなら僕も黙って見ていようかと思いましたけど…ほら、女性に惨たらしい光景を見せるのは…
ほら、僕紳士ですから、あなたと違って。」
そしてマルチェロは、ゆっくりとその傍にやって来る奥さまに視線をやりました。
「貴女も、もっと聡明な方だった筈ですがな。」
「わたくしは変わりました。」
奥さまは、マルチェロの目を
しっか
と見やって、続けました。
「あなたと出会いましたもの、マルチェロさま。」
「…」
マルチェロはしばし口ごもりました。
「残念です。」
そして、とても小さな声でそう返しました。
「うぬぬぬぬぬ、どいつもこいつも…」
「ボク ハ ブタ デス」
「見苦しいぞ、クラビウス王。わざわざ手を血に染める必要はない。」
「ボク ハ ブタ デス」
「儂には分かる。
マルチェロは自ら、あの罪の穴に自らを葬る。
後のことは女神がお決め下さることじゃ。」
「ボク ハ ブタ デス」
「いや、ずぅえったいに死体にしてやらねば気が済まんっ!!チャゴスはブタなどではないっ!!」
「イイエ ボク ハ ブタ デス」
2010/7/12
久々な人たちが登場。
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