人の子 その三

とても疲れるコト、ひとまず終了。でもあさってにまたあります。









「ぼくはブタでした。」

チャゴスは真剣な瞳のままです。

そして、 バカ親クラビウス王 に口を開かせるスキを見せないまま、続けます。




「父上、僕はこんなにいろいろと恥ずかしい男だというのに、サザンビークの王太子だという生まれと、そして 父上の溢れる愛 によって、多くの人から敬されて生きてきました。でも、いくら僕が愚かだからって分かっていたんです。 みんなの敬意が見せかけだ ってことは。だから僕は、 ショボクレた自分の内面 を無理に威張り倒すことで誤魔化しながら生きて来たんです。そう、 いろんな人を傷つけながら。」




周囲は




しん




と静まり返っています。

サザンビークの近衛兵たちも、そして聖堂騎士たちも、何より バカ親クラビウス王 も、この 余りに予想外なチャゴスの告白 に、呆気にとられています。




「人は、自らの発する言葉を信じていく、と言います。」

チャゴスは、 恐ろしいほど聡明な瞳 で、続けます。


「ぼくは、自分が大物であると言うことで、 卑小な自分 を忘れ去ろうとしていたのです。」




ぱちくり

王付き秘書官レベッカが、メガネの奥の大きな瞳をそうさせました。


今、喋っている「コレ」は、チャゴス王子ではなくて、チャゴス王子に化けた聡明なマネマネではないの?チャゴス王子がこんな賢そうな台詞を吐けるわけがないわ。

彼女の瞳は、言葉より雄弁にそう語りました が、幸い、チャゴス王子の台詞に夢中のクラビウス王は、まったく気付きませんでした。




「でも、ぼくはブタでした。」

チャゴスは 自らの過去を悼むような瞳 で呟きます。


「ぼくはですね、父上。

『ボク ハ ブタ デス』

と口にしながら、自分の発したその言葉の意味を噛みしめていたのです。

『ボク ハ ブタ デス』

ええ、ぼくは本当にそうでした。自らを認められず、認められるだけの内面も持たず、 愛の素晴らしさすら気付けなかったぼく はブタで十分でした。いえ、 ブタと名乗る事すらおこがましい生物だったんですっ!!」




…何でしょうね。

我が言うのもなんですが、 コレ、ホントのチャゴスです?

えー…

うん

確かにチャゴスですねぇ…



え?

ああ

そう?

人はいつでも生まれ変われる?




貴方は本当に、人の善意を信じられるのですね?




まったく、我の創りし人の子ながら、我には理解出来ませんよ。









「チャ…チャゴス?」

ともかく、我ですら信じられないのですから、 バカ親クラビウス王 は尚更信じられず、ただ我が子の名を呼んで、口をパクパクさせています。




「正直…

『ボク ハ ブタ デス』

と呟くだけの生物にされたことは恨みには思います。 リーザス村で味わった恐怖は、思い出すだけでもう一度血も凍りそうになり ます。ですが…」

チャゴスは、遠く、深遠なる暗闇の傍に立つマルチェロを見やります。


「あの人がいなければ、ぼくは自分の過ちに気付くことはなかったでしょう。」

その瞳にはもう、憎悪はありませんでした。




「いま、ここで、こんな場所でではありますが…そしてこんな場所でしか気付けなかったぼくではありますが、 今はただ、あの人に感謝したいです。」




















「マダム、私は貴女を愛します。 そうです、マダム。私は、 貴女が愛し、守るに値すると信じて、そしてそうしてきたものを愛する貴女を愛します。 ですからマダム…これからも、 貴女のアルバート家を守って下さい。」










「近衛兵っ!!命令を撤回するっ!!儂は…」









「さらばです。」
















全ての人間が見ました。

行動すべきことは分かり切っていたのに、ククールも動けませんでした。

ただ、軽い靴音だけを残し、ゴルドに開いた深遠の闇は。

マルチェロが開けたその闇は。




靴音以上の音すら残さずに、マルチェロの全てを呑みこみました。




2010/7/18




という結末は、誰も予想していなかったと思うのですが。




 その一へ


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