それから

最後にククールは賢くしようか、そうでなくしようか、前回は最後まで迷ったのですが、閲覧者諸姉はきっとあんなククを望んだだろうと思ったので、ああしました。
後悔はしません。
ただ、最後に何が起こったのか分かりにくくなったので、今回の話。









長い長い間、ゴルドの大地に額ずく姿がありました。

質素な修道服を着た、男のようです。

彼は、随分と大きな体をようやく起こします。


「…皆、去ったな。」

「うにゃあ。」

傍らの、ものすごく薄汚い、どこからどう見ても野良猫にしか見えない猫が、ダミた声で返事をします。


「…俺は考えていた。虫の知らせで…いや、女神の啓示かも知れんが、このゴルドの大地へ来てからも、ずっとずっと考えていた。」

「うにゃ?」

野良猫が、「一体、何をだよ。」と言いたげに、鳴きます。


「…マルチェロ…の、ことだよ。」

修道服の男は、野良猫の頭を、その大きな手で撫でます。


「あの人は大きな罪を犯しながら、ゴルドを生き延びた。俺たちの同胞と、無辜の人々が、生きながらあの深い深いゴルドの闇に呑み込まれたというのに…いや、それも女神の御心なのかもしれんがな。」

「にゃあ。」


「俺はずっと考えていた。俺たちは、そして俺は、あの人にどうなっていて欲しいのか、と。決して野心を捨てず、いつの日か再び世界を手に入れようとしていて欲しいのか、それとも捕縛され、その罪をその身で償わされてほしいのか、はたまた、どこへともなく消え去り、決して人の世に戻ってくることはなくていて欲しかったのか。さもなければ…」

「にゃ?」

野良猫が、続きを促すように語尾を上げます。


「あの人だけでも、平穏に、そして幸せになっていて欲しいのか、と。」

「にゃー…」

野良猫も、悩むように語尾をのばします。




しばし、修道服の男と、野良猫は、考え込みます。




「…結局、皆が何をマルチェロに望んだかは、やはり分からない。」

男が、ぽつり呟きます。


「俺は俺の考えしか分からない。それだって、今、ようやくまとまったようなものだが。」

「にゃあ?」


「…マルチェロが、愛する人の幸せを望める男になって、良かったと思っている。」

男は、胸の奥の息を吐きつくすように、長い長い溜息をつきます。


「だから、きっとこの結末は、俺の望んだ形だったのだろう。だから…女神よ、自分をこの場に導いて下さったことに、感謝致します。」

「にゃっ。」

修道服の男は、再び額ずきました。

そして野良猫も、少し殊勝なポーズを取りました。




「しかし。」

男は体を起こしました。


「女神よ、貴女はきっと、マルチェロの自由意志を嘉し給うたのでしょう。ええ、それに異を唱えるつもりは毛頭ありません。いや、彼の自由な選択があれであったことを、自分は…友として…祝福します。しかし、女神よ、彼にかつて付き従った者たちもまた、自らの意志でそれを為したのです。女神よ、マルチェロを貴女のお膝元に召したのならば、どうか、彼らにもまた…御慈悲を。」









ええ、言われずとも分かっています。

ねえ、貴方が自らの罪を、そして聖堂騎士たちを忘れたことなど、一度もないでしょう?

分かっています。

分かっていますよ、そんな緑の目で見なくても。

分かっていますってば。









にゃあ。

野良猫が、男に促します。


「なあ、団長どのは、青い空に、抜けるくれェ青い空に、吸い込まれるように召されていったんだ。団長どのだって、きっとオレたちのこと、女神さまとやらに頼んでくれてるさ。だから、そこまで悩むなよ。なァ。」

とでも言いたげに。


「そうだな…」

修道服の男は、その大きな体を起こします。

そして、かつては剣でも握っていたのであろう手で、野良猫の頭を優しく撫でます。


「そうだな…」

そして男は、久しぶりの笑顔を浮かべます。




「俺も…生きようと思う。」

男は言います。


「死ぬまでは生きていようとだけおもったが、やはり俺も生きようと思う。女神さまに与えられたこの命が尽きるまで、俺はもう一度、全力で生きるよ。」

「にゃあっ!!」

野良猫は嬉しげに、男の頭の上に飛び乗りました。


「はは…改めて、よろしくな。」

そして男は、もはや無人となったゴルドの大地を踏みしめながら、去って行きました。













サザンビークでは、うそのように聡明な顔をして戻ってきたチャゴス王子に、城の、そして街の全ての人々が、

「ニセモノだっ!!」

と思いました。


思いましたが、


「父上、今まで遊び呆けて怠っていた次代の王となるための勉強を始めたいと思います。皆、今までのボクは本当に愚かであった。すまない、心から反省している。こんなボクではあるが、これからは良き王となるべく全力で励んでいくつもりなのだ。どうか支えてくれ。」

とのチャゴス王子の言葉に、


「ニセモノでも、こっちの方がいいや。」

と思い、


「サザンビーク万歳っ!!」

の歓喜の声が、しばらく、そう、何日も何日も、城内、街中問わず、こだましたようですよ。













サヴェッラでは、法王ニノが聖堂騎士たちに緘口令と、そして、マルチェロ捜索の打ち切りを相次いで命じました。

事情を知らない聖職者たちは、もちろんニノ法王に理由を問いましたが、ニノ法王はただ、


「それが女神の御心であるからじゃ。」

とだけしか答えませんでした。


そして、ニノ法王はそれ以上は何も命じませんでした。

トロデーン王家やアルバート家への制裁なんて、もちろん。

あ、いえ、「何も」は嘘ですね。

一つだけ、命じました。


「これを、リーザス村のアルバート家に届けよ。結婚祝いじゃ。」

とだけ、ね。













エイタスが戻ってくると、ミーティア姫がエステルを寝かしつけたところでした。

「あらエイタス、お帰りなさい。随分とお疲れですのね。」

ミーティア姫は、夫が何日も留守をしていたというのに、その事には一言も触れませんでした。


「はは、そうだね。そりゃあもう、いろいろあったもの…トロデーンの滅亡の危機とか、いろいろ…」

エイタスは、この前エステルの顔を見たのはいつだったろうと思いながら、愛娘の額を撫でました。

ほんの数日前なのが、嘘のようです。


「でも、結局、上手くまとまったのでしょう?その顔に書いてありますわ。」

ミーティア姫は、エイタスの言葉に何一つ動じる所もありません。


「さすがだね、姫。でもね、本当に大変だったんだよ。奇蹟が起こらなければ、マルチェロさんは今ごろ…」

「あら、奇蹟は起こりましたのでしょう?大丈夫、何が起こったのかはわかりませんけれど、そしてきっととても大変なことだったのでしょうけれど、トロデーンのことも、マルチェロさんのことも、アローザ奥さまの事も、もちろんエイタスのことも、ミーティア、何も心配なんかしていませんでしたわ。」

「…根拠は?」

「うふふ。」

ミーティアは、小さい頃からまったく変わらない、いたずらっぽい無邪気な笑みを浮かべながら言いました。


「愛は常に、幸せな奇蹟を起こすからですわ。」

エイタスは、ソファーにどかりと腰を下ろしました。


「あはははは…」

「うふふ。」


そしてエイタスは言いました。

「本当に…君にはいつも、負けるよ。」

「どういたしまして。じゃあ、その幸せな奇跡で終わったお話、ミーティアに聞かせて下さいませね。」










2011/2/13




冒頭の修道服の男と野良猫は誰?という方。拙サイトレベル30くらいあげてリトライあれ。(猫は前にも出て来ましたよ)
いや、 べにいものオリキャラは、アロマルでは出来るだけ出さないつもり(そう言いつつ、レベッカはフツーに出てますが)だったんですが、どうしてもこの人だけはフォローしないと、マルチェロも、そしてべにいもも納得できないと思ったのですよ。

そして、ミーティア姫はいつも最強なのです。




ウェディング・ベルの鳴る日に


アローザと元法王さま 一覧へ inserted by FC2 system