ウェディング・ベルの鳴る日に
タイトル通りです。というわけで、「このお話のエンディング」は、結婚式の場面です。
ただ、誰の結婚式かというと…
とうとう来た、ゼシカの結婚式の日。 花嫁はもちろん、花嫁の母もとても忙しい。 「ゼシカー、ドレスは着れました?」 「もう少しー!!」 「まあ、まだ着ていないのですか。もうお客さまは皆、見えていますよ。」 「だって、ウェディングドレスって着るの大変なんだもん。何よー、みんなが手伝ってくれてるのにこんなに時間がかかるなんてー。」 「うふふ、ゼシカがそんなにあせるからですわよ。マダム、一生に一度の晴れ姿ですわ。ゆっくり、のぉんびり、カンペキにさせてあげてくださいませね。」 「ふぎゃっ!!コルセットが締まる、締まるぅー。」 「もう、何ですかその声は、はしたない。」 ですが、ここはミーティア姫にお任せするとしましょう。 「そうですね、一生に一度の晴れ姿ですからね…」 わたくしは呟いて、花婿の様子を見に急ぐ。 「これはこれは、おかーさま。」 「本当に…麗しい花婿姿ですこと。」 お世辞ではなく、世界一の花婿姿をした我が娘の婿の姿がありました。 本当にこのククールという人は、見た目だけは誰にも文句はつけられない人です。 それ以外は 「…ふう…」 「やだなあ、おかあさま。お疲れになるのはまだ早いですよ。式は始まってもいないんですからね。」 「ええ、これから始まる新しい生活を考えたら、まだまだまだまだ、わたくしが疲れるには早すぎます。」 「すいません、ものっすごく怖い目をしているゆうに見えるのは、気のせいですか、おかあさま?」 「いえ、気のせいではありません。ククールさん、我がアルバート家の婿になったからには、これから、ビッシビシ、シゴかせてもらいますからね。覚悟していて下さいね。」 「…お手柔らかに。」 そして花婿は、話題を逸らすように、別の話を始めました。 「しっかし、トロデ王が代父を自分から買って出てくれて良かったですね。」 「ええ。一国の王たる方がわざわざ…」 「ま、あのお人は馬姫…じゃなくて、ミーティア姫さんと同い年のお嬢さんならみんな、 『ウチの娘』 くらいの娘ボンノーな人ですしね。ましてやゼシカは、長い旅を共にしてるんですから。」 「…娘は幸せ者です。」 わたくしが思わずそう呟くと、わたくしの新しい息子は我が意を得たりと、天使のように美しい微笑みを浮かべて言いました。 「そりゃ、もっちろんですよ、だって、オレが息子になるんですからっ!!」 「…」 「あー、やだなー、オレが息子になるのがそんなに嬉しいからって、お姑さまそんなに言葉を失うほど喜んでくれなくてもー。」 「…これ以上の発言は、淑女の嗜みに反しますから。」 わたくしはその場を離れました。 「でも、本当に大丈夫かしら…。」 わたくしは、「あの方」を思い浮かべる。 「あの方」がいらっしゃれば、何も心配しないのに。 「大丈夫ですよ。」 わたくしは、 は として、振り向く。 「貴方でしたか…」 そこにあったのは確かに黒髪ではありましたが、その黒髪に囲まれた顔は、もっと穏やかだった。 「これは、サザンビーク王太女婿殿下…」 「何度も言いますけど、エイタスで結構です。その呼称は長くて。」 「分かりました、ではエイタスさん。」 「はい。…ああ、話が変わってしまいましたね。ククールのことをご心配でしょう?」 「…ええ。」 「ご心配無く。僕が責任をもって彼の面倒を見ますっ!!」 「…あなたがお兄さまのようですね。」 確か、エイタスさんの方がいくつか年下だったと思うけれど。 でも、この気持ちはありがたく受け取らないと。 そう、ククールさんの本当の兄は、今ごろは… 「…」 エイタスさんは苦笑してから、テーブルの上から何か大きなものを取り上げる。 「結婚祝いです…法王庁から。」 「まあ、まさか…」 「はい、ニノ法王聖下からです。」 わたくしは添えられていた手紙を広げる。 あっさりとした祝いの文句。 そして、「女神からアルバート夫人に」と手みじかに書かれ、布で梱包された細長い、何か。 「お開けになっては。」 エイタスさんが、中身を知っているかのように促すので、わたくしは布を解いた。 杖。 鳥の嘴のようなものが先端についた、杖。 見たことがある。 ゴルドのあの地で。 「神鳥の…杖?」 わたくしが言うと、エイタスさんは頷いた。 「どうして聖下が、しかも結婚祝いに、この杖を…」 この杖を見ると、ゴルドのあの時を思い出してしまう。 この杖に魅入られたあの方。 この杖に苦しめられたあの方。 「僭越ながら…」 「…はい。」 わたくしがあまりに怖い顔をしていたのか、エイタスさんは宥めるような顔と口調をする。 「ニノ法王が仰るんですから、本当に女神さまからのプレゼントなんだと思いますよ。」 「女神さまから?」 わたくしが問い返そうとすると、エイタスさんは邸の奥に目をやった。 「花嫁の準備が出来たようです。」 「まあ、ようやく。」 そう、お客さまを待たせている。 こんなところで油を売っている暇はないのだ。 でもわたくしは侍女に命じ、せっかくの聖下からの結婚祝いなのだからと神鳥の杖を結婚式の会場にへと運ばせた。 「ゼシカお嬢さまーっ!!」 「お嬢さま、とってもお美しいですよー。」 「ククールさまー、ステキーっ!!」 教会で永遠の愛を誓い出てきた若い二人を、リーザス村の皆の歓喜の声が迎えた。 「ゼシカおねーちゃーん、ククールおにいちゃーんっ!!」 孤児院の子どもたちも、声の限りに叫んでいる。 あの方がいなければ、この子たちは… いや、いつまでもあの方のことばかり考えていてはいけない。 わたくしには、アルバート家の主婦として、この子たちの孤児院を運営し、この子たちが広い世界に羽ばたいていけるようにする義務がある。 わたくしには、アルバート家の主婦として、このリーザス村を慈しみ、守っていかねばならない。 わたくしには、アルバート家の主婦として、若い夫婦を教え導…くだけで足りなければ、腕ずくでも、しっかりと教育し、このアルバート家を受け継いでいかねばならない。 「『ねばならない』ではありませんね。」 わたくしは、小さく、とても小さく、呟く。 「これは義務などではありません。わたくしが選んだことです。わたくしが選んだ生き方で。…」 とても小さく呟いたはずなのに、子どもたちが不思議そうな顔をしてわたくしを見上げる。 いけない、思ったより大きな声になっていたようです。 わたくしは照れ隠しに、何事なしに手をのばす。 触れた先に、神鳥の杖があった。 青く光った気がした。 「あっ…」 子どもが小さく呟いた。 そして、口々に村人たちが同じ声を上げて空を見る。 若い二人も、白い衣装に身を包んだまま、空を見上げ、 「あ」の形に口を広げた。 「来て下さったのですね。大事な結婚式だから。」 わたくしは、空に舞う、美しい青い鳥を見上げる。 わたくしの新しい息子が、その形のまま、ある単語を口にする。 美しい、純青の青い鳥は、大きくわたくしたちの上を旋回した。 む わたくしの視界がぼやけ、そして一度瞬きして、再び目を開けた時には、もうその姿はなかった。 「ありがとうございます、マルチェロさま。わたくしなら大丈夫。いつか女神のお膝元へ召されたときに、胸を張って、頭を上げて、あなたにお会いします。そうやって生きますわ。」 わたくしの誓いに応えるように、青いひとひらの羽根が、わたくしの手に残された。 2011/2/19
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