立ち上がれ、マルチェロ・チルドレン!! その三




硬直してしまった兄を置いて、二人はとりあえず 睡眠欲を存分に満たす ことにしました。







そして一日たっぷり寝て、翌々日の朝。

相変わらず硬直していながらも、 おススメ業者の住所メモ はしっかり用意している兄に微妙に感嘆して、二人はポルトリンクまでお使いデートに行く事にしました。
















業者に仕事を依頼して、二人は年頃のカップルらしく、アイスクリームなんぞをなめながら、ベンチに腰掛けます。


地獄の冷血カップルだ



そんな恐れの視線がバシバシ突き刺さりますが、二人はとうに慣れっこになっていました。




「でもホント…あんたの兄さんって、ホント バカじゃないの?使い道もないのに金儲けだけ考えるなんて。」

ゼシカの言葉に、ククールはポルトリンク名物のオセアーノンアイスをなめながら、兄を弁護します。


「ゼシカ…あのさ、そりゃまあそうかもしんないけどさ…仕方ねーじゃん。兄貴ってば カネに不自由しなかった事がない人なんだから…」


君と違ってね、とはさすがにククールは口にはしませんでした。


「なんで?聖堂騎士団長で、寄付金集めの鬼でしょ?」
所詮はお嬢様育ち、 金のないのは首のないのと一緒 という諺の真の意味をさっぱり分かっていない恋人のために、ククールは語ってあげることにしました。






「あのさ、ゼシカ。修道院ってのはそもそも 金銭にはあんまり縁のない所なんだよ。」
「うん、それは分かるわ。だって、神様に仕える清い修道僧がいるハズの所だものね。」

「でもさ、修道僧もやっぱ食わなきゃなんないから、お金がいるワケじゃん?いくら自給自足を目指して野菜育ててたりとか、家畜育ててたりするにしてもさ。」
「そうね。」
「だから、 寄付金ってのは、絶対必要なんだよ、分かるね?」
「ええ。」

「更にさ、マイエラ修道院には 聖堂騎士団 がいるワケだよ。聖堂騎士つったら、 僧侶かつ騎士 じゃん?で、そもそも生産活動に従事しない僧侶で、 更に、武器防具その他が必要となる騎士 なワケじゃんか? めっちゃ維持費かかると思わない?

「そうよね…騎士とか戦士なんて 戦う以外には何の役にも立たない 存在だもんね。」

「そうなんだ。だからマイエラ修道院ってのは、そもそも 万年赤字団体 だったんだ…兄貴が騎士団長やるまではね。」




そうなのです。
その万年赤字団体を、 激痛と鮮血ほとばしる改革 によって、なんとか黒字団体まで再編したのがマルチェロなのでした。


ええ、もちろん散々な批判は受けました。

聖職者の本分に反するとか、なんとか。

でも、どれだけ批判を受けても一向に動じず、

「四の五の言う前に、現実を見ろ!!」

と、改革をやり遂げた兄は、本当にスゴいとククールは心底思っています。

ええ、オディロ院長もいろいろ悲しそうな顔をしました。

ククールも カラダがボロボロでズタボロになるまで、寄付金集めに駆けずりまわされました

それでも、誰かが痛みを引き受けなければならなかった事なのです…

なんだか、ククールは他人の十倍は痛みをくらった気もしますが。






「へー、そうなんだ。あいつって、やっぱスゴいのね。」
ゼシカはさらっと感心しました。

「…」
ククールはもっと色々といってあげたい気もしましたが、一応ガマンしました。


「でもね、ククール。あいつって、院長さまが亡くなった後、ニノ大司教…今は法王だったわね、に取り入るために賄賂とか賄賂とか賄賂とか、たっくさん渡してたんでしょ? あのお金はどこから涌いて出たのかしらね。」
「ゼシカ…お金は涌いてこないよ、稼がないと




兄が修道院長を兼任してから、 寄付金が五倍 になり、 修道士たちの食事は野菜スープのみ になり 修道士達のへそくりは全て没収された そうですが、煉獄島でニノ大司教がぶつぶつ文句を言っていた内容を鑑みるに 兄が取り立ててもらうのに貢いだ賄賂は、そんなものじゃ全然賄えなかった に違いありません。


それに加えて、法王警護役に取り立てられてからの、聖堂騎士団員の武具の整備やら、 法王に即位してからの、王打倒戦争の戦費のアテなど…兄は やると言ったら、どんな不可能事でもやり遂げてしてしまう人 なので、 想像する事すら、恐ろしくかつおぞましい手段 でもって、資金を調達してきたに違いありません…













「…なんで、いきなりお祈りするの?」

「ん…女神さまに、お願いしようと思って…」
「なにを?」

「兄貴の魂をお救い下さいって…」

「まだ死んでないじゃない?あんなにピンピンしてるわ。」

「でも、死んでからお祈りしたんじゃ間に合わないくらいの極悪人だからなあ…」





といいつつも、ククールは兄にはいろいろと同情しています。

ええ、確かに煉獄島にまで押し込められた時は 殺意を覚え ました、しかも暗黒神にのっとられたせいで法王を暗殺したんならともかく 激しく正気 だったと知ったときは、 息の根を確実に止めてやろう と思いました。


でも、兄は間違った道とはいえ、常に弛まぬ努力を為して庶子から法王にまで成り上がった人なのです。

兄をそこまで駆り立てた衝動は何かというと、 身一つで実の父に放り出された という事なのです。

ええ、そこからの兄の 小公女セーラ も泣き崩れるような苦難の日々が兄を歪めてしまったのです。






みんな貧乏が悪いのです!!







あれだけ虐待されても、そんな風に、兄に同情と愛情を抱ける自分の兄好きは 常人の理解を絶する ものであるとは、ククールはもちろん自覚していません。














「ま、ともかくさ、ゼシカ。そういう訳で、いつもお金には不自由してた人だから、 お金がたくさんあって、何に使おうー♪ って事を考えたコトが一度もない人なんだよ、兄貴ってば。だから、バカとか言ったげないでくれよ。」

「分かったわ、いっつも帳簿をめくって金勘定に頭を悩ませてた結果が あのデコ なのね。すごく納得したわ。」

「良かった、分かってくれて…」


デコについては、納得されたら兄が怒るとは思いますが。




「でもさ、ゼシカ。いくら兄貴が儲けてるとはいえ、あれはアルバート家の財産なんだから、君や君のお母さんが自由に使っていいんだよ?」
ククールの言葉に、ゼシカは答えます。

「ん、そうね。でも、服は持ってるし、特に欲しいモンないし。」

「ゼシカ、君ってさ。経済観念ないけど、モノには淡白だよね。」

「そう?ウチの人はみんなそうよ。
物質に執着するのは、レイディのやる事ではありません。
って耳タコになるほどお母さんに言われてるもの。だから、お母さんもすごく質素でしょ?」
「そだね。」

「お母さんにとっては、アルバート家の体面が自分が楽しく暮らすより大事なのよ。 そりゃお母さんもお金には困ったコトがない人だけど、多分、ウチがすっごく貧しくなって、アルバート家の体面か、自分の毎日の食事かって選択肢出されたら、 間違いなく、体面を取って何も食べずに平然としてるわ。」


「…」
ククールは、アローザ奥様と兄は、その(無駄な)プライドの高さがとても似ていると思い、 類友 という言葉の意味をしみじみと噛み締めました。


まあ、あのかなりテキトーな金銭感覚でアルバート家が破産しなかったのは、一家みんなが激しく質素に慣れているからだったようです。
さすがは七賢者の子孫…という所でしょうか?


「ククール、わかめ王子アイス、一口食べる?」
「うん♪」
「あーん♪」
「あーん♪」




いちゃいちゃしながらも、ククールは、密かに兄の事を考えていました。





増やしたお金の使い道を問われた程度で絶句したからには、 兄はもしや、本気で改心したのだろうか? そうだったら、どれだけ幸せだろう…







「でもホント、あんだけのお金の使い道考えなきゃね。えーっと…あたしたちの結婚式の費用でしょ、新婚旅行費用でしょ、ククールはウチに婿に来るから新居は用意しなくていいし、家具も買わなくていいし、あ、赤ちゃんの出産費用とかいるかもー♪」

ゼシカが嬉しそうに数え上げていると、

「おう、ワシはおぬしらの結婚式に招待された記憶もないのに、もう赤ん坊か。もしや 今はやりの出来ちゃった婚 かのう?」

「…」
「…」

二人は、聞き覚えのありすぎる声に、視線をそーっと下に落としました。



「よっ♪久々じゃのう。」


「トロデ王っ!?」



2006/8/23








という訳で、トロデ王の登場です。べにいもは彼が大好きなので、たくさん登場させ…られるといいな。
しかしまあ、マイエラ修道院の台所事情を考えてみましたが、やっぱ兄は来る日も来る日も金勘定に追われ、唯一の癒しである院長も死んでしまい、ストレス発散のためのククールも追い出してしまい、それであんな風になってしまったのだと思います。
修道士のへそくりなんて、巻き上げても微々たるもので、恨まれるだけの代物をわざわざ巻き上げたあたりに、兄の追い詰められっぷりを感じた…つったら、深読みのしすぎかな?
「倉稟満ちて礼節を知り、衣食足りて栄辱を知る」
と言いますが、いろいろ足りないのに、誇りと礼をしっかり持っていた兄の精神力は本当にスゴいと思います…ただ、 人の道を踏み外すくらいなら、誇りと礼を捨てたほうが良かった のではないかとも思いますが。






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