人は見た目が九割五分 その二




アンジェロというのは、マルチェロがリーザス村で使っている偽名です。













とりあえず、兄にトロデ王のことを手短に話し、晩餐に連れ出すことには成功したククールではありましたが、勿論、内心は 暗黒神に対峙した時よりドキドキ していました。



ええ、なんせ、 王侯貴族の前で、それを全否定 する演説なんてブチかましてしまった兄 を、 いくらカエルに似ているとはいえ モノホンの王様 と引き合わせるのです…心臓がバクバクしないハズはありません。






「つーワケでトロデお…“トロちゃん”、これが兄貴…」

「アンジェロです、トロデ殿。」

兄は、完璧な礼儀と好意のなさ で挨拶しました。


「お…おお…」
さすがに、トロデ王も本物のマルチェロを見て驚いたようでした。(ちなみに、偽名の話はちゃんと耳にいれてあります。)



「…」
そして、兄が特級犯罪者である事をご存知のアローザ奥様が、

「よろしいの?」
と激しく言いたげなお顔でご覧になっているので、ゼシカが

「ダイジョーブ♪“トロちゃん”と、アンジェロは“知り合い”だもの♪」
とフォローを入れました。


ええ、確かに“知り合い”は“知り合い”です。ゼシカは嘘はついていません。







まあともかく、まんまと安心なさったアローザ奥様がホステス役を務め、晩餐は パッと見は和やかに進行しました。




「いやあ、しかしゼシカの母上だけあってお美しい上に、上品で聡明な方じゃのう。」
「ほほほ、陛下もお上手ですこと。」

「いやいや、ワシがも少し若かったら、すぐさまプロポーズしとるよ。…んー、それと何度も言うように、“陛下”はやめてくれい。キュートかつラブリーに“トロちゃん”と…」




「へー…あたしがククールと結婚して、お母さんがトロデ王と結婚したら、 あたしって、あのパーティーの中のヤンガス以外の人全員と親戚になる のねえ…スゴいわ…」


ゼシカは呑気にアホな事を言っていますが、ククールは黙々と 優美極まるテーブルマナー で食事を続ける兄が、いつ 『王とはなんだ!!』 と叫び出すんじゃないか と気が気じゃありません。










ククールの神経が擦り切れる直前になって、ようやく食事が終りました。












「では、陛…トロデさま、ベッドの支度をさせ…」
メイドに言いつけかける奥様を、トロデ王は制止しました。


「いやいや奥方、せっかく懐かしい面々と会えたのじゃ。ワシはも少し話がしたい…どこぞ、部屋でもお貸し頂けんかのう?」
「左様でございますか?では、早速…」

「うん、ちょいと大きい声が出るやもしれんから、壁が厚い部屋がよいのう。…のう?」


来た…
ククールは、心持青ざめた顔色で、頷きました。





「はい、承知いたしました。では、お茶の支度をさせ…」


「お茶なら、私が客人にお入れしよう、マダム。メイドを部屋に寄越される必要はない。」
ずっと黙っていた兄が、口を開きました。

もちろんアローザ奥様は引き止めましたが、マルチェロは聞かず、ついに奥様も諦めました。











こぽこぽこぽ…
流れるような手さばき で、マルチェロが一同にお茶の支度をするのを、ゼシカとククールは、微妙に緊張しながら見つめていました。




「どうぞ。」
「おお、すまん…」

心なしか、トロデ王もちょっと緊張しているようです。




一同にお茶を注ぎ終わると、マルチェロはトロデ王に一礼しました。


「改めまして、トロデ王。一瞥以来、 お変わりなく



いきなりイヤミ攻撃だ
ゼシカとククールは思いました。なにせ、前会った時は 緑色の魔物の姿 だったワケですから。




「うんうん、おぬしも相変わらず、仕事は繁盛しとる ようじゃのう。」

イヤミカウンターだ!!

なにせ、 法王即位式なんて、人生の桧舞台に有った人間を引きずり落とした一味 なワケですから、王も。







二人は、 社交スマイル を浮かべて、一口ずつお茶を啜りました。






ククールは、胃がキリキリしました。
ええ、なんせ眼前にいる二人は いい年こいて大人気ないオトナ の二大巨頭とも言うべき人々です。

ちょっとした火花が散るだけで、 大火災になるは必定です。




(ああ、頼むからこらえてくれよ、兄貴。なんせトロデ王に危険人物と認識されたが最後、 全トロデーンかけて追討される んだ…やっぱ、追討軍のアタマはエイタスなんだろうし…オレ、エイタスを 兄の仇 って恨みたくないからさ…あー…でも、なにせ兄貴だからなあ…)


ククールは、 オレの周りにいるオトナって、どうしてこんなに大人気ない奴ばっかなんだよ!!

と、嘆きました。ええ、かく言うククールも、年齢からして 大人気ないオトナ の一員ではあるのですが、もちろんそんな事実はスルーです。

ええ、都合の悪いことはスルーするのが オトナというものです!!











ククールの 悪い予感限定でよく当たるヨカン♪ はびっくりするほどジャストミートし、兄とトロデ王との会話のかもし出す雰囲気は ついに発火飽和点に達しました!!



そしてついに、トロデ王の言葉が、兄の導火線に火をつけてしまったようでした。










「ほう…なるほど…」
兄の笑みが、修道院でよく見られた あの笑みになっています。




ククールは、女神さまに慈悲をお祈りしました。




「トロデーン国国王、トロデ二十一世陛下。先代トロデーン女王陛下である母上と、王国宰相を兼任なさっていらした大貴族の父上の間に、一粒種としてお生まれになった方…」
兄は立ち上がると、朗々とトロデ王の履歴を披露していきました。






「…なんで一緒に旅してたあたしらも全然知らないトロデ王の家系図まで、諳んじてるのかしら…」
「…兄貴だから…」
ククールは、ちょっぴり涙声で答えました。




「対抗者もいないまま王位に就かれ、国一番の美女と評判の王妃を迎えられ、愛らしい姫君に恵まれ、国民には慕われ、近隣諸国からは愛された…」
兄は、そして、苦々しく言い捨てます。

「恵まれた方!!」



「ちょっと…トロデ王だって、あんな顔だけどいろいろ苦労してるのよ?ええ、あの杖!!あの杖のせいでお城が呪われちゃって、お城の人を元に戻すために旅に出て…魔物だってゆうんで、石まで投げられて…」
ゼシカの必死のフォローは、当然というか 火に油を注ぐ結果 となりました。





「石だと…そんなもの、物の数ではない!!トロデ王、あなたに分かるか!??不義の子と卑しまれ、ほんの子どもが実の父に屋敷を追われる事がどんな事か?」



「孤児院で、事あるごとに孤児と蔑まれる事が!!」



「いかに努力しようとも、“悪魔の子”というだけで、それがほとんど認められぬという事が!!」





ククールは、もうダメと、天を仰ぎました。

星がとっても綺麗な夜です。
ククールは、現実逃避の中で、ゼシカと夜空を見上げてロマンチックな会話を楽しんでいました。






「生まれ…それがこの世では全てだ!!私はそれを何度も何度も何度も何度も、 痛いくらいにそれを味あわされた!! 高貴な血など…そう、あなたと違ってな、一滴も流れていない私には、私の手には!! 結局、女神は何も残そうとはしなかった!!






「あはは、ゼシカ。見てよ、あの星。ぴったり寄り添って、まるでオレと君みたいだね、あははははは…」
ククールは、いいカンジでいい会話が進展する、空想の世界にとっぷりと頭を浸していました。


「ちょ…ククール、現実逃避してる場合じゃ…」
と言いつつゼシカも、かなり途方に暮れていました。


兄の演説は、いつかのように果てなく続くかと思われましたが、







どばがちゃーんっ!!





派手な音が、兄の演説を強制終了 させました。







「…」
「トロデ王…?」



それは、トロデ王が激しく机を叩いた(ついでに勢いあまって、ティーセットを床に叩き落してしまった)音でした。






「やかましいわい!!」

そして、静寂を打ち破るようなトロデ王の怒号が響き渡りました。




「ええい、黙って聞いておれば生まれ生まれと… 自分ばっか不幸なように言いおって!!生まれつきで変えようがないのは、 血筋だけじゃないわい!!






そして、驚いた顔のマルチェロ(ちなみに、ククールは兄の驚いた顔というのを、両手の指で数えられるほどしか見たことが有りません)の顔に、

びしいっ!!

と指を突きつけると、兄より更に大声で叫びました。




「おぬしのような…おぬしのような奴にワシの生まれつきの苦悩など、分かる訳ないわい… おぬしのような、長身イケメンにっ!!」




2006/8/28






ようやくサブタイトルと少し関わる話になってきました。
サザンビークのおばさんの話によると、トロデーン王家の血を引くのはトロデ王の母親みたいなので、先代“女王”と考えてみました。
しかし、ミーティアの祖母にあたる女性も、孫が物心つく年になるまで、結婚できなかった事を哀しみ続けるなんて、よっぽどダンナが嫌いだったんでしょうねえ(しみじみ)
だとすると、そんな可哀想な環境で育ったトロデ王があんなに立派な人柄になるまでには、聞くも涙、語るも涙のお話が…
あったと想像してもいいですが、単に、サザンビークの王子がすげえいい男だったのかもしれませんね。なんせ、エルトリオとクラウビスの(多分)父上な訳ですから。




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