麗しの花火
元拍手話。
素材が美しいと、花火も美しくなるという
マルチェロ理論
の証明話です。
今日は、アローザ奥さまがマルチェロと一緒に、孤児院付属の森林のお手入れの観察の日です。
リーザス村孤児院は、森林から採れる材木を運営資金にしているので、孤児院の子どもたちも代表が来て、その様子を見守っています。
「アンジェロさん。でも、どうして林を運営資金にしているんですか?貿易とか、畑とかではダメなの?」
さすが孤児院代表だけあって、賢そうな質問をします。
「うむ、なかなかの良問だ。だが、問いの解答はまず自分で考えてみなければ身に着かないものだ。君はどう考える?」
「えーっと…貿易で、たとえば一隻の船を運営資金にすると、もしその船が沈んでしまったりしたら、全然お金が入りません。畑とかは…もし干ばつとか病害とかで作物が全滅してしまったら、やっぱりお金になりません。」
「その答えや好し。そうだ、孤児院のように、継続的に資金を必要とする事業は、突発的な事故により収入が途絶えるような事があってはならんのだ。林業ならば、一定期間に大きく収入幅が増加する事はないが、逆に大きく減少する事はない。よって…」
子ども相手だろうが、容赦なく財テクを語るマルチェロとを、アローザ奥さまは「さすがマルチェロさま。子どもの面倒見の良い、心優しい方」とでもおっしゃりたげな瞳で、優しく見守っておられます。
「奥さまー、そろそろ昼飯にすっべえ。」
樵さんたちが声をかけます。
彼らはてきぱきと火を起こし、料理をこしらえて行きます。
辺りに美味しそうな香が漂います。
子どもたちは料理にそわそわしますが、奥さまは
じいっ
と、炎を見詰めていらっしゃいました。
「失礼ですが、マダム。その炎に、何か?」
マルチェロが問うと、奥さまはお答えになりました。
「この炎が…あまりに美しいもので。」
「…」
マルチェロが見ると、確かに普通の炎とは色が違います。
もっとも、マルチェロのような「超実用主義者」にとっては、炎なんて熱があってその時の用に役立てば何でも良いものなのですが、彼の大事なアローザ奥さまが美しいと言うなら、話は別です。
樵たちに聞いてみたところ、どうやらその焚火は、枯れた花の木を燃やして得たもののようでした。
「やっぱり、元々美しいものを燃やすと、炎も美しいのですね。」
奥さまが「うっとり」とした表情でそう仰います。
子どもたちも、しきりにうんうんと頷きますが、その中で一人の子が言いました。
「だったらさ、ククール兄ちゃんを燃やしたら、いっちばん奇麗なんじゃないの?」
「…」
マルチェロが、何かを思いついたように黙りますが、誰も気づかなかったようです。
「えー、でもさー。ククール兄ちゃんはいっつも燃えてんじゃん?」
「フツーだよね、炎。」
「あー、そっかあ。」
子どもたちはがっかりして俯きます。
「あらあら、困った子どもたちですね。」
アローザ奥さまが微笑まれます。
とりあえずここで一応、ツッコミを入れておきましょう。
ククールがいつもいつも燃やされていることに対しては、特に何も思われないんですか、奥さまっ!?
と。
食事が始まりましたが、マルチェロは俯いて、しきりにいろいろ考えています。
考え事をしている彼の顔は、昔の通りの悪人ヅラで、なんかドス黒いオーラとか出ていますが、樵たちと子どもたちは
「見なかったフリ」
をしていますし、奥さまは
「マルチェロさまからドス黒いオーラなんか出るはずありませんわ」
という強いつよーい乙女の思い込みから、そんなものは視界に入られないようです。
で、食事も佳境に入ったころ。
「ただ燃やすだけで色が出なければ、化学反応を起こせば良い筈だ。」
マルチェロが、低く小さいけれども、なかなか迫力のある、しかも妙に自信のある口調で言い放ちました。
奥さまのお耳には入りませんでしたし、その他の人々は、全力で聞かなかったフリをしました。
で。
フィアンセのゼシカと何も知らずに、呑気にティータイムをしているククールです。
「そろそろ、オレの愛しの兄貴が帰ってくるなあ♪」
何も知らずに毎度おなじみの弟バカっぷりを発揮していたククールに、
「今、帰ったぞ、ククール♪」
マルチェロの艶のあるバリトンボイスがかけられました。
「っ!!」
ゼシカは無言で立ち上がります。
「どーしたんだよ、ゼシカ。」
「…逃げて。」
「は?」
「バカっ!!」
ククールはいきなり平手をくらいました。
「いきなり何すん…」
「いいから逃げなさい、地の果てまでっ!!」
ククールはまあったく訳の分かっていない顔をしていますが、ゼシカは大まじめ、どころか、殺気すら立てています。
「ハニー、一体何なんだよ?また暗黒神でも復活したってゆーのか?」
「バカっ!!暗黒神より、よっぽど恐ろしい敵は、あたしたちのすぐ近くにいるじゃないっ!?」
「ん?」
「まだ気付かないのっ!?バカっ!!」
バシッ
「本物のバカよ、あんたはっ!!」
ブバシィッ!!
双竜打ちならぬ、双竜張り手をくらって、ククールは結構ダメージを食らいましたが、まだ、ゼシカが何をそんなに警戒しているのか分かりません。
「あのさ、ハニー。いいから落ち着いてオレの問いに答えてよ。一体何が…」
「何って、聞いたでしょ?今の猫撫で声を…」
ゼシカが最後まで言い終わらないうちに、
「あにきーっ♪」
諸悪の根源が、入って来てしまいました。
「ただ今、我が麗しの弟よ。」
「きゃーっ!!」
ゼシカの悲鳴も何のその、マルチェロはつかつかとククールの元に歩み寄ります。
「あにきー♪どうしたんだよぉ、そんなにオレのビボー褒め称えたって、何もでねーって♪」
「きゃーきゃー、ククール逃げなさいよーっ!!」
「ははは、なぁに、私がそのような見返りを期待している筈無かろう?我が愛しの弟よ。」
「やだなぁ♪いくらオレが兄貴に愛されてるからって、そんな事言われたらテレちゃうじゃん?」
「バカーっ!!マルチェロがそんな台詞吐いたら、それはマルチェロじゃないか、さもなかったら何かたくらんでるに決まってるでしょー!?」
「はははゼシカ嬢…私が何を企んでいると言うのかね?(ギギロンっ)」
マルチェロの視線は、さしものゼシカをも凍りつかせました。
よってゼシカには、これは相当ヤバいことを企んでいると改めて気付いたのですが、すくみ上がって動けません。
「少々、お前に『手伝って』欲しい事があってな。」
「なぁに、手伝って欲しいっての、兄貴♪もっちろん、兄貴の為なら、オレ、何だってするよ♪」
「ふふふ、そうか…『何だって』か。」
マルチェロは低く笑いましたが、兄バカモードのククールは、その恐ろしさに気付きません。
「では手伝ってくれ、『燃え盛らんばかり』に麗しい、我が弟よ。」
「はあい♪」
ククールはルンルン気分で、マルチェロの誘いに乗りました。
「ところで兄貴、その手に提げてるのは何?」
「ふふふふふ…『ただの火薬』だ、『ただの』な。」
「へー。」
すくみ上がったまま、それを止められないゼシカに、マルチェロは軽く会釈して言い残しました。
「ゼシカ嬢、今日の日の入りを楽しみになされよ。『此の世の物とは言えない程の、美しい花火』が上がる。」
ばたん。
ドアが閉まる音と同時に、ゼシカのすくみも回復しました。
「ああ、ククール…」
ゼシカは顔を覆います。
「バカだと思ってたけど…てか、今でもバカだけど…そして、思い出の中のあんたもずっとバカだと思うけど…好きだった…」
完全に「過去の人」にされたククールです。
「まっ、悔やんでも仕方ないわね。ククールが花火になっちゃうんなら、せめてその美しさをこの目に焼き付けましょっと。」
しかしゼシカの、立ち直るのも一瞬です。さすが、暗黒神を倒し、世界を救った女の回復力は違いますね。
「えっとぉ、夜まで起きてなきゃなんないなら、今から昼寝しとこっかな?」
ゼシカはサバサバと、そしてキビキビとお昼寝の準備にかかりました。
そして。
リーザス村のどこかで、世紀の美青年の悲鳴が封殺される中、麗しのリーザス村の貴婦人は、
「マルチェロさまが、世界の何よりも美しい花火を上げて下さるなんて…楽しみで楽しみで待ちきれませんわ。」
と、胸を少女のようにときめかせていらしたのでしたっ♪
終わり
2011/6/20
このアロマルシリーズは、マルチェロの「ククールをいじめすぎて悪かったな」という改心から始まっていた筈なのですが、どこを読んでも
マルチェロがククールに対して慙愧の念を持っている
ようには見えないのが、チャームポイントな訳です。
てか、閲覧者諸姉も、ククールがいびられてる方がお好きなようですし。
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