勿忘草

元拍手話。
どこに入れるべきか迷いましたが、まあここが順当でしょう。
心から韓流ドラマ展開なお話です。









「な忘れそ」

マルチェロはそう呟いて、可憐な青い花を見つめました。


「な忘れそ」

マルチェロは再びそう呟き、天を眺めます。


ただ青く広がる空。

そこには、鳥の一羽すら姿がありません。




「な忘れそ」

マルチェロは三度そう呟き、そして続けました。


「貴女はそうおっしゃったが、貴女こそ私をお忘れではないのかな。」


そして、苦笑しました。


「まあ、私が天使たる貴女に恋をするのがそもそもの間違いだったのだ。」

マルチェロは、何かを感じたのか、緊張感をまといながら、周囲を見回します。



「…追われる身の私が、女神に背いた大罪人の私が…いや、もう言うまい。私など、忘れ去られた方がよいのだ。」

てずがマルチェロは、手にした花を大事に仕舞い込みます。




天上に咲くこの花は、決して枯れることがありません。

いつまでも、この花を手渡してくれた麗しの天使の心のように、可憐で、清楚な美しさを保ったままなのです。




マルチェロは、もう一度名残惜しげに空を見上げると、ようやくその場を後にしました。










マルチェロが再び、その場を訪れると、そこでは美しい赤い髪をした一人の女性が泣いていました。


「…マルチェロさま…」

女性はマルチェロの姿を見るなり逃げ出そうとしますが、マルチェロはその手をしっかりと握りました。


「なぜお逃げになる?」

「何でもないのです、何でも…」

そう言いながら、彼女はなおもマルチェロの手から逃れようとしました。


「私の事が嫌いになられたのですか?」

「そうではないのです、そうではっ!!」

「だったらなぜ、貴女は…」

マルチェロは言いさして、絶句しました。



彼女の背にあった、美しい純白の翼が、なくなっていたからです。




言い渋る女性から、マルチェロはすべてを聞き出しました。


赤毛の天使は、女神に対する反逆者マルチェロに恋してしまった罪で、女神に翼をもぎ取られてしまったのです。

もちろん、翼をもぎ取られた天使は天上に帰ることはかないません。

途方に暮れた彼女は、マルチェロと一番最初に出会ったこの場所で泣くしかなかったのです。




「…私の責任だな。」

マルチェロは言いました。


「申し訳ない。貴女を苦しめるつもりはなかったのだ。」

「いいえ、マルチェロさま。わたくしが悪いのです。わたくしが…」

「貴女は何も悪くない、私の天使よ。貴女は、女神に反逆し、何もかも失い、法王庁に追われる身の、荒みきった私の心に、たった一つの美しい心を与えてくれたのだから。」

「マルチェロさま…」

「貴女を助ける手段はないのかな?私にできることなら、どんなことでもしよう。」

「いえ、そんな…」

赤毛の天使は首を横に振ろうとしますが、マルチェロはその瞳をじっと覗き込みました。


「あるのですな?」

その言葉に、赤毛の天使はゆっくりと頷きました。











勿忘草をこの大地のすべての場所に植えること。

女神が課した条件はそれでした。


天使がマルチェロに愛情の証として与えた可憐な花を、マルチェロがその手で大地にくまなく植えたならば、その時こそ、天使の翼を返そうというのです。




大地にくまなく

そう、それは、追手に追われる身のマルチェロが、彼を捕えんとする人々の前に姿を現すことも意味しました。




「もう良いのです、マルチェロさま。翼がなくてもわたくしは死になどいたしませんもの。」

赤毛の天使は気丈に微笑みますが、マルチェロはゆっくりとかぶりをふりました。


「貴女は天上にあれば、女神のお膝元で永遠の安寧と寿命を謳歌なさる身だ。私などのためにそれを棒にふることはない。」

「ですが、マルチェロさまは…」

マルチェロが置かれた状況を知っている天使はなおも宜おうとはしませんでしたが、結局、マルチェロの強い意志に押し切られました。




「では、花を植え終わるまで、わたくしが貴方と共にありましょう。」

天使の言葉に、マルチェロは優しく微笑みました。









そうして、マルチェロと翼を失った天使は、地上に花を植え始めました。


天上に咲く勿忘草は、植えても植えても、いくらでも現れます。

それを二人は、懸命に植えていきました。




地上は、かつて現れた暗黒神の魔力で荒れ果てていました。

その大地に、女神に祝福された花を植えていくのです。



それは、肉体的にだけではなく、精神的にも辛い作業でした。

大地を荒らした暗黒神の復活には、マルチェロも多くの責任を負うのですから。




な忘れそ

な忘れそ

一株植えるたびに、マルチェロは自分の行いのために死んだ人、傷ついた人の痛みを思い出させられました。

それは、強靭な精神力を持つマルチェロにとっても辛いことでしたが、マルチェロは耐えました。




なぜなら、彼は彼を愛してくれた人のためにも、花を植えなければならなかったからです。










花を植える二人はあまりに有名になって、そしてとうとうそれは、法王庁の耳にも入りました。
差し向けられた追手に取り囲まれた二人。


追手の中には、なんと法王ニノ自らの姿もあることに気づいたマルチェロは、彼に訴えました。




「私が大罪人であることは分かっている。」

マルチェロは言いました。


「貴方が私を捕え、罰したいのは知っている。今さらそれを拒もうとは思わん。だが、貴方に慈悲があるならば、法王として愛と正義とが地上に行われることを望むのならば、どうか、私が花を植え終わるまで待っては頂けまいか。」

マルチェロは訴えます。

彼のために翼を失った赤毛の天使のために。

彼女に翼を取り戻すために、その裁きを待ってほしいと。




「…この花は勿忘草であったな。」

ニノ法王は、植えられたばかりの花をそっと撫でて言いました。


「では、この花の名にかけて誓うが良い、マルチェロよ。今の言葉が真実であると。」

「誓いましょう。」

ニノ法王は満足げに頷きました。


「ならば、信じよう。」

ニノ法王の鷹揚さに、法王庁の人々は口々に反論を述べますが、ニノ法王は聞きません。


「目を離さずにいて、嘘偽りであったとしたら、その時に罰すれば良いのじゃ。」









そうしてマルチェロと赤毛の天使は、花を植え続けました。

来る日も、来る日も。


花は根付き、種は広がり、地上は天上の花で彩られていきます。




そして、寒風吹きすさぷ冬のある日。

とうとう、最後の一株を残すのみとなりました。




「…長い間、お待たせした。」

マルチェロが植えようとするその手を、天使は止めました。


「植えてはなりませんっ!!」

「何故です?これで貴女は翼を取り戻し、天上に戻れる。」

マルチェロの言葉に、天使は首を振ります。


「ですが、この花を植えてしまえば、貴方は罪に服さなければなりません。」

「仕方あるまい。私が罪を犯し、そしてこの勿忘草の花に、花を植え終われば罪に服すことを誓ったのだ。」

「ですから、貴方は最後の一株を植えてはなりません。植え終わらなければ、貴方は約束を忘れたことにはなりませんわ。」

必死の形相で訴える天使に、マルチェロはたしなめるように言いました。


「私は貴女に約束した。

『貴女の翼を取り戻すためなら、どんなことでもする』
と。私は私の言葉を忘れるわけにはいかない。」

「忘れてくださいっ!!」

「そうはいかない…貴女が私に与えてくれた、貴女の愛情の証として与えてくれたこの花の花言葉は

『な忘れそ』

なのだから…」


そうしてマルチェロは、今までで一番優しく、勿忘草を最後の地に植えました。




マルチェロの目の前に、純白の翼が広がりました。

念願の翼を取り戻したというのに、涙を溜めた瞳のまま、マルチェロの前に立ち尽くす赤毛の天使。


マルチェロは、彼女を抱きしめ、その血よりも赤い髪に接吻しました。




「私の天使よ、やはり貴女は翼がある方が美しい。」

「マルチェロさま…」

涙をこらえるのに精いっぱいで、声が出ない天使に、マルチェロは優しく語りかけました。


「私は今までの人生で、努力というものは人の何倍もしてきた。そうして私は、いろんなものを得てきたが…だが、今回のこの努力で得たものが、私には一番嬉しい。」

「…わたくしは貴方に、何もして差し上げられませんでした…」

「いいえ。貴女は私に、愛と喜びを教えて下さった。本当に、ありがとうございます。」

「マルチェロさまっ!!」




「終わったな。」

ゆっくりと、ニノ法王が進み出てきました。




「はい、終わりました。」

マルチェロは赤毛の天使をそっと離すと、ニノ法王と追手達の元へと歩み寄りました。


「大変だったであろう。」

ニノ法王の労わりの言葉に、マルチェロは直接答えずに、未だ咲かない、そして再び春が廻ってきて咲くことを見ることのない、勿忘草を見つめました。



「お待ちくださったことに、感謝します。」

ニノ法王は言いました。


「何か最後の望みはあるか?」

マルチェロはかぶりを振りかけましたが、思い直したように付け加えました。


「もう一度、この花が咲くところを見たかった…いや、詮無きことを言うのはやめましょう。冬に勿忘草が咲くはずもない。」



独り言のようなマルチェロの言葉に、ニノ法王は頷きました。



「詮無きこと…かはわかるまい。」

「なんと?」

「この花は天上の花。女神に祈れば、冬でも咲くやもしれんぞ。」

「御冗談を。私が何をしたか御存じでしょう。私の祈りなど、女神が聞き届けられる筈が…」


「いえ、祈りましょうっ!!」

赤毛の天使は、力強くそう言うと、地に跪きました。



「女神よ、わが女神よ。貴女のしもべの願いをお聞きとどけ下さい。貴女のしもべは、貴女のおっしゃる通りに荒れた地上を天上の花で満たしました。女神よ、貴女の仰せに従ったのです。女神よ、貴女にお慈悲があるなら、あるなら…」




地上が、麗しい青で満たされました。




全てのものが言葉を失い、ただその色に見惚れました。




我が愛しい子よ

その中を、妙なる声音が響きました。




「女神さま。」

赤毛の天使の言葉に、妙なる声音は答えます。


奇跡は、その心によって起こされるのです。我が愛しい子、そなたの罪は、マルチェロの愛と献身によって購われました。


そして、妙なる声音は続けました。


ですから、マルチェロの罪は、そなたの愛と祈りによって、購われましょう…




突如吹いた冷たい風が、勿忘草の花びらを舞いあげました。

舞い上げられた花びらは、くるくると渦を巻き、花のトンネルをのばしました。




さあ、参りなさい。あなたたちの行くべきところへ。









赤毛の天使は、その手をマルチェロへ伸ばしました。

そしてマルチェロは、その手を見据えたまま、ニノ法王を振り向きました。



ニノ法王は、鷹揚に頷きました。




マルチェロは、ようやく天使の手を取ると、黙って花のトンネルへと歩みを進めました。




「そういえば、貴女の御名前を未だに存じ上げない。」

マルチェロの言葉に、天使はくすりとわらいました。


「では、お教えします。」

「ええ、是非。」

「わたくしの名は、アローザと申します。これからは、そう呼んで下さいますね、マルチェロさま。」






二人が花のトンネルの奥へ消え、そして、花のトンネルそのものも消え去りました。

呆然と事の推移を見守るだけの法王庁の面々を前に、ニノ法王は一輪の勿忘草を摘み取って、示しました。




「これからは、この話を我が法王庁の証としよう。」



そしてニノ法王は、続けました。

「我々が、愛と、献身と、祈りと、赦しとを、忘れないために。」




2008/12/8




密かに「翻案駄文」でもあるお話。
確か、ペルシャあたりの昔話だと思います。
地上人に恋して翼を失ってしまった天使と、彼女が天上からもたらした花(勿忘草)と、地上の全てに花を植え終わって二人は天上に行きました、というオチは一緒。
あとは全部べにいもの捏造です。

天使がアローザ奥様である必然性は 皆無 なのですが、 どこの誰とも知れない天使の為にマルチェロが献身するとも思えなかった ので、奥さまにしてみました。

そして、目にも鮮やかな麗しい勿忘草と、天使のような(事実今回は天使ですが)奥さまを描いてくださったのは、毎度おなじみの白梅さまです。
白梅さま、基本薄汚れた拙サイトに、こんな麗しいイラストを下さるなんて、まさに豚に真珠ですが、豚は豚なりに感謝しております、ぶひぶひ。


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