“愛”のお味はどんな味?
「一週間待ってね。あなたの未来の新妻の、とびっきり美味しい手料理をご馳走してあげる♪」
世界を救った女、ゼシカ・アルバートは、つい一時間前のそんな自分の発言を目一杯後悔しながら、母アローザの目の前で、食材に対峙していました。
「全く、暗黒神を倒すより、お料理の一つもする方が余程カンタンでしょうに。」
「そんなコトないもん…ラプソーン倒す方が、お料理よりよっぽどカンタンよぅ…」
ゼシカはちょっぴり涙目になりながら、限りなくぎこちない手つきで包丁を振るいます。
「全く、だからわたくしが言っていたように、ちゃんと花嫁修業をしておけば…」
母親のお小言を食いながら、“口は災いの元”という諺の意味を、ゼシカはしっかりと噛み締めたのでした。
コトは、苦難を共にした旅の仲間にして、ゼシカの最愛の人、ククールが、長い長い愛を育んだ末に、とうとう彼女にプロポーズしてくれた所に始まります。
暗黒神を倒した後、行方不明になった兄を探して三千里の旅に出たククール。
ゼシカは、エイトとミーティアがいちゃいちゃラブラブな新婚生活を送っているのを横目で見ながら、ククールの気の済むまでそれを待ってあげていました。
そして今度は、兄を“捕獲”する事に成功したククールが、“性格破綻者の兄を躾け直す”事に成功するまで、またまた長い期間、待ち続けたのです。
そして
いい年こいた男兄弟が、いつまでも同棲し続けるという異常事態に、ゼシカの可憐でか弱い神経が耐え切れなくなるまさに寸前でした。
ククールは言ったのです。
「もう兄貴は大丈夫だよ。絶対!!もっぺん『王とはなんだっ!?』とか叫び出したりしないから。オレを憎んで殺そうとかしなくなったから!!だから…だから…ホント、今まで待ってくれてありがとう。結婚しよう、ゼシカ。オレ、今まで君に苦労かけた分、いやその何倍も、君を幸せにするから。」
その言葉は、ゼシカの大きな胸をも幸福感でいっぱいにしました。
ええ、ククールのその愛を信じていたからこそ、彼女は今まで待つコトが出来たのです。
「…ありがとう…ククール…嬉しい…あたし、ほんと嬉しい…」
ゼシカは嬉しすぎて、うまく言葉が出ませんでした。
「ゼシカ…オレと結婚したら、兄貴が君のお兄さんにもなる訳だけど、それでもいい?」
ククールのその言葉にも、ゼシカは笑顔で頷くことが出来ました。
「うん、あたし、あのデコを“お義兄さん”って呼ぶ事だって、ククールの為なら耐えられるわ…」
「良かった…オレ、それ聞いて安心したよ。ほらオレさ。ガキの頃に両親なくしてっから、やっぱ家族ってすっごく大事に思えるんだ。だから、君と兄貴が仲良くしてくれると、ホントすごく嬉しいよ。」
ゼシカは思いました。
ククールは小さい頃に両親を亡くし、オディロ院長という優しい庇護者の元とはいえ、実の兄に虐待されながら修道院で育ってきたのです。温かい家庭というものに、非常な憧れがあるのでしょう。
温かい家庭といえば、優しくて家事の上手いお母さんです。
優しくて家事の上手いお母さんといえば、ホコホコで美味しい手料理です。
そしてゼシカは、つい見栄を張って、冒頭の台詞を口にしてしまったのでした。
「あーあー、そんなにいっぺんに調味料を入れる人がありますか。」
「だって、そっちの方が手間がかかんなくていいじゃない、お母さん。」
「味見をしながら少しずつ!!」
スパルタなアローザお母様は、我が娘のあまりの手際の悪さに、ついつい舌鋒が鋭くなってしまいます。
「まったく…旅の間、貴女は一度も炊事をしなかったのですか、ゼシカ。」
「だってぇ…」
ゼシカが旅の仲間に加わった時の事。
旅慣れない彼女を気遣ってくれたのか、リーダーであるエイトも、そしてヤンガスも、いろんな事を代わってしてくれました。ええ、炊事当番も。
お城で元は小間使いから始めたというエイトの料理の手際は舌を巻くばかりでしたし、山賊稼業の長いヤンガスの自炊の腕もなかなかでした。ゼシカはついその好意に甘えてしまっていたのでした。
そして、ククールが参入した時。
「修道院て、食事当番あるんだよねー、そりゃ、料理くれー出来るさ。」
なんていいながら、てきぱきと炊事をするククールを見て、ゼシカはとうとう
「この中で料理が出来ないのって、オンナのあたし一人だけなのよねー」
なんて言えなくなってしまいました。
そう、ゼシカはお嬢様育ちなので炊事をまともにした事はなかったのでした。
もちろん、それで料理が出来るかというと…
かくして長い旅の間、ゼシカは一度も炊事当番をする事はなく、そして他の仲間たちもさせようとする事もなく、見事暗黒神を倒すまでになったのでした。
「情けない…」
出来上がった代物のあまりにあまりな外見、そして味に、アローザお母様は、肺腑を抉るような言葉をゼシカに叩きつけてくれました。
「そんな事言わないでよ!!あたし、なんとか一週間後にはお料理のスペシャリストになってなきゃいけないんだから!!」
「不可能です。」
「そんなコト言わないでー、お母さーん!!」
ゼシカの半泣きの訴えに、アローザお母様は厳しい顔つきで答えました。
「…分りました。それならば、何とかしてあげましょう。」
「わーい、お母さん大好きー♪」
「た、だ、しっ!!わたくしはスパルタですよっ!?」
「…はい…」
かくして、ゼシカは一週間、“お料理スキルポイント強制獲得超絶修業”に耐え抜いたのでした。
それは、竜神王最終形態を倒すよりも、なお困難な事だったといいます。
HPが黄色になり、荒い息をするゼシカを横目で見ながら、アローザお母さま料理を口にして、言いました。
「ま…いいでしょう。最初はどうなる事かと思いましたが、よくがんばりました。」
「ありがとう…お母さん…じゃ…行ってきます…」
ズタボロになりながら行こうとする娘に、アローザお母さまは慌てて声をかけます。
「ちょっとゼシカ、少しは寝て行きなさい。」
「いい…だって…ククールが楽しみに待ってるんだもん…」
そしてゼシカは、キメラの翼を放り投げると、ククールの待つ家へと飛んで行きました。
「ゼシカ、待ってたよ!」
着くなり、ククールが彼女を出迎えてくれました。
ゼシカの疲労とダメージもすっ飛ぶくらいの、とびきりの笑顔で、です。
「オレ、この一週間。すげー楽しみにしてたんだ。」
「ホント?」
「うん。ほら、なんだかんだ言ってさ、旅の間、君の手料理って食べらんなかったじゃん。オレ、いっぺんでいいから食ってみたくて食ってみたくて…」
「う゛っ…」
ゼシカは、とびきり期待しまくった瞳のククールの言葉に、激しいプレッシャーを感じました。
そして。
付け焼刃な彼女の料理スキル技能は、プレッシャーに押しつぶされ、割と散々なコトになってしまいました。
ぼろっ…
作った当人が見ても、かなり酷い出来な料理が完成しました。
「うわっ、美味しそう。ゼシカ…食べていい?」
それでも、嫌な顔一つ見せずにそう言うククールの、とても綺麗な笑顔を見て、ゼシカの瞳から、涙がぽろぽろと零れました。
「な、なんで泣くの?」
「…そんな気遣ってくんなんていいの…」
「オレ、別に気なんか遣ってねえ…」
「いいのよっ!!だって…だって…あたし、ホントは料理はド下手なの。旅の間に炊事当番しなかったのも、料理が出来なかったからなだけなの。だけど、だけど、ちょっと見得張ってみたくて…一週間がんばってみたけど…やっぱダメだった。」
「ゼシカ…」
「ゴメンね、期待させちゃって。でも、こんなの食べらんないよね。不味いに決まってるもの…」
もふっ…
もぐもぐもぐ
「美味いよ。」
ククールは、料理をもぐもぐさせてから、言いました。
「お世辞はいらないって…」
「お世辞じゃねえ!!」
ククールは強い口調で言いました。
「ホントに美味いよ、ゼシカ。…だってさ、君が…愛する君が、オレの為に一週間も頑張って“修行”してさ、作ってくれた料理なんだぜ?オレ、ホントすげー美味いと思うよ。」
にっこり
とびきりの笑顔が、ゼシカに向けられました。
「ククールッ!!」
思わずククールに抱きついたゼシカの、涙に濡れた瞳にキスして、ククールは囁きます。
「“愛”ってさ、サイッコーの調味料だと思うわけよ。」
そして、ゼシカのキュートなおでこにもキスして、ククールは言いました。
「だからさ…また、作ってよ。オレ、何回でも食いたい…君の“愛”をたっぷりふりかけたヤツを…」
ゼシカは、涙が浮かんだままの顔で、それでも精一杯笑って答えました。
「その調味料だけなら、世界で一番、あげられるわっ♪」
そしてゼシカは、ククールの唇に、そっとキスをしました。
「ククール。」
あんまり聞きたくなかった声で、ゼシカの夢のような時間は途切れさせられました。
「私は外出するが…ああ、ゼシカ嬢、いらしていたのか。」
件の、イヤミったらしいまでに優雅な挙措で一礼して、それでも相変わらず傲慢に、ククールの同居中の兄マルチェロは言いました。
「少々遠出になるので、今日中には帰れん。で、昨日の作り置きのオカズの処理だが…ゴミにも出来んので、貴様にくれてやる、ククール。本当ならば、貴様にくれてやるよりは、犬にでもくれてやった方がマシなのだが、生憎とこの付近に犬はおらんようだ。一瞬、魔物にくれてやる方向に意志が傾きかけたが、そのエサにして人家近くに魔物を呼び寄せるよりは、貴様に食わせてやった方が、実害がない分、まだマシだとの結論に達したのでな。」
「な…」
いくら弟とはいえ、あんまりにあんまりな言い草に、ゼシカは怒りかけますが、マルチェロは気にも留めずにスタスタと行ってしまいました。
「ちょ、ククール…あいつ、全然改心してない…」
ついつい、怒りの矛先がククールに向きかけたゼシカでしたが、
「わーい♪兄貴の手料理だー♪」
ククールは、“激しく嬉しそうな表情”で、神速でお鍋を取って来ていました。
かぽ
中には、ゼシカの手料理の五千倍は美しい出来栄えのオカズが鎮座ましましていました。
「さっすが兄貴の手料理、美味そー♪」
さっき、ゼシカの酷い出来の手料理を見て浮かべた笑みの、五万倍は期待しまくった笑みで、ククールはそれを摘み、口にいれました。
「美味ーい♪」
そして、ゼシカの手料理を食べたときの、五十万倍はイイ笑顔で、にっこりと微笑みました。
「ちょ…ククール!!」
ゼシカは思わず怒鳴り声をあげます。
「どうしたの?」
「何よアンタ!!“愛が最高の調味料”じゃなかったのっ!?」
「え?そうだよ。」
「じゃ何よ、その美味しそうなカオっ!!あのどこでもイヤミの手料理に、アンタへの“愛”がこもってるとでも…」
「“愛”はこもってるさ。」
ククールは、にっこり微笑みました。
「“オレの兄貴への愛”が♪」
ぷち
ゼシカの中で何かがキレ、気付けばゼシカは双竜打ちで、ククールをしばき倒していました。
「なによっ、マルチェロのあの言い草でしょ!?いくら美味しそうな見た目してたって、あんな胸糞悪い言い方されたら、美味しくなくなる…」
ゼシカはブツブツ文句を言いながら、鍋の中の“マルチェロの手料理”を口に入れました。
その味は…ゼシカの大きく豊かな胸を、敗北感でいっぱいにするのにじゅうっぶんなくらいの、とびっきりの美味でした。
「えへへー、やっぱ兄貴の手料理は本気で美味いなあ♪」
地面にしばき倒されながらも、幸福そうなククールの呟きを聞きながら、ゼシカは固く決意しました。
ククールとの結婚式までに、何がなんでも!!あのMデコをこの世から消し去らないと…
終る
2006/12/14
ククゼシ同盟に投稿させていただきましたら管理人の桜里さまに美麗イラを頂いてしまいました。やったー!!
ククゼシ同盟様に、ゼシカよりマルチェロに愛のベクトルが向いているククール話を送りつけた自分の神経の太さに乾杯。
だって、アホククと、傲慢マルと、マルチェロスキーなククにうんざりしながらもククが好きなゼシカが好きなので、こんなオチに。
「料理の腕で勝てないのなら、勝つ可能性のある戦闘で勝負!!」
なんて、前向きで勝気なゼシカらしい解決法だと思いません?
マルチェロがおとなしく消されてくれるかは、かなりビミョーですけどね。
とりあえず、個人的には「家事スキル」はマルチェロは100とまではいかなくても85くらいはあるんじゃないかと思っています。
そして、ぶきっちょゼシカ萌え♪