或る女の半生

童貞聖者シリーズの ワルい子 に登場した女性のお話。
もっと正しく言うと、彼女から見た聖堂騎士アントニオのお話。

ついに、オリキャラよりさらに端役に設定をつけ始めたべにいもの、明日はどっちだ!?









生まれ故郷では、平凡な村娘だった。

村の平均より、ほんの少しだけ貧しい家に生まれ、たくさんのきょうだいの中で育った。

食べるために働くのは当然だったし、手が農作業でガサガサでも、村ではみんなそうだった。


働かなくても食べていける女なんて、別世界の生き物だと思っていた。




少しだけ、平凡な村娘とは違ったのは、村にやってきた旅芸人の一人の

「一緒においで」

という言葉に騙されたこと。


つまり、平凡な村娘の中で、だいぶ愚かな部類に入ったことだ。


ワタシは故郷を失った。

ほんの少しだけの享楽的な日々。

ワタシは処女を失った。

ほんの少しだけのいさかい。

ワタシは最初の男を失った。




起きたら、旅芸人の一座ごと、男はいなくなっていた。






半狂乱になった。

でも、だからどうなるものでもない。

よそ者の娘が男に捨てられたなんて、この街道町では珍しくもなんともないんだろう。

ただ、ほんの少し善良な誰かが、言ってくれた。


「この先には、マイエラ修道院があるよ。」




ワタシは泣きながらマイエラ修道院への道を歩いた。

とここどころに挟むのは、女神さまへのお祈り。

愚鈍で世間知らずの田舎娘は、こういう時に女神さまにお祈りするしか方法を知らなかったのだ。


ワタシは、マイエラ修道院に、世界三大聖地にお参りさえすれば、"女神さまが"そのお慈悲を下したまうと信じていた


哀れで愚かにも。






たどり着いた時には。もう夜だった。

でも、入口を守る聖堂騎士さまは…若い女が泣きながら巡礼しに来るなんて珍しくもないことなのだろう…何も言わずに通してくれた。



でも、聖壇には誰もいない。

けれどワタシは女神さまに泣きながら祈った。

一体なにを祈ったのかは、自分でも思い出せない。

男の愛が戻ることなのか、それともきれいな体を取り戻して村に戻ることなのか。




ただ、はっきり思い出せるのは、ふと気づいて頭を上げた時に見た、彼の表情。

今となってははっきり分かる。

自分を見ていた彼の表情は、値踏みする商人のそれだったのだ。






でも


ワタシは、濁流のように彼に語った。

ひどい顔をして泣いていたことは想像がつく。

でも、その時ワタシは、聖堂騎士の制服は纏い手の、その純青と同じくらいの真実と誠意を示していると、愚かにも思っていたのだ。



「どうしましょう、騎士さま、どうしましょう。」

ワタシの問いに、彼は優しく微笑んだ。


ワタシの中の、穢いものを厭う心は、その微笑みが穢らわしいものであると瞬時に見抜き、ワタシは嫌悪感をちゃんと覚えたのだ。




「大丈夫です、何とかしてあげますよ。」

でもその言葉が、ワタシの心を乱した。







彼は語った。

住むところも、仕事も探してあげるし、何もかも自分にまかせて大丈夫だと。


ワタシはその言葉に「ありがとうございます」と答えることで、ワタシの中の大事なものを売り渡したことに気付かなかった。


「ああ、御婦人相手に名乗りが遅れましたね。私の名はアントニオ。」

自らの全てをぶちまけていたのに、ワタシはその言葉で、自分もまだ名乗っていないことに気付かされた。

「申し訳ございません、騎士さま。ワタシの名は…」

「エマ、にしましょう。」




彼は、ワタシを名付けた。

ワタシの、親がつけた名を聞きもせず、「エマ」という女にした。







彼は、そういう人間だった。
















「お勤めするからには、お勤め人に相応しい名であった方がいいんですよ。」

彼の言葉を、ワタシは信じた。


彼が用意した勤め先は、温和な老婦人の隠居用の邸。

ワタシは小間使い兼雑用係のような役目で、村でしていた農作業と比べて遥かに楽な仕事だった。


彼は礼拝の途中で時々寄っては、都会の話をしてくれたり、貴族のお邸での使用人の着こなしなどを教えてくれたり、時にはプレゼントまでくれた。


おかげでワタシは、臭いがしそうな泥臭い小娘から、ちょっとはマシな娘になった。




だからワタシは、彼を本物の善人と信じた。







しばらくして、ワタシは別の邸へと移らされた。

老婦人は親切にしてくれたし、ワタシを惜しんでもくれたので、ワタシは本当はそうしたくはなかったのだけれど、彼には逆らえなかった。

ワタシの代わりには、彼が別の娘を世話したらしい。


新しい邸は、貴族さまのお邸。


仕事は前と変わらなかったけれど、すぐにワタシはこの邸の使用人の出入りが激しいことを知った。


邸の旦那さまが女好きで、使用人に手を出しては奥さまと揉め、使用人が追い出される事が多いからだった。


「最近の若い娘は色気ばかり振りまくけれど、アナタなら安心だわ。」

そんな中、ワタシが奥さまに気に入られたのは、平たく言うとワタシが美人でなくて、しかも地味で、決して旦那さまのお目にとまらないからだった。



おかげで、ワタシはも少し上等な使用人になれた。

少しはお金も持てるようになったし、時間にも余裕が出来るようになった。




「これも全てアントニオさまのおかげです。何かお礼をしたいのですけど…」

ワタシの申し出を、彼は笑って拒絶した。


使用人の小遣いなど、彼にははした金でしかなかったのだと今ではわかる。


でもその時ワタシは、心から彼を恩人だと思っていたので、なんとしてでも恩返しをしたかったのだ。




「ワタシに出来ることなら、何でもっ!!」




その言葉を聞いた彼の瞳には、獲物を捕らえ得た悦びがあったのだと、後になって気付いた。












ワタシは、人目につかない宿に連れ込まれても、手向かいなどしなかった。

彼がワタシの体を求めたのだと思い込み、むしろ、そのことに微かな興奮すら感じていた。


その時、ワタシの内面はまだ泥臭い田舎の小娘で、そして彼は聖堂騎士さまだった。

世間知らずの小娘が勘違いするには、絶好のシチュエーションであったという訳だ。










「貴女はとても美しい肉体をしているんですよ、エマ。」

彼は、ワタシを全裸にして、そして”値踏み”するように灯の元で眺めた。


「形の良い胸といい…」

彼の手が、ゆっくりと滑り落ちる。


「なだらかな曲線を描く腰といい、腹といい…」

柔らかい声色とは裏腹に、さすが騎士だけあって、彼の手は剣を握りなれているんだろう手だった。




「あの、アントニオさま、ワタシ、そんなに見詰められると恥ずかしい…」

ワタシの言葉に、彼は


くすり

と笑うと、自分の服に手をかけた。




ワタシにとって見慣れた、農家の男たちのゴツゴツしただけの筋肉質な体ではなく、かつての旅芸人の男のようでもない、肉体だった。

そしてワタシはそれを”美しい”と感じた。


昔からそうなのだが、ワタシは多分面食いなのだ。




彼の愛撫は、ワタシが経験したこともないようなもので、ワタシは意識が叩き飛びそうになった。




彼はワタシの耳元に囁く。

「どうです?」

「あ、あ…気持いいです…どうしてこんなに気持いいのか、自分でも…」


ふふん

嘲笑するような笑い。






ワタシがいわゆる”絶頂”とやらに達してしばらくして

ワタシはおずおずと彼に言った。


「アントニオさま、貴方はその、まだ…”最後のもの”を瀉してはいないのでは…?」

「エマ、貴女が快感を感じるのに、”最後のもの”は必要なのですか?」

「いえ、でも、男の人って、その為にするんじゃないんですか?」


ふふん

彼は再びそんな笑いを漏らした。

出来の悪い生徒を嘲笑するような笑いだった。




「女性がこの行為で快楽を感じるのに、相手が男である必要などないのですよ。」

彼はワタシの問いには答えずに、断言した。


ワタシは訳が分からなくて、目をぱちくりさせるだけだった。


「エマ、貴女の昔の男と、今の私とのそれと、どちらの快楽が強かったですか?」

「それは…今のが…」

そう答えながらワタシは、「何か違う」と思った。




「でしょう?そして、そういうやり方なら、貴女のような女性でも、女性に快楽を与えることが出来る…」

彼の声が、湿り気を帯びてきた。




「ねえエマ、私に恩返しをしてくれるのでしょう?」









しばらく後には、ワタシは再び彼と肌を重ねていた。



「講義」

という形の。




交わりの無い、重ね方を。














彼が何をどう言いくるめたものなのか、ワタシはお邸の奥さまに”そういう行為”をすることになっていた。

奥さまは、しているワタシが見るに耐えないと思うほどの乱れ方を見せ、そしてエマは、奥さまの”一番のお気に入り”になっていた。


彼は抜け目無く奥さまからの多くの寄付金を受け取ったようで。

そして、満たされたからなのか、それとも罪悪感からなのか、旦那さまの女癖にうそのように寛大になった奥さまのその豹変ぶりを

「女神のお力です」

と抜け抜けと言い放った彼は、旦那さまからも大枚の寄付金を手に入れたようだ。





そして、寛大になった奥さまに、良心の呵責を感じるようになったらしい旦那さまは、心を入れ替えて奥さまに”ご奉仕”するようになったらしく、あれほど不仲だった二人は、見違えるように夫婦円満になってしまった。




「まったく、全ては女神とマイエラ修道院のおかげです。」

二人でマイエラ修道院にお参りし、そしてまた莫大な寄付金を落としていった夫婦をにこやかに見送り、そしてアントニオはエマにその邸の勤めを辞めさせた。

「もう得るものがないから」

という理由で。

でもエマは、感謝の印なのか、口止め料なのか、けっこう多額の退職金を手に入れた。








「やり方は分かったでしょう、エマ。」

有能なアントニオ先生は、出来の悪い生徒エマに語る。


「あんな風にすれば、お金なんていくらでも転がり込んでくるんですよ。」

少しだけ賢くなったエマは「そして、貴方にはもっとね」という返答が思いついたけれど、でも、少しだけ世間知がついたエマは、それを口にしなかった。


「でもエマ、邸の主人の方にしようとしてはいけませんよ。話がややこしくなりますし、子どもでも出来たらコトですからね。奥さまにしておきなさい。それと、邸の他の使用人と男女の関係にならないこと。これもまた話がややこしくなりますし、危険も出てきますからね。」

彼は、懇切丁寧に愚鈍なエマに「要領の良い金の稼ぎ方・荒波を立てない世渡りの仕方」を伝授してくれた。

それは、愚かなエマに”知恵”をつけ、そして彼には大きな利益をもたらす方法だった。




「でも、それだったらワタシは恋も出来ないの?」

ちょっとだけ生意気になったエマは問う。


くすり

彼はまた笑う。


「男が欲しいなら、危険の無いのをいくらでも調達しますよ。」













エマは”通いの侍女”になった。


彼が見繕ってくる邸のいくつかを掛け持ちしながら、そこの奥さまに”そういうこと”をして、気に入られて、いろんな情報を手に入れる。

もちろん、奥さまがそんな”不道徳なこと”を他人に吹聴するはずもないから、エマは安全。


エマは彼の忠告どおり、決して色気を振りまかず、よそ目には”地味で色気の無い侍女”を完璧に演じる。

だから邸の旦那さまの目も引かず、使用人に言い寄られて困ることも無い。

だからエマは安全。


エマは手に入れたお金で、ダンスを習ったり、礼儀作法を習ったりする。

どこに習いに行ったらいいかも、全部彼が見繕ってくれる。

そこはいつでも確か。

だからエマはどんどん”貴婦人”に近くなる。


教養が身に付けば、エマはもっと身分の高い、つまりはもうかるお邸に出入りできるようになる。

だからエマは更にどんどん”貴婦人”に近くなる。




そして、エマがちょっと一人寝が寂しくなると、彼は誰か連れてきてくれる。

多分、彼の後輩の聖堂騎士らしい彼等は、彼に文句を言う機会をてぐすねひいて待っているエマに文句を言わせないほど、エマの好みに合っている。

だからエマは、彼らに”いろんなコト”を教えてあげたりもする。




彼はいつも、エマの心の奥深くまでを読みきっている。

エマは、心の奥深くまでを読みきられている。










違う

ある日、エマは思った。


いや、気付いた。




エマは、彼の思い通りの女にされているだけだ。










彼は、エマの家にやって来る。

自分の隠れ家のように頻繁にやって来るが、抜け目の無い彼は、それで妙な噂をたてられるようなヘマをしない。


「こないだ、サヴェッラまで行きましてね。」

そして彼は、エマがちょうど欲しいと思っていたような装飾品を土産と言ってくれた。




エマは酒を出した。

いつもより強い酒だった。


エマには、彼がいつもより疲れているように見えたからだ。




ドルなとんか言う魔物が、マイエラ修道院を襲撃して、修道院長さまを殺したらしい。

修道院長さまは、聖者との名高い人だった。

けれど、エマには関係ない。




彼は、エマをベッドに誘った。

別に抱きたい訳ではない。

いわゆる”品質チェック”なのだと、エマはもう知っていた。




疲れているからなのか、酒のためなのか、いつもより手つきがおざなりだとエマは気付いた。




「アントニオが初めて女を知ったのはいつ?」

エマは、聞いてみた。


「…”男”が使えるようになって、すぐですよ。」

そして、彼にしては本当に珍しく、彼自身の話を始めた。




「女ばかりのきょうだいの、年の離れた一番下でしてね。しかも、生まれた時にはもう父は死んでいました。おかげで母に溺愛されていましてね。くしゃみをするだけで布団にくるまれるような生活でしたよ。」

育ちの良い雰囲気は持っていた。

裕福な家に生まれたのだろう、エマと違って。


「そんな育ちをするうちに、私も自慰行為に目覚めるような年になりました。そして、男のお道具は、いじっていると勃つんだってことも自ら確認するような年にね。そうしたらすぐ、母はそれを察しました。まあ、そういうことには詳しい仕事をしていたのでね。」

そして彼は私に言った。


「息子がそんなことをしていると親が知ったら、普通は、どうすると思います?」

「放っておくか、さもなきゃそんなことをするなと厳しく叱るか…」

「私はね、気付いたら”母の信頼できるお友達”のベッドの中にいましたよ。」

「…」

「もちろん、母の同意の上でね。私は彼女に一通りの心得を”実地で”教わった後で、母と姉たちにとっくりと言い聞かされたのです。

『こういう行為は、最初は興味本位で側の女の子とすると危険だから、母さまの信頼できる人たちとなさい』

と。」

「…」

「なかなかの過保護っぷりだと思いませんか?可愛い息子が同年輩の女の子と火遊びをしたり、心無い年上の女性に興味本位で関わりを持って酷い目にあったりしないように、最初から適当な女性をあてがってくれたんですよ。」

「…」

「私は女神に仕えることになっていましてね。教区の司教に預けられました。そしてほら、よく聞くでしょう?

『お坊様には男色家が多い』

と。弟子と銘打って、慰み者にしたりする僧侶も多いのですが、師の司教は決してそんなことはしませんでした。ええ、それどころか、よその高位聖職者が、ちらとでも私をそういう目で見たりすると、本気で私を庇おうとするのです。確かに母は師への喜捨の上得意でしたが、それにしてもなにか様子がおかしい…そう思って。ある日、上の姉に聞いてみたら、姉は言いました。

『あら、それはそうよ。司教さまは、あんたを息子じゃないかと思ってるんだから』

母が私を孕んだとき、父は既に死にかけていました。母はなにせその道の熟練者でしたから、生まれる子が男だと直感したのだそうですよ。すぐさま初心な師を口説き落として、体を交わしたそうです。

『ほら、母さまの思ったとおりあんたは男に生まれて、司教さまのお弟子になったでしょう?だから司教さまは、あんたを息子と思って全力で万事に尽くしてくれるのよ。母さまに感謝して立派なお坊さまになって、全力で母さまが女神さまのお膝元にいけるようにお祈りしなきゃね。』」

「…」

「…」

やっぱり、彼はいつもと違った。

自分で話を始めておきながら、自分で話の落ちを付けられなかったのだ。




だからエマは、思わず言ってしまったのだ。

「ワタシ、ようやく分かった。」

「…」

「アントニオ、あんたはオトコじゃないのよ。」

ふふ

彼は笑ったが、いつもより余裕の無い笑いだった。


「私が男ではないと?あなただって見たことがあるでしょう?」

「肉体の問題じゃない。あんたはいつも安全に、要領よく立ち回ることばかりしていて、闘えていないのよ。だって、誰もあんたに闘うことを教えなかったんでしょう?」




エマは、少し後悔した。

だって、その時の彼の瞳の色は、見たことが無いような色をしていたから。




でも、だからエマにはもう少し分かった。

どうして彼が、安全極まる普通のお坊様ではなく、聖堂騎士になっているかということを。


彼は危険の只中にいたいのだ。

彼は闘いたいのだ。




尤も、敵が彼の母親でなくて誰なのか、エマには分からないけれど。





とりあえず、エマはベッドの中で


ぽつん

と一人でいた。




エマは泣かなかった。

昔の”ワタシ”なら泣いたのだろうけど。


昔の”ワタシ”は、今のエマからはとても遠かった。
















「サヴェッラに行くんです。」

次、訪ねてきた彼は、唐突にそう言った。


新しいマイエラの修道院長、聖堂騎士団長でもある方らしいけど、その人について行くらしい。




「そういう訳ですから、結婚でもしたらどうですか?」

また彼は、エマの返答も待たずに何人かをエマに紹介した。


そう、エマもそろそろ自分の仕事に疲れていたので、結婚でもしようと思っていたのだ。



彼の持ってきた縁談は、揃いも揃って、エマの選びそうな相手だった。














「エミリア、よくやった。立派な男の子だ!!」

目の前のジャガイモ顔の男が、満面の笑みでそう言ってエミリアの手を握った。



エマはエミリアになり、両親が死んで心ならずも侍女をしていた薄幸のご令嬢として、そこそこの高級官吏の奥さまになった。


「何だかんだいって貴女は人前に出て、多人数と関わるのは嫌いでしょう?」

彼が斡旋した結婚相手は、だから、旦那に食わせてもらえる役人ばかりだった。

そしてそれも、エミリアの望みと一致していた。




そしてエミリアは、”働かなくても食べていける女”という別世界の生き物になった。

ついでに今、母親にもなったところだ。




エミリアは、面食いだけれど、顔の良い男は旦那として信頼できないと考えていたので、彼の紹介したのもそんな男だった。

夫は見事なジャガイモ顔で、そして息子もしっかりそれは受け継いでいたけれど、だからこそ夫は心からこの息子と、そして貞節な妻エミリアを愛するだろう。

夫は仕事は出来るが、かと言って分相応な野心は抱かない、ほどほどに小さくまとまった男で、やはりそれはエミリアの考える夫の好みにぴったりだった。


夫はエミリアの好みに無頓着で、プレゼントと称してはよくとんちんかんなものを買って来たが、やはりエミリアは、男とはそのくらいが良いと思うのだった。







はて、”ワタシ”は本当は、どんな風に考えたのだろう。




エミリアは家事の暇に、たまにそんなことを考えた。

でもエミリアはそんなことを考えても不毛と考えて、それ以上は考えない。


エミリアはもちろん、生みの親につけてもらった名前を覚えてはいるが、それはもう、決して自分の名にはなり得ないことを知っていた。

なにより、今でもあの村で毎日必死に畑を耕しているに違いない家族が今の自分と会ったとしても、ただ彼等は

「奥さま」

とうやうやしく頭を下げるだけに違いない。









「早く神父さまの所に行って、洗礼を受けさせなきゃな。」

夫がウキウキしながら言う。


「エミリア、お前のお手柄だ。名前はお前が決めると良い。どんな名にしようか?なあ、エミリア。」

エミリアの内面にまるで無頓着なこの男は、「エミリア」という女がどのように形成されたかという真実を一切知らずに死んでいくのだろう。

でもエミリアは、そんな男がいいと思う…と、彼は考えたのだろう。








「アントニオ。」

エミリアの即座の回答にも、夫は特に何の不審も抱かないようだった。

「おお、そうか。やや月並みだが、まあ良い名前じゃないか。」

そして、夫に良く似たジャガイモ顔の息子は、アントニオと名付けられることになった。










産褥に横たわったまま、エミリアは思う。


自分とは似ても似つかない(当たり前だ。彼の子どもであるはずがない)ジャガイモ顔の子どもが、エミリアに

「アントニオ」

と呼ばれている光景を見たら、彼はどう思うだろう。




と、エミリアが想像すること事態、彼は想定済みなのかもしれない。














起き上がれるようになってから、アントニオを連れて、夫と一緒に教会へ行った。

教会は、聖地で起こったという異変でもちきりだった。




「恐ろしいことだ、聖地ゴルドの女神さまが、崩れ去られたらしい。」

その事実は、多分女神さまには見放されたエミリアには特に何の衝撃も与えなかった。


「新法王…マイエラのあの若い新修道院長だったらしいが、ともかくその人や、聖堂騎士たちのほとんどが聖地の崩壊に呑みこまれたと言うぞ。」

その事実はエミリアに特に衝撃を与えなかった…はずなのに、なぜかエミリアは倒れていた。


「ああ、エミリア、大丈夫か?ええ、神父様。まだ妻は子どもを生んだばかりなので…」










色んな声が遠くなりながら、エミリアは思った。




アントニオ、あんたでも、要領よく立ち回り損なったのね。












そして、”ワタシ”は思った。




アントニオ、あんたは結局”闘えた”の?





2008/12/8




すげえ長編。
久々にこんな長い話を書いて、ちょっとクラクラしそうです。(しかも、オリジナルの超端役のお話なのに)

「彼はワタシのコト、何だって分かってくれるのよー」
というのは、いわゆる一つのカレシ自慢ですが、ソレってつまりは「向こうの思い通りの女」なだけか、彼が正面から向き合っていないだけ、では?
と、ひねくれもののべにいもは思うわけですよ。

というわけで、「自分の都合の良い女」をまんまと創り出して、まんまと自分の役に立てられるアントニオは、結局「男になりきれない男」なのかなーと思ったわけです。
女家族に囲まれて、溺愛されて、障害とか危険というものがない人生を”歩まされ”て、それに呑み込まれる恐怖から、結局世界をも憎悪してしまったアントニオは、いわゆる一時期はやった「母親から自立できないで、殺すに至ってしまった」男かな。
女神を憎むのって、母親にたいする憎悪があると思うのですよ。で、無関心を装うけれど、心から無関心は装えず、でも下手に賢いから隠したそれに誰も気付いてくれない、と。
正面から女性と向き合うのは怖いので、「相手の好みに合わせる」ことで、決して自分を出さない彼には、マルチェロとはまた違った意味で「恋愛」は出来ないんだろうな。

彼がも少し単純なら、グリエルモのような単純極まりない男らしさに憧れたんでしょうが、結局、彼が自分を賭けたのは、いま少し複雑な(女神であれ、なんであれ、すべての敵を打ち砕こうという姿勢が気に入ったのでしょうか?)マルチェロで、そしてそれは彼を滅ぼすことになった、と。

というわけで、この話を書くに当たっていろいろとアントニオのことを考えたのですが、彼がマルチェロに向けたのはいわゆる「ホモ的思い」ではないと思うのです。
かと言って、エステバン的に絶対の信頼でもなし、グリエルモのような「力いっぱいの愛情」でなし、もちろんトマーゾみたいな「憧れ感のある友情」ではもちろんないし。
なんなんだろう…うーん…

というわけで、作者のくせにキャラがよく分かっていないべにいもに、誰か教えてください。

そしてエマさん。
彼女がアントニオに対して抱いていた思いも、なんとも名状しがたい代物です。
単純によそ目から見れば、彼女が最初思っていたようにアントニオは彼女の「恩人」でもあるのですが、でも、アントニオは間違いなく彼女を”静かに破壊”しているわけですから。
なによりアントニオが凄腕なのは、最後に
ぽい
することで、彼女に「恨ませてやる」という選択肢すら与えていない事ですね。
「全てはギブ&テイクですよ。しかも永久就職先まで保障しましたよ?何が不満なんです?」
というスタンスを決して崩さない…サイアクな男だと思うわけです(笑)さすが精神攻撃得意なだけはある。
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