俺の流儀じゃねえンだが
元ブログ話。
エステバン、ちょっと(ちょっと?)踏み外す
「…一体…なんの冗談なんだ?」
トマーゾは、聖堂騎士宿舎の寝台の上にうつ伏せに転がされた体で、無理にエステバンを仰ぎ見ようとした。
いくら酔っていたとはいえ、間違いなく上半身に纏っていた筈の聖堂騎士の青い制服はどうなったのか、いくら室内とはいえ寒いマイエラの寒気が遮るもののない肌に襲いかかる。
起き上がろうにも、後ろ手に縛められているらしく、体が思うように動かせない。
「アンタには残念ながら…そんなに冗談じゃねぇんだ、トマーゾ。」
エステバンのいつもと変わらぬ声が、すぐ上から聞こえた。
顔だけを上げようと身をよじると、エステバンの面が視界に入った。
「…どういう事だ?」
「こういう事、さね。」
その言葉とほとんど同時に、トマーゾの鍛えた背筋をなぞるように指が動かされた。
ぞわり、
と鳥肌がたつような悪寒を感じ、トマーゾは身をよじり、そして叫んだ。
「おい、エステバン!!いくらなんでも冗談がすぎる…」
そして睨みつけてやったエステバンの顔は笑っていたが、目には笑みのかけらすらなかった。
「…」
「…脱がしてる最中にムラムラ来ちまったから、最初は意識ない内にやっちまおうかと思ったんだぜ?けど…“初体験”なのに、目覚めたら事後、なんてあんまりじゃねぇか?あんたも泣くに泣けねえかな、と似合わねえ慈悲心を出して、あんたが目覚めるまで待ってみたのさ。もっとも…いくらなんでも、ガチであんたに抵抗されて勝つ自信はまるでねえから、ちょいと縛らせてもらったけど、な。」
「…」
トマーゾは、それでも“相当タチの悪い冗談”だと思い込みたかった。
エステバンにはいくら親しい男同士とはいえ、聖堂騎士としては相当眉を顰めざるを得ない品のない軽口を、トマーゾは彼が入団してから数限りなく聞かされてきたのだ。
そもそもその手の発言に免疫のないトマーゾが、眉を顰めたり、怒ったり、思わず赤面してしまったりするのを楽しむ…そんなタチの悪い所が、確かにエステバンにはあった。
ありはしたが、聖堂騎士団内に、至極当然のような顔をして存在する男色行為に彼は興味を示していないように見えたし、更に当然のように蔓延しているマルチェロ団長への度のすぎた…もっと的確な言い方をすれば“肉体的興味を含んだ”崇拝行為をせせら笑いすらしていたし、何より、聖堂騎士としてはかなりどうかと思われる「飲む・打つ・買う」的娯楽も平然と楽しんでいた。
だいたいトマーゾは、全身から男盛りの色香を発さんばかりのマルチェロ団長の美丈夫然とした姿や、“天使のような”と恥ずかしげもなく自称し、それを否定する者すらいないククールの美貌などとは縁遠い容姿である事を自覚しており、であるから、自分がその手の“標的”になる可能性など、ほとんど考えてみたことすらなかった。
「いいから、俺の手を解けッ!!」
だが、思わず大声で叫んでしまったのは、彼の本能が事態の深刻さを先に悟ったからであろう。
「解いたら、大人しくヤラせちゃくれねぇだろ?」
エステバンはそう言いながら、トマーゾの尾てい骨を撫で、そして、聖堂騎士の、体に密着した下半身の制服をまさぐった。
男に尻を弄られる感覚に、トマーゾは鳥肌を立てた。
「オレだって、女のぷりぷりしたケツにおっ勃てて突っ込んだケーケンはなんぼでもあるがよ、野郎のケツに突っ込んだケーケンなんて…」
「…ない…よな?」
「ああ…ねえよ…」
エステバンは、ちら、と笑うと続けた。
「…ムショの中でくれーしか、な。」
なにせ、あそこは野郎しかいねぇから、他に突っ込む場所がなくて、仕方なく…だったんだぜ?
エステバンは猶も衣服の中を弄った。
抵抗するのだが、後ろ手に縛られている上に、その上に体重をかけられているため、上手く体が動かない。
「オレだって、まさかアンタみてぇな、オレよりアタマ一つ以上高い、筋骨隆々たる野郎の筋肉でムチムチしたケツにボッキするコトがあろうなんて、思ってもみやしねかったさ。」
スラムの言葉で囁かれ、そもそも育ちの良い、更に聖堂騎士団ではマルチェロ団長に次いで箱入り純潔なトマーゾは、心底恐怖を覚えた。
渾身の力を込めて、後ろ手を縛めるものを引きちぎろうとするが、血管が浮くほどの力を込めても、それは彼の腕を離さなかった。
「アンタが力持ちなのは知ってるから、皮のベルトで縛らせてもらったぜ…なにせ、オレはあんたも知ってるように前歴はアレだからな。縛りにはちょいと五月蠅くて、よ。」
エステバンの前歴が、聖堂騎士内でも周知の“パルミドのチンピラ”ではなく、更に犯罪行為に深いかかわりがあったことを、トマーゾは知っていた。
トマーゾは、ごくり、と唾を飲み込んだ。
「…なんで…」
動揺と、恐怖のあまり、言葉が続かない。
「なんで、俺がアンタにこんなコトするのかって?」
エステバンがその意図を読み取り、そして続けた。
「マルチェロ団長をオカズに手コイてる奴らをせせら笑ってる俺が、なんでアンタを掘ろうとするのか…そう聞きてぇみたいだな。野郎に興味がねえんじゃねえのか?アンタの顔がそう聞いてるから、まあ“告白”してやるとすっか。なにせ、今じゃ俺もパルミドのチンピラじゃなく、聖堂騎士さまだからな。ヤる前にゃ、ちゃんと“愛の告白”をするべきだよな…」
聖堂騎士は、そもそもこんな事はしない…
トマーゾは思ってもせんない事ながら、そう思った。
「確かにマルチェロ団長は、ちょいとデコがすぎるがツラもいいし、ナイスバディだし、何よりエロいけどよ…俺からしちゃ、団長に欲情する奴はトーシロだな。あの人があんまりにゴージャスだから霞みがちだが、アンタのがよっぽど“可愛い”ぜ…なのにあいつら、全然分かってねえなあ…」
何故にマルチェロと比べられるのだろうか。
自分が密かにあの人に対してコンプレックスを抱いていることをエステバンは知っていてあてこすっているだろうか。
ともかく、トマーゾが心底思う事は、
そんな事で勝てても、少しも嬉しくない、
という事だけであった。
「トマーゾ、あんたは俺の前歴を知っても、他の奴らみてぇに俺を蔑みゃしねかったし、俺みてぇな根っからのスラムの犯罪者をまがりなりにも聖堂騎士らしくしてくれた…だから…ってのが理由の一つかな。いや、ワケわかんねえ理屈はいらねぇな。俺はアンタに欲情した。だからヤりてぇんだ。だが、どう考えても真っ向から言って頷いてくれそうもねぇからな。ちょいと手荒な手を使わせてもらったってコトさ。」
酔わせて縛り上げて無理強いする事のどこが“ちょいと”手荒なのか、トマーゾには分からなかったが、もちろんそれで
「はい、そうですか。そういうことなら」
と言う気にもなれなかった。
なれなかったが、かと言ってこの状況を如何ともしがたい…事も、全くの事実であった。
「別に、コトの後で誰にどう訴えてもらったって構やしねぇぜ。そんくらいは覚悟の上さ。」
そう言われても、そんな情けなくも恥がましい事を、聖堂騎士として、いや、男として、人に告げられるものでもない。
「エステバン…」
何と言えばこの男が、この馬鹿げた所業を思いとどまるのか…口下手なトマーゾが言い悩んでいるうちに、彼の口の端に酒臭い口付けが落とされた。
「ヤる前にキス…なんて、俺の流儀じゃねえンだが…」
「やめてくれッ!!エステバンっ!?」
満身に走る悪寒に耐え切れず、トマーゾは芸のない叫びを発したが、
もう事態は留まるものではなかった…
終る
2007/2/25
さて、この後どうなるのか…は読者の皆様のご想像にお任せします。