快楽は罪だ
元ブログ話。
エステバン、手を代え、品を代え
「もういい加減にしろよ。エステバン!!俺は下ネタは好きじゃないんだ。」
トマーゾの言葉に、エステバンは手にした酒盃を卓に置いた。
「なんだよ、”いい加減”にしてほしきゃ、いい加減、童貞捨てろってんだ。」
馴れ馴れしげに肩を抱く。
「こんな立派なガタイした男が、三十にもなって女知らねぇなんて…そりゃあからかいたくもなるぜ、トマーゾ。世間さまじゃあ、そんな男は間違いなく、不能でなかったらホモ扱いだ…」
トマーゾはエステバンの手をそっと払うと、ため息をついた。
「”世間さま”ならそうかもしれないけどな。俺”たち”は女神に仕える聖堂騎士だぞ?おまえみたいに、フラフラと酒場だの、もっといかがわしいところに出入りする方が間違ってるんだ。」
「けどよ、トマーゾ。俺”たち”は聖堂騎士である前に、若くて健康な男だぜ?そして”世間さま”じゃあ、俺たちみてぇな若くて健康で、オマケに”いい男”が、後生大事に童貞守ってるなんてのは、美徳なんかじゃねえ、”もったいない”って悪徳なのさ。」
ぬけぬけと言い放つエステバン。
「はいはい、分かりました。聖堂騎士エステバンさまは、男前でいらっしゃいますよ。どうかマルチェロ団長殿の雷が落ちない程度に、なさってください。…俺はいいよ、男前じゃないし。」
エステバンは鼻白んだ。
「そりゃ、俺ほどとは言わねぇけどよ、お前は十分いい男だぜ、トマーゾ。しかも、世の信心厚い女性のアイドル、聖堂騎士だ。声かけてくる女の、二人や三人はいないとは言わせねぇぜ。」
わずかに反応したトマーゾの左肩に右手をまわし、エステバンは言う。
「なぁ、トマーゾ。俺だけには教えろよ。女の一人や二人はいたんだろ?マルチェロ団長にゃあ、拷問受けたって言わねぇからよ。な?」
猫のような甘い微笑にほだされたのか、はたまた酒が回って彼の固い口がわずかに緩んだのか。
トマーゾは、彼の甘く、そしてそれの何倍も苦い恋の話を語った。
「…なんでヤらなかったんだ?」
直接的な疑問をぶつけるエステバン。
トマーゾは、エステバンに勧められた酒を一口だけ飲むと、答えた。
「快楽は罪だ。」
しばらく呆けたようにトマーゾの顔を眺めたエステバンは、そうして後に答えた。
「…マルチェロ団長の言いぐさじゃあるまいし。」
トマーゾは苦い微笑を浮かべると、続けた。
「…俺は駄目だよ。俺は弱いんだ。」
「マルチェロ団長の補佐が務まる男を”弱い”たぁ言わねえよ。」
「いや、肉体的な苦痛やら、激務なんていうことには、慣れれば耐えられるけどな。俺は快楽には耐えられないよ。」
「…」
「この修道院では、怠惰の罪も、飽食の罪も、そして色欲の罪からも遠くていられるから俺はマトモにしてられるだけの話で、これが世間さまに放り込まれて、そんなものに四六時中さらされたら俺は駄目になる。」
「…」
「恋は甘美で、俺は彼女に恋をしている間は、ずうっと彼女のことばかり考えていて、他のことはなにも手につかなかった。彼女の、その…肉体的な部分に劣情も感じた。なんだろうな、彼女はそれも含めて俺に許してくれようとしたんだけれど、そうなったら俺はおそらく、彼女を貪ってしまったと思うんだ。」
「…」
「肉体的な情欲を優先させてしまうのは、女神の教えたまう愛の真価にもとる行為だし、なによりそんなことの果てには…うっかり子供でも出来てしまった日には、聖職にある俺にはどうしようも出来ない。罪もない子供を”悪魔の子”にするのは、あまりに気の毒だ…そう、俺も若気の至りの果ての”悪魔の子”だから…」
「…」
「快楽は罪だ。俺一人の罪のために、いろんな人間を不幸にするわけにはいかない。なら…やっぱり彼女に何もしなくて良かったんじゃないかと思うし、もう俺はあんな思いはしないでいようと思う。だから…」
「トマーゾ。」
「…ん?」
「お前って…可愛いよなあ…」
「…」
しみじみとした口調で言われて、トマーゾは怒るより先に呆れた。
「なにを言うかと思えば…」
「誰も不幸にしたくないから、”肉欲に身を任せ”ず、”恋”もしねぇ…潔癖症の子供みてぇじゃねえか。女なんて、そんなに脆くも弱くもねぇよ。めいっぱい楽しんで、ガキが出来たら出来たで、どうとでもしたさ。それに生まれたガキだって、”悪魔の子”だなんだって気にして騒ぐのは、貴族だのエラい坊さまくれぇのモンさ。」
「悪かったな…どうせ俺は世間知らずだよ。」
「バカにしちゃあいねぇさ。イマドキ貴重だぜ…マルチェロ団長くらいには、な。」
エステバンはさらにすり寄せると、トマーゾの耳にほとんど囁くように言った。
「な、トマーゾ。だったら誰も不幸になんなきゃ、”肉欲に身を任せ”たり、”恋”をしてもいいのか?」
「…そんな相手がいるなら…」
エステバンの酒くさい息に閉口しながら、トマーゾは返答した。
「いるさ…」
「一体誰が…」
「俺だ。」
強い度数の酒の味が、トマーゾの口中に広がった。
「…エステバン!!酔った上での冗談もいい加減にしろっ!!」
そう叫んで、トマーゾはエステバンを引き剥がした。
「…」
酔いのまわったような弛緩した笑みを浮かべると、エステバンは何か言いたげに口を動かした。
「エステバン…おい、エステバン!!ここで寝るなっ!」
トマーゾに倒れ掛かるように酔いつぶれたエステバンを、トマーゾは強く叩いた。
だが、反応は返ってこない。
「…ったく、酒癖が悪いんだから、こいつは。」
トマーゾは呆れたように呟くと、エステバンを軽々と抱えると、寝台へと運んだ。
「…明日も早いんだ、俺もそろそろ寝るか。」
エステバンが口にしていた、度数の高い酒の匂いをかいで顔をしかめると、トマーゾはひとりごちた。
灯火の消えた室内。
規則正しい寝息の聞こえる室内。
「…ったく…あれまで冗談にされたんじゃ、俺にゃ立つ瀬もねぇじゃねえか。」
苦い呟きが、小さく響いた。
終る
2007/4/28
エステバン、酔った振りをしてトマーゾを押し倒そうとするも、相手があまりにぴゅあぴゅあなので不首尾に終わるの図。
箱入り聖堂騎士は、箱入りであるが故に、なかなか落とせないようです。