野良猫と少年

「ヒソカナスミカ」のやみさまのトコの、やさぐれ騎士くんに触発されて書きたくなったお話です。 ”野良猫”と心優しい少年の、多分、いい話…になると思いますか?









ぼくには、その子が猫に見えた。










大人たちに囲まれて、その子は猫が爪で敵をひっかくように、暴れていた。




でも子供の悲しさ、すぐに捕まると、大人達はその子をひどく痛めつけ始めた。






「酷いよ!!」

ぼくが駆け出そうとすると、伯父上がやってきて、そして、



ちら

とその子を見た。





「フェデリチ伯とご令息の御前だ。見苦しいものをお見せするでない。」

伯父上がそう言うと、大人達…伯父上のお屋敷の使用人たちは、その子を痛めつける手を止め、そしてその子を連れて…正しく言うと”ひきずって”ぼくの目の届かないところへと去っていった。


ぼくは本当は追いかけたかったけれど、父が伯父上に続いて屋敷に入っていったので、後ろ髪引かれる思いでその後を追った。










伯父上は、ぼくの育ての母上の兄上で、ぼくは母上の実の子ではないから、血は繋がっていない。

小柄な母上と兄とは思えない、長身で体格のいい方で、そもそも小柄で痩せた父と向かい合うと、父がますます小さく見えた。





父と伯父上がお話される間、ぼくは礼儀正しく座りながら…それでもすることがなくて暇だったので、礼儀を損なわない程度に、伯父上のお屋敷の様子を見回した。



うちも伯爵家だから、庶民から見たら豪勢な暮らしをしているように見えるんだろうけれど、でも、ぼくのうちは貴族の中ではけっして裕福ではない。

家柄自体は、古くから続く由緒正しい家柄なのだけれど、多分、それ以外とくに何もない。

父上は、先祖代々の遺産を、決して浪費するようなことはしないけれど、でも、増やすようなこともしない。



ぼくの育ての母上のご実家…つまり伯父上のおうちは、それとは逆で、つまり”やり手”で、とてもお金持ちだと聞いていた。


事実、内装はとても豪華で、なんだか全体的にかび臭い古臭さのする、うちの屋敷とは大違いだ。







ぼくは、座ったまま見ることが出来る屋敷の中をだいたい見終わると、さっきの猫みたいな子のことを考えた。



どうして猫みたいに見えたのだろう。



動きが猫みたいにしなやかだったからだろうか。

それとも、その髪の色…くすんだ金色の髪が、こないだ街で見た野良猫に似ていたからだろうか。


そう、あの猫は多分、お屋敷で飼われているような血統書はついていないんだろうけど、しなやかで、気が強そうで、自由で、そして、奔放だった。




ああ、きっとそんな所が似ているんだろう。



だとしたら、あの子はどうしてあんなに酷い目にあわされていたんだろう。


盗みでもしたんだろうか。

父も母上も、育ちの悪い人間はなにをするか分からないから、近寄ってはいけないと言う。




けど…









「今更になりますが、先ほどはお見苦しいものをお見せして。気の利かぬ使用人どもで、本当に申し訳ない。」

伯父上のお話が、あの子のことになった。



「いえ、滅相も…」

いつもいつも言葉を言い切ることをしない父が、今回も歯切れ悪くそう言う。


ぼくは、少し礼儀正しくないとは思ったけれど、思い切って聞いてみた。

「伯父上、あの少年は、いったいなにをしたのですか?もし盗みをしたとしても、まだ小さいのですから、どうかお慈悲をかけていただきたいのですが。」




伯父上は、ぼくの顔をじっと見つめると、口を開いた。




「あれは、大罪を犯したのだ。」

「大罪?それは…」




「あれは、”主人の命令に服従せん”のだ。」




伯父上は、ぼくの顔を覗き込んだが、ぼくは伯父上の言葉の意図がつかめずに、きょとんとしたままだった。


伯父上は小さく笑うと、父の方を向いた。


「いやいや、ついつい”大人にするような”会話をしてしまったが、そういえばご令息はまだ14になられたばかりでしたな。顔も声もまだ幼さを残しているというのに、お体が大きいのでついつい、ね。」

「はい、なりばかりまだ大きくて、まだまだ子供でして…」

それだけの言葉にも語尾を濁す父。

確かに、ぼくは小柄な父には似ても似つかないほど背が高い。小柄な父の背なんてとうに追い越して、もう父より頭半分以上は背が高い。

父は、生みの母に似たと言うけれど、全体的に小柄なうちの家族の中では、それだけでぼくは浮いてしまう。


だから、そんなに嬉しくは、ない。




伯父はぼくの方に再び顔を向けると、今度はもっと小さい子供に対するような口調で言った。




「聖職を志すのだから、慈悲深いのは結構だがね、きちんと覚えておいた方がいい。我々貴族は牧者であり、庶民たちは羊だ。やつらには、だれが支配する者であり、誰の言うことを聞かねばならないか、きちんと教えねばならないのだ。なぜなら我々貴族は、高貴な血を女神に与えられた、選ばれし優れた者なのだからな。」




ぼくは、伯父上の言葉には納得できなかった。

ぼくは昔、とてもえらいお坊様のお説教を聴いたことがあるけれど、その方はそんなことは仰らなかった。

その方はこう仰ったのだ。




「全ての人の子は、女神の愛し子です、伯父上。」




伯父上は、苦笑しただけでもうぼくの話なんて聞かなかった。

ただ、父の方を向いてこう言った。





「確かに、これでは”生まれがああでなくても”女神の僕となるしかなさそうですな、フェデリチ伯。」

「はあ、そのようですね…」

父は、相変わらず歯切れ悪くそう返答し、伯父の言葉を否定しようとも、ぼくをかばおうともしなかった。




























オレは、さんざ殴られて臓腑がひっくり返りそうだったが、それでもコンジョー入れて、目の前の男爵とか名乗るオッサンを睨み付けてやった。




「子供のくせに、可愛げのない。」

男爵はそう言って、オレをさんざ殴りつけやがった男を見た。


「申し訳ありません、旦那さま。」

オレにはさんざ偉そうな態度をとったそいつは、卑屈な薄笑いを浮かべた。


「旦那さまのお楽しみの妨げになってはいけないと、顔に傷はつけてはおりませんので…」

「ふん、傷をつけて困るような顔でもあるまい。」

男爵は、顎でオレの顔を上げるよう命じた。


「美童が必要なら、それを買っている。その子供は、反抗的な目つきが気に入って買ったのだ…野良猫のくせに意外と高値だったがな。」

「まったくです、旦那さま。あの人売りは、まったく強欲でして。パルミドの浮浪児ごときに、金貨を…」






畜生、まったくドジ踏んじまった。

カスリなんて、いつもいつもやってる事じゃねえか。それなのに、なんでまたあん時に限って…


オレは、てめえのドジを思い出して、てめえでてめえを殴りつけたくなった。


しかも、とっつかまった後がまた最悪だった。

死ぬほど殴られて放り出されるモンだと思ったら、なんと、それは人買いだったんだ。

そいつはオレを一瞥するなり殴りつけようとしたが、一瞬考えるようなカオをすると、「ま、こういうのが好きな物好きもいることだ」って呟き、オレを”売り物”にしたんだ。




「しかし旦那さま、確かにそんなに可愛くもないガキですが、体の方は…」

男はそう言って、オレの下穿きに手をかけた。


オレは何をされるか気付いたので抵抗しようとしたが、縛られていてどうしようもなかった。




オレは、下半身を丸裸にされた。






「それ、このように…」

卑屈な笑みで、男爵に媚びる男。


「ああ、確かにな。顔よりよほど可愛らしい尻をしている…」



オレは、オレの下半身に向けられた視線に、鳥肌が立った。




掘られる!!

オレがとっさに身を固くすると、男爵は椅子からエラソーな動作で立ち上がった。




「が、寝台で噛み付かれても叶わん。お前らはその野良猫を、せめて伽が務まるまでには”調教”しておけ。」











”旦那さま”が去ると、男たちはすぐにエラソーな態度に戻った。




「いいか、ガキ!!」

挨拶代わりにオレの腹を殴りつけ、言う。


「旦那さまに粗相のないように、さっさとおとなしくしやがれ!!人の数にも入らない、パルミドの野良猫めっ!!」




「…」

オレは黙って、そいつの顔を見つめてやった。



人の数にも入らねェだと!?

オレは確かにパルミドの野良猫だ。血統書もなにもついちゃいねえよ、だがな…




「おい野良猫!!分かったんなら返事を…」

オレはそいつの顔に、思いっきり唾を吐きかけてやった。




「貴族にヘラヘラ愛想笑いするしか能のねェゴミ野郎と、パルミドの野良猫と、どっちが上等なんだ!?」




ま、てめェの負けん気の強さの代償は、分かってしたコト…のハズさ。




























どしゃ降りの雨の中、野良猫はそのくすんだ金髪から雨だれをひっきりなしに落としながら、立ち尽くしていた。




いや、立っていたのは間違いは無いのだが、その体は立ち木に縛り付けられ、身動きひとつ出来ないようにされていた。




「畜生…」

見張りすら辟易して逃げ出すようなどしゃ降りの雨の中、野良猫は舌打ちした。




「雨に打たれて、灰汁抜きしやがれっ!!」

男たちは野良猫をさんざ折檻した挙句、そう毒づいて野良猫を庭園の隅の人目に付かない立ち木に縛りつけたのだ。




「貴族がなんだって言うんだよっ!!たまたまそこに生まれただけじゃねェかっ!!」




その叫びが空しいものだとは知っている。


人は、貴族の言葉は聞いても、彼のような野良猫の言葉は聞きもしてくれない。

そして、貴族の命令に従うことが当然と考える、あのような男たちが、世の中には山ほどいるということも、野良猫は嫌と言うほどよく知っている。






「オレはどうなるんだろう…」

そして野良猫は、ようやくその幼さに相応しい、弱気な言葉を吐いた。










このまま雨に打たれていれば、衰弱は免れない。

そのまま死ぬのか。



いや、死んだ方がマシかもしれない。

うっかり生き延び、そして反抗する気力も体力も奪われて、あの男爵とかいう偉そうな男の気まぐれな慰みものにされるよりは。



その生活は、食うには困らないかもしれないが、間違いなく、野良猫の自由と野良猫としての尊厳とを擦り切れさせ、ボロボロにする筈だ。


そして…野良猫が、もはや野良猫として生きていけなくなった頃を見計らって、着の身着のまま放り出されるのだ。









「いやだようっ!!」

野良猫は、その歳に相応しい弱音と涙を流した。




どしゃ降りの雨が、それを全てかき消した






かに、見えた。










人影が見えた。


「…っ!!」

野良猫は涙を手で拭い…たかったが、縛り付けられた腕はそれを許さなかった。







どしゃ降りの雨の中、現れたのは、どちらかと言うと長身の男だった。



とっさながら、パルミドでの”稼業”で鍛えられた野良猫の目は、その男の衣服が、貴族の纏う絹で出来た高価なものであることを見抜いた。




「…っ!!」

野良猫は、すぐさま身を固くした。


あの男爵とは違うようだが、貴族の男が、こんなところにまともな用事でやってくる筈がない。




男は野良猫の間近まで迫ると、涙ながらに


ぎり

と歯を食いしばった野良猫の、噛み付かんばかりの瞳を覗き込み、口を開いた。




「大丈夫?」

そして、懐からナイフのようなものを取り出すと、野良猫を戒めるロープを、不器用な手つきで一本一本、切り始めた。






それを呆然と見守りながら、野良猫は、先ほど自分を覗き込んだ目が、とても優しかったことと、そして自分にかけられた声が、少年のようなまだ細さを残した声であることに、今更ながら気付いていた。




「よし、これで取れたよ。」




どしゃ降りの雨が、わずかに和らぐほどの時間をかけて、ようやく少年はロープを全て解き終わった。

その背の高さに似合わず、無邪気な声で少年がそう告げると、野良猫は縛られ続けた腕をさすりながら、なおも警戒の態勢を崩さなかった。



「誰だてめェは!!」

ぶしつけな問いに、そのような問いを受け付け慣れていないらしい少年は、しばし驚いた表情を見せたようだった。


「なんでオレを助けた!?」

立て続けに発された問いに、少年は




「だって、君がひどい目に会わされていたから。」

と、なんの裏の意図も感じられない、善意そのものの声で返答した。



野良猫は、彼に与えられた人生が、そのような言葉をそのまま受け取ることを拒否させていた。

「てめェも貴族じゃねェのかっ!?」

問いは発したが、そんなものは見れば分かった。

貴族でなければ、このような高価な衣服を身に付けられるはずが無い。


もっとも、どしゃ降りの雨で、無残に成り果ててはいたが。




「…そうだよ。」

少年…野良猫はそうだろうと思った…は、申し訳無さそうに返答した。

そして、野良猫にはそれが信じられなかった。

野良猫の知っている貴族は、貴族だと名乗るとき、それが絶対正義の代名詞であるかのように振舞うというのに。




少年は、その背の高さから少年をはるか上から見下ろすことになったことすら恥じるように、かがんで視界を下げると、


「ごめんね。」

と、口にした。



野良猫には、その台詞がそもそも信じられなかったのだが、少年はさらに口にした。

「酷いことをしてしまって、本当にごめんね。女神さまは、人が誰かを傷つけることを禁じておられるのに…」


「…オレを”人”に扱うのかよ、貴族さまが。」

「だって、人の形をしているじゃないか。」

「これまでで一番マシな扱いだって、せいぜい野良猫扱いだぜ!?」

「女神さまは、全ての人はその愛し子だと仰っているんだ。だから…」

「オレは女神なんて信じねェっ!!!」

野良猫は叫んだ。


「女神がオレに何をしてくれるってんだ!?」



雨の中、少年のまだ幼さを残した顔が、


くしゃり

と歪んだ。




「…ぼくは、もうすぐしたら女神さまにお仕えするんだ。」




その台詞が、とても哀しそうに聞こえたので、野良猫は少しバツが悪くなった。



「なんだよ…あの高くて動きづらそうな司祭のローブ着てよ、クソの役にも立たねェ説教こいて、寄付金集めて、結構な稼業じゃねェか…」

憎まれ口は、野良猫の得意とするところだったが、野良猫はいつものその冴えを自分の言葉に感じることが出来なかった。


ただ、無垢な少年の心を傷つけただけのように感じられたのだ。




少年は、頭を振った。

雨で濡れに濡れたその黒褐色の髪から、水滴が流れた。



「女神さまのお慈悲が、たくさんの人にあまねく広がればいいと思う。ぼくはそのために頑張ろうと思う。だからぼくは、まず君を助けたかったんだ。」






野良猫は、発そうと思えば、いくらでも少年のその”陳腐で世間知らずな”発言に茶々をいれることが出来た。




そんな事が出来るとでも思ってるのか、世の中にはいくらでも汚ねェことがあるんだ。

お前に出来ることなんて、たかが知れてるんだ。

そもそもてめェだって、人のアガりをかすめとって生きてる貴族のクセに。

オレを助けて、いいコトをしたつもりかよ。





だが野良猫は、それ以上、少年を傷つけたくなかった。








「…助けてくれって、頼んだワケじゃァねェからな。礼なんて期待すんなよ。」

わざとそっけなく、野良猫は言った。


「そうだね、ぼくが好きでしたことだよ。だから、別にお礼なんて言わないで。」

そこで機嫌を損ねてくれれば、いくらでも憎まれ口を叩いてやったというのに、少年は純粋極まる瞳で返答し、野良猫は返す言葉に詰まった。





「…けどよ、次、会うことがあったら、礼くらい言ってやらねェこともねェかんなっ!!」

年相応の、子供のだだのような一言だけを残すと、野良猫は走り去ろうとした。




「待って。どうやって出るの?門は閉じられてるよ。」

「うるせェ、野良猫がのうのうと正門から出入りするかよ!!」

野良猫は、しなやかに、身軽に、走り去った。









少年は、ずぶ濡れになった自分の衣服を眺め、そしてその体にしみこみ始めた雨がその体を冷やしていたことに気付いた。


そのようなことなどほとんど経験したことのない少年には、その不快感はそうとう耐え難いものであったに違いないのだが、少年はすぐさま屋敷に戻ろうともせず、野良猫が走り去った暗闇を眩しそうに見つめ、そして濡れて一面水たまりになったような草のうえに跪いた。




「女神さま、あの子をお救いください。そして…あの子の心も、お救い下さい。」

少年は、心から、名も知らぬ野良猫のために祈った。




























「なァ、トマーゾ。」



夜更けのサヴェッラ。

聖堂騎士団長マルチェロに従い、その野望を果たさんと勤しむ聖堂騎士たちの中の一人、聖堂騎士エステバンは、彼の上官に馴れ馴れしくもそう話しかけた。



「なんだ?」

書類仕事で多忙ながら、その無礼を咎めることも、発言を無視することもなく、相手を引き受けた。




「すげェ今更なんだがよ。」

「エステバン、また悪いことしてたのか?」

品行の悪い部下を窘めるように、トマーゾは言ったが、エステバンはそれには直接答えることなく、無言で立ち上がると、椅子にかけた彼の上官と視線がちょうど合うように腰をかがめて、口を開いた。




「ありがと、よ。」




トマーゾは、書類を書く手を止め、


「…なにが?」

怪訝そうにエステバンを見返した。




エステバンは、人の悪い笑顔を浮かべるだけで、決して、その問いに答えようとはしなかった。





2007/9/15




エストマ部屋、初の書き下ろし作品。
この作品は、アイデアを下さったやみさまに捧げます。

トマーゾとエステバンは3つ違いという設定なので、この話のにゃんこエステバンは11歳。小学生です、現代日本なら。
最初は、もっとひどいことをさせるべきかとも考えましたが、べにいもは幼児性愛描写が大っ嫌いなので(SEXは中学校を卒業してから!!)お尻をむき出しにさせるくらいで止めておきました。

お尻っ!!

まっことマイ設定で申し訳ないのですが、エステバンは絶対、小尻だと思います(思いますも何も、オリキャラだろうがよ)
ジーンズが似合う、きゅっとしまったコリコリした小尻だといいと思います。そういや彼、聖堂騎士の制服より、絶対カジュアルスタイルの方が似合いますね(出自が出自だし)
マルチェロもヒップは、きゅっ、と締まってると思いますが、いかんせん、彼はカジュアルスタイルは似合わない(というより、絶対ジーンズなんて履かなさそうだ、現代版でも)
対して、トマーゾのお尻はきっとでっかいと思います。なんせ、"みんなのお母さん"ですから、そりゃ安産型でなきゃね!!




ちなみに、下に読後感を損なうあまけ(アホなオマケ)をくっつけてみました。

読後感が損なわれても良いなら、ご覧ください。


















































トマーゾは考えていた。



「俺、エステバンになんかしたかな…」

世話ならいつもしてやっているトマーゾですが、なにせ"あの"エステバンのこと、彼の上司であるマルチェロほどではないにせよ、礼など口にするキャラではありません。

そんな彼が

「ありがとう」

というからには、自分はよっぽどのことをしてやったはず…なのに、トマーゾには思い当たるフシは皆無であります。




トマーゾは一晩考えましたが、


ぜんっぜん、

思い当たるフシはありません。




仕方がないので翌朝、朝の礼拝の後にエステバンに聞いてみました。






エステバンは、聞かれると猛烈に不愉快な顔になりました。




「なんで気付かねェの!?俺だよ、俺っ!!!この髪の色と、パルミド出ってコトで、なんか思い当たるフシねェのっ!?」

「…?」



思い当たるフシなんてありません。

そもそも彼のお育ちは良いのです。聖堂騎士にならなければ、パルミド出の人間に関わることなんて、多分一生なかったでしょう。




トマーゾの怪訝そうな顔を見て、エステバンはますます不愉快になりました。




「ほら、いくら俺はもう四捨五入したら三十路とはいえ、見た目と中身は永遠の少年なんだからよっ!!」

なんだからよっ!!

と言われても、


だからなに?

としか思えません。




エステバンはますます不愉快そうな面持ちになると言いました。



「愛足りてねェんじゃねェのっ!?」

なんでそこに"愛"が出てくるのか分かりませんが、とりあえず怒っているようなので、トマーゾは謝りました。




けれど、エステバンの機嫌は直りません。

とうとう




「俺みてェなキュートなにゃんこを忘れるなんて…薄情だなっ!!もういいっ!!お前なんか知らねェよっ!!」

と吐き捨てて、行ってしまいました。(このあと、任務の打ち合わせがあるはずなのですが)






「一体何なんだっ!?」

トマーゾは本気で悩みました。

でも、答えは出てきませんでした。
















「ったく…トマーゾの野郎…あいつはマジいい奴だし、マジ愛してるけど、あの巡りの悪さだけはなんとかして欲しいもんだぜっ!!!あん時のシチュは間違いなく、運命の再会フラグ立ちまくりシチュだったじゃねェかっ!!!」

木陰で一人プリプリ怒るエステバンでした。



でもね、エステバン。トマーゾは"良家の令嬢"でなく、"良家の令息"なんで、運命の恋には発展しないハズなんだよ?

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