後悔は先に…
元拍手話
「言い残すことはあるか?」
ゴルドの大神殿。
法王マルチェロは、悠然と、銀髪の美麗な青年を見下ろした。
青年は、マルチェロの弟、ククール。
刃を以って殺しあったこの兄弟の結末は、刃を以って今、終わらんとしていた。
周囲には、ククールの仲間たちが既に物言わぬ姿と成り果てている。
そしてククールも、マルチェロの刃が振り落とされれば、すぐにその仲間入りをすることはよく分かっていた。
「ククククク…」
なのに、ククールは唐突に笑い出した。
「…何が可笑しい。」
マルチェロは問うが、青年は笑うのを止めない。
「自らの命が終わらんとしているのが、そんなのにも可笑しいのか!?」
マルチェロは、苛立たし気に、その刃をククールの首筋に当てる。
「クククク…それが可笑しいんじゃねーよ、兄貴。ただ、こんな時に何だけど、あんたの顔を見て、昔の話を思い出しちまっただけさ。」
「昔の話?私の顔を見て、だと?」
マルチェロを見上げるククールは、尚も笑い続ける。
「なあに、大した事じゃねーさ。ただ、あの世で仲間を…」
そしてククールは、元は仲間だった躯に目を向ける。
「笑わせるネタとしては、サイコーかな、と。」
マルチェロは、好奇心に動かされた。
「…言ってみろ。」
ククールは、楽しげに答える。
「いいの、言って。兄貴、絶対後悔するよ。オレ、こうなっちまっても、一応、兄貴の弟な訳だから、ちょっと心が痛むつーか…」
「いいから言え!!」
マルチェロの言葉に、ククールは美しい悪魔のような笑みを浮かべて、そして口を開いた。
「むかし昔あるところに、仲良しの領主夫妻がいました…」
「領主もその奥方も、心から愛し合っていました。そしてその夜も、二人は仲良くチェスゲームをしていたのです。ただのゲームでは面白くないので、二人は
『勝った方が負けた方の言うことを聞く』
という罰ゲームを付けていました。その夜、勝ったのは、領主の方でした。領主は言いました。
『ハダカで邸を一周すること』
奥方は全力で拒否しましたが、結局、領主の言うことを聞かされてしまいました。奥方は深く復讐を誓いました。そしてまたの夜、今度はゲームに勝った奥方は言いました。
『邸のメイドの中で、一番ブサイクで、一番汚くて、一番身分の低い娘と一晩を共にしなさい。』
領主は全力で拒否しましたが、結局、奥方の言うことを聞かされてしまいました。翌日、心からうんざりした表情でベッドから出てきた領主の姿を見て、奥方はようやく溜飲を下げることが出来ました。」
ククールはそして、マルチェロを見上げて口の端を歪めた。
「メイドは、ですが、身ごもってしまいました。月満ちて男児が生まれてしまったのを見た、まだ子どものなかった奥方は、心から
『あんな事言わなければ良かった』
と後悔しましたが。後悔は先に立ちません。」
ククールはそして、もう一度マルチェロを見上げました。
「罰ゲームのオマケで生まれてしまった男児は…」
「やめろ!!それ以上言うなっ!!」
「マルチェロと言うのです。」
勝ち誇った表情で、ククールは言った。
「ったく、オヤジもオフクロもいい面の皮だよな。遺されたオレこそイイ迷惑だ。そんなオマケみてーな代物に…」
ばさりっ
首を切り落とす音がした。
「…誰も聞いてなどいない…」
マルチェロは、ただ一人だけで立っていた。
演説ならともかく、聴衆より遠く離れたこの場所での会話など、侵入者の戦闘を固唾を呑んで見守っていた人々に聞こえるはずもないのだ。
「聞こえるはずもない…知っているのは、もう、私だけ…」
だが、自分だけは知っているのだ。
そして、忘れたくとも忘れられないのだ。
「聞かなければ…」
マルチェロは、後悔した。
終
2008/10/26
有名な『千夜一夜物語』ですが、中に入っているのは「シンドバッドの冒険」や「アラジンと魔法のランプ」のような有名な話ばかりではありません。
下ネタが多い
と一部で有名ですが、下ネタだけでない、なんだか悲しい話や、切ないお話もたくさんあります。
この原典は、終盤にあるお話です。物語を通して水戸黄門のように各地を練り歩く(のわりに、悪人はほとんど征伐しませんが)カリフ(イスラムの教王)のハールーン・アル・ラシード亡きあとの話です。
ラシード王には、幼馴染の愛妻セット・ゾバイダがいました。この二人はとても仲良しなのですが、幼馴染だけあって遠慮がなく、しょっちゅう夫婦ケンカをして他人に迷惑をかけたり、つまんない勝負をして他人に迷惑をかけたりしています。
で、ある夜も上の話のような顛末の末、女奴隷が男の子を産むことになりました。まだ男の子のなかったセット・ゾバイダは怒り、女奴隷とその長男をさんざ虐待したのでした。
で、時満ちて。ラシード王亡きあとに残されたのは、女奴隷が生んだ長男と、セット・ゾバイダが生んだ二男。お約束のように後継者争いを起こした二人の決着は、セット・ゾバイダの息子が殺されることでつきました。
かくしてカリフになった長男は、父の正妃であるセット・ゾバイダを殺しはしなかったものの、今まで虐待されたお返しに冷遇しました。
そんなある日、長男はセット・ゾバイダがやたらと
「…しなきゃ…しなきゃよかった」
と呟くのを耳にします。長男はなんのことかと問い詰め、セット・ゾバイダはとうとう上の顛末を白状するわけです。
「あなたの顔を見るたびに、あんなバカな賭けをしなければ良かったと思われてならないのです。」
と付け加えるセット・ゾバイダに、長男は何も言いませんでしたが、そのあと、一人になってから呟きました。
「聞かなきゃよかった…」
なんか、人間の業を感じさせる話で、べにいもが『千夜一夜物語』で一番好きなお話です。