本性
元拍手話
ある所に、愛の通わない領主夫妻がいました。
「ヴィルジニー、何が気に食わない?俺がお前にいつ、不自由をさせた?ドレスだって、宝石だって、俺はお前の美しさに見合うだけのものは与えてきた。ククールが生まれたから、メイドもマルチェロも追い出した。俺が愛しているのはお前だけなんだ。なのに、なぜお前は俺を愛さない!?」
領主の問いに、領主の妻は、その美しい顔に何の表情も浮かべずに口だけを開きました。
「むかし、ある国に王子とその妻がいました。二人は傍目からは愛し合っているように見えましたし、二人もそうだと思っていました。そんなある時、国にクーデターが起こり、王子とその妻は着の身着のままで逃げ出さざるを得なくなりました。
豊かに育った二人なのに、逃亡中とて食べるものにも事欠く始末。空腹の限界に達した二人は、ようやく一匹の亀を捕まえて食べることにしました。王子は限界まで疲れ果てていたので、自分が料理をするので、水を汲みに行くことを妻に命じました。妻も疲れ果てていましたが、夫の言葉に従いました。
妻が戻ってきて見たものは、肉の一片も残さずに食い尽くされた亀の甲羅だけでした。怒る妻に、王子は空腹の限界に耐え切れなくなったのだと言い訳しました。そして妻は、夫に対してもう何も言いませんでした。
しばらく経つと、国のクーデターも収まりました。王子は王となり、その妻を王妃として、以前の何百倍も良くしましたが、王妃となった妻は笑顔の一つも見せません。耐え切れなくなった王は妻にその理由を聞きました。
『あなたの愛など当てにならないと知ったからです』
妻は答えました。
『あなたは、わたしも空腹で倒れそうだと知っていて、それでも亀の肉を一人で食べてしまいました。今、あなたは王となって、わたしに何でも与えてくれます。でもそれは、自分が多くのものをもっているからという理由に過ぎません。また全てを失えば、あなたはわたしに亀の肉の一片すら与えはしないでしょう。そんなあなたの、何を信じろというのです』」
領主の妻は、そしてようやく領主の顔を見ました。
「王はあなたで、妻はわたし。あなたの言う愛は、お金持ちのあなたの余力に過ぎません。だからわたしは、そんなものは信じません。」
領主は、わなわなと拳を震わせました。
「なら、俺の愛がそんなものでないと見せてやるっ!!俺が一文無しになった姿を見せてやるっ!!」
そうして領主は、狂ったように浪費をはじめました。
妻は黙って、夫を見守りました。
そして、領主の望みどおり、彼が一文無しになった頃、流行病は、領主とその妻を”一緒に”連れ去りました。
終
2008/10/26
原典は『今昔物語集』天竺部
今昔は本朝(日本の)世俗部(一般人のお話)ばかり有名ですが(まあ芥川龍之介が『鼻』とか『羅生門』とかで書いてくれてるからですが)実はこの天竺部(インドのお話)もかなり面白いのです!!
出典が仏典(つまりお経)が多いため、お釈迦様系のお話が多いのが特徴。
この話も、元はお釈迦様にヤショーダラー夫人が
「どうして私たちの夫婦仲はよくないのかしら」
と問われた答えとして、
前世にこんなことがあったからだよ
と説き聞かせたお話なのです。
しかし、お釈迦様のお話にケチをつける気はないのですが、お釈迦様はこの話で何が言いたかったのでしょうか?
この話はどう考えても、最初に亀を独り占めした王子が一番悪いと思うのですが。
「だから、前世の僕が悪いんだ」
と言いたかったのか。それとも
「お前が前世の恨みを引きずって、僕に知らず知らずのうちに冷たくするのが悪いんだ」
と言いたかったのか。
どちらにせよ、前世は変えようがないので
この世では仲良くしようとお互い努めればいいだけの話
だと思うのですが。
ま、このすぐ後にお釈迦様は妻子を捨てて出家してしまうので、
どのみち添い遂げられない仲なんだ
と、言外に言いたかったのかもしれませんね。