弔死
人の死を弔うこと
設定:マルチェロの葬儀。「自死」の続き。
あたしが知らせを受けて駆けつけると、もう、みんな集まっていた。
ククールの指示の元、てきぱきと火葬の準備を進めるエイタスとヤンガス。
葬儀屋でもないのに、どうしてそんなに手際がいいのか…あたしは動転の余り、そんな訳の分らないことを聞いてしまった。
ククールは、皮肉に笑みで答えた。
「手際がいいのは、兄貴の遺言のおかげさ、ゼシカ。」
準備が整った頃に、サヴェッラから派遣されてきたとか言う、偉いお坊さんと聖堂騎士たちがやって来た。
ククールは、仰々しいほど丁寧に、その人たちに挨拶する。
「この度は、愚兄の葬儀にわざわざ遠隔の地からご参列いただき、亡き兄に代わって、お礼申し上げます…」
完璧な挨拶に、お坊さんたちはそっと囁き交わす。
本当にあいつが死んでいるのか…多分、その人たちが気にかけているのは、それ。
ククールは、恭しい顔で言う。
「宜しければ、兄に最後の挨拶を。兄も、皆様方には大変お世話になりましたから…」
あのイヤミとさすが兄弟だって思えた、慇懃無礼な発言だったけど、その人達はこれ幸いと歩み寄った。
死んだ人相手には、ひどく失礼な行動と、神経を逆なでするような囁き交わしの声。
ようやく、あいつの死が間違いないと確認したのか、あからさまな安堵の声で、そいつらの一人が言った。
「この度は…まだお若いのに…」
捕まえたら殺すつもりだったくせに、いけしゃあしゃあと…赤の他人のあたしでもムカついた発言だったけど、れっきとした実の弟のククールはそ知らぬ顔で応答する。
「いえ。兄のこの度の死は“前非を悔いた”結果ですから。」
法王庁の奴らは、またこそこそと囁き交わし、そして、さっきよりもっとあからさまに嬉しそうな声を隠そうともしないで、ククールに言った。
「それは…確かに死したとしてもそれで済むものではありませんが、それでも罪を購おうとするその心を女神は嘉されますので…」
あんまりムカつきすぎて、あたしは、そいつらの声を意識から弾き飛ばし、あいつ、の死顔を見た。
あんなに野望でギラギラしてた癖に、今は、聖者さまみたいな穏やかな顔で目を閉じていた。
ククールが、薪に火を点けた。
手際よく積まれた薪のおかげで、あいつの入れられた粗末な棺は、あっという間に炎に包まれた。
「いや、もはや我々のいる必要はないでしょう。いえいえ、本来ならばこれほどの罪人は骨を砕いて河に流し、一物も残さぬが慣わしですが、なにせ前非を悔い改めたということですし、法王の格別の慈悲により…」
聞き苦しい言葉をべらべらと並べて、そして、サヴェッラから来た奴らはいなくなった。
せいせいした。
ただただ、炎が燃えるのを見守る。
でもあたしは、炎と同じ色の、あの聖堂騎士の制服を着たククールの背中ばかりに目が行った。
すっくと立った、その背中に。
エイタスが、そっと、あたしに紙を渡した。
あいつの、遺書、だった。
丁度、目を通し終わった時だった。
「オレは、勘違いしてた…」
ククールが、あたしたちに背中を向けたまま呟いた。
「オレは勘違いしてた…兄貴は、頭良いって勘違いしてたよ。まさか、こんなバカだなんて思わなかった…」
あたしたちが、返答に詰って顔を見合わせると、ククールは身振り交じりで続けた。
「オレは勘違いしてた…兄貴は、もっと強い奴だって勘違いしてたよ。まさか、このくらいで死んじまうような弱っちい奴だなんて、思わなかった…」
ククールは、更に大げさに体を動かし、更に続けた。
「オレは勘違いしてたよ…オレは、兄貴の事が好きだって思ってた。ああ…優しくしてくれたのは、最初に会った時の、そのほんのちょっとだったけど…それからずっと、兄貴はオレを憎み、そして虐待したけど…オレを修道院から追い出したけど!オレを煉獄島に閉じ込めたけど!!オレを殺そうとしたけど!!」
ククールは、叫んだ。
「オレはそれでも、あの人はオレのたった一人の兄だから、あの人が好きだと思ってた!!」
ククールの肩が小刻みに振れた。
「オレは、兄貴が好きだって、ずっと勘違いしてた…ようやく気付いた、それはオレの勘違いだった…」
ククールの肩が、大きく揺れた。
「オレは、兄貴なんか大嫌いだっ!!」
血を吐くような声を絞り出して、蹲ったククール。
駆け寄ろうとしたあたしの肩を、ヤンガスが叩いた。
促されるまま、あたしたちはククールを一人にした。
ククールとあいつが住んでいたっていう小さな家で、あたしたちは黙って座った。
そしてあたしは、あいつの、遺書、にもう一度目を通した。
あたしの心に、ふつふつと怒りがこみ上げてきた。
ええ、さっき、法王庁の奴に対して感じたよりも、もっと激しい怒りだった。
「あたし、あいつの事、イヤミな奴だって思ってたけど、勘違いだったわっ!」
いきなり叫んだあたしに、エイタスとヤンガスが驚いた目を向けた。
「イヤミなんて可愛らしいモンじゃないわっ!!あいつは嫌な奴よっ!!それも、世界でいっちばんの嫌な奴っ!!」
あたしの怒りは、収まらなかった。
「何よ、訳知り顔の遺書なんか書いちゃってさ!何もかもお見通しって顔して、なんにも分かってないんだからっ!!何よ、何よ!ホントにやな奴!!あんだけ悪い事に回るアタマがあったんなら…」
あたしは、怒りの限り、声の限りに叫んだ。
「なんで生きてる間にククールに、『お前なんか大嫌いだっ!!』って、言わせてやんなかったのよっ!!」
叫び終わったあたしの目から、涙がボロボロ零れ落ちた。
訳分かんない。
なんてあたしが泣くのか、訳分かんない。
訳分かんないけど、あたしはそのまま床に崩れ落ちて、わんわん泣いた。
終
2006/11/15
一言疑問「ゼシカの涙は、何に対する涙なんでしょうね」
しかしまあ…よくもこんな救いのない話を書いたモンだ、我ながら感心しちゃうね。
しかも、思いついて最初に思ったことが
「この話、ククゼシ祭りに投稿してやろうかな」
だったのが、ますますスゴいね。この話を“ククゼシ話です!!”と、押し切るつもりだったという…
えー…あんまり救いがないので、下に僅かばかりの“救い?”のバカ話をば。
女神さまのお慈悲
あんまり可哀相なので、女神さまが哀れみを下さって、マルチェロを生き返らせてくれました。
兄「…なぜ、私が生きている…?」
クク「兄貴…(余りの驚きと嬉しさに、動転して絶句)」
兄「(不満そうに)わざわざ万障繰り越して死んだというのに、何ゆえもう一度せちがらいこの世に戻ってきてしまったのだ…やはり、リストカットは死亡率が低いからダメなのか?今度は、もう少し確実な死を遂げられるものでないといかんな…(ブツブツ)」
クク「(余りの余りな感情の余り)あ、兄貴なんか…兄貴なんか大嫌いだ…」
兄「(不本意そうに)言われずとも知っている。どこの世界に、二十年近い間虐待され、ついでに殺されかけた兄を好く者がいるというのだ。言われずとも、そんなに嫌いならもう一度死んでやる…」
クク「(その台詞に驚きながらも、言葉が浮かばずに)そ…そんな事を言う兄貴なんか…兄貴なんか…大嫌いだーっ!!(泣)」
兄「しつこいな。そう何度も言って急かさずとも、すぐにもう一度死んでやるから…」
クク「(兄の言葉を遮って)兄貴のバカーっ!!(泣)バカバカバカバカーッ!!」
兄「は?憎いと言われる覚えはあれど、バカと言われる筋合いはないわっ!!」
…やっぱ、この兄弟に任せてとくとどうしようもないので、周りの人たちが宥めたりすかしたりしなきゃダメだなあ。
「あのね、ククールがあなたに『大嫌い』って言うのはね、あなたが好きな余りの台詞なんだよ?」
って、マルチェロに分かるように伝えてあげないと、またおんなじ事繰り返すね、このバカ兄弟。