反実仮想

設定:ゴルドでの生き別れの後、法王庁の追手となったククールは、兄を苦闘の末追い詰めた。







反実仮想

事「実」に「反」し、「仮」に「想」う。




反実仮想

もしーならば、ーだろうに









もしオレがあの時、剣を横に薙がなかったら、兄貴は傷を負わなかっただろう。


もしオレがあの時、傷を負った兄貴がその動きを鈍らせると思わなければ、兄貴はオレの切っ先をまともには食らわなかったろう。


もしオレがあの切っ先をまともに兄貴に食らわせなければ、兄貴は致命傷を負わなかっただろう。






事実

誇り高い兄貴は、ゴルドでのあの戦いの敗北のときのように、膝を屈する。



事実

兄貴は太腿に致命傷を負い、傷つけられた大動脈からどくどくと流れ出すその血潮。



事実

兄貴はこのままだと、間違いなく死ぬ。







「…一対一で貴様に敗れたのだ。もはや言い訳も叶わんな。」



事実

ゴルドの時は四対一。



事実

今は一対一。






「私の負けだ…」

事実

兄貴は言う。




「まったく…みじめなものだ。虫ケラのように思っていた貴様相手にこのザマとはな…だが事実、私は貴様に敗れた。敗者にはいかな弁も惨めな言い訳にしかならない。満足か、ククール。貴様の言葉どおり、こんな醜態を晒す私の姿が。」



事実

オレは兄貴は言った。

「あんたはみじめに生き延びろ。」



事実

兄貴はオレの前に“みじめな姿”で膝をつく。




兄貴は自分の傷を眺め、他人事のように語る。

「魔力も尽きた…これは助からんな…」

事実

これは間違いなく、致命傷。




兄貴はオレを見上げ、他人事のように笑う。

「法王庁は、お前自ら手を下せと命じたか?」


オレは黙って首を振る。

事実

オレが受けた命令は一つ。


「マルチェロの首を、なんとしてでも持ち帰れ。」



事実

オレはその命令を受け入れた。




そうでなくとも、誰かが兄貴を殺しただろうから。







兄貴はオレを見上げる。

事実

その顔からはみるみるうちに血の気がひいてゆき、かつて兄貴が身に纏ったあの純青の聖堂騎士の衣服のような色になっている。

兄貴は力も失せていくだろうその手で、剣をしっかりと握る。

オレは、兄貴から剣の切っ先を離さない。




「家族殺しは大罪らしい…」

兄貴は口にすると、事実、その剣を逆手に持つ。



「せっかく、救世の勇者となったのお前だ。無駄にその身を、そんな大罪に汚させるのも気の毒というものだ…」

兄貴は独り言のように呟くと、事実、その剣を己が首筋にあてがった。




事実

そこは頚動脈。




「…ククール、私は貴様に“兄殺し”の大罪を背負わせない。貴様にそんな一滴の慈悲をかけてもよかろう…“不肖の兄”として“弟”の貴様への、最後の最後の、一滴だけの思いやりだ」

“不肖の兄”として“弟”の貴様への…

事実

兄貴はそうオレに言った。






「どうしてこうなっちゃったんだ…兄貴…」

事実

オレの口にしたのは、今更言っても仕方のない、愚痴。




「オレと兄貴は、母親が違うとしても、世界でたった二人きりの兄弟なのに…どうして、どうしてこうなっちゃったんだ…」

事実

オレの口にしたのは、今更言ってもどうにもならない、繰言。




「もし、親父が兄貴を家から追い出さなかったら。
 もし、マイエラ修道院であんな出会い方をせずに済んだら。
 もし、修道院でオレと兄貴が仲良くなれてたら、
 もし、オディロ院長があんな死に方をしなくて済んだなら、
 もし、兄貴がオレをあんな形で修道院から追い出さなかったら、
 もし、兄貴が法王暗殺なんて企まなかったら、
 もし、オレと兄貴がゴルドで殺しあわずに済んだなら。
 もし、兄貴があの後、オレに救いを求めてくれたら。
 もし、法王庁より先にオレが兄貴の行方をつかめていたなら…」



「もし、ここで勝利したのが貴様でなく私だったなら…私は“もし”などという反実仮想の言葉を、決して口にはしなかっただろうな…」


常人ならとうに意識を失っている出血量。

蒼白な顔ながら兄貴は、事実、聖堂騎士団長の時のような倣岸な冷笑を浮かべ、オレの言葉を切り捨てた。




「この世には“事実”という名の結果しかない。“もし”という言葉をいくら並べても、事実は事実、仮定は仮定だ。“事実”私は破れ、“事実”私は死ぬ。ただそれだけが“事実”だ。」




「でも、オレと兄貴は“事実”兄弟なんだよッ!!」




兄貴は、事実、ただ、冷笑する。







「“もし”貴様が弟でなかったら、私は貴様を憎みはしなかっただろうに…」




兄貴の首筋に食い込んだ兄貴の剣は、兄貴の生命を“事実”完全に奪い去った。












オレは、完全に崩れ落ちた兄貴の肉体にのろのろと歩み寄り、兄貴の心臓を“事実”正確に串刺しにする。


事実、完全に生命の鼓動消え去ったその肉体から、“事実”兄貴の頭部を切り離す。




事実、二度とその緑の瞳を開くことのない、事実、ずっしりと重いそれは、事実、決して蘇り得ない。














反実仮想

事「実」に「反」し、「仮」に「想」う。




反実仮想

もしーならば、ーだろうに






“もし”オレと兄貴が再び生まれ変わる事が叶うならば、




“もし”オレと兄貴がもう一度兄弟になれるのだとしたら、









今度は“もし、弟であっても”愛して下さい…





2007/1/15




もうすぐ大学センター試験なのにちなんで、古典文法の構文「ましかばー、まし」です。

古文の問題で反実仮想が出てきたら、必ず「事実はどうであったか」を押さえましょう。反実仮想は文章の要所に使われることが多いため、これを押さえることが設問解答のポイントとなります。受験生の皆さん、ここ、重要ポイントですよー。

えー、拙サイト閲覧者の方々は「どうしようもない・救いようのない兄弟」がお好きなようなので、救いのないお話を書いてみました。




そして「あんまりに救いがない」と言われたので、ちょっとだけ救い?(アホモ)を下にのっけてみました。哀しい余韻が台無しになってもいい方は、ずずとっドラッグよろしく♪






































こんな現代版兄貴は…ちょっとイイ 出張番外編 「ある日の朝食」



クク「あー、兄貴の作ってくれる朝ごはんはやっぱり美味しいなー♪」

マル「“朝ごはん”?…フン、ホストの貴様にとっては就寝前の食事だろうが。」

クク「でも、美味いコトには変わりねーもん♪おかわりー♪」

マル「五月蠅い、私は今から仕事なのだ。そんなもの自分でよそえ!」

クク「…(いきなりとても哀しそうな顔になる)」

マル「…なんなんだいきなり。」

クク「兄貴、オレのコト愛してる?」

マル「は?寝てもいないのに何を寝ぼけたことを…」

クク「(すごく真剣な顔で)いいから答えろよ。」

マル「冗談ではない。なんで私がお前を…私とお前は兄弟だろうが!」

クク「…じゃ、キライなの?(とても真剣な目で)兄貴はオレがとってもキライなの?」

マル「…お前はバカでロクデナシだが…まあ、それを除けば、嫌う程ではない…だいたい、お前と私は、半分はいえ兄弟なのだ。そんなお前を嫌う事は、詮索すれば、己自身を否定することに…」

クク「わーい♪オレも兄貴大好きー♪すきすきすきすきー♪本当に大好きー♪一生離さないー!!(抱きつきっ)」

マル「うわっ!!いきなりなにをする貴様!!離せっ!!だいたい私は、別に貴様が好きなどとは一言も…(なんて言いつつ、うっかり押し倒される)」

クク「(満面の笑みで)つーワケで兄貴、オレたちの愛を確認する行為をしよーぜ♪だいじぶだいじぶ、講義なんて電話一本で休講に…」

マル「死ねっ!!(痛打)」

クク「へぷしっ!!」




現代版は、「生まれ変わって仲良くする兄弟話」なので、ククの「反実仮想願望」は叶ったようです、ヨカッタね、クク。ただ君、「弟として愛して」って意味を、壮大に取り違えてるよ? inserted by FC2 system