話せない話

竜神王の里に行ったら、グルーノじいちゃんが書きたくなったので書いてみます。
けっこうイヤな話ですので、ご注意ください。

お題:悶死







ウィニアとエルトリオの昔話が終わると、エイタスは嘆息した。

角兜のヤンガスが、いかつい顔に似合わぬ涙目をしてみせる。 赤毛のゼシカが危惧した顔を見せる。






「これが、儂に話せるすべてじゃ。今まで黙っていて本当にすまなかった。ふがいないこの老人を許してくれ。」

銀髪のククールが、疑わしそうな表情を儂に向ける。

儂は素知らぬ顔。


聖堂騎士として、虚偽と偽善の中で生きてきたというこの男は、儂の何かを本能的に嗅ぎ取ったのかもしれん。

だが、儂は嘘偽りは述べてはおらん。

儂は確かに「儂に話せるすべて」を話した。




「話せない」話は、「話せない」が故に話さぬよ。

そして、儂が話さねば、そんな真実は儂と共に墓穴に埋められるだけよ。










声がしたのだ。

竜神族は耳聡い。

だが、他の者たちが気付かぬその声に気付いてしまったのは儂だけだった。


竜神族の門の向こうから、若い男の声がした。

「開けて…開けてくれっ!!」

ふり絞るような声。

魔物の気配。

血の臭い。


姿を見ずとも、その若者が傷つき、そして背後に迫る魔物の気配に怯えていると分かった。

そして、その傷ついた若者が、サザンビークのエルトリオ王子であることも。




儂の最愛の娘は、この若者と恋に落ちた。

それは竜神族として許されぬ恋であり、儂はだからウィニアを引き戻した。

それが親として、愛する娘の為であると思ったことは事実だ。

だがそれが、男親としての嫉妬とは無縁であったとは、自信をもって言えない。


儂は確かに、エルトリオ王子に言った。

「どうしても諦めきれぬというのなら、竜神の里まで追うて来るのじゃな。」

と。


「…辿りついた…僕は辿りついたぞっ!!ここが竜神の里だろう!?」

まさか、本当に人の子が来れるとは、夢想だにしなかった。


「あ、開けてくれっ!!頼むから、開けてくれっ!!」

「…」

竜神の里の門は、竜神族の血をひく者しか開けられぬ。


「ウィニアっ!!お願いだ、ウィニアに会わせてくれっ!!」

人の子としては稀有なその力と勇気に敬意を表して開けてやれば良い。

きっとそうなのだろうな。

さあ開けてやれ、グルーノよ。

そして、「勇者」の名に相応しい彼を、娘の婿として迎えてやれ。




「開けるものか、人の子よ。」

門の向こうの声が止まった。

続いてしたのは、魔物の声。


「貴様っ!!グルーノぉっ!!」

断末魔の声が、儂を呪った。










人の子の死骸があると伝えられたのは、しばらく経ってからだった。

「…これはウィニア嬢の…」

確認を求められた儂は、何事もなかったように頷く。


「これは、お嬢さんには見せられませんな。」

ズタズタになった死骸を見て、使用人が言った。



泣き叫ぶ我が娘。

儂はただ、可愛い娘の悲嘆を見守るしかない。

泣くがいい、我が娘よ。

泣いて泣いて、そしてあの人の子のことは忘れるのだ。

我らは竜神族、どのみち添い遂げられぬ運命であったのだよ…もし、あの人の子を生かしておいたにせよ。


娘は涙涸れるまで泣いた末に、こう言った。

「あなたとの子どもがいるのよ、エルトリオ。」

「何っ!?」

「なのに、どうしてここまで辿りついてくれなかったの!?あと少し、ほんの少しだったのにっ!!」

娘の告白の衝撃に、儂は発してはならない言葉をつい漏らしてしまった。



ウィニアの顔が、ひたりと儂に向いた。

沈黙と沈黙。

ついに目を逸らした儂に、ウィニアは言った。

「人殺し、死んだとしても、ぜったいに許さない。」


儂は言った。

儂は声の涸れるまで訴えた。

これはお前の為なのだと。

お前が大切だから、お前の為にしたことだと。


だがウィニアは、二度と儂に物を言わず。

自らの体内にある命をいとおしみながらただ衰弱し、あの人の子との間の子を産み、そして儂を許すことなく死んだ。










「だがあの悲劇がなければ、わしらはエイタスという勇者と出会うこともなかった。」

会議場で、長老の一人がエイタスを見上げて感慨深げにそう語る。


「…」

エイタスは、「あの悲劇」の言葉に、困ったような笑みを浮かべる。




人の子と交わらぬ竜神族が、人の子に恋してしまったのは、「悲劇」。

その人の子の死に悲嘆の余り、子を産み落とすと同時に死んでしまったのも「悲劇」。

半ばは竜神族の地をひくその子を地上に追放することになったのも「悲劇」。

だが、その「悲劇」が結果的に、儂ら竜神族を救うことになった。







会議場を出ても浮かぬ顔の我が孫に、儂は言う。

「あやつの言う事は気にするな。お前に救ってもらったとはいえ、まだまだ竜神族と人の子とは打ち解けられぬものじゃ。」

「いいんです…」

ずっと一緒に居たが、祖父としての儂とはほぼ初対面の我が孫は、まだまだぎこちない口調で儂に言う。


「おじいさん…僕はずっと思っていました。僕は捨て子だと。僕の両親は、僕が要らなくなったから捨てたんだと、ずっと思っていました。」

「…」


「でも、そうじゃなかったんですよね。父と母が心から愛し合って僕が生まれたんです。父は母を心から愛していたからこの里まで追いかけて来たんです。母 は父を心から愛していたから、その死に耐えがたいほどの衝撃を受けたんです。そして…」

我が孫よ。

儂の掌中の珠であったウィニアの、唯一の忘れ形見よ。

お前の目は、なんと澄んでいる事か。


「おじいさんは、僕のためにネズミの姿になってまで地上に降りて、ずっと僕を見守ってくれていたんです。」

苦労したというのに、一点の染みもお前の魂には付いていない。


「僕は、見捨てられたと思っていた家族に、本当は恵まれていたんです。」

我が孫よ。

我が最愛の孫よ。

ネズミの姿をとることなど何でもない。

儂はお前の幸福の為なら、如何なる苦難も惜しむまい。




だから我が孫よ、儂はお前の魂を穢す一切の真実を墓まで持って行こう。

お前の祖父が、お前の父を見殺しにし、お前の母に呪われたなどという真実は、お前を苦しめるだけだからな。




「ああエイタスよ、我が孫よ。父も母も、もちろん儂も、お前を心から愛している。」

「ありがとう、おじいさん。僕をずっと見守ってくれていて、本当に、ありがとうございます。今更だけど。」




我が息の根が止まるまで、我が体が冷たい躯と成り果てて、二度と息吹を発さぬものと成り果てるまで、儂は話すまい。




お前の為じゃもの、エイタス、我が孫よ。





2010/2/7




竜神の里の門は竜神族以外の人は開けられないので、ほんとはエルトリオ王子はあそこまでは辿りついてたんだけど、締め出しくらって魔物に殺されたんだったらイヤだなーって話をどこかで見て、そして事実、自分のプレイで竜神の里の直前まで来ながら、今更3Dの方向感覚が狂ってどっちに行ってるんだか分からなくなって(地図がないとそれが怖い)、あやうく門が見える位置でベリアルにベキラゴン死させられるところだったという恐怖体験をして、思いついたお話。
結局、本当のところはどうだったかってことはグルーノさんが語ることを信じるしかないので、あの人にウソつかれてたらどうしようもないんですよね。なんで、娘と娘の恋人に呪われつつも、決して孫には真実を話さない決意をするグルーノさんを書いてみました。
グルーノさんがウィニアとエルトリオとの仲を引き裂いた理由は「種族の違う二人が幸せになれるはずがないし、そもそも掟違反だから」ですが、実の所「王子さまだかイケメンだか知らんが、お前なんぞに可愛い娘をやってたまるか、人の子のくせに!!」という、一人娘を溺愛するお父さん的理由が大きかったんじゃないかなあとも邪推します。

ところで今回のタイトルですが、決めた後に「ダウンタウンのすべらない話みたい」と思って、ちょっとイヤな気分になったことはヒミツです。
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