Engage Ring

お題:毒死



設定:ED後、行方不明となった兄を捜し求めたククールは、ついに兄マルチェロと再会した。

























「やはり来たのか、ククール。」

オレの姿を認めた兄貴は、開口一番にそう言って、驚いたことに




オレと初めて出会ったときを思わせる微笑みを、オレに向けた。










最良でもとびきりの罵声。

最悪なら…すぐさまオレの前から身を翻す事を予想していたただけに、オレは予想を遥かに超えた兄貴の対応に戸惑い、何を言っていいのかわからなくなった。







「そんな所で立っていないで、中へ入ったらどうだ?」

兄貴は微笑んだまま、粗末な家へとオレを招き入れた。















「取り立てて言うほどのものはないが、ちょうど夕飯の時間だ。」

兄貴はオレに暖かい葡萄酒を出すと、ぐつぐつと煮込まれていい匂いのする鍋の方へと歩み寄った。




オレは葡萄酒に口をつけるのも忘れて、かつての目の覚めるような青い制服とは似ても似つかぬ、粗末な衣服を身に纏った兄貴の後姿を目で追うばかりだった。




「お前は羊肉は好きだったかな。」

オレの口が忘れた返答を、オレの腹が代わってしてくれた。




「そうかそうか、そんなに空腹か。」

そう言う兄貴の口調には、かつてのような厭味がまるでなかった。



「それ、ククール。大したものではないが、大盛りにしておいたぞ。」

兄貴の、かつてなら聞くことすら叶わなかった優しい勧めに押されて、オレはスプーンを手に取った。










兄貴は、スプーンを動かすオレの手元を、緑の瞳でじっと眺めるばかりで、自分は食事に余り手をつけようとはしなかった。


オレが問うと、

「いや、さすが若いだけあって、よく食べるものだと思ってな。」

と、うっすらと微笑んだ。




だって、兄貴を探すのに必死で、ここんとこロクなもの食べてなかったから。


オレが言い訳がましく反論すると、



「そうか、そんなに必死に私を探してくれていたのか…」

兄貴は、オレの忙しく動く手つきを見つめたまま、独り言のように呟いた。














食事が終ると、兄貴はお湯で割った葡萄酒と、つまみの山羊のチーズを出してくれた。


その頃には、オレはようやくこの“優しい兄貴”に慣れ、薄いとはいえ葡萄酒の勢いも手伝って、怒涛のように兄貴に話し始めた。








暗黒神ラプソーンはオレたちが倒したこと。

オレは聖堂騎士を辞めたこと。 法王庁は兄貴を追ってはいるけれど、実は見つけたらそれはそれで始末に困るので、兄貴がひっそりと暮らしているのなら別段構う気はないということ。

オレは兄貴にそれを伝えたくて、世界中を旅していたこと。



そして




「…その指輪は、お前がまだ持っていてくれたんだな。」

兄貴は感慨深げに、オレの手元を見つめた。








兄貴の代名詞のような聖堂騎士団長の指輪だから、兄貴にどうしても返さなければならないと思ったことを。

オレは更に勢い込んで、オレの思いを説明した。




更に、オレは付け加えた。









どうして、オレにこの指輪をよこしたのか、と。











「…どうしてだと思う?」

兄貴は謎めいた微笑で、逆に問い返した。




オレは頭を捻った。




オレに聖堂騎士団長になれってことだったの?

オレの問いに、兄貴はやっぱり謎めいた微笑を浮かべるだけで、答えを言ってはくれなかった。













オレは、聖堂騎士団長の指輪を、自分の指から抜こうとした。


オレはこの指輪を兄貴に返しにきたのだから、当然だ。

兄貴が今、聖堂騎士団長ではないとかいうことは、オレにはどうでもいい。




この指輪は、兄貴のものであるべきなんだ。

少なくとも、オレにとってはそうなのだ。









「…」

兄貴は唇を閉じたまま、オレの手を押さえ、それを止めた。


どうして

オレの問いに、兄貴は黙って首を振った。









オレは兄貴に指輪を返したいんだ。

オレは酔いも手伝って、指輪を外して、子どもが駄々を捏ねるように、兄貴に押し付けようとした。




兄貴はため息をつくと

でも昔みたいに、呆れ果てたような冷たい響きはないため息だった


唇を開いた。










「その指輪は、私とお前の“Engage Ring”だからだ…」

そして、甘やかなその声とともに、兄貴はオレの手を取り、再び、そっと、オレの指に嵌めた。











婚約指輪?




兄貴はそれについての返答のようでなく


「“約束”の印だ、それは…」

と呟き、お湯で割らない葡萄酒で、口を湿らせた。














やくそく?


オレが問い返そうとした、その機先を制するように、兄貴は言った。




「疲れたろう、ククール。もう休まないか?」

オレは、疲れてなんかいない、と答えようとしたが、確かに兄貴に会えた安堵感と、満腹感と、ほのかで快い酔いに満ち満ちた体は、眠りを求めていた。





「ベッドの用意をしよう。お前の安らかなる眠りの為に…」










奥の部屋には、粗末な寝台が一つ。

そう、当たり前だけど、ベッドはただ一つきりしかなかった。






いいよ、兄貴。それは兄貴のベッドだろ?オレは椅子ででも、床ででも、どこででも寝るからと、オレは答えた。


「それでは眠れまい。」

ならそれは、兄貴も一緒じゃないか、オレはあくまでそう拒絶しようとしたが




「私には、“安らかな眠り”は、必要ない。」

兄貴は、奇妙なまでに強く断言した。















オレがベッドに横たわるのを、兄貴はじっと見つめていた。




おやすみ、兄貴。

オレは、そう言った後、なぜかどうしようもない不安感に襲われ、おずおずと付け加えずには入られなかった。




明日になったら…


明日、という単語を聞いた兄貴は、




と唇だけで笑う。




そして黙ったまま、兄貴はなぜか、かつて騎士だった時に貴人に対したように跪くと、オレの手をとった。




オレは、その壊れものでも扱うような手触りに、くすぐったさすら感じて、兄貴に笑いかけようとしたが、兄貴の緑の瞳は、オレの指に嵌められた騎士団長の指輪に向けられていた。








オレは、先ほど感じた疑問を兄貴に向かって口にする。


兄貴、“約束”の印って、なんだ。




「…」

兄貴はそっと笑う。



オレは更に問う。

オレは、兄貴となにか約束をしたのか、と。





「…その指輪を受け取ったお前は、知らず、私と“約束”を交わしたことになっているのだ。」










兄貴はオレの手をとり、その唇にそっと近付ける。




どんな約束?

















「“死”の約束だ…」







オレが手を引っ込める間もなく、兄貴は聖堂騎士団長の指輪に、噛み付いた。




ばちん


かすかな音がして、指輪の印章の部分が開く。







オレは、なにかドス黒いものを、兄貴が舌先で取り出したのを見るだけが精一杯だった。





















兄貴の喉仏が、大きく動いた。











オレは恐る恐る、兄貴に問うた。

兄貴は、緑の瞳に爛々と“生気”を湛えて言った。







「お前が聞きたいことに答えてやろう…私が口にしたのは毒だ。」

オレは、弾かれたように立ち上がると、キアリーの呪文を準備したが、



「貴様ごときに解毒されるような毒を、私が用いるものか。この毒にキアリーは効かん。いや、毒消し草も、神父の祈りも、なにもかもが効かん。この毒は速やかに五臓六腑に染み渡り、その後ゆっくりと臓腑を焼いてゆく…」

兄貴は、心から楽しそうに笑った。




笑う兄貴の額には、かすかな苦悶の皺が現れはじめた。











「臓腑が焼き尽くされるまでには、まだ時間がある。貴様が聞きたいことには全て答えてやろう。“約束”とは何か、と聞きたいのだろう?」

兄貴の息が荒くなる。




「ククール、貴様は私が貴様の事を見もしない、そう思っていたかもしれんがな。私は、貴様が思うよりもずっと、貴様の性格を良く知っているのだ。どのように?貴様が、あの時去っていく私をその場では追えない事も、私が騎士団長の指輪を渡せば捨てられはしないことも、かといってマイエラに戻り自らが団長になろうなどとはしないことも、そして、私を追うこともなっ!!」

吐き捨てるように言い放つと、兄貴はドス黒い血を吐き出した。


兄貴はそれでも倣岸に立ち尽くし、オレを見下ろすことを止めようとはしなかった。




「ふふん…貴様が私を探し当てられないくらい無能であったり、その指輪を無駄にいじくり回して内部の空洞と、毒薬の存在に気付くくらい好奇心に旺盛であったりしたならば、それも天命と諦めようともしたがな。貴様はそのどちらでもなかった…私の無言で示した“約束”に忠実に、その指輪を再び、そのまま、私の元にもたらしてくれたというわけだ。」













オレに、何が出来たのだろう。


オレは、浮かんだ涙を、こぼれ落ちないようにして、どうしてそんなことをしたの、とかすれた声で言うので精一杯だった。











「貴様が憎いからだ。」

兄貴は、ドス黒い血を手の甲で拭い、そんな凄惨な光景に似合わぬ穏やかな口調で言った。










「貴様が憎い。

生まれた事で、生家での私の居場所を奪った貴様が。
それなのに、のうのうとマイエラ修道院に姿を現した貴様が。
弟であることを拒絶したのに、それでも兄と私を呼ぶ貴様が。
ようやっと修道院から追放してやったのに、のうのうと旅先で私の前に現れる貴様が。
我が野望が叶わんとしたその頂点に、私の全てを打ち砕いた貴様が。
私の存在理由の全てを奪い去っておきながら、それでも我が肉体を常世の闇から引きずり上げた貴様が。
私に、死ぬことすら許さなかった貴様が。

貴様の存在そのものが憎いっ!!!」










ごぶり

兄貴は、大きな血の塊を吐き出した。



苦悶の皺も大きくなり、額からは冷や汗がぽたぽたと流れおちる。










そしてついに、兄貴はあの時のように膝をついた。







オレは駆け寄る。





兄貴は、凄惨な面持ちで、オレの顔を覗き込んだ。











「私は言ったな。

『私には安らかな眠りは必要ない』

と。今、こうして苦悶に焼かれ、死しては地獄の業火に焼かれる私には、未来永劫、安らかな眠りなどは訪れまい。だからククール…“我が弟”よ。貴様には生有る限りの“安らかな眠り”を贈ろう。その指輪は約束の証だ。貴様はその指輪を見るたびに、私の死に様を思い出すだろう。だが、貴様には決して、その指輪を外すことは出来まい。貴様は生有る限り、意識有る昼の時も、夢に泳ぐ夜の時も。それが私から、心から憎悪した貴様への“約束”だっ!!!」







兄貴は、再び、オレの指に嵌められた指輪に、噛み付くような口付けをした。




どろり

とした血の塊が、べっとりと指輪とオレの手につく。











兄貴は、満足げに微笑むと、がたりと倒れこみ、そして、動かなくなった。













オレは、兄貴を引き起こすことも忘れ、泣くことも忘れ、兄貴の血まみれになった指輪をじっと見つめる。




ああ、兄貴の言うとおり、オレは二度とこの指輪を外せまい。

そして、安らかな眠りは、二度と訪れまい。











オレは兄貴に“engage”d されてしまった。





2007/8/13




おきょーさまへ、無断で貴サイトのネタを頂きました、ごめんなさい。設定やストーリー展開も、ほとんどそのまま頂きました、重ね重ねごめんなさい。

この話を書く上で「エンゲージリング」を辞典で引いてみましたが、「engage ring」は和製英語で、正しくは「engagement ring」というらしいですね。(「engagement」は約束・契約の意味)ですが、別にこのサイトで正しい英語を学ぼうとする人間はいないと思うので、大人しく耳に馴染みのある和製英語にしてしまいました。
某ゲーム(女神転生シリーズの、「ソウルハッカーズ」という古いゲームですが)の天体博物館というダンジョンに、「エンゲージリング」というアクセサリが登場し、またそれが、ショボい能力値の割に仰々しく宝箱に入れられて、しかも「哀しい思い出が秘められたリング」って説明までついているので、なにかイベントアイテムだろうか、と思って大事に持ってみたものの、なんにもなかったという思い出が、このタイトルの由縁でもあります(どうでもいい割に長い説明)
かくして、呪われてしまった「聖堂騎士団長の指輪」のステータスは「攻撃力 +10 かしこさ +10 呪われている 装備:ククール(他の人は嵌めたくない) 特殊効果:宿に泊まると、もれなく兄貴の夢が見られる(悪夢のみ) さらにたまに、白昼夢で兄貴の夢も見れる」

しかし、弟に無茶苦茶にされた人生の復讐の為に、自分の命を代償に弟の人生を滅茶苦茶にしてやろうと、遠大な計画をかける兄貴って…どこまで人が悪いんだろう。

では、この死にネタシリーズ好例?の、アホい続きに参りましょう。毎度ですが、いい話で終りたい方は、見ちゃだめですよ。













































クク「ザオリクーぅーっ!!!」

マル「(がばりっ!!)な…何?(血塗れだけど、HP満タンで復活する)…き、貴様、何をする?というか、何をしたっ!?」

クク「へっへー、普通のザオリクじゃなくて、スーパーハイテンションのザオリクにしてみたもんねー。」

マル「何を阿呆な試みを!!イベント死亡は、ザオリクでは復活せんはずだぞ!!ゲーム世界の理を乱すな!!」

クク「DQ世界のKY(KUUKI YOMENAI)な兄貴に、何言われたって応えないモンねー。これを“いんがおーほー”ってゆーんだぜ!?(抱きつきっ)」

マル「愚か者、離せっ…って、なんで縛り上げてあるのだ!?」

クク「オレ♪(にたーり)オレちゃんと考えたモンね。兄貴がオレの事そんなに嫌うなら、ちゃんと兄貴にオレのこと“好き”になってもらおうって。好きになってくれないなら“好きにならせよう”って…ほら、人はスキンシップを重ねることで、仲良く…」

マル「ぎ…ぎゃああああああ」


マルチェロらしからぬ悲鳴があがったあと、どうなったか…それはどんな記録にもありません。
きっと兄弟“仲良く”一生を暮らしたんでしょう、そういう事にしておきましょうよ。
inserted by FC2 system