Sleeping Beauty

お題:凍死



設定:ED後、背教者マルチェロは捕らえられ、極刑を宣告された。

























雪よりも猶白い肌。

夜よりも猶黒いその髪。



決して開かれることのないその瞳の色は、しかし、忘れられぬ緑柱石の色。







肉の薄い唇からは、吐息が漏れることはない。

高く整った鼻梁には、恐らく空気の一息も通うことはない。



決して聞くことの出来ぬその声は、しかし、忘れられぬ艶を帯びていた。







法王たる自らの許可なくしては、何人たりとも出入りできぬこの部屋。



呪われし冷気に包まれたこの氷の牢獄に眠るのは、何人をも嘗て犯さなかった罪を犯した大罪人。




女神に仕える身でありながら女神に背き、

暗黒神の力で我が野心を叶えんとし、

聖者たる先の法王を弑逆し、

そして、聖地を崩壊させた男だった。




名?

その男に、もはや名はない。



男は、全てを剥奪されたから。




儂自らが、この男から全てを剥奪したから。

















この男が捕らえられた際、この男の処分を巡って法王庁は紛糾した。




「焼いてしまえ。」

最も多かったのは、その言葉。

現し世でその身を業火で焼かれ、地の獄でも永遠にその身を焼かれれば良い。

高位聖職者の多数を占めたその意見に意を唱えたのは、他ならぬこの儂であった。




「女神の慈悲は遍きという…」

その言葉に、男その当人が冷笑を浮かべた。



審問の場での他の聖職者たちも、慈悲が注がれるものと早合点し、非難がましい視線を儂に向けた。




「女神の慈悲は遍きと言う…地の獄に堕とされし大罪人すら女神は慈悲をおかけになる…ならば、火刑すら、堕地獄すらっ!この男の犯した罪には生易しい…」

聖職者たちは、予想外の儂の発言に沈黙した。

儂は、静かに言った。




「なればこの男には、女神の全ての慈悲が届かぬ場に送ろう。永久に、永遠に、誰も、何も、この男を救うことが叶わぬ場に。」














男は眠る。

氷の棺の中に、永久に眠る。






永遠の呪いの眠り。

二度と決して目覚めることのない、目覚めさせる術もない、眠りにつく男。








この男の弟が問うた。

棺の内の兄の姿を見、呼びかけても決して応えぬ兄の姿を確かめて、儂に問うた。




「兄貴を目覚めさせる方法は、ないのか?」

儂は答えた。

「ない。」

弟は猶も諦めず、儂に食い下がった。

「この氷を溶かしたら、目覚めるんじゃないのかっ?」

儂は答えた。

「さすれば、死ぬだけじゃ、ククールよ。氷を溶かせば、お前の兄は死ぬ。溶かさねば、決して死にはしない。ただこうして、時が果て、世界が滅びるまで眠り続けるだけよ。」



弟は、氷の棺より猶鋭く青い瞳を儂に向けた。




「死してはおらぬから、女神に慈悲を祈る事も出来ぬ。女神の御許におられる筈のオディロ院長はもとより、罪に苦悶する、ゴルドで死した輩に地の獄で会う事すら出来ぬ。お前の兄は、自らの犯した罪によって、永遠に孤独なまま、氷の中で眠り続けるのじゃ。」

「…兄貴を“救う”には、兄貴を殺すしか、ねえってのか?」

弟は武器こそ持ってはいなかったが、かつて暗黒神をも滅ぼした彼の魔法の力をもってしては、完全に無抵抗のこの男を殺すことなど掌を返すよりも容易いことであったろう。



いや、腹立ち紛れに、女神の代理人たる儂を殺すことさえ、容易いことであったろう。




「察しが良いのう、ククール。眠る兄を地獄に送り届けたいというのなら、そうするが良い。弟の兄を思うあまりの行動を、儂は咎めはせぬ。」

弟は、視線で人が殺せるものなら儂を間違いなく殺したであろう視線を向けた。




儂は、それを見返した。




「法王たる我が身を相手に、無駄な罪を犯さぬよう先に忠告しておくが、儂を脅したとて無駄じゃ。もはや女神とてこの男を生きたまま目覚めさせる事は叶わぬっ!!」

いい放ち、儂は僅かな愉悦すら覚えつつ、弟の一挙一動を見守った。






呪文を唱えかけ、弟は、再び兄の顔を見つめた。




眠るがごとく…いや、事実、眠り続ける兄の、氷の彫像のごとき相貌を見つめた。




沈黙




互いの心音すら聞こえる沈黙の中、男の微かな心音が、氷の棺に反響した。







「っ!!」

今にも泣き出しそうな相好で、男の弟は踵を返した。




儂はそれを見送り、満身を勝利感が駆け巡るのを感じた。













儂は男の、名匠が渾身の力を込めて彫り上げたような面立ちを眺める。



かつてはその瞳をしかと開き、その奥に野心を燃え上がらせていた男の、二度と再び開かれぬ瞼を、そ、となぞる。




指が凍りつきそうな、冷たい肌。




かつては温かだった、そして時には火酒のように熱くもなった肌は、今は、死人よりも冷たい。











最後の慈悲、と、眠りにつく際に身にまとう衣服に付いて問われた男は、怯えの色もなく、だがさすがに諦観の色を浮かべて答えた。


「なれば、聖堂騎士団長の制服を…私の人生の大きな部分は、望むと望まざるとに関わらず、この制服と共にあったのだから…な…」








青い、一滴の汚れもない聖堂騎士団長の青い制服を身に纏い、男は、眠り続ける。


氷の棺に入れられてさえいなければ、ただまどろんでいるだけのような、穏やかな面差し。




だがその眠りは、女神の広大無辺の慈悲すら届かぬ、禍々しい呪いに犯された眠り。

二度と再び目覚めぬ眠り。










儂は男の、決して若くはないのだが、それでも老いの翳すら忍び寄ってはいないその肢体を眺める。

時に育まれた色香と、天然の美貌の、その絶妙の融合の極致のまま、永遠を過ごす男の顔を眺める。





儂は既に老いに侵されている。

そもそも美しさなど持ち合わせぬ儂の体は、老いにも侵され、魂の高潔さなど一欠けらも持ち合わせぬ儂の体は、先の法王のような老いと時にむしろ鍛えられた荘厳なる姿とは似ても似つかぬ、老醜の身をさらすだろう。






儂がどれほど年老い、

儂がどれほど醜く成り果てようとも、


この男は、永久にこの美しい姿のまま、眠り続けるのだ。



儂が死に捕らえられ、

法王の名の元に壮麗なる棺に納められ、

だがその中で無残に腐り果てていこうとも、


この男は、氷の棺の中、永遠に若い姿のまま眠り続けるのだ。










幼き頃。

乳母に聞かされたお伽噺の中で、邪悪な魔女に眠らされていた麗しの姫君は、やはり麗しの騎士の口付けで目覚め、そして二人は幸せに暮らした…と結ばれた。




だが、儂は思う。

麗しの姫君は、永遠に目覚めなければ永久に若く美しいまま、幾多の騎士たちを寄せ付け得ただろうに。


目覚めてしまった彼女は、いずれ時に侵され、老いに蝕まれただろうに。







翻って。


儂は麗しの騎士ではなく、醜い中年男に過ぎない。

眠る男は麗しの姫君ではなく、女神にすら見放された大罪人に過ぎない。



女神にすら見捨てられた男には、女神のもたらした老いも死もその体に近付くことはない。











ため息は、白い色で吐き出される。

儂の体も寒さに冒されてきた。


もう、この部屋を出ねばならない。





儂は、眠る男に声をかける。

儂が法王の名において、余人に口にすることを禁じたその名で。









「マルチェロ…」

余人には口にすることを禁じたその名の響きの、なんと甘美なことか。

世界中で、ただ儂だけが、その名を呼ぶことが出来るのだ。




「マルチェロ…」

儂はもう一度、ただ儂だけが独占し得た名を呼び、その歓喜に身震いし、その唇に触れる。


もちろん、我が唇でその唇に触れるような真似はしない。

美しいものを汚したくないから。





儂は指の関節で、そっと、その形の良い唇に触れ、その感触をそのまま、己が唇にそっと当てた。














わが肉体が老い朽ちるまで、その凍える唇の感触は、儂だけのもの。








その後は、ただ…





2007/2/22




ハヤカワ文庫(SF)+谷崎潤一郎(『眠り姫』)+純情中年=この駄文

昔よんだSFで、未来世界では死刑というものはなくなっていて、死刑に相当する罪人には、永久冷凍睡眠の刑が科せられる(うっかり誤審だった時に目覚めさせられるように)ちゅー話がありました。更に、谷崎の『眠り姫』は、そんじょそこらの遊びに飽きた金持ちの中年のオッサンどもへの悦楽の提供として、眠らせた全裸の美少女を“ただ眺めて、ちよっとだけ触って、愛でる”という秘密クラブがある…というお話です。そこらをミキシングして、そこに純情中年ニノさまを絡ませたら、こんないろいろと気色悪いお話が出来ました。

厳密に言うと「凍死」してはいないのですが…まあ…いいよね

拙サイトのニノさまは、一言で言うと、“麗しのお姫様と恋をする白馬の騎士様になりたかった”オッサンです。
麗しのお姫様に恋焦がれ、白馬の騎士さまに憧れ…という事を長年続けていった末に、お姫様属性と騎士さま属性がイヤな感じでミキシングされて、マルチェロのような“つれないお姫様属性の騎士様”に惚れこんでしまったのではないかと…いやあ、気の毒な方ですな(笑)

そしても一つ最後に。
べにいもは別に、マルチェロが美形だなんて欠片も思っちゃいません。じゃあなんでその割りにマルチェロの形容詞がスゴいのかって?

そりゃあ…ニノ様のラブラブ補正がかかった視線だからですよ。



チャットで、この後マルチェロはどうなったのかとかいろいろと話が盛り上がったため、一応、アホモい続きを書いてみました。
毎度ながら、読後感だいなしなアホモなので、反転ヨロシクです。




ニノたま「マルチェロー♪(愛しくてたまらん口調で)今日も会いにきたぞ…おお、相変わらず美しいのう。」

マル「…」

ニノたま「立てば芍薬、座れば牡丹、歩く姿は百合の花…と言うが、眠るお前も、青い薔薇の華のような美しさじゃ…(うっとり)儂の命が尽きるまで、毎晩毎晩、穴の開くほど見つめてやるからのう…エフフ」

マル「…」

ニノたま「…誰じゃっ!?」

愚弟「ちょっと待ったぁっ!!」

ニノたま「…貴様…ククールっ!?どこから入りこみおった!?」

愚弟「やっぱりあんたなんかに兄貴は渡さねえッ!!兄貴はオレんだ!返せっ!!」

ニノたま「何をバカなコトを…マルチェロは法王庁管轄の大罪人で、そして儂は法王じゃ。つまりマルチェロは儂のものじゃ!!」

愚弟「バカはあんただ!!兄貴はオレの兄貴で、オレは兄貴の弟だから、つまり兄貴も眠る兄貴もオレのなのっ!!」

ニノたま「やかましいっ!!ウジ虫より忌み嫌われた弟の分際で。そもそも、冷凍睡眠は管理が難しいから、法王庁のこの部屋以外では保管はムリじゃ。分かったらとっとと帰れ!」

愚弟「やだーッ!オレ金稼いだモン!!竜神王倒すついでに、莫大な金稼いだもんッ!!それででっかい冷蔵庫買うもんっ!!兄貴をそこに寝かすもんッ!!んでもって、毎晩どころか朝も昼も夜も、兄貴のうるわしー寝顔を眺め倒すもんッ!!そんなハッピッピ生活をお前なんかに渡してたまるかッ!!」

ニノたま「愚か者ッ!!マルチェロへの愛を下半身でしか示せん貴様などに、“マルチェロをただ眺め愛でまくる”ような高尚な愛し方が出来るものかッ!!だいたい、マルチェロは二度と再び目覚めぬのじゃ。お前の望むような事は二度と出来んわっ!!」

愚弟「そんなコトないもんーッ!!…だいたい、死んでもいないのに“二度と目覚めない”なんてコトあるワケねーじゃん。オレ、闇世界にも隔絶された大地にも三角谷にも行った事あるもん。全世界を回ったら絶対、兄貴を目覚めさせる方法があるはずだもんねっ!!」

ニノたま「ないッ!!」

愚弟「あるッ!!…ぶっちゃけ、オレは“美形の騎士さま”だもん、オレがキスしたら目覚めない筈ないもんッ!!そして、目覚めたお姫様な兄貴とオレは、世界が終るまで幸せに暮らすんだもんっ!!」

マル「…」

ニノたま「…(怒りでふるふる)戯言もいい加減にしろッ!!法王庁がムリだと言ったら、女神とて不可能なのじゃっ!!だから、貴様にマルチェロは渡さんし、顔すら見せてたまるかっ!!帰れ、しっしっ!!」

愚弟「ずうえったい、いやっ!!」



マル「…やかましいっ!!(燭台をぶん投げる)」

愚弟「へぶしっ!!(まともに後頭部に当たった)……(アタマを押さえながらも、振り向いて)…あに…き…?」

マル「…まったく…人が、今までの人生で慢性的に不足していた睡眠不足を解消すべく眠りについていたというのに、静かに出来んのか、この痴れ者ッ!!」

ニノたま「…」

愚弟「…ごめんなさい…」

マル「謝るくらいなら、最初からするなッ!!…ああニノさま、貴方も、この生物にペースにのせられたとはいえ、今少しご配慮頂けませんかな?私は聖堂騎士になってより、毎日の基本睡眠時間を三時間程度しかとってはおらぬ為、この睡眠不足を解消せんとすれば、あと一万八千七百五十八時間熟睡せねばならんのです。」

ニノたま「…ああ…すまん…」

マル「(王者のごとくあたりを睥睨し)それでは、二度とこのような注意を受けることがないように…では、おやすみなさい、諸君(眠りにつく)」



愚弟「…(黙ってニノたまを見る)」

ニノたま「…(おなじく黙って愚弟を見る)」





なんつーか…兄貴ってこーゆー人だから…ね? inserted by FC2 system