自死
自ら命を絶つこと
設定:ゴルドでの生き別れの後、兄を探し出したククールが、兄と一緒に住んでいる。
オレが買出しから戻ると、兄貴はいつもの窓辺にいなかった。
「落ち着くから。」
そんな理由で、兄貴はいつも日がな一日、窓辺で日向ぼっこをしていたのに。
オレは、悪い予感限定でよく当たるオレのカンが働き始めるのを感じた。
シンプルなテーブルの上に買い物を置くと、そこには、手紙があった。
親愛なる我が弟へ |
お前がこの手紙を読む頃には、とうに私の魂はこの世にはなく、おそらく奈辺に堕ちている事だろうと思う。 私はそこで、私が犯した罪に相当する報いは受ける筈だが、かと言って、この世での事をまったく等閑にして死ぬのも無責任というものだろうので、この手紙を残す。 まず、私の死骸の始末についてだ。 その為に、死に方については色々考えた。 剣によって生き、そして剣によって罪を犯した我が身ならば剣で命を絶つのが妥当かとも思ったが、そもそもその死に方だと間違いなく私の血が飛び散り、室内を汚すことになる。 そもそもここはお前の家であるし、発作的な自殺衝動に駆られた訳でもないのに、他人様の家の後始末を困難にするのも不本意だ。 服毒自殺は毒物の入手が困難だし、崖から身を投じると、お前は私の行方を捜して無駄な時を費やすかもしれない。 等々、考えた末に残った死に方が、縊死かこれなのだが、こちらの死に方の方が後の掃除が楽そうなので、こちらを選んだ。 縊死だと、私の体は常人より大柄なので、床まで下ろすのが一苦労だろうが、これなら浴槽が血で汚れても、さっさと水ごと洗い流せばすぐに始末は済むと思ったのでな。 本題から外れた。 私の死は、法王庁も望むところだろう。彼らが私を捜索するのに、躍起になっている事は知っている。 善男善女からの浄財が、それに費やされるのは無駄の極致というものなので、さっさと法王庁に知らせてやってほしい。彼らは嬉々としてやってきて、私の死を確認すれば、彼らは安心するに違いない。 ついでに、「私の死は我が罪を悔いたからだ」と告げてやれば、さぞや歓喜に満ちた面持ちになるだろう。 喜びついでに、罪人の死体は法王庁が始末をつける云々なぞと言って、持ち帰ってくれれば、お前も私の死体を始末する手間が省けるというものだ。 もし。 とは言っても、可能性としてそれほど低いものでもないが、彼らが妙な偽善から、私の死体の始末をお前に任せたら。 ああ、彼らは役にも立たない偽善心だけは多量に体内に詰っているから、そんな事になり得る可能性はやはり高いか。まあ、もしそうなったら、面倒だろうが、私の死体は適度に始末してくれ。 どこに埋められても、苦情を言い立てるつもりはないし、もとよりお前にそんな事を言える義理でもない。 ただ、ここらの山中には獣や魔物が多い。 埋めたはいいが、うっかり獣に掘り返されて私の死体が食い荒らされ、お前がここらの山中を歩く間に、ばったりと私の腕でもくわえた獣と行きあってしまうかもしれないのが不快だというのなら、火葬にするといい。 幸い、ここらの山には燃料となる枯れ木が多いので、さしたる手間もかからずに、火葬用の薪を集める事が出来るだろう。 それと、お前は火葬に慣れてはいないだろうから一応忠告しておくが、薪の上に私の死体をそのまま乗せて火をつけると、温度が上がらずに半焼けになる。手間を惜しまずに、石を組んで、空気が通るようにした方がいい。 骨が残るだろうが、それは好きにしてくれ。 後は特に言い残すこともあるまい。 遺品なども特にないし、身寄りと呼べるのは、弟のお前だけだ。 ああ、発作的な自殺だと思われるのも本意ではないので、何故、私が死を選んだかについても簡単に述べておこう。 最初に断っておくが、お前になんらかの不満があった訳ではない。 お前は私のような兄に、弟として出来る限りの事をしてくれた。 お前を殺そうとした私の命をゴルドで救い、そして、生き別れた私を探し出し、法王庁の追っ手からかくまってくれた。 それは、限りなく感謝している。 お前が提供してくれたこの家で、お前が提供してくれた長閑な生活をしながら私は、私の人生ではじめての、長い思索の時を得た。 私は、自らの半生を思い返し、自らの所業を省みた。 私は、これ以上、生きるべきではなかろう。 私は、そう結論付けた。 もはや私はこの世界で生きるべき場所を持たず、生きるべき意義も持たない。 そして、それでも無理に生きたとしても、お前の重荷になるばかりだ。 私が生き続ける事には、私にも、お前にも、そして世界にも、もはやなんの益もない。 ならばそんな生には、さっさと見切りをつけることが、最良の選択というものだ。 最後に。 付け足しのようで恐縮だが、お前に言っておく。 私が、お前に与えてもらった思索の時の中で、私は思い至った。 かつて私はお前に言った。 「お前など、生まれてこなければ良かったのだ。」 そう、何度も何度も言った。 あれは、完全な私の過ちだった。 言葉で詫びを言えないのが心残りだが、今、この今際の手紙で詫びよう。 すまなかった、ククール。 あれは、完全な私の過ちだった。 であるから、私は、あの言葉を最後に訂正しよう。 「生まれてこなければ良かったのは、私だ。」 メイドの庶子であり、弟を憎む事しか出来ず、そして罪を犯す事しか出来なかったのは、この私だったのだから。 我が弟へ。 お前のこれからの人生に、光と幸福があるように。 |
終
2006/11/14
一言感想「兄貴って間違いなくこんな人だと思う」
こんな人…つまり、後始末の手間を省くためには、風呂桶に水を張ってリストカット自殺で死んだら、掃除が楽だなんて思考は巡らせても、自分が死ぬことによって、弟がどんだけ傷つくかってことには、秋毫も気が行かない人だと思う訳で。
つーか、兄貴みたいな常に脳みそフル活動してないとダメな人に、うっかり思索の時間を長々与えると、考えた結果がこうなってしまうわけで…もっと忙しくさせとけば、こうはならなかったのに、とも思います。
えー…中高生の自殺が頻発している時にこんなネタで話を書くのもなんですが、つまり何が言いたいかって言うと…
軽々しく死を選んじゃダメだよッ!!
あなたは
「自分が死んだって、誰にも迷惑かからないし、自分なんか死んだほうがいいんだ」
なーんて思ってるかもしれないけど、それはあなたが気付いてないだけで、あなたの死が誰かを激しく傷つけるんだよ?
もしどうしても、
「自分には生きてる価値なんかないんだ」
と思えてしまうのなら、自分が死んだら傷つく人の為に、生きてあげて。
あなたが死んで喜ぶ奴の為なんかに、決して死んじゃダメだって。
えー…カリスマ兄弟ホモサイトを閲覧している人に、こんなメッセージが必要な人がいると思えませんが、もしいたら…この話を読んで、少しでも残された人の気持ちを考えてくれたら幸いです。
辛くても、一日でも、二日でも生きて下さい。きっと、そのうち事態は好転します。
つーか
「死んだら、べにいもの明日の作品が見れないよ!?だから、生きてッ!!」
…しかし、よしんばそんな理由で押しとどまれる死なら、限りなく死ぬ必要なんてないよな。