黒い願望、白い希望
元拍手&リク話
「どこへ行っていたのだ?」
兄貴の問いに、オレは心から爽やかな笑みを浮かべて答える。
「ちょっと、外の倉庫に小麦取りに行って来たんだよ。」
んでもって、小麦の袋を見せる。
「ほら、明日はまたパン焼かねーといけねーじゃん。」
兄貴は何も言わずに、そしてオレに興味を失ったかのように、手元の本に視線を戻す。
オレはちょっとそれが不満だけど、兄貴に深く追求されるとボロが出るので、口にも顔にもそれは出さない。
「あ、パンだけどオレが焼こうか?」
「朝寝が得意のお前に任せていたら、私は朝食までの間に餓死する。不要だ。」
可愛くない物言い。
素直に
「私が焼いてやるから、朝はゆっくり寝ていろ。」
つってくれたらイイのに…もっとも、そんな台詞口にしたら、そいつきっと、兄貴に化けた何かだろうけどな。
「じゃさ、明日、町に行ったらオレが買うもの…」
返答の代わりに、既に準備されたメモが差し出された。
「お前の注意力散漫の脳ミソで、用件が全て覚えられるとは思わんからな。」
やっぱり可愛くない台詞。
でもいい、それでもいい。
兄貴がオレと一緒に住んで、こうやって会話して、過ごしていけてるんだから。
森の中にある小さな家。
裏には小さな畑があって、オレと兄貴がちょこっと耕せば、季節によってそれなりの野菜が取れる。
几帳面な兄貴は、畑の掘り起こし方やら、空気の含ませ方までカンペキに研究したらしく、オレがやるとむしろ邪魔だと畑を触らせてくれない。
家には暖炉があって、煮炊きに不自由はしない。
そして、やっぱり凝り性な兄貴は、くだんの記憶力で料理書をカンペキに理解した挙句、「お前が触ると料理が台無しになる」と、台所を触らせてくれない。
それどころか、きれい好きな兄貴は、家の隅々まで、家具の一つ一つまで、チリ一つなく磨き上げている。
分かってる。
兄貴は他に「する事がない」だけなんだ。
この生活を望んだのはオレ。
ゴルドからあのまま姿を消し、恐らくはオレと二度と会う気すらなかった兄貴を見つけ出したのもこのオレだ。
あの時はあんだけ片意地を張ってた兄貴だけど、ホントは身も、そして暗黒神をもねじ伏せていた精神力もボロボロだったんだろう。
オレが兄貴を見つけた時も、もはや逃げようとはしなかった。
そして、オレが兄貴と共に住むことを願った時も、拒むことをしなかった。
あんな事をしでかしておいて、兄貴が今更、人前に姿を現せるはずもなく、ほとんど”専業主夫”状態の兄貴に家事は任せて、オレは生活費稼ぎと買出し専門になっている。
そんな状態だからといって、兄貴が下手に出るはずも無く、相変わらずあんなイヤミを毎度のように叩きつけてくるので、口論なんかはしょっちゅうだ。
いざとなったら、殴り合いくらいする覚悟はあるけど(さすがに暗黒神を倒したオレだから、単体でも兄貴に易々と負ける気はしないし)それでも、この台詞だけは兄貴には言ってないし、言うつもりもないし、いや、死んだって言わない。
「じゃあ、出て行けよ。」
多分、オレがこの台詞を口にしたら、兄貴は何も言わずにここを立ち去るだろう。
兄貴はもしかしたら、オレがこの台詞を口にするのを期待して、あえて昔と変わらないあんな物言いをするのかもしれない。
オレは思うのだ。
もしかしたら兄貴が今、オレとこうしているのは、兄貴なりのオレへの「罪滅ぼし」なのではないかと。
「オレが兄貴ということを望む間」はずっと、オレといることが、兄貴なりのオレへの義務だと感じているのではないかと。
それは、つまり今の生活が兄貴にとっては「望ましくない」ことだってコトで…
オレは、それがツラい。
「だからー、オレの心の慰めはお前たちだけでちゅよー。」
オレが、黒い毛並みをうりうりすると、
なー
という声が返ってくる。
「お前たちは可愛いでちゅねー。どっかの誰かとは大違いでちゅよー。」
オレが、今度は白い毛並みのアゴをうにうにすると、
にー
という声が返ってきた。
きったない物置の中にいるのは、絶世の美青年のオレと、可愛い白黒にゃんこが二匹。
「はいはーい、やっぱり、動物なお前たちでも、命の恩人は分かるでちゅかー。」
オレになつくにゃんこたちにほおずりして、オレは言う。
この猫たちは、こないだ、オレが道で衰弱しまくっているところを見つけて、ホイミと手厚い看護でここまで元気にしてやった。
なんか、どっかの誰かと微妙に経歴がカブるけど、たった一つ、そして決定的に違うのは、こいつらがオレを、命の恩人と崇め、なつきまくって可愛らしい所だ。
どっかの誰かは、”愛玩動物”という代物が大嫌いなので、オレは見つからないようにこっそりと、家からちょっとだけ離れたこの小汚い物置で飼っている。
「もう、ホントお前たちは可愛いでちゅねー。まったくもって、どっかの誰かとは大違い…」
がたん
「まどろっこしい物の言い方をせずに、『どこぞの誰か』が私であると言ったらどうだ。」
「…」
振り向く気すらしない。
だって、他に誰か来るはずねーし。つか、カンペキなアリバイ作ってたのに、相変わらず鼻の効くことで…
「えーっと…どちらサマですかー?」
つまんねーボケをカマして、少し空気を和ませようとしてみたら、
「恩人の恩を忘れた忘恩の徒にして、心の慰めにならない、可愛げのない『どこぞの誰か』だ。」
まったく、空気が和まない言葉が返ってきた。
「…」
「でなんだ?何故にお前はわざわざこのような、空気も衛生もわるい場所で猫なんぞと下らん会話をしているのだ?それがお前の趣味か?理解できんな。」
「…だって、兄貴がまた、『捨てろ』って言うかと思って…」
兄貴はすこし考えると、言った。
「まだあんな出来事を根に持っているのか、お前は!?」
「だってオレ、あん時、マジで兄貴に猫を川に放り込まれるかと思ったんだよっ!!!」
そう、オレがまだガキで修道院にいた時。
今回みてーに猫を拾ったオレは、修道院の物置で、またこっそり飼ってるところを、今回みたく、妙に鼻の効く兄貴に見つかって…
いくら修道院がペット禁止とはいえ、院内規律にめちゃくちゃ厳しい兄貴に、危うく猫を川に放り込まれるところだった。
オレにとって幸い…もちろん、猫にとっても…オレの涙と絶叫と、妙に通りまくる兄貴の怒声を聞きつけた、オディロ院長のお慈悲のおかげで、猫は危ういところを救出され、そして優しい里親の所に貰われていった。
でもあれ以来、オレは怖くて動物を拾うことが出来なかった…そう、こいつらを見っけるまで。
「あれは院内規則だからああしたまでだ。」
いや、そんなコトはない。慈愛深き女神さまが、規則違反とはいえ動物を川に放り込めと仰るはずはない…
オレは思ったけど、反論はしなかった。
オレが買出しから戻ると、白黒にゃんこが、まだほの暖かい暖炉の上でのんびりと眠っていた。
オレは、兄貴を見て、言う。
「ねえ兄貴、愛玩動物は嫌いじゃなかったの?」
「嫌いだ。」
そして、愛のない、そして無駄もない手つきで、テーブルクロスについた猫の毛を、丹念に取っていた。
オレはそれ以上、ツッコミはいれないことにした。
「で、ククール。この猫たちの食物はなんだ?まさか野菜を食いはしまいから、お前が買ってこねば、私は如何ともせんぞ。」
ミルクだと答えると、あの物置の中から多分運んできて、そして、ぴっかぴかに磨き上げられてもはや別物みてーになっているミルク皿に、オレが買ってきたミルクを入れた。
白黒の猫たちは、エサをくれるのがオレでなくて兄貴だと見るや、一目散に兄貴の方に愛想を振りまいた。
「…なあ君たち、ソレってあんまりに恩知らずじゃねー?」
にー
なー
猫たちは、空とぼけるように、そう鳴いた。
そうして、オレと兄貴の生活に、新しい家族が加わり、日々はのんびりと過ぎていった。
兄貴は相変わらず、猫を可愛がりもせず、でも、世話だけはカンペキ中のカンペキにしている。
猫たちは、兄貴にとうになついているってのに、だ。
「なー兄貴、どうして兄貴は愛玩動物が嫌いなの?」
オレは、何とはなしに聞いてみた。
「なんら生産活動に貢献せんからだ。」
ヒッジョーに兄貴らしい返事が返ってきた。
「でも、見た目が可愛らしいってコトで、こっちを和ませてくれんじゃん?」
「…そんな存在に、自らが堕したと思うと、忌まわしい…」
オレは、兄貴の言葉を聞いて、和やかな気持ちがいっぺんで吹き飛んだ。
そして、兄貴もそんなオレの気持ちをすぐさま察したらしかった。
「尤も、私は可愛らしさとも、人を和ませることとも無縁だがな。それでも…お前は私を愛玩動物の立場に置くことで、満足していたのだろう?」
”愛玩動物”
その言葉が、オレの心臓に突き刺さった。
「オレは…」
でも、言いかけて言葉は止まった。
白黒の猫たちを、薄暗い物置に置いておいたのと同じように、兄貴も人里はなれたこの家に”閉じ込められている”と感じていたんだろうか。
「でも、兄貴は下手に外に出ると、お尋ね者に…」
オレはやっぱり、そう言いかけて言葉を途中で止めた。
白い猫は、何が起こっているのか理解できないようで、兄貴にまとわりついている。
黒い猫はそれよりもう少し敏いみたいで、兄貴からは離れて、オレを見上げている。
兄貴は、ため息をついた。
「なんてな…これが八つ当たりであることなど、自分で分かっている。かつてお前を”正嫡だから”という理由で憎んだのと同じだ。」
「兄貴…」
「お前がいなければ、私は疲労と傷の蓄積した体で、魔物の晩餐にでもなるか、さもなければ法王庁に捕らえられて、奴等の開く”正義を示すための”裁判とやらで、好き勝手な罪を着せられていたろう…もっとも、それでも七割がたは自己責任だがな。」
「なあ兄貴、兄貴はオレといるのがしんどいの?兄貴といるのは、オレのただの自己満足?」
オレの言葉に、だが、兄貴は答えない。
「自らの為した悪業の報いで、魔物に食われるのも、法王庁に焼かれるのも、まあ、至極当然の報いと言えば、それまでなのだがな。」
「なあ、兄貴っ!?」
兄貴は、諦観の笑みを浮かべた。
「でもお前は、私といることを望むのだろう?」
「なあ兄貴、これだけは聞いてくれっ!!オレは兄貴とちゃんとした”兄弟”になりたいんだよ。それだけなんだよ。だから、兄貴と一緒に…」
「いい年をした兄弟は、二人っきりで一緒には住まん。片方が片方に愛玩されたりもせん。」
「だってさ、兄貴。オレたち、本来ならあるべき”兄弟としての時間”がなかったじゃないか!?だからオレ、それを取り戻し…」
「時間は戻らん。為した事は取り消せん。何があっても。何をしても。」
兄貴は強く断言すると、今度はなだめるような口調でオレに言った。
「”かつてあるべきだった時間”を、今、再びやり直そうとしても、それは仕方のないことだ。分かっているのだろう、お前も。剣を以って殺しあった事実が、現に私とお前の間には存在するのだ。そして、私が大罪人で、お前が救世の勇者だという事実もな。」
「…」
兄貴の口調は相変わらず辛らつだったが、その辛らつさは全部、自分に向けられていた。
兄貴は、自分のした事を全て受け止めている。
だから、こんな穏やかな日々が、自分で自分に許せなかったんだ。
でも…
「だったら兄貴、まさか兄貴は死…」
オレは、言葉にするのが怖くて、まだ言葉を止めた。
兄貴は、罰を、死を、望んでいるのではないか。
ここから出たら、兄貴は今度こそ、二度とオレの手の届かない所へ行ってしまうのではないか。
でも、兄貴は微笑む。
「心配するな、それでも、私はお前が望む限り、ここに…」
オレは、兄貴の笑顔を見て、もう耐えられなくなった。
だから言った。
「兄貴…なあ兄貴、兄貴はアタマいいから分かるだろう。」
怪訝そうな表情になる兄貴に、オレは精一杯の笑顔で言った。
「兄貴が、一番いい、って感じる…そんな兄弟になろうよ。」
兄貴は頷くと、黙って荷物をまとめ出した。
オレは、兄貴が結局、オレとは離れるという選択をしたことが、たまらなく悲しかった。
けど、多分それが兄貴にとって一番いい…そう思ったから、オレは止めなかった。
手早く荷物をまとめてしまう兄貴に、だがオレは、このまま兄貴がやはり死ににいくのではないかと思い、たまらなくなった。
「兄貴っ、やっぱり…」
「おいで。」
兄貴は、相変わらず事情が飲み込めず、兄貴にまとわりつく白い猫を手招きした。
にー
呑気な白い猫は、おとなしく招かれるままに兄貴に抱かれる。
「拾ってきたのも手当てをしたのもお前だが、世話をしたのは私だ。半分は貰い受ける権利がある。」
「兄貴…」
悲壮な別れの光景だというのに、呑気に欠伸なんかする白い猫。
兄貴は苦笑して、言った。
「まったく、お前みたいな呑気で鈍い猫を抱えていると、おちおち先に死ぬことも出来ん。」
「兄貴っ!?」
オレは、兄貴の言葉を理解して、顔を輝かせた。
「そこの黒い猫…結局、名すらつけなかったが、この白いのよりいくばくか鋭敏なお前だ。飼い主が多少阿呆でも、そして、兄弟のように過ごしたこの白いのがいなくても、一匹でなんとか出来るな?」
にー
兄貴の言葉を理解したとはとても思えないが、黒い猫がそう鳴く。
「いくらか成長すれば、自らのことは自ら引き受け…そして、一人で生きていくものだ。そして…遇うべき機縁があれば、また遇えよう。」
兄貴は結局、「オレに向けては」一言も別れを告げなかった。
ドアが閉じられ、オレは広くもない家の中に、”いくばくか鋭敏な”黒い猫と残された。
なー
その頼りない鳴き声が、オレの願望。
にー
そとでかすかに響くその鳴き声が、兄貴のかすかな希望。
終
2008/6/28
雪納つぐみ さまへ
八ヶ月前のキリリク、ようやく完成です。
一応、白黒にゃんこも出てきているし、そんなに絶望的でもない代物になったかな、とは思います。
え?もうそんなリクしたことは忘れた?
…すいません、でも、べにいもは約束は果たしましたっ!
ちなみに、下に、またどうでもいい後日談がついてます。
拙サイトスキルが35を超えて「オリキャラ識別機能搭載」済みの方しか読んでも分からない話ですが、良ければごらん下さい。
白いトロい呑気な猫を連れて旅を続けていたマルチェロ
うぎー
うぎー
私は猫のその叫び声に起された。
「何が起こった?」
声の方向へ行くと、白猫が何かともみ合っている…いや、一方的に虐められていると言った方が正しかろう。
「こら。」
私は、白猫に絡む”それ”に、そう言った。
う゛にゃあ
可愛くない声で返答したのは、色々な色が混じった雑種の猫だった。
にー
にー
私に訴えかける白猫の毛並みは、もみ合ったせいで、酷いことになっていた。
「よしよし。」
そう白猫を宥めながら、私は状況を確認する。
どうやら、白猫のエサを、雑種の猫が横取りしようとして、ケンカになったらしい。
しかも、私の白猫より余程、要領も腕っ節も強いらしい雑種の猫は、自らの力の当然の分配のように、白猫のエサのほとんどをその胃袋に納めていたようだった。
げぷ
可愛くないげっぷをする。
「…弱肉強食は自然の常とはいえ、人の世界に生きているのだ、少しはマナーを弁えんかね?」
猫相手に詮無い説教を試みてみる。
そもそも、説教している私とて、自らの言葉に反する所業ばかりしてきたのだ、自分で自分の耳が痛い。
にゃあ
だが雑種の猫は、私を見上げると、何か得心したように、うなずくように首を振った。
にゃー
雑種の猫は、私の足元に身をすりつけ、私が拒まないと知ると、素早く私の身体を駆け上がった。
にゃー
「…なんとも身軽な猫だな、お前は。」
そしてまた、当然の権利のように、私の抱く白猫を押しのけるようにして、私に甘えかかる。
どうやら、懐かれたらしい。
しかし、私も公然とは日の光の下を歩ける身ではない。
一匹ならともかくも二匹も猫を連れて歩けるような身分ではないのだ。
「連れて行く訳にはいかんのだ。白猫のエサはもう諦めるから、どこかへ行け。」
う゛にゃあ
だが、雑種の猫は離れない。
「聞き分けの無い…」
私は、雑種の猫を摘まみあげ…そしてその猫に、強烈な既視感を抱いた。
なぜか、この猫ととてもよく似た存在と知り合いだったような…
そう思ってしまった私は、もうその猫を追い払えなくなってしまった。
かくして私は、白猫と雑種の猫を連れて旅をしている。
くだんの雑種の猫は、それなりの”マナー”は身に着けたのか、白猫を”それほどは”虐めなくなった。
それでも白猫は、自らの配当をよくちょろまかされて、私に縋るような視線を向けては来るが。
そして雑種の猫は、恐ろしいほどの手癖の悪さで、よくいろんなものをちょろまかしてくる。
そんな姿を見て、やはり私は雑種の猫は何かに似ているような気がしてならないのだが、どうしてもそれが何だか思い出せないでいる。
いや、マルチェロに懐くにゃんこが書いてみたかったのです。
人間verなら出来ないことでも、猫なら出来ます。
良かったね、にゃんこ?