ぼくのおとうさん

小学生でも安心してお読みいただける作品であろうと思われます。子ククと子マルとオディロ院長の、心温まるはずのお話です。






ククールは、オディロ院長の部屋にこっそりと忍び込みました。

なぜこっそりかって?

マルチェロに見付かったら、また、怒られると思ったからです。


あたりをきょろきょろ見回しながら、小さな体を、院長の礼拝堂にすべり込ませ、どきどきをさましているうちに、オディロ院長にみつかりました。


「おお、ククールよ。そんなに息せききって、どうしたんじゃ?」

オディロ院長は、そう言いながらも、ククールのぎん色のかみのけを優しくなでてくれました。


「あのね、おじいさん…じゃなくて院長さま。」

“おじいさま”と呼んだら、マルチェロはとても怖い顔をして怒るのです。


「オディロ院長は、このマイエラ修道院の院長であらせられる。気安く“おじいさん”などと呼ぶな。」

声変わりをして低くなってしまったマルチェロの声は、ククールにはとても冷たく、そして怖く聞こえました。

いいえ、聞こえるだけではないのですが…。



「なんじゃ。じいさまでもなんでも、好きなように呼ぶがいい。“院長様”なんぞと呼ばれると、エラくなったみたいではないか、のう?」

オディロ院長は言いましたが、ククールが困ったような顔になってしまったのに気付いて、あわてて話題を変えてくれました。

「それで?わざわざワシを尋ねてくれた用事はなんじゃ?さては、ワシの新作のダジャレを聞きにきたのじゃな?それなら、グッドタイミングというものじゃ。今、とびきりの新作ネタが出来…」

「ダジャレはいいの!!」

ククールに子どもらしく、力いっぱい否定されて、オディロ院長はすこしがっかりしました。院長は、自分のダジャレを人に聞かせるのが、この世で二番目に楽しみなのです。

 一番はなにかって?

 ええ、そのダジャレで相手に心の底から笑ってもらうことです。でも、それはほとんどかなえられたことはありません。


「ぼくね、そのっ…院長さまに喜んでもらいたいのっ!!」

「…ほう…」

「だって、父の日だから。」

「ほう。」

「でも、わかんないのっ!!」

ククールの懸命な訴えを、院長は我慢強く聞き、そして整理してみるとこういうことでした。


 先輩修道士のお祈りについていったククールは、その家庭での子ども達が父の日になにをプレゼントするかという話をしていたのを聞きました。

 ククールは、とてもうらやましくなったそうです。


「でね、この修道院のみんなは家族でしょ?だから、院長さまがお父さんでしょう?」


だから、院長にプレゼントをしたい、ということでした。

でも、何をあげたら喜んでくれるか分からないので、聞きにきたというのが、今回の訪問のわけだったのでした。


「ぼくね、お金をためたんだよ。礼拝に行ったところで貰ったおこづかいを貯めたの。」

ククールは得意げに、小さくてかわいい袋から、5Gを取り出しました。


ククールは、この修道院に預けられる前は、この地方の領主の一人息子でした。父親が財産を使い果たした挙句、母親もともに伝染病で亡くなってしまわなければ、今でも裕福な生活をしていたはずの子どもでした。

 そんな彼の今の全財産は、5Gなのです。



オディロ院長は、小さく十字を切りました。

ククールは不思議そうに見ています。


「何もいらんよ…」

ククールは、その言葉を聞いて泣きそうな顔になりました。

「ぼくのプレゼントじゃ、いや?」

「そうではない。」

「じゃあ、院長様は“こうとくのせいじゃさま”だから、なの?」

「…マルチェロが申したのかの?」

ククールは、

こくん

とうなずきました。



 院長さまに何をプレゼントしていいのか迷ったククールは、年上の人に相談してみようと思いました。ですけれど、聖堂騎士団や修道僧たちは大きくて怖いし、かといって、修道院に入ったばかりのククールには、特に親しい同じ年ごろのともだちもいません。

 だから、話が出来るのはマルチェロしかいませんでした。


「院長さまは、何をもらったらよろこぶかな?」

 びくびくしながらククールが言うと、マルチェロは思ったとおり、とても冷たく、ふゆかいそうな顔で答えました。

「オディロ院長は高徳の聖者だ。とうに物欲など超越していらっしゃる。」

そしてくるりと背を向けると、すたすたと去って行ってしまったのです。


 ククールには言葉が難しすぎてよく分かりませんでしたが、ともかく、

“お前なんか、なにもするな”

とマルチェロが言いたいことだけは、ククールの心に伝わりました。



院長は、もう一度やさしくククールのぎん色のかみのけをなでてくれました。

「ククールよ、ワシは物欲を超越などしてはおらんよ。」

院長は、同じ高さでククールのあおい目をみつめてくれます。

「かわいいワシの子ども達がくれるものなら、なんだって嬉しいわい。」

「ほんとっ!?」

ククールの、しょぼんとしたあおい目に、うれしさが宿りました。

「ああ、本当じゃ。じゃからプレゼント、楽しみにしておるよ。」

「うんっ、楽しみにしててね。」

元気をいっぱいにみなぎらせたククールは、子猫のように軽々とした歩調で宿舎の方へと帰っていきました。




 父の日、当日。礼拝に招かれたオディロ院長は、ククールをお供の一人に選びました。

ククールはその日、とても一生けんめい手伝いをしたうえで、帰り道、こっそりと院長にふくろをわたして、逃げ去りました。


 ふくろの中には、きれいな緑色のノートが一冊と、小さなメモが入っていました。


「だいすきな“ぼくのおとうさん”へ。このノートに、つまんないダジャレをいっぱい書いてね。ククール。」


院長は、小さく十字を切って、呟きました。

「書くのは、“つまんない”ダジャレじゃないぞい。“おもしろい”ダジャレじゃからな。」



 

 

 オディロ院長が自分の邸に戻ると、

「オディロ院長…お早いお帰りで…」

マルチェロが、珍しく少しあわてた様子で部屋にいました。


「おおマルチェロよ、今日はお前が掃除当番じゃったか。」

「は。掃除はもう済んでおります…」

「まいどの事じゃが、お前は働きものじゃのう。」

「神に仕える身で、しかも聖堂騎士団見習いですゆえ…」

「かと言って、まだ若いのじゃ。たまにはゆっくりと遊んだ方がいいぞ。たとえば、ダジャレを言うとかの。どれ、とっておきの…」

「では、聖堂騎士団見習いマルチェロ、これにて失礼させていただきます。」

せっかく新作ダジャレを披露してやろうと思ったのに、マルチェロは礼儀正しく挨拶すると、立ち去ってしまいました。


「…ダジャレは心の豊かさをもたらすのにのう…どうもあの子は、心が狭くて心配じゃ…」

院長は、すこし残念そうに呟きました。そして、

(どうも最近独り言が多くなったが、年かの…)

と思ったところで、文机の上に、なにやら置いてあるのに気がつきました。


金のロザリオでした。

そういえば院長のロザリオは、大分とボロボロになっていました。院長は、服装に気を使う性格ではないので気にしてはいませんでしたが。

 そして、その下になにやら文字が見えました。


「いと徳高き聖者にして、七賢者の末裔、聖地マイエラ修道院の尊厳なる修道院長であり、かつ…我が親愛なる慈悲深き心の父上へ。ゴルドの女神の祝福がありますように。」


 名前はありませんでした。でも、誰からかはよく分かります。

聖堂騎士見習いともなれば、礼拝やその他のことに駆り出されることも多く、したがって、ちょっとした謝礼を受け取ることもあります。それでも、金のロザリオを買えるまで、たった一人で貯めるのはさぞや大変だったでしょう。しかも彼は、食べたい盛り、遊びたい盛りなのです…。


 院長は二度、十字を切ると、金のロザリオを首にかけました。





マイエラ修道院では、子ども達を相手としたお説教があります。

子ども好きだったとされる。二代前の院長から恒例になったものです。

当日、院長は外からやって来たこどもたちと、彼が引き取った子ども達、彼の元に預けられている子ども達すべてをお説教に招きました。


 あくびをしている子もいます。

 ともだちとこっそりと遊んでいる子どももいます。

 真剣な目で話を聞こうとしている子どももいます。

 無邪気な笑顔を向けてくる子どももいます。



その全ての子どもに、オディロ院長は、自分の子どものように語りかけました。

「幼子達よ、おまえたちは愛されておる。ともだちはお前たちを愛しおる。きょうだいはお前たちを愛しておる。親はおまえたちを愛しておる。」


疑問を持つような視線を向けてくる子どもに、オディロ院長はまだ続けます。


「そして、女神はおまえたちを愛しておる。お前たちがしあわせな時、女神はおまえたちを愛しておる。お前たちが困っているとき、女神はお前たちを愛しておる。お前たちが怒るとき、女神はお前たちを愛しておる。お前たちが泣くとき、女神はお前たちを愛しておる。とてもつらくて、女神を信じられなくなったとき、女神はお前たちを愛しておる。こんなに悪い自分は女神にみすてられるのではないかと思うとき、女神はおまえたちを愛しておる。」


オディロ院長は信じています。

この世にはつらい事がたくさんあるけれども、そして、自分にも辛いことはたくさんあったけれども、それでも女神さまは自分を、そして自分たちを愛してくれていると。


「幼子たちよ。お前たちの目の前に苦しさが、哀しさがある時、お前たちは神を呪うかもしれん。それがずっと続くのではないかと思い、神を呪うかもしれん。じゃがの、一筋の光もない闇はない。幼子たちよ、たとえ闇が続いても、光あることを忘れてはならぬ。闇に呑まれてはならぬ。女神の持つ網は粗いが、漏らすことはない。闇は捕われるじゃろう。」


 オディロ院長はそれでも、闇に染まって女神の正義の網に捕われてしまった人間を何人も知っています。それでも、彼は信じています。


「じゃが、それでも女神は愛して下さる。そのままのお前たちを愛して下さる。じゃからの、幼子達よ。自分に絶望してはならんぞ。人にも絶望してならん。あきらめなければ、女神の救いの光は必ず見えるのじゃ。」


困ったような子ども達の顔。

真剣な子ども達の顔。



オディロは、ちょっと難しかったかなと反省しました。

それでも、言葉で足りない部分は心が感じてくれるだろうとも思いました。


「信じて、愛して、赦すのじゃ。女神はそれを祝福される!!」

みんながそれを出来るようになれば、暗黒神などはこの世界に力を及ぼせないのだから…


オディロは、自分が引き取った子ども達をみつめました。

自分を“おとうさん”と慕うこどもたちを見つめました。


「全ての子ども達に、幸有れ。」







この時から、十数年もたって。

オディロは女神の御許で、とても哀しい光景を見ることになりました。


子ども達に足りなかったのは、なんだったのでしょう。





前半でぶった切った方が、父の日話としてまとまりが良かったと激しく反省しております。
いや、たまには心温まる話が書きたいなーと思ったのですが、どうしても暗くなってしまうのはきっと、 「女神の御心」 でしょう(笑)
拙サイトの設定では、兄弟の対面の時点で、兄14才、弟5才、つまり9才違い兄弟ということにしています。理由はまたどっかで述べるでしょうが。というわけで、ククールが修道院に引き取られてすぐくらいのお話。あの世界で父の日がそんなにメジャーなものかということは、とりあえず考えない方向で。

足りなかったのはなんでしょうね。やっぱ“愛”(笑)? inserted by FC2 system