めがみさまとすきな人の日
小学生でも安心してお読みいただけるほのぼのシリーズ第三段。
子ククと子マルとオディロ院長の、心温まる七夕話
きょうは七月七日だ。
なのに、修道院の中には、“あれ”がかげも形もありません。
ククールは、おやしきにいたころは毎年、“あれ”を楽しみにしていたのに。
“あれ”は、めがみさまのお祭りだから、修道院でだってきっとやっていると思ったのに。
ククールはふしぎに思ったので、ものしりのマルチェロお兄ちゃんに聞きに行きました。
「は?“めがみさまとすきな人の日”とは何だ?」
お兄ちゃんはきょうも、まゆとまゆの間にしわをのせて、とってもふゆかいそうに言いました。
ククールは、一生けんめい説明しました。
「あのね、きょうはめがみさまが一年にいっかいだけ、すきな人とあえる日だから、うれしくてみんなのおねがいごとをかなえてくれるんだよ。」
と。
ですが、マルチェロお兄ちゃんは、ふゆかいそうな顔をくずさずに、とってもつめたく言いました。
「絶対神である女神様には、夫も恋人も存在しない。よって、存在しない恋人とお会いできることを祝うはずもない。修道院にはそんな祭りはない。つまらん事を言っている暇があったら、回廊の掃除でもしておけ、ククール。」
ククールは、かなしいかおで、言われたとおり、ろうかのおそうじをしました。
ククールは、ちいさいころからおやしきのばあやに、めがみさまとそのすきな人のお話を聞いていたのです。だから、そのおいわいもしていたのです。
なのに、なのに…
「おやおやどうした、ククール。そんなに泣きそうなかおをして…」
そんなククールにやさしく声をかけてくれたのは、ククールのだいすきなオディロ院長でした。
「おじい…いんちょうさま…」
ククールが言い直すと、院長はとってもやさしく
「どっちでもいい、どっちでもいい。なにか悲しいことがあったのかの?よければワシにおしえてくれんかの。」
と、ククールのせの高さまでかがんで言ってくれました。
ククールはとってもうれしくて、とてもえがおになりました。
「あのね…」
ククールは、“めがみさまとすきな人の日”を院長にせつめいしました。
いんちょうは、うんうんとうなずきながら、聞いてくれました。
「でも、お兄ちゃんは、そんな日はないって言うんだ。そうなの?」
「ククールよ…」
院長は、にっこりわらうと言いました。
「こどもたちを集めておいで。もちろん、マルチェロもな。」
ククールは、きっと院長がなんだかすてきな事を思いついてくれたんだと分かりました。
だから、せいいっぱいはやく、みんなを集めにいくことにしました。
ふん水のある広場に、こじいんの子どもたちが集まりました。もちろん、マルチェロお兄ちゃんもです。
こどもたちが集まると、オディロ院長はにっこり笑ってみんなに聞きました。
「きょうが何の日か分かるものはいるかの?」
ククールはにこにこ笑いながら、院長の顔を見ていました。
なんにんかの子どもが、おずおずと手をあげ、言いました。
「女神さまとそのすきな人の日…」
院長は、マルチェロがとてもふしぎそうな顔になったのを見て、つづけました。
「そうじゃそうじゃ。でもの、このお話は知っている子も知らない子もおるじゃろう。かく言うワシも、オトナになるまで知らんかった。」
くすくす
「いんちょうさまでも、知らなかったんだ。」
そんな声が小さく聞こえます。
「だからお聞き、子ども達よ。めがみさまとその恋人の悲しいお話を。」
ゴルドの女神さまは、遠いとおい世界では、ルビスさまと呼ばれていたそうです。
そしてルビスさまには、恋人がいました。その名は
ロト
だと、伝えられているそうです。
ルビスさまとロトは、本当は愛しあってはいけなかったのです。
けれども、愛し合う二人は周りの反対を押し切って結婚式をあげました。
そして…かどうかは分かりません。でもそのとき、ルビスさまたちのいる世界は、火山の噴火といっしょに崩れてしまったのでした
火山の噴火は、この世に今まで存在しなかった“魔王”という存在を生み出しました。
ロトは、世界で最初の勇者となりました。
そしてルビスさまは、天の上の世界から、神鳥レティス…その世界では別の名前で呼ばれていたそうですが、に乗って、アレフガルドという世界を新しくつくられました。
そしてロトは結局、魔王と運命を共にして、共に焼かれながら地上へと堕ちていってしまった…そうです。
「こうして女神さまは、恋人とはなればなれになられてしもうた。じゃがの、一年に一度、今日のこの日だけは、レティスの翼に乗って、恋人の魂とお会い出来るのじゃと。 じゃからの、めがみさまはうれしくてうれしくて、人々の願いをかなえてくれるそうな。」
院長のお話に、子ども達はうれしそうに笑いさざめきました。ククールもうれしくて、わくわくしました。
「レティスはささのにおいが大スキだからとも、ささはレティスの好物だからだとも言うが、ともかく、ささのえだにかざり付けをしてねがい事を書いたたんざくを下げると、ねがいごとが叶うんじゃそうな。」
「院長さま、それってぼくらもお祭りしたい!!」
ぼくも
わたしも
こどもたちはいっせいに、院長に言いました。院長はいちいちうなずいて、応えました。
「もちろんじゃ。女神さまのおまつりじゃから、とうぜん、お祝いせねばな。子ども達よ、紙とはさみとのりを借りておいで。ささはワシが用意しよう。」
わあい
子どもたちはかん声といっしょに、めいめいかけ出していきました。
ククールも出て行った広場に、マルチェロは残っていました。
「…院長、僭越ながら申し上げます。」
「うむ。」
「先ほど院長がおっしゃった話は、教会の中では異端とされている説ではないでしょうか。」
「うむうむ、お前は勉強家じゃのう。」
たしかにそうです。
法王庁では、ゴルドの女神さまの元を辿るような説は、あまり研究してはいけないことになっていました。
女神さまは、唯一にして絶対の方で、ほかに神様はいないことになっているのです。
「院長…?」
少し不安そうになったマルチェロの頭を、院長はがんばって背伸びをしてなでました。
「大きゅうなった、大きゅうなった。」
「院長、そうではなく…」
「マルチェロよ、法王庁の見解だけが正しいわけではないぞ。」
院長は言いました。
「この世には、正しいとされる考え方のほかにも、正しいことはたくさんある。正しいかどうかは分からなくても、たくさんの知らないことがある。
なにを信じてもよいのじゃ。人を幸せに出来るならの。」
「…」
困ったように立ちつくすマルチェロにやさしい笑みをうかべ、もう一言なにか言おうとしたところへ
「おじいちゃん!!たんざくとってきたよ!!」
ククールが息せききってかけこんできました。
「…お兄ちゃん…?」
「…失礼いたします。」
ククールの顔を見るなり立ち去ろうとしたマルチェロへ、院長はたんざくをいちまい、わたしました。
「だからお前も、女神さまの今日だけのしあわせをいわってごらん。しあわせな人は…めがみさまでもの、人にやさしいくなれるんじゃ。ねがいがかなうかもしれんぞ。」
「…」
マルチェロは無言でたんざくをうけとると、ていねいに頭を下げて、やっぱり行ってしまいました。
「お兄ちゃんは、かざりつけをしないの?」
「…うんうん、ワシといっしょにかざりを作ろうな。ほれ、子ども達。かざりの作り方をワシがじきじきに教えてやろうぞ。」
わあい
というかん声の中、子ども達はいっせいに院長を取り囲みました。
ククールももちろん、その中にいましたが、
「お兄ちゃんもいっしょならもっとうれしいのに…」
ククールはすこしだけ、さびしそうでした。
子ども達がたくさんがんばったので、ささのかざりつけは、それはもうすごいできばえでした。
「院長にも困ったものだ。」
「マイエラ修道院の院長ともあろう方が、異端の祭日を…」
騎士団長や、他の修道士がぶつぶつ文句を言うのを、院長は聞かないふりをしました。
めがみさまの幸せと、こどもたちの笑顔があることが、わるいことになるとは彼は思わなかったからです。
子ども達は思い思いにねがいごとを書き、まんぞくして眠っています。
院長は、
いちまいいちまい、
子ども達のねがいごとを見ていきました。
ケーキがおなかいっぱいたべられますように。
しゅくだいを忘れても、ミケーレせんせいがおこりませんように。
そんなほほえましいものもあります。
とおくへ行っちゃったおとうさんが、はやく帰ってきますように
この子は、ははおやから、ちちおやが死んだとは聞かされていないのでした。遠くにいっただけだと聞かされていたのです。
めだつぎん色のおりがみに、くろぐろとハッキリ書いているたんざくがあります。
お兄ちゃんが、ぼくのこと、ちょっとでいいからなかよくしてくれますように。
ささの奥の方に、きれいに整った字のたんざくが、かくすように下がっていました。
オディロ院長が、ずっと元気で長生きしてくれますように。
「女神さま、ワシはこんなじじいですが、こんなワシのお願い事も聞いてくださるかの?」
そして院長は、自分のたんざくを下げました。
空はすみ切った紺色です。
女神さまから見ても、このささかざりはとてもよく見えそうな、そんな空でした。
きらきらとまたたくほしは、女神さまが
「分かったわ。」
とウインクをしてくれているようでした。
院長は、ゆっくりと優しい声で女神さまへお祈りをして、自分の部屋へもどりました。
子どもたちのねがいが、すべてかないますように
たんざくは、女神さまからよく見えるように、空の方向へとむいていました。
おわり
2006/7/7
七夕なので、七夕話を書いてみました。でもまさかDQ世界に七夕で織姫彦星とかも出来ないので、ルビスさまと勇者ロトに改編。
いや、レティスもあることだし、女神さまってルビスのことじゃないの?と思ってるんですが、どうもあの世界は多神教っぽくないので、きっと法王庁がいろいろと都合の悪いことは異端扱いにしてるんじゃないかと勝手に想像。
キリスト教でも、ゲルマンの祭りが適当にキリスト教ナイズされて残ってたりするので、民間の祭事としてはイケるんじゃないかと思ってこんな話にしました。
さて、家庭はいっしょのはずなのに、ククールが知っていて、マルチェロが知らなかったのはなんでなんでしょうね…まあ、ククールのばあや(ククールが生まれてから雇われた)がククールに教えて、なんとなく毎年祝うようになったとか、そういうことにしときましょうか。
ところでこのほのぼのシリーズの院長って、ククールに甘すぎるよね?まあ『童貞聖者』シリーズのいい年したマルチェロに甘い院長よりはマシだと思いますが。