りんごのうさぎさん

小学生でも安心してお読みいただける、拙ブログには珍しい作品です。子ククと子マルとオディロ院長の、心温まるお話のはずです。




 修道院に来てまだなれないククールは、かぜをひいてしまいました。


「うー(泣)ぐすん…寒い…」

 なみだ目でククールは、ベッドの上からオディロ院長を見上げます。なにせ、ここで優しくしてくれる人をククールは院長以外に知らないのです。


「…」

無言でなでてあげる院長ですが、ざんねんながら彼もいろいろと忙しいのです。

いえ、本当は忙しくてもかんびょうしてあげたいのは山々なのですが、院長というのはみんなに平等に優しくしなければならないのです。ククールだけ特別あつかいするわけにはいきません。


 とりあえずなでられて安心したククールは、眠りにつきました。

 院長はそっと、ククールのベッドから離れて外に出ました。


「おはようございます、オディロ院長。」

きびきびとした動作で、ていねいなあいさつをしてきたのは、マルチェロでした。朝の勉強がおわったばかりなのか、聖典とノートを小わきにかかえています。

「おお、おはようマルチェロ…」

そこで、オディロ院長は

ぴんっ

ときました。


「マルチェロよ、いま忙しいかの?」

「いえ、特には。なにかご用事でしたら、誠心誠意努めさせていただきます。」

ゆうとうせいらしい答えに、院長はうなずき、そして言いました。

「ククールが風邪をひいての…」

「…」

顔には出しませんが、マルチェロのみどり色の瞳に、ふゆかいな色がうかぶのを院長はしっかり見ましたが、それでも続けます。

「看病してやってくれんかの。」

「院長の“ご命令”でしたら。」

ゆうとうせいとして、多分、かんぺきな答え方でした。院長は少しかなしくなりましたが、

「そうじゃ、やってくれるな。」

と、珍しくすこし強く言いました。


 マルチェロは、無言で深々とおじぎすると、ククールの部屋へと向かっていきました。



 

 ククールはゆめを見ていました。

 むかし、まだお父さんもおかあさんも元気だったときの夢です。

 広いおやしきで、ククールはみんなにだいじにされていました。


 でも、ククールはゆめの中で、

「これはゆめなんだ…」

と分かってしまいました。


 そして、それがあんまりさびしすぎて、目をさましてしまいました。


「…っ!?」

「…」

目の前に、マルチェロのすごくふきげんそうな顔がありました。


きゅっ

マルチェロは、タオルをしぼると、ククールのおでこにのせました。


「ククール、なにかほしいものがあれば言え。ないならさっさと眠れ。」

マルチェロは、ぶっきらぼうにそう言いました。

「…ぼくのかんびょうをしてくれてるの?」


「オディロ院長のご命令だ。」

マルチェロはそう答えましたが、ククールはうれしすぎてその答えを聞いていませんでした。


お兄ちゃんは、ぼくがかぜをひいたからしんぱいしてかんびょうしてくれているんだ…


ククールはにっこり笑いかけますが、マルチェロのふきげんそうな顔は変わりませんでした。

でも、ククールはへいきです。

ククールは、おやしきにいたときは、かぜをひくとみんながいつもよりもっと優しくしてくれたことを思い出していたからです。


「ぼく、りんごのうさぎさんがたべたい。

ククールは、思い切って言ってみました。

ここに来てからはつくってもらえなくなりましたが、おやしきにいたときは、ククールはよくりんごのうさぎさんをつくってもらって食べました。それを思い出したのです。


「りんごのうさぎ…?なにを言う、お前。リンゴはリンゴであり、ウサギはウサギだ。その両者が混在することなどありえるものか。」

「…」

ククールはびっくりしました。おやしきにいたときは、だれもそんなことは言いませんでした。


ぼく、りんごのうさぎさん食べたい。


で、すべてがつうじたからです。


 ククールは次に困りました。そして、一生けんめい考えてみて、もしかしたら、お兄ちゃんは“りんごのうさぎ”を知らないのかもしれない、と思いつきました。マルチェロおにいちゃんは、おとなも入れてこの中でいちばん物知りと言われていますが、知らないことだってたくさんあるはずです。


「あのね…うさぎさんのかたちのりんごなの…」

おそるおそるそう言ってみると、マルチェロはとてもしんけんな顔になりました。


「ウサギの形状のリンゴ?そんな料理がこの世に存在したのか?…いや、こやつは領主の邸で贅沢をして育ったのだ。そのような珍奇な食材を口にしていても不思議はない…」


 まゆげのあいだにしわまで寄せて、マルチェロはしんけんに考えはじめてしまいました。

ククールがおろおろしていると、マルチェロは思い切りをつけたように顔を上げました。


「仕方ない、オディロ院長のご命令だ。」

「あの…」

「しかし、なににつけ、手間のかかる奴だ。」

つめたい言い方でククールにそう言うと、マルチェロは

カツカツ

と音を立てて、へやを出て行ってしまいました。



マルチェロのうしろ姿をみおくって、ククールはとほうにくれました。


ククールは、

   ぼく、りんごのうさぎさんが食べたい。

と言ったときの、おやしきのみんなのことを思い出していました。


   まあまあ、おぼっちゃまってば…


   いつまでも赤ちゃんなんだから…


 みんなそういいながらも、えがおでりんごをしゃりしゃりとむいて、りんごのうさぎさんをつくってくれました。そのあいだ、ククールがはなしかけたら、みんな、とてもやさしくお話してくれたのです。


「なんでおにいちゃんは、あんなにこわいかおをするんだろう…ぼくがきらいなのかな…りんごのうさぎさんをつくってくれるときのお兄ちゃんなら、もっとやさしいかおをしてくれるかもしれないと思ったのに…」

 ククールのあおいきれいな目に、なみだがうかびました。




 オディロ院長は、だいじなおきゃくさまとのおはなしを終えて、ちょっときゅうけいしていました。

すると、マルチェロが遠くをきびきびとした動作で歩いていくのが見えました。

ククールのかんびょうをしているはずなのに…

院長は、ちょっとだけ不安になってマルチェロのあとをこっそりとつけました。


 としょかんで、マルチェロはなにやら図鑑をひらいていました。

「…げっ歯類…ウサギ科…」

院長は、もっと不安になったので、マルチェロに聞いてみることにしました。


「マルチェロよ、なにをしておるんかの?ククールはどうしたんじゃ?」

マルチェロは、とてもていねいですが、はっきりと答えました。

「ククールに食べたいものを聞きましたところ、“ウサギの形状のリンゴ”なるものが食べたいと答えましたので、要望に応えるべく、図鑑を検索しておりました。」

「…」

院長はちょっとあたまがまっしろになりました。


「マルチェロよ…」

ようやく頭のなかがせいりされた時には、マルチェロは図鑑を

ぱたん

と閉じていました。


「では、ただいまから、“ウサギの形状のリンゴ”を製作して参ります。」

そしてマルチェロはまたきびきびと去っていってしまいました。




 ククールがなみだをこぼしそうになりながらベッドにねていると、

ばたん

と音がして、マルチェロが入ってきました。手には、おいしそうなまっかでおおきなリンゴを持っています。

 

 やっぱりお兄ちゃんは、ぼくにりんごのうさぎさんをつくってくれるつもりなんだ。

 ククールはむねがいっぱいになりました。

「…おにい…」

 よびかけて、ククールはマルチェロのしんけんすぎる顔を見て、ことばをとめました。


 なんででしょう。

 おやしきにいたときは、りんごのうさぎさんをつくってくれる人たちは、いっつも優しいえがおでした。

 なんででしょう。

 どうしてマルチェロお兄ちゃんは、こんなにしんけんでこわい顔で、まゆげのあいだにしわまでうかべてりんごのうさぎさんをつくろうとしているのでしょう。

 ククールにはわかりませんでした。



 マルチェロは手に持ったナイフを見つめ、

すうっ

といきをすいました。



「…」

ククールは、マルチェロおにいちゃんの、とてもあざやかな手つきをぼんやりとながめていました。

むかし、おやしきにきた、しょく人さんという人が、こんなかおをして、こんな手つきでものをつくっていました。あの人はたしか、ちょうこくかと言われていた人でした。






「出来たぞ。」

マルチェロお兄ちゃんは、みじかくそう言うと、ククールに“ウサギのけいじょうをしたりんご”をわたしてくれました。

「食べたら、寝ろ。」

そしてまたみじかく言うと、


ばたん


と音を立ててドアをしめて、でていってしまいました。






 院長がべつの用事をおえて、ククールの部屋にはいったとき、ククールはなにかを持ったまま、ぼうぜんとしていました。

 そして、院長が入って、

「ククールや。」

とよびかけると、ようやくククールはきづいたようにふり向いて、

「おじいちゃん、これ、りんごのうさぎさん…」

と、すこしなみだ声で言いました。


「…」

院長は、じぶんのよそうが当たったことが分かりました。

 ククールが手に持っていたのは、たしかに“りんご”の“うさぎ”でした。

 それは、まったく誰が見ても間違いなく、うさぎ、とわかるくらいにかんぺきなうさぎのかたちをしていました。あのとくちょうのある耳や、はなや、歯のいっぽんいっぽんまで、とてもきようにつくられていました。まえあしのぶぶんには、にくきゅうまでほられています。


「お兄ちゃんが、ぼくのためにつくってくれたんだよ…?」

ククールは目になみだをためて、院長を見上げました。

院長は、ククールのぎん色のかみをやさしくやさしく、なんどもなんどもなでてあげました。

「よかったのう、よかったのう…」

そういいながら、なんどもなんども。




その夜。

 オディロ院長はマルチェロを自分の部屋によぶと、正しい“りんごのうさぎさん”を作って見せてあげました。

 マルチェロはそれを見ると、ていねいでれいぎただしく、でも強いことばで言いました。

「そのような形状のものをウサギと呼ぶ事に対し、僕は承服できかねます。」


 そして、マルチェロが“りんごのうさぎさん”という名まえのつけ方が、いかに事実に反しているかということを一生けんめい訴えるのを聞きながら、院長は思いました。


 子そだては、むずかしいのう…


                                            終わり



 前回の小クク話はシリアスにいれましたが、今回はギャグにいれてみました。まあ「ほのぼの」というテーマを追加すれば済むことだとは思いますが。

 マルチェロは昔からこんな性格だったと思います。大嫌いなククールの看病でも、手だけは抜かないと思います。いつも全力でボケている、そんなマルチェロが大好きです。彼の知識は森羅万象を網羅しているわりに、ものすごく身近な知識がすこっと抜けているといいと思います。

 でも、マルってホント器用ですね。








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