こんな現代版兄貴は…ちょっとイイ
現代版パラレル兄弟話。
和菓子の怨
メインのお話では、大学講師のお兄さまですが、そんな彼だって、大学院生時代は生活費&学費稼ぎに翻弄した時期だってある筈。
というわけで、
卒業式シーズン企画「マルチェロ、高校生と古典世界との遠さを嘆く」の巻
です。
最後まで読むと、卒業式定番の“あの曲”の意味が徹頭徹尾分かります。まあ、それはスゴいッ!!?
「そういえば今日は公立高校の卒業式の日だな…」
新聞を広げながらマルチェロは“独り言”を呟きますが、兄に構って欲しくてたまらないククールは、すかさず言葉を返します。
「そーそー、卒業式といえば、後輩の女の子から
『ボタンちょーだい』
って言われまくってさ、制服のボタン全部取られちまった思い出があるよ、いやー、色男はツラいね。」
「制服のボタン…?」
マルチェロは、きゅっ、と、その秀でたオデコに考え皺を寄せました。
「それはもしや、“思いを寄せる男子生徒の学ランの第二ボタンを貰うと思いが実る”という、“くだらん迷信”が故か?貴様の高校の制服は、確かブレザーであったと記憶しているが…」
「くだらん迷信て…兄貴、可愛い女子高生の、可愛い行為じゃねーか。」
「理解できん…よしんばその迷信に、いくばくかの呪的な効果があるにせよ、それは“学ラン”かつ“第二ボタン”という条件を満たしての事ではないのか?それを“ブレザー”かつ“第二ボタン以外のボタン”を収得することに、一体なんの意義があるというのだ?」
「…兄貴…たかだか“おまじない”程度の事に、そこまで理論整然とした反論するのはどーかと思うけど?」
答えながらもククールは、“この人ってぜったい、他人にはどうでもいい事がものすごく気になるB型に違いない”と思いました。
「まったく…その一事でも知れたことだが、女子高生というものは、全く私には理解しがたい行動様式を持つ生物だ…」
「兄貴、その台詞って、オッサンの台詞だぜ?いくら三十路に突入したとはいえ、まだなったばっかなんだからさぁ。」
「フン、二十代の頃から私は定見としてそう考えている…」
ククール「二十代の兄貴って、そんな生ジョシコーセーとか関わってたの?」
の言葉に、マルチェロは心外だ、という面持ちで反論しました。
「何を言うか。家庭教師&塾講師は、健全なる大学生の基本アルバイトだ。貴様のように、学生の分際で水商売なぞしている方がおかしいのだ
マルチェロはとりあえずいつものイヤミをぶつけると、続けました。
「しかも私は、生活費も含めて稼がねばならん身であったからな。単位時間あたりの効率で言うと、水商売に匹敵する所得を得られる労働といえば、学習産業に従事することであるのは自明の理だ。」
「兄貴だったら、愛人バンクにでも登録した方が稼げたんじゃねぇの?」
ククールは四割がたは本気でコメントしましたが、マルチェロは黙殺しました。
「かくして私は、大学生時代は学習塾と家庭教師を掛け持ちして、そして教員免許を獲得してからは非常勤講師として口を糊していた訳だが…」
マルチェロは、眉間の皺を更に深くして言いました。
「まったく、女子高生というものは…奴らは学業に専念すべきという理由でモラトリアムを許された身でありながら、肝心の学業にはいっこうに力を入れず、くだらん事ばかりに興味をもちおって…まったくもって理解しがたいというものだッ!!」
「…なんか嫌な事でもあったの?」
「大有りだ…そう、あれは私が修士二回の時、とある私立の女子高で教鞭をふるっていた時のことだ…」
そこから後の会話は、ククールが予想した通りでした。
ククールのような男の目から見てもゴージャスすぎるエロカリスマを撒き散らすマルチェロの魅力が、女子校の女子高生を捉えない筈は有りません。
赴任したその当日から、マルチェロは女子高生の“標的”となり、毎日毎晩、女子高生に取り囲まれ、離してもらえないという、ある意味世の“普通の男性”視点からすれば“羨ましい”事となったのでした。
もちろん、マルチェロにとっては“迷惑至極”であったようで、それについて語るマルチェロの表情は、拷問にでも遭って来たかのようでした。
「まったく…バレンタインデーの時など、学校にはチョコは持ち込み禁止であるにも関わらず、私が出勤すると、だ。いったいどこから潜り込んだものか、講師控え室の机の上に、チョコが小山になっていたのだッ!!」
ククールは、
“もしかしたら兄貴は自慢しているのだろうか?”
と思ってその顔をまじまじと眺めましたが、そのややデコが知的にすぎる以外はカンペキ♪な彼の兄の顔には、
“玄関前にゴミをまき散らされた主婦”
と同程度の“迷惑行為に憤慨する”表情しかありませんでした。
「いや…でも仕方ねえよ、兄貴。だって兄貴は“いい男”すぎるもん。ぶっちゃけ、兄貴が女子高教師なんて、
“可愛い子犬ちゃんの集団の中に、めっちゃ美味そうな肉を放り込む”
よーなモンで、そりゃめちゃめちゃに食いつかれるのがスジ…」
「学生の本分を忘れて迷惑行為に邁進することが許されると思うのかっ?そんな事をしているから、自国民として当然見につけているべき古典知識も身につかんのだ、このバカ者ッ!!」
「いや、オレ、女子高生じゃなく、男子大学生だから…」
「良かろう…そうでないと言うのなら、私の判断に反駁する機会を与えよう。」
「いや…オレ、別に何もゆってない…」
女子高生でないのに八つ当たりで怒られたククールですが、理知的なようで実はかなり理不尽なマルチェロの怒りは、いろいろと誘爆を起こしたようです。
最近、職場で面白くない事が多いようなので、その鬱憤が爆発したのかもしれませんが。
「『仰げば尊し』という歌を知っているな?定番の卒業式歌だ。」
「ああ、オレも高校の卒業式で歌った…」
「ではお前に問う。“あおげばとおとしわがしのおん”とは、いかなる意味だ。現代語訳してみろ。」
「え…と…“せんせいにはお世話になったなあ”ってカンジ?」
「…意訳過ぎるな…が、まあ大意は損なってないため、合格点をくれてやろう。少なくともお前は
『えー?“わがし”って“和菓子じゃないのー?”』
と言い放った女子高生よりは、知的教養偏差値が高いということだ。」
「いや、“和菓子の恩”だったら意味わかんねーし…なんで卒業式に、和菓子相手に恩感じなきゃなんねーんだよ。」
割と賢い高校に行っていたククールは、さすがにそのくらいの文脈判断は出来ます。
「次のフレーズは“学校で過ごした日々も、なんと早いことか、幾年にもなってしまった”という意味だ…が、その次!!ククール、答えてみろッ!!」
鬼軍曹の様に峻烈に言い放つマルチェロです。
授業でも、こんなカンジだったのだろう…とあっさり予想がついてしまいます。
「え?『思えば いととし このとし月…』だよな?」
「そんな事はお前でも分かるのは分かっている。ではその“いととし”とは、いかなる意味だ?」
「え?“いととし”?」
歌というものは、割とノリで歌っているため、意味なんてそんなに考えていません。有線で聞いた歌を口ずさめても、カラオケで歌詞を見て「そーゆー意味だったんだ」と感心した経験のある人は多いでしょう。
「…わからないのなら、品詞分解してみろッ!!」
マルチェロは、“この愚劣な生物が”という面持ちで急かします…が、そんな事言われてもククールは
ひんしぶんかい、なんて単語、高校出てから初めて聞いたかも
てなレベルです。
「愚か者めッ!!そんな事も分からずに、よく高校の卒業証書が手に出来たな!“いと”は“とても”の意味の副詞!!“とし”は“疾し”と表記し、“早い”の意味の形容詞だ!!こんなもの、高校一年生で習うだろうがっ!!」
「いや、兄貴。フツーの人は、そんなモン、高校出たら忘れるって…」
ククールは一応ツッコミを入れましたが、そんな“ジョーシキ論”が通じる人ではありません。
「次っ!“いまこそわかれめいざさらば”訳してみろ。」
「“いざさらば”サヨナラって意味だよな…“今こそ”“別れ目”?ああ“もう別れドキ”って事だっ!!」
「違うッ!!」
ククールの渾身の解答を、マルチェロは一瞬で斬り捨てました。
「バカ者が。直前に、強意の係助詞“こそ”があるのをしっかり考慮にいれろ!」
「きょういのかかりじょし…?」
ククールはパンピーです…しかも学部は経営学部。そんな文法用語が即変換出来るわきゃありません。
「使えんなッ!!」
なのに、国文学部の講師の兄は、まあったく手加減ナシで罵倒します。
「“こそ”は係り結びを形成し、語尾を已然形にするだろうがッ!!」
「ああ、係結び…」
そんな単語もあったなあ…ククールは、高校の同級生(そんなに親しくない)に、街中でばったり出くわしたような懐かしさを覚えました。
が、マルチェロはそんなククールの感慨に気付くはずもなく、滔々と続けます。
教師のくせに、生徒の理解を無視して授業を進めていいのでしょうか?
「分かれめの“め”は、であるから、意志の助動詞“む”の已然形活用したものであり、従って訳は“分かれよう”だ。訳は文法に正確にっ!!分かったか、ククール!?」
「はーい…」
「はいは短くッ!!」
「はいっ!」
何故に、とうに高校を卒業した身で、兄に古文をレクチャー(漏れなく罵倒付き)されなければならないのでしょうか?
ククールは微妙に疑問に思いましたが、
イヤ度
兄に罵倒される<兄に構ってもらえない
の図式が成立したため、我慢して聞くことにしました。
「この歌には二番もあるのだが、“立身出世的な歌詞が、民主主義の世の中に相応しくない”との理由で最近はほとんど卒業式では歌われん。よって、三番が二番の扱いで歌われている…」
「へえ…」
18へえ、くらいの感心度でククールは反応しました。
「“あさゆうなれにし”…」
「はいはいはーい、“一日中慣れ親しんだ”って意味!」
「…を文法的に説明してみろ。」
「…」
「阿呆が、いきなり訳を出すな。まずは文法的に直訳!これが基本だ。
“朝夕+慣れ(「下二段動詞「慣る」の連用形)+完了の助動詞「ぬ」の連用形+過去の助動詞「き」の連体形”
と、解析してから、徐に訳にとりかかるのだ!貴様はよくそれで大学に合格したな!?」
「だって…この大学、別に古典いらねーもん…えーごとすーがくで入れるもん…」
「やれやれ…これだから私学の入試科目減らしは功罪で言うと、罪の方が大きいというのだ。品詞分解もできない学生を入れて、苦労するのは現場なのだぞっ!!」
ばあんっ!!
マルチェロは怒りを込めてテーブルを叩きました。
やっぱり、なにか仕事でムカつく事があったようです。
別にムカついてもいいけど、オレでストレス解消しないで欲しいな。
ククールは思いましたが、火に油を注ぐことになりそうなので黙っていました。
「次の“学びの窓”はいいな?」
「兄貴ー、なんでそこ“窓”なの?別に慣れ親しんだのは窓よりも、机とかそーゆーのの方が…」
「貴様の浅薄な脳みそは“同窓会”という言葉を知らんのか?学び屋は窓で代表されるのが古来からの定型句なのだ、物知らずが!」
ククールは、
フツーの人は知らないって
と言おうとしたけど、やっぱりやめました。
「“蛍の灯火、積む白雪”さてククール、どうせお前には分からんと思うが、この一節が示す中国の故事成語はなんだ?」
「はい、せんせー、分かりませんっ!」
「だろうな、お前に聞くだけ時間の無駄だった。これは“蛍雪の功”と言ってな。昔、中国のある学生が、家が貧しくて明かりを買う金もなかったため、夏は蛍を集めてその光で、冬は雪明りの元で勉学し、やがて立身出世したという故事を基にしているのだ。」
「もしかして、『蛍の光』と一緒?」
「無論だ。ついでに付け加えておくと、受験情報誌『蛍雪時代』もこれに拠る。」
「へー…ようやくオレの感心度が50へえを超えたよ。」
「そして、最後の“わするるまぞなき”だが…」
「はいはいはーいっ!!“ぞ”は係り結びだから、連体形でーすっ!!“忘れる暇もねー”って意味でーす!」
最後くらいは良いところを見せようと、ククールは脳みその中の昔の記憶を総動員して答えました…
「そんな事は中学生でも分かる。」
が、マルチェロはあっさりとバカにしました。
「…」
ヘコむククールを完全に無視して、マルチェロは続けます。
「まったく…あの女子高生たちは、この程度の意味も分からずに高校を卒業せんとしていたのだ。しかも、物を知らんということを恥じる気配すらなかったとは、まったくもって嘆かわしい!日本の教育制度はどうなっているのだ!?しかもそんな学力程度の女子でも入れてしまうこの大学…真に遺憾なことだっ!!更にッ!!そんな学生どもの尻拭いをさせられるなど…実に実に腹立たしいッ!!」
秀でたデコに青筋を立てて怒る兄に、ククールは弟として一言言ってやりました。
「兄貴…そんなコトいちいち気にしてっから、ハゲるんだよ?」
「…なにっ!?」
怒りに緑の瞳を燃やしたマルチェロによって、ククールがどうなったか…は、まあ、述べる事はいたしますまい。
2007/3/3
さて問題です。この話の中でククールは一体何回罵倒されたでしょうか?
マルチェロは「自分が知っていて当然と考えることを知らない人間はバカ」と信じて疑っていないタイプの人なので、学究生活には向いても、教師生活には絶対向かないだろうな…と思って書いてみた話。想像通り、“こんな先生は嫌だ!!”の見本のような教え方になりました。
つっても、なにせ歩くゴージャスなので、ジョシコーセーには人気があったような気がします。なにせ、モデル並みのイケメンが、学校の先生ですからね。そうめったにある事じゃないよ、こんな幸運。
多分、マルチェロのあの特異で嫌な性格も
「マルチェロ先生って、カッコいいけど面白いよねー」
とあっさりかわして、嫌がる彼をみんなでいじっていたのではないかと
…やっぱり女の子は強いなあ。