チョコっとHOTなLOVEの味
「えへへへへー、ゼシカがチョコくれるんだ、いーだろー?」
「…その話は、本日、八十七回目だ、ククール。いい加減にしろ!貴様のスカスカの脳とは違い、私は同じ話を八十七回もされる必要はない!!」
マルチェロは、その秀でた額に、ぎゅっと不愉快そうな皺を寄せますが、幸せ一杯のククールは気付かないようです。
「えへへへー、ゼシカがチョコをくれるんだー、しかも、わざわざここまで渡しに来てくれるんだー、更に言うと、手作りなんだ、いーだろー♪」
相槌を打つのは愚か、イヤミを言うのにも疲れたマルチェロは、黙って書物に目を落します。
「いーだろ、兄貴。ねー、ねーってばー!」
ククールは、独り言を言うのはつまらなかったらしく、自ら兄に絡みに行きました。
「邪魔だ。」
無造作に振り払おうとするマルチェロ。
ミイラ男の呪いの玉なら、100%の確率で振り払うマルチェロではありましたが、始末の悪い弟ののろけまでは確実には振り払えないようです。
「うらやましーだろー(ゆさゆさ)」
「…」
一瞬、ククールの息の根を止めたい衝動に駆られたマルチェロでしたが、ゴルドでの戦闘時ならともかく、バレンタインののろけが原因で弟の息の根を止めるのも大人気なかろう、と思い直します。
「…あんなカカオ豆加工品ごときを贈与されるのが、一体なにが楽しいと言うのだ?」
にこおっ!
ククールは“我が意を得たり”とばかりに破顔一笑し、次に、気障ったらしくポーズを取ると、兄に対峙しました。
「いいか、兄貴。愛とは、なんだ?」
マルチェロは、反論してやろうと思い口を開きかけましたが、ククールは間髪入れずに続けます。
「愛とは目に見えないもの…だからこそ、頼むに足りないもの…兄貴はそう言うかもしれない。だが、本当にそうか!?」
マルチェロはやはり反論してやろうと口を開きかけますが、ククールはやはり間髪入れずに続けます。
「愛そのものは、確かに目に見えないかもしれない。けどっ!!それを目に見える形にすることも、時には可能だッ!!時…そう、時だっ!時は今、バレンタインデー!!愛の形っ、それこそチョコレートだっ!!」
世界の真理を口にするかのような熱っぽい口調で、マルチェロには
バカ
としか聞こえない事を、恥ずかしげも無く口にする異母弟に対し、マルチェロは
(何故に私は、こんな生物と半分とはいえ血が繋がっていなくてはならんのだ!?)
と、女神の紡いだ運命に対する激しい怒りが湧き起こるのを感じましたが、当のククールは、まだまだ語ります。
「ああ、兄貴、兄貴は言うかもしれない。
『チョコなんて、すぐに融ける…それは愛の脆さを表しているのではないか』
なーんて…甘い、あまーい!!甘すぎるよ、チョコより甘いよ、兄貴っ!!」
マルチェロが何も言っていないのに、一人で完結すると、ククールはまだまだ続けます。
「いいか、兄貴。チョコってのは、甘いだけじゃなく、時にはビターなオトナの苦み。時には純白のホワイトチョコのような清純さ。時にはストロベリーチョコのキュートさ。シックだったりエレガントだったり、親しみやすかったり、ともかくいろぉんな味があるのさ。そして、時には、ぺっとりと融けてしまったりもするけど…」
びしいっ!!
ククールは、“悪魔の指差し”をマルチェロに突きつけると、宣言するように言いました。
「チョコを融かすのは、灼熱の恋の炎さッ!!」
マルチェロは、ククールの台詞の一から十までに、赤ペンを入れて添削し、
「正しい文法で語れ!!」
と怒鳴りつけてやりたい衝動に駆られますが、ククールの口はまだまだ止まりません。
「ま、チョコの味は、恋の味…なーんて高度なレンアイ理論は、
『彼女いない歴と実年齢がおんなじ』
な、兄貴にゃ分かんないだろーけど?」
フフン
と、不敵に微笑む異母弟に対し、マルチェロは、
いくら女神に背いた私とはいえ、この愚かしい生物をこの世から消し去る事を為せば、全ての罪は消し去れるのではないか?
と割と本気で考えて、愛用のレイピアに手を伸ばしかけたところで
ぴんぽーん
チャイムが鳴りました。
「はーい♪」
空も飛べそうなウキウキ声で返答したククールは、神鳥よりも優美に高速にドアを開けました。
「ククールぅッ!!」
「ゼシカあッ!!」
二人は互いの姿を認めると、人目も憚らずに、熱烈なキスを交わしました。
ぶちゅううううっ!!
あたりに響き渡る、バキュームカーの吸引音のような音にマルチェロはついに呆れ果て、さっさと奥の部屋に引っ込んでしまいました。
ちゅぽんっ!!
吸引完了音。
「待たせてごめんねっ♪」
「もー、オレ、待ちくたびれちゃったよ、ゼシカぁっ♪」
「ホントにゴメーン♪で、も、その分、愛はいーっぱい、こもったからねッ♪」
ゼシカは、ラッピングの上からでも、愛のオーラが燃え上がりそうな包みをククールに差し出しました。
「うわーい、ゼシカ…あけていい?」
「もちろんっ♪」
「わーい、じゃ…」
ガサゴソガサゴソ…
「うふふ、チョー自信作なんだー♪」
「…」
ククールが返答しなかったのは、嬉しさのあまり絶句したから…
では、ありません。
「一日がかりだったんだからねっ?」
「…」
ラッピングの中のチョコが、彼の最愛の人の髪の毛よりなお…
赤かったからです。
さしものククールも絶句するくらいの赤さでしたが、ゼシカは彼女の最愛の人の顔が、その異母兄のかつてまとっていた制服よりなお青ざめているコトに気付きませんでした。
「あのねっ、どーせククールは、フツーのチョコなんて貰い慣れてるだろーから、ちょっとオリジナルを目指してみたの。」
「あ、うん、独創的な…赤さ…だね?」
「チョコってね、そもそも、どっかの王様が、元気が出るためのクスリとしてたんだって。だ、か、ら♪愛するククールには、その王様より、もっと、もおおおっと!!元気になって欲しいから、ちょっとだけ、トウガラシを入れてみたのっ♪」
「…“ちょっと”だけ?」
ククールの見るところ、どう好意的に見ても、カカオパウダーよりトウガラシの比重の方が多そうな色です。
「うん、でも、オリジナルレシピだから、なかなか固まらなくて苦労したのよー?」
そりゃ、そんな配合では固まらないでしょう。
神竜王に最終改造してもらった錬金釜のチカラをもってしたって、チョコにはなりそうもありません。
ゼシカは、どんどん青くなるククールの顔色には気付いていないようです。
「でも、愛する貴方のためだから、あたし、すごく頑張ったんだからねっ♪」
「あ、ありがとう…でもゼシカ…赤い…」
「もうっ、そんなに褒めないでよッ!!照れちゃうじゃない!!」
「いや、褒めてるんじゃなくて、赤い…」
「ヤダっ、あたしの料理が下手なの知っててからかってるのね、ククールのバカッ!!あんまりじっと見られても恥ずかしいから、さっさと食べちゃってよ!」
「からかってないし、君の事愛してるけど、赤い…」
「もーっ!!ククールのばかーっ!!」
ゼシカのレベル99照れ隠しのスピードは、同じくレベル99のククールの口中に、赤い代物を突っ込むのに充分なスピードでした。
「もがが…」
苦しむククールなぞものともせず、ゼシカはそのキュートな顔を赤らめて、呟くように言います。
「あの…ね。カカオもトウガラシパウダーも、精力増進効果があるんだって…もうっ!!ここまで言えば分かってくれるでしょっ!?」
「もががが…」
「“今晩”あのいつもの“宿屋”で待ってるから、絶対来てよっ!!」
「おがががが…」
「きゃー、恥ずかしいー!!」
そしてゼシカは、キメラの翼で飛び去ってしまいました。
ククールは しゃくねつ を吐いた。
「ごぶばーっ!!からひからひからひからひー!!」
ククールは、口から炎を間断なく吐き出しながら、高速でダッシュしました。
「みひゅみひゅみひゅみひゅみひゅーっ!!」
ククールは、リップスのように腫れ上がった唇で叫びながら、水を捜し求めて家中を駆けずり回ります。
「みひゅがははいーッ(泣)!!(水が無いー(泣))」
ところがどうした事でしょう。
家中を探しても、水の一滴もないのです。
「あひひ、みひゅーッ(泣)」
遂にククールは、兄の部屋へと押し入りました。
「おやおや、どこのブチュチュンパかと思えば…恋多き、我が弟君でいらしたか。」
マルチェロは、悠然と微笑みます。
「みひゅー!!」
ククールは、火を吹きながら、半泣きで兄に訴えます。
「これはしたり。例えその身を焼こうとも、決して苦痛ではなく、むしろ悦びに満ち溢れているとかいう、恋の炎を水で消そうと言われるかね、我が弟君は?」
「みひゅー!!」
ククールは、涙をこぼしながら訴えますが…
「まあ、そんな事は有得まいな。なにせ、我が麗しの弟君は、私のような
『彼女いない歴と実年齢がおんなじ』
な不肖の兄と異なり、恋の甘美さをご存知なのだからな。そんな無粋な事はなさるまい…そうだろう?」
「あひひー、ほーしていひへんほさー(泣)!!(兄貴、どうして苛めんのさー(泣))」
ついさっきの高言など忘れたかのように、ククールは訴えますが、
「苛める?苛めるとおっしゃるかね、愛されるに足る弟よ。ふふ…まあ、私のような『どうせ恋など知らぬ』男の、可愛らしい僻みだとでも?いやいや、やはり“愛”に“水を注す”のは無粋というものだろう、風流人の我が弟。」
マルチェロは
ニヤリ
と、かつての三倍はイヤミったらしく悪人笑いをすると、
「あー、熱い熱い。恋を知らぬ私には、チョコをも融かす恋の炎は、余りに熱くて、耐えられぬというものだ。では、灼熱の恋に身を焦がす、愛に満ち溢れた果報者の弟よ…焦げんばかりに熱い夜を…」
と、優美に一礼し、
どばたんっ!!
と、ドアを閉めてしまいました。
アルバート邸。
「バレンタインの夜を、チョコも融けちゃうくらいアツくするための、精力超増進、トウガラシチョコの作り方…」
ゼシカが戻ると、彼女の母、アローザがそう、ゼシカのチョコレシピを音読しました。
「何よ、お母さん。」
「なんだと思うのです?」
「分かってるわよ、またお小言でしょッ?『アルバート家の令嬢たるものが、嫁入り前になんですか、はしたない』とかなんとか…お生憎様っ!!今はもう、お母さんの時とは時代が違うんだからねっ!嫁入り前に、彼氏となんかするなんて、当たり前なんだからっ!この日のために、アブないビスチェだって新調したんだし、止めたって、あたしは“お泊り”するから…」
「そんな事をとがめているのではありません。」
「へ?」
ちょっと驚くゼシカに、アローザ奥様は言いました。
「結婚のご挨拶にまで来た婚約者と、今更なにをしようがわたくしは止めはしません。お好きになさい、もうオトナなのですから。」
「…じゃあ、なによ?」
「ゼシカ、貴女は、“このレシピ通り”に、チョコを作って、ククールさんにあげたのですか?」
「…そうよ。…ちゃんと、市販のレシピを写したからね。別にヘンな味はしないはずよ!?」
「“ハズ”っ?筈ということは、味見はしなかったのですね?」
「…だって…いっぱい失敗しすぎて、もう材料がギリギリだったんだもん…」
「ゼシカッ!よく自分の手書きのレシピを御覧なさい!」
母親に強い調子で言われ、ゼシカはレシピに目をやりました。
「なによ、別に間違ってない…」
「では、こちらの元レシピと、よぉっく、照らし合わせてみなさい。」
「うそおっ!!ゼロが二つ多いーっ!!」
「多いーっ、ではなく、入れる時に気付きなさいッ!!あからさまにおかしいと思わなかったのですかっ!?」
「だって…お菓子なんて、あんまり作らないもん…」
「そういう問題ではありませんッ!!ゼシカっ!!貴女、これで本当にお嫁に行くつもり…」
「ああッ!!このチョコ、ククールに食べさせちゃったーっ!!!!」
「婚約者を殺す気ですか、この娘はっ!!」
アルバート邸内で、母娘がはしたなくも大声を上げて言い合っている頃、
ぷすぷすぷすぷす
恋の灼熱の炎に焼かれた美青年…の残骸が一体、さみしく転がっていたそうですよ。
終る
2007/2/15
なんつーか…「トウガラシチョコは精力増進にW効果」という一言から捏ね上げたお話です。
アホの子ククールと、料理オンチのゼシカと、弟を苦しめるためなら手段を選ばないお兄さまが揃うと、カンタンに人死にが出るというお話…ではないと思います。
愛は人を殺しますが、それでも愛は素晴らしいものです。バレンタイン、おめでとう。世界の恋人達に幸有れ!!